ヨルムンガンドと明晰夢
韮崎旭
ヨルムンガンドと明晰夢
「何も嫌なことはありません。ただ、もう疲れた」私は屋上への扉を開く。前もって拝借してきた合鍵でそれは容易に開いた。16時間眠ろうと疲れは取れない。これはもう身体疾患。誰も真に受けない。最近は日がな一日疲れ果てている。理由がわからない。近代産業社会のゆがみのしわ寄せかもしれないし、個人的な体調不良かもしれない。気象病かもしれないし、インフルエンザの初期症状かもしれない。でももう、3か月も、一日に16時間以上眠っていて、明晰夢をたいして見ることもなく、ただただ眠りが浅く、一回の睡眠で20回から目を覚まし、またうとうとすることの繰り返しで、いい加減付き合い切れない。町にはゴキブリが溢れかえって支配者面。地面はヌタウナギのような何かに埋め尽くされている。発電所が3割くらい停止したせいで慢性的に電力不足。地面が巨大なミミズのような何かで埋め尽くされているために、地下か高層階でしか暮らしが成り立たないから文明が悲惨なことになっている。だから、私は一日に16時間異常眠らないといけないし、それでも疲れが取れないのは、文明が瀕死だからだ。というファンタジーを考えても別に構わないし、あたりがルー・ガルーの遠吠えで充ち溢れ、ヨルムンガンドが活発に活動しているせいで何百という街が海に引きずり込まれたのかもしれない。この頃は頻繁に寝返りを打つよあの蛇は、もう海には飽きたのさ、などと、スーパーマーケットで防護服姿のご近所さんが言い交わす。実際、ヨルムンガンドに対して何が有効な手立てなのかはわからない。水爆かもしれないし、他の何かも、あるいはスサノオノミコトかもしれないし、でも問題は、スサノオノミコトの遺骨がどこにあるかでかなりの論争が生じていることであり、またその遺骨らしいものが全国に幅広く分布することから、どれがスサノオノミコトなのか、そもそもスサノオノミコトなのか、どれを掘り返せばいいのか、みたいな問題が生じて、なかなかいざクローンを作成する段階まで行かないのだが、今のところ、アカゲザルのメスを代理母とする案が優勢であり、もちろん、それを不敬だとする人々も大勢存在し、また、ヨルムンガンドはヤマタノオロチではないというのも目立った問題点の一つであり、とは言うものの、他と言っても、北ヨーロッパ経済軍事協力会議は今のところこれに関してはただの地殻変動で地震であるとの見解を示しているから当然トールの貸し出しには消極的だし、また神話的にも、貸し出したくない事情がある。などと述べたところで、私の疲労感が改善するわけではないが、いずれにせよ、ヤツメウナギだろうがヌタウナギだろうがそのぐねぐねねばねばしたワームどもが地面を負い尽くしており、私の自殺は同時に彼らの食事となるのだろうと思うとなんだか気が進まない。私が屋上に来たのはそのワームを視なくて済む夜だった。最後の星空を、最後のアイスクリーム(自販機で購入)を食べながら眺めていると、核戦争もきょう提出するはずだった宿題もどうでも良くなってきた。朝焼けの光が地平を染めるのを見届けると私は、屋上から何かへ、どこかへ、身投げした。それが何だったかは、わかったらどうか教えてほしい。
参照:『よくわかる「魔界・地獄の住人」事典 サタン、ハデスから、死神、閻魔大王まで』幻想世界を研究する会著、株式会社廣済堂出版、2008
ヨルムンガンドと明晰夢 韮崎旭 @nakaimaizumi
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