第二章 Bloody Sun

episode 04


それは普段と変わらないことの筈だった。

つい数分前までいつも通り行っていたのだ。

4WDを乗り回し、この区域の巡回を済ませる、その程度の任務だった筈だった。

ドライバーの彼は同僚と後部座席に銃を放り投げ、座席に身を沈めた。


「平和なもんだねぇ。敵どころか人一人っ子いやしない」

「本来なら戦闘なんて無い方がありがたいんだけどな。ガキが大きくなるまで死ぬわけにゃいかねぇ」

ぎゅっ、と胸のペンダントを握る。中に入っているのは最後に撮った家族写真。

その写真だけが何年も会っていない家族と彼を繋ぐ唯一の鎖だった。

「流石妻子持ちだ。俺も嫁さん欲しいなぁ!」

助手席に座る同僚は後ろに向かって大きく伸びをした。あぶないぞ、と言おうとした時彼の身体が硬直していることに気づいた。

「後ろだ!!」

同僚が言い終わるまでに察した彼は素早くハンドルを切り、後ろから来た“何か”を回避した。

同僚は車の遠心力を利用して、後ろから銃を取り出した。


「俺が牽制する。お前は運転に集中しろ。キャンプまで何とか逃げ切るぞ!」

「わかった!気をつけろ、恐らく奴は『冠位グランド』持ちだ!」

何かが着弾した時、『べちゃっ』という嫌な音がしたことと、バックミラーに地を這うように何かが来ているのが見えたことからかなり高度な『影』の力を操る能力者だと判断した彼は出来るだけ遮蔽物が無い平原にクルマを走らせる。

駆動部が軋む音が聴こえる。そしてそれに負けないぐらい同僚の放つ銃声の渇いた音が平原に響く。


「クソッ!!全然当たらねぇ!!」

マガジンを交換しながら同僚は悪態をつく。

窓から投げ捨てられたマガジンは彼らを追って来ている影に一瞬の内に飲み込まれた。

「キャンプまでどれくらいだ!?」

「あとちょっと!!」

アクセルを踏み込み、更に速度を出させようとするが突然、下から強い衝撃が襲いかかった。


「ッ!?なんだ!?」

「しまった!クルマの“影”か!?」

タイヤを見ると黒い腕がホイールを掴み、火花を散らせながら減速させようとしているのが見て取れた。

舌打ちをした同僚が、窓から銃だけ突き出し、腕に向かって発砲を始める。


『もう遅い』

が、弾丸が黒い腕を貫く前にクルマの床から現れた黒曜石のような光沢を放った刃が同僚の腹部に突き刺さる。

「ゴボッ...!」

口と腹から溢れてくる血液をどうすることも出来ない同僚はそのまま自分の血で溺れ、死んだ。


「クソッ!!」

彼はドアを開けて飛び出ようとしたが、影でがっちり固定されていてびくともしなかった。

『無駄だ』

クルマの影が膨らんだと思うと、掌の形へと姿を変えクルマに握り締める。


『終わりだ』

くしゃり、という紙くずを潰した様な音を立て、クルマは呆気なく影の手に握りつぶされた。

すると急に影がとぐろを巻き始めたかと思うとやがてそれは人型へと姿を変える。


そこには灰色の髪を短く切り揃えた青年だけが残った。

腰に携えているのは日本刀、と言うには真っ直ぐ過ぎた。

それは、俗に『忍者刀』と呼ばれる代物であり、彼の実家に代々伝わるものであり、同時に彼に与えられた『冠位グランド』でもあった。


夜見ヨミ、それが彼の名だった。

冠位名 Shadow Slayer 、名の通り影を操る、暗殺に優れた能力である。

刀を振るい、血を払った後に鞘に収める。


「今日で2人...。陛下に報告しなきゃな」

直後、青年は地面に“溶けた”。










装甲列車 補給用出入口


「...凄いっすねぇ」

ミーシャがあるモノを見て感嘆の声を漏らす。

八咫も改めてそれを見る。それは先日、本部から送られてきた最新兵器のアサルトウォーカー、ではなく。それを更に発展させた試作兵器である、戦闘支援コンバットアシスト装甲プロテクターだった。強化外骨格のように肉体を損傷することもなく、アサルトウォーカーのように巨大でもない、極限まで対人戦闘に特化した兵器だ。

八咫も試しに装着してみたが、見た目以上に性能が高いことがわかった。


防弾性能や対爆風性能も優れており、テ

ストでデザートイーグルで撃たれても衝撃が少しくるだけで最新型の姿勢制御装置のお陰で転倒することはなかった。

何よりも驚いたのはかなり雑に扱っていたつもりなのに傷一つ付いていないことだ。

技術班によると、まだ試作段階だが再生素材を用いたのだと言う。装甲が破損した場合、表面にある細胞状の特殊物質が損傷部分を検知し、最適な措置を施すといったものらしい。


この装甲は全身を覆うタイプのもので、装甲としての役割以外にマッスルスーツの役割も果たすようで、人間離れした運動能力や戦闘能力を発揮できるらしい。


「こいつだが、早速お前らの部隊に使ってもらおうと思う」

いつの間に後ろに居たのだろうか、シェパード司令が八咫の肩を叩いた。

「殺れそうか?奴らを」

八咫は力強く頷いた。


「ええ、任せてください」

司令は満足げに頷いた。









一方的な戦闘が続いていた。

つまらないな、と八咫は思う。

引き金を引けば目の前の敵は呆気なく倒れる。

いくら攻撃されても自分たちには傷一つつかない、そんな状況がつまらなくて仕方なかった。


補給のキャラバンから救難信号が届いたので八咫達はすぐに出撃した。

敵はエリート部隊、と聞いていて少し苦戦するかもしれないと身を固くしていた八咫達だったが、新しい装甲の前では能力者など敵に数えられない程弱々しいものだった。


『この調子だとすぐ終わりそうっすね、先輩』

オペレーションルームでこちらをモニタリングしている後輩が話しかけてきた。


まだ気を緩めるな、と言いたかったのだが、自分も一瞬同じことを考えてしまったので否定出来なかった。

手にしたアサルトライフル――ARP556の引き金をただ引く。

バレルを切り詰め、50発ドラムマガジンを装備したモデルで軽く、取り回しも容易な上に継戦能力も極めて高い。

簡単な任務だったのでこの銃と拳銃一丁しか持ってきていなかった。とは言っても、流石にこれは一方的過ぎた。


彼らは皆、少なくとも自分より若いのだろう。肉体的にも精神的にも。

一方的に蹂躙できると聞かされてここまで来たのだろう。だが、結果として彼らは逆に一方的に蹂躙されて死体の山を築いている。


彼らは何を思いながら死んでいっているのだろうか。

己の不運を恨みながら?

唆した奴を憎みながら?

対峙した僕達に殺意を感じながら?


別に彼らがなんと思おうとぼくは興味を持つ気すら起こらず、ただただ引き金を引き続ける。

べちょり、べちょりと砕けた自らの面を地面に叩きつける能力者達。

滑稽を通り越してやはり、何度も言うようにぼくは退屈だった。


だから、

「隊長!!」

「!?」

新米の部下達からの警告に反応するのが少し遅れてしまい、綺麗に不意打ちを受けてしまったのであった。


数メートル程吹き飛ばされ、地面に叩きつけられる。

肺から息が絞り出されたが、幸い体を貫かれてはないようだ。

そのまま横になって休みたかったが、敵が追撃の手を緩めるはずもないので勢いよく後転の要領で立ち上がりARを構える。


それは蠢く“闇”だった。

ぼくがうっかり落としてしまった空弾倉の影にソイツはうねうねと揺らいでいた。

一瞬、この変な生物(?)に鉛弾が通るのか疑問に思ったが、善は急げすぐに発砲を開始した。

マズルフラッシュがストロボのように煌めき、生き物を殺す為に作られた尖った鉛の塊が闇に突貫していく。


結果だけ言うと、弾は入った。寧ろ効果があった。

着弾した箇所が油のようにてらてらと光り始め、変な生き物は苦しそうに暴れだした。

と、思うとすぐに空弾倉の影に飛び込み、姿を消した。


虚を突かれた、というか呆気にとられたと言えばいいのだろうか。

語学に関してはそこまで得意ではないので適切な表現の仕方はわからないが、とにかくあの変な生き物には驚かされた。


周囲にあった殺意が薄れていく。

やっと一息つける、とぼくはため息ついた。

が、部下の悲鳴によって一気に現実に引き戻される。

「――――――――!!!??」

声にならない絶叫をあげた彼は彼の影から突き出してきた“闇”に空高く突き上げられた。

あの程度の高度では今来ているプロテクターは傷一つ付けられないだろうが、着用者は別だ。

高度からの命綱無しのバンジージャンプ。結果は明白だった。


べちゃり。

彼の生死を決める決定的な何かが砕ける音がした。


彼はぼくの部隊の今日一人目の犠牲者だった。


「落ち着け、陣形を崩すな」

ぼくの支持に彼らは忠実に従ってくれた。

素早くバイザーに搭載されているアクティヴソナーを起動し、死んだ隊員を突き上げた“闇”を探す。


見えた。それは細かい大量の粉末のような“闇”がもう一人の隊員の方に向かっていた。


「目を閉じろ!」

ぼくの言葉の意味を察した彼は即座にバイザーの耳にあたる部分を抑え身を固めた。


直後、閃光が視界を灼く。

「がぁっ!?」

“闇”が悲鳴をあげたのがわかった。

恐らく先程投げた閃光手榴弾フラッシュバンの影響を受けたからだろう。

まだ閃光の影響でぼやけた視界の中、ぼくは“闇”の背中に銃を突きつける。


「投降しろ。暴れなきゃ命までは奪わない」

ぼくはやや語気を強くして言った。

彼は若かった。

跳ね気味の灰色の髪を持ち、黒色のパーカーを羽織っている。

そして背中に背負っている長方形の塊。恐らく、これが彼の得物だ、とぼくは確信した。


「おい」

少年が口を開いた。

「いいのか、そのままで?」

ぞわぞわぞわ、と何かが這い上がってくる音がする。

だが、その時のぼくにそんなことに気を回せる程、余裕はなかった。


『Grand/ Shadow Slayer』

得物に掘られていた文字、そして王冠を象ったエンブレム。ぼくは嫌な汗が流れるのを感じた。

「...まさか」


直後、足元から飛び出してきた『影』によって僕の体が一番始めに殺された隊員のように空高く突き飛ばされる。

飛ばされる最中、少年の顔が一瞬見えた。


「そうさ。その『まさか』さ」






最高点に到達したと同時に、自由落下が始まる。

深く考える暇はない、とにかく何とかして着地の衝撃を無くさないと彼のような潰れたトマトの人間版になってしまう。


少々荒業になるが、一か八か賭けてみるしかあるまい。ぼくは腰から2つ程それを取り出した。


着地より少し早くそれは爆発した。

爆風による上向きの力の働きと装甲のコンピュータが最も衝撃の少ない着地をとってくれる。

それでも全身が悲鳴をあげた。

砕けそうな意識を唇を嚙み切ることで何とか保ち、即座に臨戦態勢に戻る。


だが、依然としてぼくが不利であることに変わりはない。何にせよ、次の一撃で勝負を決めねばならないだろう。


「...まさか、あれを耐えるとは。どういう思考回路してやがる...!」

『冠位』の方はぼくが生きていることがショックだったらしく、手にした得物――よく見たら忍者刀だった――を強く握しめている。


「だが、二度も幸運が続くと思うなッ!」

刀を構え直し、愚直に少年が突っ込んでくる。

予想通りに動いてくれた為、ぼくは足元にもう一度閃光手榴弾を転がす。


「阿呆か!その程度で影が消せると思うなッ!!」

閃光の中、少年の叫ぶ声が聞こえる。


『Approval. Boot on prototype system// model “BEAST”』



視界が赤く染まる。

赤く赤く赤く赤く赤く赤く赤く赤く赤く赤く赤く赤く赤く赤く赤く赤く赤く赤く赤く赤く赤く赤く赤く赤く赤く赤く赤く赤く赤く赤く赤く紅く紅く紅く紅く紅く紅く紅く紅く紅く紅く紅く紅く紅く紅く紅く紅く紅く紅く紅く紅く紅く紅く紅く紅く紅く紅く紅く紅紅紅紅紅紅紅紅紅紅紅紅紅紅紅紅紅紅紅紅紅紅紅紅紅紅紅紅紅紅紅紅紅紅紅紅紅紅紅紅紅紅紅紅紅紅紅紅紅紅――......。



決着は一瞬だった。

彼の死角からの一撃はぼくが片手に持ったマチェーテによって防ぎ、もう片方の手の拳銃で彼の脇腹に数発弾丸を叩き込んだ。


彼は口から決して少なくない量の血を吹き出した。


「な...ぜだ。...何故、ぼくの一撃を防げた...?」

「どこから来るかわかっていれば幾らでも対策はできる」

ぼおっ、とした頭のぼくは淡々と答える。

「チッ...!そういう...ことかよ...!」

彼はぼくの言わんことがわかったらしく、悔しげに笑った後光の粒子に包まれ消えた。


空間移動テレポート

恐らく先ほどの現象はそれだろう。つまり比較的近い位置に少年の仲間がいるという事だ。

すぐにでも追いたかったが、


『Time out. Switch sleeve mode』

装甲が一部開き、排気を始め出す。

活動限界を迎えたらしく、指一本も動かすことが出来なくなってしまった。

さて、どうしたものかとぼくが打開策を考えていると、CALL音が鼓膜で響く。


『先輩っ!ご無事っすか!?』

聞きなれたミーシャの声が聴こえる。

ぼくは自分が生き延びたことを改めて噛みしめた。


「大丈夫...ではないかな。数人殺られた。ぼくも活動限界で動けない。すぐにじゃなくてもいいから数人寄越してくれないかな?」

『だ、だだだ駄目じゃないっすか!!今すぐ行きますよっ!待っててください!!』

ブチッ、と明らかにバースト通信で鳴る筈もない音が聴こえ、通信が一方的に切られた。


振り返ると、生き延びた者達が居る。


ある者は怯え。

ある者は悲しみ。

ある者は復讐に駆られる。


人が死なないなんてありえないのが戦場だ。数人死なせた程度で降格なんて無いだろうが、『死なせた』という事実が、罪がぼくの背にのしかかる。


彼らはお前を恨んでいない、と周りは言うが本当にそうだったらどれだけいいだろうか。

死者は遺す。残したきた者に深い悲しみと憎悪、疑心暗鬼を植え付ける。


死者達によって植えられた種が蓄積し、芽吹き花開く時、それは即ち罪の意識によって押し潰され、人として終わりを迎えるということだ。


罪がぼくの体を蝕んできつつあるのがわかる。

死者は語らない。死者は咎めない。死者は憎まない。死者は赦さない。

一生、この罪を背負いながら生き続けなければならない、と思うととてつもなく気が遠くなってきた。


ふと、ローター音が聴こえ反射的にに明後日の方を向くといつもの見慣れたヘリが見えた。

あれに乗ればまたいつもの日常に戻る。戦場という非日常から、非戦場という日常へと。


そう言えば、明日はミーシャと遊びに行くんだっけ。

オペレーションで忙しいにも関わらず、こうして戦闘で荒んだぼくの心を必死に癒そうとしてくれるのは彼女だけなのだから、彼女との約束はちゃんと守らないといけない。


スケジュールはどうだったかな、と手帳の内容を思い出そうとしたところでぼくの意識は途絶えてしまった。




















東京 某所








暗い路地に少女の声が響く。


『ねぇ、あなた本当にやる気なの?』

「うるせぇ」

ぶっきらぼうに答えた男は巨大な大剣を背中に収める。


「俺はもう、ヒトゴロシはうんざりなんだよ」

そう言って男は歩き始める。

直後、彼を追うように幾千もの紫電が襲いかかる。

それを彼は少し大剣を縦に向け、それらを全て防いだ。


辺りに轟音が響き渡る。

「...なんのつもりだ」

『だって、そう簡単に逃がすわけにはいかないでしょ?』

少女はくすくす笑いながら虚空に何やらすらすらと書き始める。


「チッ!」

少女の行為の意味を理解した彼は一目散に逃げ始めた。

残された少女は見た目に合わない程の妖艶な笑みを浮かべる。


『さてこのゲーム、どっちが勝つのかしら』

そう言うと、少女は音もなく、消えた。





You choice FREE, or JUSTICE?


Decide which right answer!!


Let's game begine!!










episode 05




目の前の若者に手にした大剣を叩きつける。

若者の額からやわらかい脳漿や頭蓋の欠片が飛び出してくるが、剣や服にかかる前に蒸発して消えた。


地面に突き刺さった剣を容易く抜くと男は周囲を見渡す。

彼より一回りも二回りも若い少年少女がまるで親父狩りのように彼を取り囲んでいた。

はたから見れば三十路の男に対して陰湿なリンチを行おうとしているようにも見えるが、両者の表情は全く真逆で男は余裕そうなのに対し、若者達は顔を青くしている。


仕方ないことだろう。先程見せしめと言わんばかりに一人呆気なく殺されたのだから。

おそらく先程殺された少年は彼らのリーダー格だったのか死んだ途端、逃げ出す者もちらほらいた。


所詮、ガキなんてこんなもんだ、と彼は息を吐く。

若者は前に立って引っ張る奴がいる間全ての責任をそのリーダー格に押し付けることが出来るため、行動や言動が強気になる傾向がある。

だが、リーダー格がやられると次のリーダー格を決めるための沈黙サイレント魔女裁判ウィッチトライアルが始まり、若者達は犠牲となる哀れなじゃくしゃを見つけ出す。

その見つけ出すまでの時間こそ、彼らにとって命取りになりかねない。


彼は手始めに不安気に瞳を迷わせている少女の腹を突き刺すことにした。

溢れ出る血液が全て蒸発し辺りが一気に鉄臭くなる。

彼女の体内の水分という水分が全て蒸発するまでにさほど時間はかからなかった。

あっという間に干からびた少女は土に還るため、当然顔で地面に倒れる。


とうとう、彼らはパニックに陥った。それを見た彼は剣をぐるん、と振るい、剣先から強烈な熱波を発する。

熱波は瞬く間に若者達を飲み込み、ただの水分へと姿を変えさせる。


「!」

背後に強力な殺気を感じた彼は大剣を背中に担ぐ。

派手な金属音がして、彼の右腕に衝撃が襲いかかる。

はらり、と流れる薄紫色の長髪と灰色のパーカーの裾がちらりと見えたので彼は襲撃者の正体を悟る。


「Luciferか...」

「私の他にお前に奇襲を仕掛けれる奴が何処にいる?にしても随分と派手な真似をしたなぁ、小僧よ」

Luciferは彼の剣から飛び退き、距離を置いた。

直後、先ほど彼女がいた位置に強烈な熱波が湧き上がる。


「まさか、その程度の攻撃が当たると思ったか?随分と舐められたものだ」

「馬鹿言え、あのまま放置してたら殺しにかかってただろうが」

剣を担ぎ直し、相手ルシファーを見据える。

冠位第二位の彼女が出てくるということはかなりの大事になりつつあるということだ。

勝ち目のない相手に時間を割く暇はないので取り敢えず迎撃を開始する。

逆手に構えた大剣の柄を90度回転させ、剣の腹についたベルトで腕を固定する。

剣の尻先が展開し、大口径の銃口が顔を覗く。


「...ほう」

彼女は興味深げに彼の武器を眺める。

直後、彼は引き金を絞った。地鳴りのような音を鳴らしながら、鉄の暴風がLuciferに襲いかかる。

すると、何を思ったのか彼女は双剣を顔の前に構える。

彼女の体に大口径の弾丸が突き刺ささろうとしたかと思うと、弾丸は一瞬の内に真っ二つに切り裂かれ、彼女の後方に流れていく。

目にも止まらぬ剣戟で彼女は次々に弾丸を切り飛ばし、いなしていく。


こちらの弾切れを誘っているのだ、と悟り一頻り撃ち切ると、銃から再び剣に変え、弾幕を追い抜かすかと思われる速度で彼女に肉迫する。

渾身の力で彼女に大剣を叩きつけるが、彼女は双剣を交差させ、あっさり受け止めた。


「甘いわッ!!」

「!?」

Luciferはそのまま彼の大剣を挟んだまま、力任せに後ろに向けて放り投げた。

即座に受け身を取り、態勢を立て直すとすぐ目の前に彼女の双剣が迫ってきていた。


咄嗟に大剣を腹を向け、衝撃に備える。直後トラックがぶつかって来たと錯覚する程の強い衝撃が彼の体を貫く。

数メートル程の後退してようやく鍔迫り合いにまで持ち込む。

が、既に人以上の力を有している彼女の前では鍔迫り合いなどしたところで負けることは確実だ。

一旦、剣を蹴りあげ、双剣を弾く。彼女が呆気にとられている隙に腰を屈め、回し蹴りの要領でそのまま蹴り飛ばす。

いくら人を遥かに凌駕する腕力を保持していようと、彼女の体つきは若い女性のそのものであり、体重も軽いこともあってかあっさり吹き飛んだ。


壁を何枚も突き破る音が聞こえる。彼女が戻って来るには相当骨を折らねばなるまい。

と言ってもすぐ戻ってくるだろうから、とっとと逃げようとした矢先、今度は自分の影が何者かに押さえれていることに気づいた。


「...夜見。テメェまで何のようだ?」

「決まってんだろ。おっさん、テメェを殺しに来たんだ」

彼の口角が愉快げに釣り上がる。

彼はため息をつき、手始めに自分の影に大剣を思いっきり突き刺した。


刺した影から飛び散る闇を見て、かつての血で塗れた、穢された記憶が蘇る。

かつても彼はこうして『敵』と定めた者に剣を刺していた。









物心ついた頃には既に彼は剣を握っていた。

様々な異能力を持つ者達の中で彼はずば抜けて能力値、適正値が高かった。


人々は彼を神童と呼んだ。

彼に対して誰も嫉妬心を抱かなかった。それほどにまで彼は非の打ち所の無い、完璧な少年だったのだ。

今から11年前、帝国に『冠位』が発足した。

能力者の中でも抜きん出た6人が選ばれ、皇帝によって直々に『冠位』と神器が与えられる。

彼は初代メンバーの1人だった。

若干18歳にして、彼は能力者の最高位に着いた。

彼は『■■』の『冠位』を与えられた。

太陽と『冠位』を示す王冠の刻印が掘られた一本の剣、『夜明ドーンけのフレア』と名付けられたその剣は神器の中でも極めて強力な武器の一つであった。

そして、それに応えるように彼は戦った。


― It's like SUMMER NIGH DREAM. ―


戦争では誰よりも人を殺した。


誰よりも斬り殺した。


誰よりも刺し殺した。


誰よりも惨殺した。


誰よりも虐殺した。


殺した。


殺した。


殺した。殺した。


殺した。殺した。


殺した。殺した。殺した。


殺した。殺した。殺した。男達を


殺した。殺した。殺した。殺した。女子供を


殺した。殺した。殺した。殺した。請う者達も


殺した。殺した。殺した。殺した。殺した。殺した。


殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した。


彼は殺した。殺し尽くした。


彼の歩く道は常に彼が殺した死体が転がっていた。

彼は常に死体の山を築いた。

良き死体畑の農夫となり、それを耕した。


彼は死体と共にあった。死体があるところが彼のいる場所だった。


制服はあちらこちらが破け、肩の王冠のエンブレムは血で塗れ、返り血によって鬼の様な形相に変わり果てた彼を見て人々は口を揃えて言った。



― まるで『血塗ブラッディれた太陽サン』だ 、と。



そしてある日を境に、彼は表舞台から姿を消した。

皇帝の机には、地で塗れた制服と返り血で錆びつき、ボロボロになった剣が置かれていたのだと言う。







「まさか、あの『血塗れた太陽』がおっさんだったなんてな!殺しがいがあるぜ」

「ハッ、言うじゃねーか。そっちが早々にくたばれ、クソガキ」あくまで冷静に挑発に挑発で返す。

剣と刀がぶつかりあい、激しく火花を散らし、周囲は昼間にも関わらず、あたかもそこに光源があるかのようだった。


夜見が影に潜り、一瞬の内に彼の背後に回る。

「もらった!」

そのまま必殺の一撃を与えようとするが、

「詰めが甘いぞ。この青二才が」

全身から熱風を吹き出し、いとも容易く夜見を吹き飛ばす。

じゅう、と肉の焦げる嫌な臭いが周囲に充満する。

「...!!ってめッ!!」

夜見が反撃する為に刀を構えたのも束の間、彼の飛び膝蹴りが顔面に突き刺さる。

彼の膝に生暖かいむにゅっ、とした感触が伝わってくる。

それは余りにも肉々しかったので彼は顔を顰め、そのまま地面に捩じ込んだ。

敷き詰められた焼き石が弾け飛び、その下の地盤が姿を現す。


気を失った夜見を見つめ、彼は踵を返す。

「そんな体でよく俺とケンカする気になったな。1位は一体何を考えてるんだか」


砕けた顔面の他に、脇腹から血が滲み出ているのが見えた。

相当無茶をしてここまで来たのだろう。

若い日の彼の姿が彼の脳裏を過ぎる。


愚直なまでに剣を振るっていた、輝かしかったあの日を。

頭を振るい、そんな思いを払うと彼は再び駆け出した。


・・・


駆け出したはいいものの、彼の後を追うように人形サイコパペットが執拗に追撃を繰り返してきていた。

時折、振り向き迎撃をするものの如何せん数が多い。このままだと包囲される可能性も捨てきれない。


別にただの馬鹿どもなら囲まれた所で、先ほどのように蹴散らせば済む話なのだが、飛びかかってきた人形を蹴飛ばした際、奴らの胸に本を囲う王冠のエンブレムが見えたことから彼は認識を改めた。


そのエンブレムが意味するはただ一つ。冠位第一位が彼に対して攻撃しているということだ。

彼女の能力は極めて厄介な代物で、自らの記した『物語シナリオ』通りに全て物事が転がるといういわゆる、“運命”を操るタイプの能力である為、彼女に直接勝利することは難しい、というより不可能だ。


だが、今回の襲撃してきたのは彼女が操る人形。別にこいつらが特別強いかと言われればそうではないのだが、何よりも恐ろしいのは異常な程量が多いということだ。

蹴散らしても蹴散らしても一向に数が減らず、消耗したところにトドメを刺しに来るがこいつらの戦い方だ。


故に、逃げるしか勝つ手段はない。

だが、思った以上に早く救いの手は差し伸べられたようだ。


まず先頭の人形の頭がいきなり吹き飛び、派手に仰け反る。次に彼が走り去った後から突風が吹き、多くの人形は抗うことも出来ずひっくり返る。

更に上空から複数の人影が降りてきたと思えば、各々展開し迎撃を開始する。


複数は鋭利な刃物によって真っ二つに切り裂かれ。

複数は槍によって串刺しにされ。

そしてまた複数はレイピアのようなもので蜂の巣にされた。


すべて一瞬の出来事だった。

彼は自分が疲れた果てていることに今更気づき、一旦その場に腰を下ろし後片付けをしている人影達を見つめる。


全員華やかな容姿をしていた。

一人例外を含め、彼女達は彼が裏で集めた仲間であり、彼が危機に陥った際には救助に向かうため、彼が事前にここに待機するように言っていたのだった。


「全く、僕達が間に合わなかったらどうするつもりだったんですか?」

その“例外”は目の前に来たと思うといきなり説教を始めた。

周囲からカオルという愛称で呼ばれている彼は、こちらに対して気が無いように振る舞いつつ、心配を欠かさない頼りがいのある奴なのだが。

...そう...かなりツンツンしている奴なのでどう扱えばいいのかが彼にはわからなかった。


少女のような麗しく、可憐な容姿をしているが決して忘れてはいけない。そう、こいつは男だ。

彼の母親が綺麗だということで有名らしいがここまで遺伝したことにその母親本人が驚いていたそうだ。


「ああそうだったな。ありがとうよ」

「ぇ!? わ、分かればいいんですよっ!」

...からかいも込めて軽く頭を叩いてやった結果、変な反応をされてしまった。

どうも彼自身、この手のような反応に弱いらしい。余計扱いに困ってしまう。


彼――ミカミは溜息をつく。

元よりそういった関係を女性(男性とは勿論)と持ったことは殆ど無い身だ。

こういった他人に好意をモロ向けられるとどうしたらいいかわからないのだ。

剣の道は迷いを持ってはいけない。剣同士の対決は一瞬の迷いが命取りになりかねないからだ。

逆に捉えるとミカミ自体、そういった迷うような事柄について避けている節があることを彼自身理解していた。


ぐるり、と見渡し後始末をしている彼女達を見る。

彼女達は皆、彼に惹かれて集まった集団だ。彼が唯一心を許した友人に『ハーレム集団』と馬鹿にされたが、改めて考え直してみるとそうと表現した彼が一番的を射ていると今更思った。


「ミカミさん、なにボサっとしてんの」

ローブを着た彼女達のリーダー格の少女が後始末が終わったことを報告しに来た。

潮時だ、彼は彼女達に撤退を指示した。

すると突如として上空から1機のヘリが滑り込んできた。

それはカサッカと呼ばれる多目的ヘリで、旧ソ連で製造されていたモデルだが、現在では様々な国で製造が続けられている、ダイ・ハードなヘリである。

主な区別として民間用と軍用があるのだが、見た感じこれは民間用のようだ。


「大将、どうだい?アタシが仕入れてきたんだよ」

最初に狙撃銃で人形を仕留めた少女が自慢げに語る。

確か彼女の実家は大金持ちだったはずだが、それにしても古い機体とはいえヘリ一台買えるだけのポケットマネーがあることには驚いた。


乗り心地はというと、民間モデルとはいえやはり元は軍用、そこまでよくはなかった。




















「姉ちゃん!そっち行ったよ!」

「わかった」

私は弟に言われた通り振り向き、腕の装甲に取り付けられた刃を目の前の敵に叩きつける。

が、相手の方が瞬発力が高く、結界を張られて鍔迫り合いのような状況になる。

埒が明かないことを悟った私は、刃の付いている腕の親指でかちり、とスイッチ

を押した。

すると刃が突然高速で振動し始め、目の前の敵の結界を焼き切っていく。

結界に刃が通ればもうこちらのものだ。あっという間に彼の身体は私の刃によって溶断され、真っ二つになってしまった。

蛋白質が焦げる嫌な臭いがする。

私のマスクはマスクというより、ゴーグルに近い為、口や鼻は保護されていない。

臭いに耐えかね、私は次の敵に躍り掛る。

足に付けられたスパイクを敵の胸に突き立て、そのまま地面に押し倒す。そしてそのまま私は身体を捻り、敵の身体の上で一周くるりと回る。

ぐちゃぐちゃぐちゃり、とミンチを捏ねているような肉が掻き回される不快な音が聞こえる。

うるさく悲鳴をあげられるのも困るので敵が悲鳴をあげる前にもう片方の足のスパイクで喉笛を掻き切ることも忘れない。


一方、弟の方もしっかりやってるようだ。フルフェイスタイプのバイザーで顔は見えないが、冷静にライフルのセミオートで確実に敵の頭を撃ち抜いていっている。

が、一人の敵がライフル弾の雨を掻い潜って突っ込んできた。

それでもやはり彼は冷静にライフルからソードオフを取り出し敵の上半身を吹き飛ばす。

どうやら、こいうが最後のひとりだったようだ。


「姉ちゃん、片付いたよ」

「そ...。じゃ帰ろっか」

装備一式を纏めて私達は帰路につくことにした。

部署変更を言い渡され、異動した先が新設された部隊だと聞いた時は正直そこまで喜ばしくなかった。

馴染みのある今までの部隊が良かったし、そこには両親もいた。

しかし、その時聞いた噂で私は一気に乗り気になったのだ。


『新しい部隊には“カラス”と呼ばれている奴がいるらしい』という噂を。

是非とも顔を見てみたい、と思った私は快く承諾した。

別に弟は異動を言い渡されていなかったのだが、姉が行くなら自分も行くとのことで、彼も同行することになったのだ。


だが、彼に実際に会ってみて私は少し彼への評価を下げた。

彼には愛想が無いのである。全く。これっぽちも。

兵士としての自尊心も無ければ、忠誠心も無く。なら何の為に戦っているのだ、と問い正せば「さあ」と返してきたのだ。


私はこんな中途半端な奴は大嫌いだった。しかし、何を間違ったのか私はそこで彼に模擬戦を挑んだのだった。


結果はボロボロだった。

というより、全く歯が立たなかった。

全身の苦痛より、こんなちゃらんぽらんな奴に負けたという事実の方が痛かった。

そして、負けた条件として更にキツイことを言い渡された。


『これからはお前はぼくの部下ってことで』と。




「ん、帰ったか」

「なんでそんなに上から目線なのよ...」

収容口に戻ると、椅子に浅く腰掛けコーヒーを啜っている青年―八咫が出迎えてきた。

否、本人には全くそんな気はなかったのだろうが、結果的にそうなってしまったのだ。


「悪いな、元からこういう口調なんだよ」

「あっっそ!」

呆れた私は彼の横を通り過ぎ、自室へと向かう。

自動ドアが閉まる瞬間、背中に彼が「お疲れ」と言ったのが聞こえた。



遅いっつーの。








姉ちゃんは嫌ってるけど別に俺は八咫さんのことが嫌いではない。

寧ろ、頼れる兄貴分みたいで非常に心強い。

さっき姉ちゃんの去り際に八咫さんが「お疲れ」と言ったら姉ちゃん顔真っ赤になってたのを見て、やっぱり姉ちゃんはもっと素直になるべきだと思った。


八咫さんだってこんな感じだけど話しかければ普通に返してくれるし、アドバイスを求めればちゃんと真面目に考えて返してくれる。

お姉ちゃん子の俺からすれば2人にはもっと仲良くなってほしいものだ。


俺の願いは姉ちゃんが幸せになってくれる事だ。そのためなら俺は銃を握り続けるし、人を殺し尽くしてしまっても構わない。


だって俺は世界で1人だけの姉ちゃんの弟なんだから。

























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On The HELL Fulldrive @buna1126

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