継がれゆく命
第82話 エピローグ
街外れにある小高い丘。
そこには数多くの墓標が並んでいる。
此処は、墓地。死者の魂が眠る場所だ。
半年ぶりにそこに訪れたアメルは、片手に花束を抱え、ある墓標を探していた。
それは、ほどなくして見つかった。
探している墓標の前に、見覚えのある人の姿を見つけたからだ。
「ナターシャさん」
「……おや。久しぶりだね」
アメルの目の前に立つ彼女は、彼女愛用の鎧姿ではなく、一般人が身に着ける普通の衣服を纏っていた。
「どうだい、冒険者生活もちょっとは板に付いてきたかい?」
「まだまだ、勉強することは多いよ」
アメルは墓標の前に立ち、持っていた花束をそこに置いた。
「……でも、頑張る。レオンに、私は元気で冒険してるよって伝えたいから」
「そうかい」
ナターシャは微笑んで、自らの腹を撫でた。
随分と大きなそれに、アメルが注目する。
「……大きくなったね」
「時々動くんだよ」
優しい眼差しで腹を見下ろし、ナターシャは言う。
何か懐かしいものを見るような顔をしながら、彼女は、
「……不思議なものだね。どんなことがあっても、この子を見てると、元気が湧いてくるんだ。落ち込んだりしないで、前を向いて生きようってさ」
「きっと、レオンとナターシャさんの子供だからだよ」
アメルはナターシャの腹にそっと触れた。
「あ、動いた」
「今からこんなに元気がいいと、期待しちゃうねぇ」
アメルの手の上に掌を重ねて、ナターシャはふふっと笑った。
アメルはナターシャに問うた。
「男の子かな。女の子かな」
「さあ……どっちだろうねぇ」
でも、とナターシャは言った。
「どっちであったとしても、元気に生まれてきてくれるだけであたしは十分だよ」
失われる命もあれば、こうして生まれてくる命もある。
この子は、きっとレオンの生まれ変わりなのだろう──
レオンのように、優しくて強い子に育ってほしい。
レオンの面影を思い出しながら、アメルはそう願うのだった。
「この子も、冒険者になってほしいって思う?」
「そうだねぇ」
ナターシャは空を見上げた。
「この子が大きくなったら、母子二人で世界各地を見て回るっていうのも悪くはないかもしれないね」
それが実現するまで、まだまだ長い時間が必要になる。
でも、そうなったらどんなに素敵なことだろう。
アメルは羨ましそうな顔をした。
「いいなぁ。私もそんな冒険がしてみたい」
「あんたはまだまだこれからじゃないか」
ナターシャはアメルの肩をぽんと叩いた。
「色んな出会いを経験して、色んなものを見て、強い人間になりな。レオンに負けないくらいのね」
「……うん」
アメルは頷いて、ナターシャの傍から離れた。
身に着けている白い鎧の位置を直して、姿勢を正す。
「それじゃあ……私、行くね」
「たまにはこの街に帰っておいでよ」
ナターシャは腰に手を当てて、言った。
「何処に行っても……あんたの家は此処にあるんだってことを、忘れないでおくれ」
「忘れないよ」
アメルは当たり前だよ、と言って、丘の向こうを見た。
リンドルの街が広がっている光景を見つめて、自分自身にも言い聞かせるように、呟く。
「此処には、私を待っててくれる人がいるから……何処まで行っても、最後には、必ず此処に帰ってくるよ」
優しい風が吹く。
それは墓標に供えられた花を揺らし、周囲の木々の枝葉を躍らせて、空高く舞い上がっていく。
ふと、アメルは墓標の方に振り向く。
墓標の隣に、腕を組み穏やかに微笑んでいるレオンの姿が、一瞬だけ見えたような気がした。
それをレオンからのメッセージのように感じた彼女は──
これからもレオンに恥じない冒険者でい続けるよと、心の中で誓いを立てたのだった。
これからは勇者の代わりに、勇者の周りにいた者たちが新たな物語を紡いでいくことだろう。
その物語が紐解かれるのは、そう遠くない、また別の舞台での出来事である。
衰弱勇者と災禍の剣 高柳神羅 @blood5
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