On The HELL

Fulldrive

第一章 From Dawn


chapter 00: prologue



能力者が跋扈する世界で、

人々は忘れつつある。

三度目の大戦の最中で、

大衆は認めないようにしている。

そう、この世界は屍の上に成り立っている。

と、目の前の男は言った。

直後、1発の銃声が鳴り響いた。



ぱたり、とその肉塊は力を喪い、重力によって当然顔で灼熱の砂地に突っ伏した。

ぼくは構えた拳銃を降ろし、つい先程拳銃用弾丸を用いて脳髄を無茶苦茶に破壊したモノを見つめる。

それはかつての友人だったモノ。

結果としてぼくに立ちはだかったモノ。

最早、人と呼べるのか怪しいモノ。

後悔はあった。

少なくとも、かつて仲が良かった友人を撃ち殺したのだから。

良心が痛むのは当たり前だろう。人を殺して笑顔なのは狂人だけの特権だ。

常人――少なくとも自分をそうだとは思わないが――なら自己嫌悪に襲われ、ひどく嫌な気分になるはずだ。

でも、ぼくはそうならない程に人を殺しすぎていた。

そう、ぼくは兵士。

俗に言う、傭兵と呼ばれる戦争の駒の一つなのだ。


彼のぐちゃぐちゃに砕け、その中身を雲一つない空に晒している後頭部を見るのは流石にこたえたので、蹴って仰向けにしてやる。

かつて、上官に死体を蹴るなと叱られた事があったが、死体なんてただの“モノ”に過ぎないのであって、既に生を喪っているものに尊厳もクソもない、とぼくはそういう考えなので蹴ることに罪悪感は感じなかった。

奴の杖を近くの地面に突き刺し、軍人風の弔いを済ましたところでぼくの携帯端末モブが喧しく鳴り始める。

否、正確にはぼくの鼓膜を喧しく振動させる。

ぼくらの使っている最新型の無線機は既存の小型の機械では無く、こうした前世紀に流行った液晶付携帯電話スマートフォンの様な形状をしている。

と、言ってもこんなもの戦場にあっても邪魔なだけであって便利ではない、ということでぼくらを雇っている経済大国の軍のお偉いさんは技術部に改良を依頼した。

その結果、携帯端末は常にバックパックに詰めていてもOKという仕様になった。

というのも、無線が電話のように端末を持って通話するのではなく、SFなどでよく用いられてい体内無線によるバースト通信に切り替えられたのと、CALL音で敵に場所を知らせてしまう恐れがあのでは?という意見から、鼓膜付近に極小のバイヴレーションを取り付け、CALLと全く同じ周波数で振動する仕組みに変更されており、着用者以外には全く聞こえない仕様に変わったのだ。

いい加減応答しろ、と端末モブがうるさいので応じようとするが、流石に奴の血で塗れた手で端末モブを触るのははばかれたので一度携帯していた水筒で洗い流してから通話ボタンを押した。


『―――。』
















episode 01: Desart soldiers




―無限に続く、砂の丘―


―走る鉄塊は何を告げる―






世界は変わった。

取り敢えず、そう言っておこう。

発端はと言えば、かのカルト宗教の組織が世界中で同時テロを起こしたからだ。

と言ってもせいぜい500程度だが。

当然のごとく、世界は混乱した。

かつての大戦の時と同じように、人々は死という恐怖に襲われながら生活しなければならないようになった。

おまけに、テロの標的が何とその国の軍事基地であり、国軍はすぐに機能しなくなった。

某覇権国家の大統領は演説で、

『許されざる非道』として、唯一被害を“受けなかった”国として盛大に抗議した。

そしてぼくはその一連のテロの被害者だ。

当時、高校生だったぼくは海外旅行好きな父に誘われ、久しぶりの家族旅行へ行った。

向かった先は東ヨーロッパ。

そして、そこでテロに巻き込まれた。


気がつくとぼくは自分が生きていることに気づいた。

あちこちから出血しているのか、傷口に土や瓦礫が入り激しく痛んだ。

でも、ぼくは生きていた。

そして、ぼくの家族は死んでいた。

父は、爆風で下半身を持っていかれ。

母は、破片で原型を留めぬ程体を破壊され。

姉は、巨大な瓦礫に潰され。

弟は、滑稽なことに折れた鉄骨に見事に上から胴を貫かれていた。


みんな、しんでいた。

後から聞いた話だとそのテロの中心地の付近で生存していたのはどうやら僕だけだったらしい。

家族皆殺しにされ、帰るところも出ていくところも失ってしまったぼくは特に当ても無く、破壊されたヨーロッパの街をふらふら、と歩いていた。


遠くから渇いた破裂音と、断末魔の叫びが聞こえる。

戦の音がする。

何故か、ぼくは音の根源に向かって歩き出した。

すると、逃げる市民と真逆に歩き始めたぼくの足にコツ、と軽い衝撃が走った。

割と痛かったので、それはかなりの質量を持っているのだろう。――人を殺せるくらいには。

ぼくは取り敢えず、地面に落ちていた“ソイツ”を拾い上げる。

どこからどう見てもはライフル銃、――後で調べたらAK-74だった――俗に言う、カラシニコフと言うやつだった。

手始めにぼくは弾倉に弾が篭ってるかいるか確認し、コッキングレバーを引いた。ガシャッという無骨な金属の音がして、一発目が装填されいつでも撃てるようになったとその音は伝えてくる。

サバゲーをしていて良かったな、と初めて思った瞬間であった。




冷静に点射し、テロリストどもの頭や体をぶち抜いている時、ぼくは特に何も感じなかった。

ただただ、人を殺してるんだなという実感だけがそこにあった。

そして、彼らの目が印象的だったのを覚えている。

何故自分は死にゆくのか分かっていない目だった。

まるで、生まれて初めて死ぬことに恐怖したかのような、そんな瞳だった。

中には恐れの余り、ぼくの足にしがみついて命乞いをするような人間らしさMAXな輩もいたが、ぼくは容赦無くそいつの頭を鉛弾で砕いた。


正しく死屍累々という言葉が正しい場所に気がつくとぼくは一人たっており、周りの人間は皆死んでいた。

ぐるり、と周囲を見渡すと向こうにいかにも軍人と思わしき集団が見て取れた。

見ると武装しているようだったので、一応ぼくは彼らに向かってライフルを向けた。

「あんたらは?」

そう聞くと兵士達は軽く動揺し始めた、...一人、リーダーの様な奴を除いて。

そいつは動揺してぼくに向かってライフルを構えた部下達を手で制し、一歩踏み出す。

そして、そいつは困った様にニヤリと笑みを浮かべ、ポーチから白いハンカチを取り出し、ヒラヒラと振り始めた。

「一応敵ではない...かな?」

そう言って男は付けていた目出し帽を脱ぐ。

その素顔は思わず息を呑む程の美丈夫であり、その蒼い瞳は冷徹な――要するに、人を殺し慣れている者の――光を灯していた。

「さっきの銃の腕前は実に見事だった。まさか、たった1人で奴らを全滅させてしまうとは」

ぱちぱち、と拍手をしながら男はゆっくりと、ゆっくりと近づいてきた。

そして、ぽんっとぼくの肩を叩いて言った。

「...何処でその技術を得た?」

ちらり、と男の手を見るとそこには魔法のように一丁の拳銃が握られていた。

PB/6P9と呼ばれる、極めて暗殺に適した拳銃だった。マカロフだからと言って決して油断してはいけない武器だ。

だからぼくは疑われぬよう「サバゲーをしていたんで」と答えた。

すると、男は突然大声で笑い出した。

突然の出来事に唖然していると、男はぼくの両肩をがしっと掴んだ。

「...気に入った!」

「え?」

男が何を言ったのか理解出来ずに思わず素っ頓狂な声が出てしまう。

男は更にニヤニヤを深め、

「お前、俺らの傭兵団に入らないか?」

と、とんでもないことを言い放った。










自分でも何故、あそこで断らなかったのか未だに分からない。

その後男が付け加えたように行く宛が無いのは確かだ。

でも何でわざわざ人を殺し続けなければならない仕事に就いたのだろうか。

と、言うわけでぼくは数ヶ月の間、彼らの訓練を受け、無事傭兵になれたのであった。

正式に傭兵になった時、ぼくは団長からM4カービンを渡された。

そこで引っかかったのだが、何故傭兵というならず者が米軍の装備を使っているのか、ということだ。

今日、9.11のテロやカルト宗教のテロを受け、国民の管理が更に強力となり、列強各国が武器の輸出を控えているというこの御時世の中、どうしてこんなヨーロッパのへんぴな場所でおまけに傭兵という立場でAKシリーズではなく、M4を渡されたのかイマイチ理解出来なかった。

その事を隊長に聞くと、彼は笑って、「僕達はアメリカと契約してるからね。だからこちらが要請すれば、色んな武器を貸し出して貰えるのさ」と、言った。

そこでぼくは自分の記憶との齟齬に気づいた。

少なくともこれまでの傭兵とは貧乏国の国軍の軍事支援や、助太刀が主だったはずだ。それが今では列強に雇われるという始末だ。

「今や“兵士”というのはとっても高価な物だからね。国軍の一人前にするまで数億かかる兵士を失うよりかは、比較的安く雇える傭兵を失う方が、損害が少ないだろ?」

なるほど、そういうことか。

だから雇われ兵の需要が増えたのか。

ぼくは一人納得すると、頂戴したライフルをひとしきり点検した。

うん、これなら能力者達を殺せそうだ。

というのも、数年前にぼくの家族を奪ったテロリスト達はなんと異能力を持つ者達で、おまけに日本の軍隊だと言うことをここに来て教えられた。

ジャップはテロリストがお前がいたヨーロッパの某国にある、と判断して能力者達を送った。そして、その作戦地域に“運悪く”お前ら家族は入っちまったのさ、と良くしてくれた司令官は語った。

あいつらは自分達を英雄だと勘違いしてやがる。ジャパニーズ・アニメーションのように何しても自分たちは関係ないって思っている。戦争をゲームか何かと勘違いしているみたいだ、と。



燃料資源が枯渇した現在。各地で資源を巡った戦争が起こり続けているおかげで世界は新エネルギーを開発することを諦めた。だから今僕らが乗っているのは軍隊おなじみの戦車や装甲車、軍用の輸送機ではなく鉄の道を征く、鋼鉄の塊である。それもただの鉄の塊ではなく至るところに対空機関砲や、主砲として120mm滑空砲などなど様々な武装が施してある他、少ない燃料で長時間稼働を続ける為に、太陽光発電、風力発電、廃熱発電などの設備がすべて揃っている為、1回の補給で数年は動き続けることができるそうだ。

ぼくらはそこで生活を営んでいる。勿論軍用の、おまけに兵器である為快適差は零に等しい。

内部の殆どが武装の可動部で占めているため、寝る際に新たに入った訓練兵や階級の低い兵士は120mm滑空砲の弾かミニガンの弾帯を抱き枕代わりにして寝るしかない。あと、中は物凄く暑いし、煙臭い。機体の内部の高温でストレスが溜まった隊員が煙草を吹かす。そしてその煙で更に暑くなり、結果として無限ループが発生している。

非喫煙者ノットスモーカーであるぼくからすれば酷く厄介なものである。

そしてまた数年経ち、この生活にも慣れてきたある日、ぼくはそんな煙草の煙と暑さに耐えかね、装甲列車の見張り台で一息ついていたところで、警報を聞いた。

何事か、と思い司令部に降りるとデスクワーカー達が忙しなく動いており、上官たちは険しい顔でモニタを睨みつけていた。

何が起きたんです、とぼくは上官に聞いた。

「この間の作戦で捕らえた敵工作員の処刑したことを知った向こう側がご立腹でな。ジュネーヴ条約が云々と五月蝿うるさく喚いてきた挙句、宣戦布告までしてきた。..そして諜報部隊が奴らの行軍を確認し、今に至る。脅しに来たんだろうが向こうから来たんなら返り討ちにしてやらんとな」

ニヤリ、と上官は不敵に笑う。

「お前には期待してるぜ、八咫ヤタ

その捕虜を取れた前回の作戦の時にぼくはその名前をつけられた。

由来は作戦の時、ぼくが直感で指示した場所がたまたま敵の拠点だったことから日本大好きな隊員が、お前は八咫烏ヤタガラスみたいだ。これからも導いてくれよ?と言ったことが広まったから、らしい。


出撃は明日だ、と告げられたぼくは一人自室に戻る。

装備の確認の為、ぼくは立て掛けていたライフル――SCAR H CQB――を手に取った。

この銃は作動機構はガス圧利用方式だが、M16がチャンバー内のボルトキャリアまでガスを流入させるリュングマン式を採用したのに対し、SCARはショートストロングピストン式を取っている。そのため、命中精度は若干低下するものの、ボルトキャリアが汚れることはなくなった。

他にも89式小銃のようなガス調整弁を備えて作動不良に備えるなど、M16で不満とされた信頼性を向上させる工夫が施されているため、ここでも多くの兵士達が使用している。

ぼくが使っているモデルはCQBモデルの為能力者達との戦いは接近戦、もしくは室内戦が多い可能性が高いということだ。

ぼくに与えられた司令は装甲列車に接近する敵を撃て、というものだ。

遠くの敵は全て狙撃班や対空機銃が撃ち落としてくれる。








既に能力者側は多くの死人を出していた。

なぜならシェパード司令官の予想が当たって飛行能力者が大勢いたから、狙撃班と対空機関銃達のいい射撃練習になったからだ。

いくら強い能力を放とうとしたところで、明らかにこちらこほうが初速も瞬間威力を上だ。

自分達が攻撃されることに慣れていない能力者達は一気に隊列が崩れた。

臆病風に吹かれて我先へと逃げ出す者は容赦無く狙撃班が背骨や後頭部をぶち抜き。

それでも抵抗を続ける者は対空機関砲であっという間にミンチに変えられる。

しかし移動しながらの迎撃というのは熟練の兵士でも中々難しい。よって列車は止まらざるをえない。

だからぼくら対奇襲部隊班があるのだ。


列車の最後尾で後方を警戒していると、同僚のマックスは愛用のハニーバジャーを撫でながら、「出来れば来て欲しくないんだがね」とポツリと呟いた。

どうしてだい、とぼくが尋ねると、彼は「いや」と首を振り。

「別に戦うのが怖いわけじゃない。何が怖いのかって言うのは...っと」

彼はすぐにヘルメットの赤外線ゴーグルを降ろし、ライフルを構えた。

暫く周囲を見たあと唐突に彼は発砲した。

ハニーバジャー特有の抑えられた発砲音が鳴り止むとそこには戦場ここには不似合いな出で立ちの少年が突っ伏して倒れていた。よく見ると背中がぐちゃぐちゃに破壊されている。

「仕留めたか?」

「お見事」とぼくは拍手を彼に贈った。

と、ぼくはもう一つ気配を感じたのでマックスに「待っててくれ」と一言告げるとゆっくり車両から降り、列車の右側に向かった。得物をSCARからmaxim-9とナイフに持ち替え、そいつにゆっくり接近し、十分に距離を詰め羽交い締めにした。

その際膝を蹴飛ばし、態勢を崩させたので完全に状況はこちらが掌握していた。

「くそっ!はなせっ!」と拘束から逃れるべく身を攀じる男。

よく見るととても若かった。ぼくよりふたまわり年下なのではないのだろうか。

「大人しくすれば殺さない」

ぼくはナイフを首に突き付けながら少年を脅した。命が惜しければ情報を寄越せ、と。

するとまた少年は急に暴れだし「誰がお前らみたいな劣性に言うか!」と、言った。

ぼくは呆れた。未だにメンデルの法則が人間の善し悪しに影響すると信じてる輩がいたとは。

今となっては禁忌タブーに近い差別だと言うのに。


しょうがないからそのまま足を払い、地面に仰向けに叩きつけた。

ただでさえ自分達が攻撃するのに慣れていない能力者達でもここまで痛がらないだろうというほど、彼は痛がった。

きっと裏で指示を出すだけの口だけ番長であって白い目に見られてたに違いない。

仰向けに倒された少年はぼくの顔を見ると、二ヤァと気色悪い笑みを浮かべた。

「ほら、どうした?どうせ殺すんだろ?早くのその銃でぼくを―、」

ぶすっ、

彼の頭がゆっくりと彼のぼくを指さしていた腕を見つめる。

「ぁ...あ?」

声にならない声で、彼は目の前の光景を拒絶しようとしていた。

彼の視線の先には、肘から先がない彼の右腕だった。

「う、ぅぅぅぅああああああああ゛あ゛あ゛あ゛!!」

「五月蝿いな」

大きな蟲のようなやかましい叫びだった。耐えかねたぼくは少年の顔面を蹴飛ばし、拳銃を突きつける。

「おい、ガキ。“殺せ”なんて言葉を戦場ここで気安く言うな。戦争はゲームじゃない」

痛みの余り涙ぐんだ彼はぼくのコンバットハーネスを掴み「助けて。命だけは!」と言った。

ぼくはそれを聞いて安心した。

「わかった」

「やっ――」

ぶすっ、


額に穴を開けた少年は歓喜の表情のまま永久に凍りついた。

「...敵を信じられるなんて、お前おかしいよ」

ぼくはクツクツ笑いながら彼の死体を置いて同僚の元へ戻った。





帰ってすぐに聞いた話だと能力者達は撤退したらしかった。





「先輩!お疲れ様っす!」

開口一番、労いの言葉を口にし飲料水を手渡してきたのは新兵―ミーシャという名の―少女であった。

ぼくはうんざりしながらボトルを受け取り、

「先輩と呼ぶのは流石にやめてくれないか?ぼくはきみよりちょっと長く生きただけの男だ。そう呼ばれるだけの器なんて持っちゃあいない」

すると彼女は笑って、

「そういう所が“せんぱい”みたいだって言ってるんすよ!あといいじゃないすか!呼びやすいですし!」

そう言ってにぱーっ、と笑う姿はとても愛らしいのだが、同時に鬱陶しいなと感じる自分もいた。

でも彼女なりの気遣いを無下にするわけにもいかないのでその気持ちはおくびにも出さない。


彼女も能力者達に両親を殺された。ひょっとすると彼女のこの無邪気な明るさは悲しみの裏返しなのかもしれない。


元から趣味で狩猟をしていたというからショットガンやライフルの扱いはピカイチでもうすぐぼくらと同じ部隊に配属されることになるだろう。

唯一願うことは、彼女が実際の戦闘で怖気づかないかどうかということだ。

彼女はぼくの失った姉に似ている。そんな気がする。

彼女を失うことはもう一度姉を失うことと同じだとぼくは思っている。


例え、それがぼくの頭の中だけで行われている妄想だったとしても。


彼女に姉の姿を投影しているだけだとしても。




ぼくは彼女を失いたくない。












少年は言った。

あらゆるもの全てを救いたいと。


少年は成した。

少年少女に世界を救わせることを。



少年は遺した。

世界に消えることの無い、憎悪を。



そして男は刻んだ。

一生消えることの無い、傷跡を。





episode:02 Revenge


数年前 北極海


其処の水は殆どの生命体の侵入を拒んだ。

其処の水は一度入ると、生命を奪ってしまう程の水温の低さを誇っている。

全ての生命を拒む、正しく自然の要塞と言える場所に一つの機影が飛んでいた。

その物体はやけに角張っており、一昔前のゲームのグラフィックをそのまま現実に投影したかのようだった。

その変態的な形状をした多目的ステルス強襲ヘリはその腹に数名の兵士を内包し、彼らの対象のポイントに輸送し、サポートするという役目を与えられていた。

当多面体ポリゴンは敵予想エリアに侵入するも、対空攻撃Anti Air Interceptorは見られず。順調に敵プラントへ接近している模様。みんな夢でも見てんのかね』

「そりゃあ、そうだ。このヘリは不可視ステルスだし、そもそも奴らはぼくらに位置がバレてることにすら気づいてないんじゃないかな」

頭にスカルキャップを被った男が気だるげに言い放ったヘリのパイロットに応じて言った。

ヘリの収納部には彼を含めた4人が腰掛けており、そして全員が都市型迷彩の野戦服を着、その手には昔から特殊部隊に愛用されているサブマシンガン――MP5にサプレッサーを取り付けたモデル、MP5SDが握られていた。

9mm弾を毎分800発発射可能で、有効射程は200mもある、スグレモノ銃である。

彼らは傍から見るとリラックスしているように見えるが、実際は各自の準備に余念が無く、ゆったりながら忙しなく目や手先を動かしている。

各々がハーネスのポーチを開き、正確な位置に予備弾倉やグレネードなどのその他お役立ちアイテムが収まっているかどうかを確認している。


今回の彼らの任務は二つ。

一つ、敵重要拠点の一つである、海上石油プラントの制圧。

二つ、敵国の機密情報の入手。

侵入方法は、脚部付近の氷河にヘリボーンによるロープ降下。

尚、敵戦闘員に発見された場合、増援は一切無く。隊員四人とヘリ一機で何とか対応しなければならない。

そんなある種の『スパイ大作戦』のような危険な任務に彼らは就いている。

彼らが所属する部隊は“寄生虫パラサイト”の名で通っていた。

なぜなら彼らの主な活動が敵拠点内部に潜入し、破壊もしくは制圧だからだ。

時には新米として敵の軍に入隊し、極秘情報を自軍に横流しする任務もある。

『ランデブー予定ポイントに到着。これ以上接近はできない。ロープを使って降りてくれ。幸運を祈る』

「応よ!お前も墜とされないようにな!」

目出し帽の兵士はそうヘリのパイロットに言い返しながら降下していった。

スカルキャップを被った兵士もパイロットに向かって人差し指と中指を絡ませてから降下した。



「降下完了。全員いるか?」

隊長格の男は、MP5に初弾が装填されているか確認しながら言った。

残りの隊員はお互い顔を見合わせ、全員いることが確認できたので隊長に頷き返す。

「よし。何度も言うが今回は潜入だ。くれぐれも迂闊に発砲するなよ?無駄な戦闘は極力避けろ。いいな?」

「「「了解」」」

四人はそれぞれの死角を埋めながら前身を開始する。

しかし、そこは北極海。

ブリザードは当然顔でびゅーびゅー吹くし、摂氏は-30℃を超えていた。

軍人でさえ、長時間の滞在は危険なコンディションである。

幾ら彼らが恵まれた環境内にあっても、こんな極寒の地でも凍え死ぬ事がなく

いつも通りの活動が出来るのは、最近開発されたテクノロジーの魔法のおかげである。

野戦服の下に着ているアンダーウェアには防弾加工だけでなく対熱、対寒加工も施してあり、用いられているのはいわゆる全天候対応オールウェザー素材というやつである。

他にも無線機の類は、外部に装着すると邪魔で仕方ないので体内に埋め込んだり、戦闘状況をリアルタイムで表示する為のバイザーが各員に支給されている。

これでもまだ寒かったり不便だと思う点があるところから人間というものの欲深さを改めてスカルキャップは感じた。


プラントの脚部に到着すると、彼らは腰からスパイ映画に出てきそうな拳銃型のものを取り出した。

これはいわゆる『ワイヤーガン』という代物で、引き金を引けばフックが銃口から飛び出す仕組みだ。

四人はそれぞれのワイヤーガンを構え、引っ掛けやすい鉄骨部分に狙いを定めた。

バシュッ、と空気を裂く音と共に氷点下の大気の中をフックが恐ろしい速度で空を駆け上がっていく。

しっかりひっかかったか確かめるため、二、三回本体を引っ張り、具合に満足すると彼らはワイヤーを巻きながらゆっくり登っていった。



『警報だ』

登ってる最中に、パイロットの焦る声が聞こえた。

『熱源が高速で作戦区域に接近してる!数は2。音速爆撃機と推測される!すまん、一旦 作戦区域ここから離れる!』

「わかった。くれぐれも墜とされるなよ。俺らが帰投RTBできなくなる」

『すまねぇ』

振り向くと彼らが降りた位置の少し上で滞空していた多面体ポリゴンが離れていくのが見えた。

「どうする。このままだと爆撃に巻き込まれる可能性があるぞ」

「いや、逆に考えろ。ここの連中が接近に気づかない筈はない。なら敵の注意は空に行く。その隙を突けば...」

「要するに、爆撃機を陽動として使うわけか」

スカルキャップが言い終わる前に、目出し帽が結論を言った。

隊長は頷いた。

「ならさっさと登ってしまうぞ。最悪、多面体ポリゴンが回収に来てくれるとは思うが、少しでも脱出が遅れたら海の藻屑だからな」



スカルキャップは登り終えると、まず残り三人が安全に上がれるように、周りの安全を確保することにした。

換気扇の裏に隠れ、動体検知センサーを起動する。

歩哨が二人、ここを巡回していた。

幸い、二人共スカルキャップの見える位置にいたので素早く頭に標準を合わせ、引き金を引く。

「済んだか?」

スカルキャップが頷くとギリースーツの男は満足気に頷き、近くにあった高台に攀じ登る。

彼は高台に登ると背中のバックパックを外し、何やら組み立て始めた。

それは一見、イギリスの狙撃銃――L95のような見た目をしているが、上にスコープが載っておらず、代わりに大型の高性能カメラが付けられている。

『――遠隔自動狙撃銃座オートスナイパーの設置が完了した。俺はこれから違う位置で狙撃に移る』

高台の上を見ると、ギリースーツの男が幸運を祈ることを示す、仕草をしてそのまま奥に消えていった。


中央に進めば進む程、敵の警戒網が強くなるのは当然のことだ。そこには地雷や感知センサー、監視カメラなどが針の山のだった。

だが、スカルキャップ達とてプロである。これらの類を回避する術を彼らは会得している為、幾ら沢山置いたところで機械達は彼らの足を止めることはできなかった。


ゆっくりと行軍を続けていると、突然鼓膜が振動した。

『無事か、お前ら?』

先ほど一時撤退したヘリのパイロットだった。

『良い知らせと悪い知らせがある。どっちから聞きたい?』


・・・


彼によると、良い知らせは敵の注意は見事に正体不明機アンノウンに向いているということ。

悪い知らせは、その不明機達の正体や意図が全く掴めないということ。

『ったく、爆撃するならとっととしろってんだ』

彼の言い分もわかる。こっちはいつ爆撃されるかわからないからその分、ビクビクしながら任務を続けるしかない。やるならパパッとやってほしいものだった。

と言っても、プラントごと沈められてしまえば元も子もないのだが。

結局爆撃される前に目標を達成する、という方針は変わらず、四人は行軍を再開した。

だがしかし、良い知らせの通り、敵の注意は空に向かっているわけであって中の警備はザル警備と言ってもいいほど雑なものであった。

途中、地雷クレイモアなどと言った定番のトラップも沢山あったが、トラップ専門家エキスパートである目出し帽のおかげでそれらは全て無力化されていった。

管制塔の前まで行くと、彼らは二手に別れ、スカルキャップは一人となった。正確には狙撃手スナイパーのギリースーツも含めた二人なのだが。

「para04、聞こえるか?こちらpara02」

『ああ、聞こえるさ。信用出来ないなら、その頭、ぶち抜いてやろうか?』

「怖いこと言うな。...これから制御室に入る。援護頼むぞ」

『任せろ』

彼は右手に拳銃、左手でノブを握り手始めにこの部屋を制圧することにした。







いや、ぼくは別にね?重い病気や障碍を患っている人を差別したいわけじゃないし、嫌いというわけじゃない。でも、今のままだと彼らは不幸でしかない。何故なら彼らには活躍できる場所や場面、状況がないからね。だから、ぼくが“作ってあげる”ことにしたんだ。

右を見てごらん。そこにある大型試験管、全部そういう人らの“脳”だ。

ぼくは彼らの脳を使って、義体サイボーグに入れて活躍する場を作ってあげてるんだよ。

不幸な人に手を差し伸べてあげる、力無き者に力を与える。それが、ぼくの仕事だし、宿命だと思っているんだ。


スカルキャップは目の前の男が何を言ってるのかこれっぽちもわからなかった。そして彼は一人の女性を思い浮かんだ。

毎日のように戦場いくさばに向かう彼を心配してくれた女性。

幼い頃からずっと傍にいてくれた、唯一の肉親。

学生時代に両足を失い、こころが壊れてしまった大切な妹。

そして今でも必死に生きようとしている強い女性を。



・・・


義足のリハビリの時、心身共にボロボロになりながらも続けようとする彼女に彼は一度「もう辞めよう」と告げた。直後、彼女は態勢を崩し地面に派手に崩れ落ちる。カラン、と手にしていた杖が地面に叩きつけられ、乾いた音を立てる。

彼は慌てて近づき、手を差し伸べたが彼は他でもない彼女の手に突き飛ばされた。その意を問おうと彼女を見ると、その顔は怒りと悲しみで酷く歪んでいた。

「特別扱いしないでよ!」

彼女の言葉に彼は驚いた。普段の彼女からは全く考えられない口調だったからだ。

お前には足が無いんだ。誰かが支えてやらないといけないだろ、と言うと彼女は更に激怒した。

「私が両足が不自由だからって何で特別扱いされなきゃならないの!?優しくされなきゃならないの!?兄さんは自分のことを“普通”だと思ってるからわからないのよ!」

彼女の言葉は彼に容赦なく突き刺さった。

そして彼は言いながらボロボロと泣き始める彼女を前にどうしたらいいのかわからなかった。

「私だって一生懸命生きてるのよ!今までみたいに“普通”に生きたいのよ!」

それは彼が生まれて初めて見た、妹の怒りだった。


・・・



気づくと彼は先ほど拘束した目の前の男の胸ぐらを掴みあげていた。

「殴りたいならどうぞ、ご自由に。それで気が済むならの話ですがね」

男が言い終わるや否や、スカルキャップは思いっきり右手で男の顔面を殴り飛ばす。派手な音を立てながら男は地面を転がる。それでも男は笑っていた。嘲っているのだ。

頭にきた彼は再び男の胸ぐらを掴みあげた。

「あいつらはな、お前みたいな野郎に一々手ェ打ってもらわなくても必死こいて生きてるんだよ!」

再び殴る。それでも男の嘲笑は止まらない。

「お前みたいのなのにどんだけ蔑まれても、命削って、血反吐吐いて、泥啜ってでも生きてんだよ!」

スカルキャップは馬乗りになって男を殴り続ける。既に意識はとんでいるようだが、それでも顔は嘲笑を浮かべていた。

そのことに更に腹を立てた彼は殴りかかろうとするが、

『そこまでにしとけ。お前さんの気持ちは分からんでもないが、任務は“確保”だ。殺害じゃない』

ギリースーツからの無線で我に返った。

「...すまない」

『謝る暇があるならとっととそいつを運べ。回収地点に向かうぞ』

スカルキャップは肯くと男を担ぎ、ゆっくりと管制塔のエレベーターへと向かった。

エレベーターに乗り込み、下で待ち伏せがあった時のために武器の手入れをしていると唐突に無線が入ってきた。目出し帽からだ。

『すまん、しくじった。敵と交戦状態になってる!何とか撒くから心配はしなくていいが、くれぐれも気をつけ――』

最後の方は銃声と絶叫でよく聞こえなかった。すると、今度はギリースーツから無線が入ってきた。

『聞こえるか?聞こえてるならよーく聞け。お前さんの乗ってるエレベーター、一階のエレベーター口で大量の兵士が待ち構えている。一度二階で降りろ。そこからなら援護してやれる』

という訳で、一度二階で降りることにした。


硝煙と血の匂いが辺りに立ち込めている。

このフロアで激しい戦闘が繰り広げられたことを弾痕や爆風で削れた壁が物語っている。

死体が放つ悪臭に顔を顰めつつも、スカルキャップは歩みを進める。

この辺りの兵士は皆体を小弾丸でズタズタにされていたが、奥の方に転がっている死体はどれも正確に頭を撃ち抜かれており、味方のギリースーツによって行われた殺人だと言うことが見て取れた。

突然、彼の頭が警笛を鳴らしだした。男を死角に寝かせ、腰からMP5を取り出す。息を潜め、僅かな気配でも探知できるようにする。

ふと、予感がして振り向きながら数発、銃弾を放った。その弾丸は丁度彼の裏を突こうとしていた敵の身体に吸い込まれていく。被弾した兵士はくるくるまわりながら力を喪い、地に伏した。

するとそれを引き金に兵士がわらわら現れ、彼を殺そうと躍起になって襲いかかってきた。少なくとも五人はいた。

MP5はどちらかと言えば対集団向けの銃ではない。しかし、今の彼はこの現状を打破できる装備を持っていなかった。

男を盾に一先ず、逃げることにした。

ここの地図は作戦会議ブリーフィングの際、全て頭の中に叩き込んでいた為、裏口や隠し通路など彼はすべて知っていた。

だから、かなりの余裕を持って武器庫に辿り着くことが出来たのだった。

中にある銃を手に取り、役に立ちそうな装備を探す。だが、中々見つからない。

いい加減諦めようか、と思い始めた時、彼は部屋の奥に何かしらのスーツが立てかけてあるのが見えた。

それは、彼の国では未だ試作段階である強化外骨格エクゾスケルトンだった。

これなら行ける、そう確信した彼は急いでそれを装着した。

何かしらのシステムが起動したのだろうか、モーターの稼働音が聞こえ放射状に広がっていた装甲がゆっくりと閉まり始めた。

『On The HELL』

バイザーにはそう記してあった。

だが、彼は知る由もない。

この強化外骨格エクゾスケルトンと、先程の正体不明機アンノウンは全く同類であることを。

そして、この兵器こそ後に世界を再び戦争に陥れる、今世紀最悪の兵器ジェノサイダーとなることを。






まだ、誰も知らなかった。



そして、静かな復讐リベンジェンスの物語が幕をあげる。














いつも裂けるような痛みと共に、意識が覚醒する。

あの日喪った手脚の苦痛が、家族を喪った苦痛が毎晩、毎晩彼女を苛み続けている。

そんな苦痛に悶える最中、彼女はいつも一人の少年を思い出す。

誰よりも愛し、誰よりも寄り添い、誰よりも想った唯一の少年肉親


乱れた精神と苛む苦痛ファントムペインを抑える為に自らの肩を抱く。だが、本来温もりが感じられる筈の腕は冷たく、金属的な光沢を放っていた。

悪夢ヘルは終わらない。消すことも、無かったことにすることもできない。

だが、それでも彼女は腕を伸ばし続ける。その先に自分が望むものがあると彼女は狂信する。


どんな結果を招くにせよ、決して良い結果になど、なる筈がないのに。















気付くと、目の前に熱い砂の大地が広がっていた。そして彼女は自分が少し気絶していたことに気づく。

(あれ、私...何やって...?)


彼女はぼんやりした頭で現状を理解しようとするが、それは叶わなかった。

頭の中のもやを払拭する為、二、三回頭を叩くとコツコツ、というプラスチック特有の無機質な音が聞こえた。そこで彼女は自分が今“バイザー”を付けていることに気づく。

ここが何処かわかった彼女はすぐに行動に移った。

右手が“添えられているレバー”を動かし、“機体”を起き上がらせる。モニタの異常が確認されなかったので、彼女はそのまま戦線に戻ることにした。


彼女が乗っている機体は数年前、とある兵士が某国から強奪した強化外骨格を改良した二足歩行兵器アサルトウォーカーであり、その発展型バリエーションの一種である。

元のカラーは橄欖色オリーブドラヴだが、今回は砂漠での戦闘を想定された黄土色デザートカラーになっている。右手には大口径のマシンガンが握られており、他にも無反動砲バズーカなどを装備している。

『遅ぇぞ!早く援護してくれ!』

僚機からの罵声を聞かなかったことにし、彼女はホバリングしながら前進する。

敵は勿論能力者である為、敵に突っ込むなど基本、下策とされるのだが、

「...!」

ぐいっ、と彼女は機体を横に横滑りさせ、ドリフトの要領で機体を右を向かせながら速度を落とすことなく滑らせていく。

そんな彼女を消し炭にしようと能力者達が躍起になって追撃を仕掛けるが、全て数コンマ前まで彼女がいた地面に突き刺さるだけだった。

牽制の為に120mmマシンガンを放ちつつ、彼女はディスプレイを呼び出し、コマンドを入力した。

目標捕捉ロックオン、O.T.H システム起動スタンバイ

『Approval. code: burning disaster』


彼女が紡いだ言葉を内蔵OSが承認し、背部装甲が展開され多数の重火器が顔を出す。自動標準オートロックオンにより捉えられた対象の元には数センチのズレもなくミサイルやライフル弾の雨が襲いかかる。

圧倒的物量を前に能力者達は成す術もなく次々に肉片に姿を変えていった。辛うじて結界を張った能力者が安堵したのも束の間、他の機体の右腕に付けられているスパイクであっさり結界ごとぶち抜かれ、腹から尋常じゃない量の血を撒き散らせながら地に臥した。


『敵殲滅確認。お疲れさん』

オペレーターの労いの声を聞き、彼女は顔につけたバイザーを脱ぎ捨て顔を振るう。美しい黒髪をボブカットに切り揃え、その瞳は見るもの全てを達観しているようだった。

機体接近を知らせる警告音が鳴ったので、ちらと横を見やると僚機が機体の肩に手を置いていた。

『流石お嬢。あの屑共を秒で葬り去るとは』


彼女は苦笑して、

「たまたまですよ。もう少し起きるのが遅かったら殺されてたかもしれません」

『謙遜しなさんなって!お嬢は自分が凄い、ってことをそろそろ認めなきゃだぜ?』


ガハハ、と同僚は笑いながら撤退を始める。一人、取り残された彼女はぽつりと呟く。


「あの、元気にしてるかしら」








episode: 03 『Hanged man』




彼女が所属する第二十二機械化遊撃隊はヨーロッパ某国の主力部隊である。

日本軍改め、日本帝国軍の特殊能力者部隊が幅を利かせ始めてから暫くしてこの部隊は産声を挙げた。初めは強化外骨格エクゾスケルトンによるボディアーマーを装着した兵士達による小さな部隊だったが、能力者達の出現によってそれに対抗する“フォース”を軍部は求めた。

技術部があれやこれや改良を加えた結果、このアサルトウォーカーは産まれた。エクゾスケルトンより一回り大きく、日本のアニメに出てくる二足歩行兵器を彷彿させるようなフォルム。男兵士達は実物を初めて見た時、揃って身を輝かせ、歓声を挙げたほどだ。

彼女はイマイチ魅力がわからなかったが、性能面に関しては彼女の想像以上だった。エクゾスケルトンだと彼女の超人じみた動作に着いてこれず、あっさり壊れてしまったのだが、アサルトウォーカーはそれらの動き全てに着いてこれたのだ。武装や装甲もエクゾスケルトンの二倍ほど搭載されており、単機で一つの軍隊を相手できる程の量だ。

だが、能力者達全員に勝てるか、といったらそうでも無く、相手の能力によってはあっさり破壊されてしまうこともある。

一度など、“アシッド”の能力を持つ者と対峙した際、こちらの機体が全て酸化されてしまい、機体を捨てて撤退せざるを得なくなったこともある。そのため、今は多少の攻撃で酸化しないようにアサルトウォーカーの装甲の表面に塩化ナトリウム(NaCl)を塗装の上に塗ってある。可動部等の関係上、薄くしか塗ることができなかったので効果は限定されてしまうがしないよりはマシ、という技術部の判断によるもので行われた。

そのおかげか、雪辱戦リベンジマッチではあっさり勝つことが出来たのも事実だ。余程慢心していたのだろうか、殺されたのにも関わらずその時の能力者の顔はにやけていた。


母艦に着くとすぐ彼女達はカウンセリングに回された。PTSDを防ぐ為だ。相手がどれだけ外道だとしても人を殺す、という行為に変わりはない。表面上は傷ついてないから、といって放っておいたらいつの間にか精神がボロボロ、なんて兵士にはよくある話である。

とは言ってもそれはもう過去の話で、かつては標準越しで人を殺していたものが、機械越しに変わったおかげで人を殺すことに対する心理的なハードルはかなり低くなった。それでも昔の風習で万が一の為、という名目上続けられている。


「今回の任務も大活躍だったそうじゃないですか、紫苑シオンさん」

カウンセラーの男は一通りカウンセリングを終わらせるとにこにこ微笑んだ。

「そうでもないですよ。途中、気を失ってしまって...」

「多大なGが掛かるのは仕様上仕方ないことなんですから気を失ったぐらいでネガティヴになる必要は無いですよ。...しっかり休んでくださいね?」

診断書を受け取り、シオンは部屋を出た。

自室に戻り、ベッドに身を投げる。

幼い頃に寝ていた敷布団と違い、今の自分のベッドは包み込む様に彼女の肢体を受け止めた。

今日も色んなことがあった。

同僚が3人死んだ。これでも1日に死ぬ人数にしては少ない方だ。

素直に喜ぶべきなのだろうか。

明日あるかわからない命を、今日散らさなかったことを、安堵するべきなのだろうか。

目を閉じると、彼らの断末魔がずっと頭の中で響く。初めは苦痛でしかなかったが、今ではもう、慣れてしまった。


引き出しから無造作に瓶を取り出す。

『Sleeping pills』、と書かれた瓶から錠剤を3粒出すと口腔内に放り投げる。

飲み下すとすぐに眠気が襲って来た。

抵抗する理由もないので彼女は眠気に身を任せ、意識を闇の中に沈めた。


直後、彼女の目尻から涙が零れ落ちたことは彼女ですは知らない。










日本帝国 新宿


真日本総督府

冠位グランド』Lucifer 執務室



「何であと一人が居ないんです?」

青年は目の前のデスクに拳を叩きつけた。

派手な音を立ててデスクは揺れるが、目の前の女性は眉一つ動かさない。それどころか、あたかもさっきのデスクの叩かれる音で青年の存在に気づいたかのような顔をした。

「...何ですか。その今気づいたみたいな顔は」

「何も実際さっきの音で気づいたのだから、別に不思議ではないだろう?」

この言葉には流石の青年もブチ切れた。


「アンタね!?普通近くに人が居たら気づくでしょ!?何で気づかないのさ、“師匠”!?」

師匠、と呼ばれた女性は聞いているのか聞いていないのか大きな欠伸をした。


「朝っぱらから五月蝿いなぁ、君は。私は忙しいのだ。ろくに睡眠時間も取れないくらいにな」

「そりゃあ、師匠が忙しいことぐらいぼくも知ってますよ!でも、起きているのに何で人がそばに居ても気づかないのかをぼくは言ってるんですよ!」

すると、彼女は怪訝そうな顔をして、


「ん?君、最初そんなこと私に聴いてたか?一人足りないとかどうとかだった気がするのだが...」

「ああ!そうだ!それですよ、何でぼくたち『冠位グランド』は6人の筈なのに5人しかいないのかを聴きたかったんですよ!」

忘れてた!、とやけに大暴れする青年。

と、唐突に後ろのドアが開き、男が入ってきた。

「そりゃあ、誰かが辞めたに決まってんだろ。...と言ってもお前らは2代目なのに未だに6人目が決まってないのは疑問だがな」

「おめーに聴いてねぇよ、おっさん。『冠位グランド』でも無いアンタが何を知ってるんだよ」

俺はまだ29だぞ!?、とややショックを受ける男。精神的にダメージを負ってしまったらしく、暫く項垂れていたがすぐに顔を上げた。


「まあ、そう言うな。俺はこう見えてかなり若い時から軍に入ってる。意外と知られてないことだって沢山知ってる」

「へー。なら一個なんか言ってみろよ」


男はそうだなぁ、と腕を組み、何かを考え始めた。するとすぐに手のひらを打った。

「皇帝様の好きな料理は納豆である」


部屋の空気が凍りついた。







彼らは、能力者である。

ある日突如覚醒し、天から与えられた能力を駆使し、国の為に戦う。

そして能力者達だけで結成された部隊、第86特殊能力部隊の中から大日本皇帝の勅撰によって6人の男女が選ばれる。

彼らのことを人々は『冠位グランド』と呼んだ。


彼らは皇帝に与えられた神器と能力を使用し、あらゆる敵を排除する帝国の切り札であり、最強の部隊である。




汝、時の叫びを挙げよ。


変革の時は近い。


同胞よ 旗を掲げよ、


我理想こそ、世の楔である。





第一章 閉幕






















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