山の夏

「蝉、うるさいね…」

 カウンターで今にも溶けそうにぐでぐでしながら吹雪ちゃんが話しかけてくる。

「吹雪は扇風機を独り占めしてるんだから俺より平気でしょ? 」

 そういって俺は小さな保冷剤を冷凍庫から取り出し、タオルを使って首元に巻く。

「パパ、ママ! 蝉さん捕まえてきた! 」

 柊の持ってきた虫籠の中にはアブラゼミやミンミンゼミが入っていた。

「うわっ、うぅ~ん…。蝉さんは寿命が短いから逃がしてあげて」


 そういうと柊は頷いて、お店の中で虫籠を開けようとする。

「ちょっ! 」

 ……遅かった。

 店の中には柊が捕まえてきた蝉が飛び回っている。

 予想以上にうるさい…。

 我慢出来ると思っていたが、うるさい…。吹雪に関しては、物凄い殺気を放ってる。

「吹雪、怒るなよ…。わざとじゃないんだから…。柊も、蝉さんを逃がしてあげるならお店の外で逃がしてあげてほしかったな♪ 」

 そういって俺も虫取網を片手に店の中を蝉捕獲のために駆け回る。


「頑張れ岳~! もっと右だよ~! 」

 そういって吹雪ちゃんがカウンターで手を振りながらガラスの器を取り出して何かを作り始める。

「いや、手伝ってよ…」

 俺は網で捕獲した蝉を虫籠の中に移しながら声を掛けるが吹雪ちゃんは、出来あがったかき氷を食べながら首を横に振って、幸せそうにしている。

「パパ! 私もママが食べてるの欲しい! 」

 柊まで虫取り網を置いてカウンターに座ってしまう…。


「分かったよ…」

 そういって俺は氷を削り、かき氷を作り始める。

「パパ、私レモンが良い! 」

 シロップの原料は、どれも変わらないんだけどなぁーっと思いながらも俺は削った氷にレモンシロップをかけて柊に渡して、蝉の捕獲にむかう。

◆◇◆◇

「ジリリリッ! 」

 俺の網の中には最後の一匹が居る…。

「なんとか捕まえ終わった…」

 そういって捕まえた蝉を虫籠に入れて、店の外に持っていき逃がして店に戻る。


「おかえりー、走り回って汗かいたでしょ? フゥーッ! 」

 吹雪が俺に向けて息を吹き掛けてきた。

「うぉっ! 冷たっ! 汗が一気に引いた! でも威力弱めて汗が凍った…。ちょっ、寒いから風呂入ってくる! 」

 吹雪の雪女としての能力は夏の今、物凄くありがたいのだけど…。能力の調整が出来ないからか、かなり寒い!


「パパー、柊も一緒に入る! 」

 あとを追ってきた柊と一緒にお風呂に入ることにした…。

「パパ! 目に入れないでね! 」

 そういってギュッと目を閉じる。

「そんな心配しなくても…。シャンプーハットしてるんだから…」

 そういって柊の髪を洗い始める。

「だってパパ下手なんだもん! このあいだも入れたんだもん! 」


 うっ、確かにこのあいだミスっちゃったけど…。

「髪はママに洗ってもらえば良かった…」

「大丈夫! 今回は絶対大丈夫だから!」

 そういって柊の髪を洗っていく。


「パパ上手になったね! 」

 次、同じことをしたら確実に嫌われると思ったから慎重に洗ったからね…。

「良かった…。合格かな? 」

 そう柊に尋ねると柊は頷いて

「うん、大丈夫! 」

 そういって笑ってくれた…。


「あっ、 オーナー! 神山さんが知り合いと一緒に来店してます! 」

 お風呂を出て着替えていると洗面所に百々がやって来て神山さんが来店していることを教えてくれた。

「分かった、それじゃあ俺はお店に戻るから柊のこと任しても良いかな? 」

 百々に尋ねると彼女は頷いてタオルを片手に椅子に登り始めた。 

「それじゃあよろしくね! 」

 そういって俺はお店に行く。


「おぉっ、来たな店長! 」

 神山さんの隣に居る、おじさんから呼ばれ、手招きされる。

「すみません、娘と一緒にお風呂に入ってました」

 そういって駆け寄るとおじさんは笑って『大丈夫だ』と言って、隣の神山さんと何か話している。


「改めて、この喫茶店【スノードロップ】の店長兼バリスタの火野 岳です」

 そういって挨拶すると神山さんの隣に居るおじさんは頷いて

「先代のオーナーから話は聞いてるよ、君も頑張ってるみたいだね。私は熊越くまごえじんだ、よろしく! 『地獄』と『閻魔』のアナグラムなんだ、我ながら良く出来てると思うのだが…、どうかな? 」

 いや、お茶目な顔して聞いてくるけど閻魔様だよね…? どう答えろと?

「もうそろそろお盆の時期じゃろ? あの世から亡者達が観光に来るんじゃ、岳は始めてじゃろ? だから事前に内容を話しとった方が良いと思っての♪ 」

 神山さん、気持ちはとても嬉しいんだけど閻魔様を突然連れてこないでビビるから!


「まぁ今、神山が話してくれたんだが、お盆頃に亡者達が山頂から降りてきて方々の家に戻るのだが行きと帰り、このお店で飲むコーヒーを心待ちにしてる者達が多いんだ、だが亡者達は現世のお金を持ってないんだ、だから私がお盆明けに精算しに来るので注文を受けてやってくれというわけなんだ…」


 なるほど、だからあの世のトップである閻魔様が直々に来たのか…。

「分かりました。皆さんの来店をお待ちしてます! 」

 初めてのお盆は忙しくなりそうだ!

「ちょっと待ってオーナー! そしたらお盆の間だけでも誰か雇おうよ! オーナーはバリスタ、吹雪さんは軽食&デザート、私1人でホール全部ってキツいです!」

 柊を着替えさせた百々が泣きついてきた。

「大丈夫だよ百々、ちゃんとヘルプも考えてるから! 任して!」

 とりあえず、あの子にバイトをしないか聞いてみよう…。

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