第28話ロングティー⑤

(そっかぁ、DHかぁ……)


 それなら自分にもチャンスがあるんじゃないか、と浮かべて、古義は慌てて首を振りその考えを打ち消す。

 なに最初っから"隙間"を狙ってるんだ。そんな弱腰でどうする。


「すぐるーん! 次はなにするのー?」


 駆け寄る小鳥遊がウキウキと尋ねる。

 移動の為にとバットを拾い上げる周囲に倣い、古義も数本バットを手に。


「ケース練かな。たぶんそろそろ姉貴がくるはず」

「わーじゃあミッチリだ!」

「明崎センパイの、おねーさん?」


 首を傾げた古義に、明崎が「そうそう」と少し照れくさそうに言う。


「姉貴も高校まではソフトやっててな。今は大学行ってんだけど、時間ある時ノックしに来て貰ってんだよ」

「誰かにお願いしないと、すぐるんの練習が出来ないからね」

「未咲(みさき)さん、結構手厳しいから覚悟しておいたほうがいいわよぉー」

「え、まじすか」

「マジマジ。初心者だってわかっててオレと岩動にも強打してしてきたからな、あの鬼は」

「あ、未咲さんに教えてあげよ、ちーちゃんが"鬼"って言ってたって」

「アラ、いいわね。締めは一人百本ノックかしら」

「バッ! 小鳥遊おまっ! 言うなよ!? ゼッテー言うなよッ!?」


 必死で言い募る宮坂に、古義は目を丸くする。あの宮坂がこんなに怯えるとは。

 驚愕の面持ちで見つめる古義に気づいた岩動が、「未咲さんならやりかねんからな!」とカラリと笑う。

 古義にとって、明崎のイメージは"丁寧"で"優しい"といった所だ。"鬼"という言葉に連想される部分は今のところ見当たらない。


(一体どんな人なんだ未咲さんって!?)


 襲ってきた不安にブルリと古義が震えていると、横にいた小鳥遊が明崎を見上げる。


「ねーすぐるん。かずちゃんはドコに入れるの?」


 その言葉に部員の目が集まる。

 明崎は「ああ」と零しながらチラリと日下部を伺ったように見えたが、「ライトの経験が長いみたいだし、そこ入ってみるか。宮坂、頼むな」と彼の肩を叩く。


「経験者なら仕方ないかー。ちーちゃん、イジメたらダメだよっ」

「イジメねーよ。ちゃんと教えるに決まってんだろ」

「まさかアンタが教える側になるなんてねぇ」

「あ、でも基本は野球と一緒だから、別にちーちゃんが教えなくてもかずちゃんわかるんじゃない?」

「それもそうね」

「んっだよお前ら! せっかく人が気合入れてんのによ!」


 流石に今回は宮坂が不憫だ。「オレ、ソフトでの捕り方とか全然知らないんで、ご指導お願いしあっす!」と勢い良く頭を下げた古義に、宮坂は意外だったのか「お、おう!」と少したじろいだようにビクリと身体を仰け反る。

 とはいえ、その頬は僅かながら緩んでいるので、きっと嬉しいのだろう。


「……すまない古義。気を使わせたな」


 そっと声を落としてきたのは苦笑を浮かべた高丘。

「いえ、ホントのコトっすから」と古義も声を潜めて返すと、高丘が肩を竦める。


「新入生が入って来たら今度は教えてやる番だって意気込んではいたんだけど、予想通り、男子ソフトなんて見向きもされなくて落ち込んでたんだ。そこにやっと待望の一年が来たと思ったら、日下部はそもそも経験者だろう? 歯がゆい思いをしてた所に古義が来たもんだから、すっかり張り切ってるみたいなんだ」


 クスクスと仕方なそうに笑う高丘は、どこか楽しそうでもある。

 落ち着いた雅な雰囲気を持つ高丘と、血気盛んな宮坂。一見、あまり気は合わなそうに見えるが、やはり一年を共に戦い抜いているだけあって仲間意識が強いようだ。


(最初から、仲良かったんかな)


 古義はこっそりと日下部の姿を盗み見る。

 思わず漏れでた溜息は、あまりに真逆な現状に。


「古義ぃ! アイツが来る前に型だけでもやっとくぞ! 早く来い!」

「! ハイッ!」


「頑張って」と微笑む高丘に頭を下げて、カチャカチャとバットを鳴らしながら古義は宮坂の元へ駆けて行く。

 その後ろ姿を眺めながらのんびりと歩を進める明崎に、側に寄った深間がそっと声をかける。


「明崎」

「どうかしました?」

「少し、気になったんだが……」


 深間の視線が古義を捉える。


「古義のバッティングフォーム、明崎と似ているように感じたんだが……」

「っ」


「いや、気のせいかもしれん」と繋げる深間の表情は、見えない違和感の正体を探る探偵のようだ。


(さすが、良く見てるな)


 深間が未経験者ながらもサードで五番という位置にいるのは、単に上級生だからという訳ではない。

「オレも同じコト思ってました」と笑んだ明崎に、深間は瞠目してから「……そうか」と頷く。


「明崎が言うのなら、間違いないな。古義は再現性に長けているという事か?」

「かな、とは思ってるんですけどね」

「何が足りない?」

「まだキャッチボールと、バッティングの二種類だけですから。もう少し様子を見てみようかと」

「珍しく慎重だな」

「古義が入ってきて、浮足立ってる自覚はありますから」


 そういう時は目が曇る。暗に揶揄して苦笑した明崎に、深間も「そうだな……」と息をつく。

 だがもし、もし本当に深間と明崎の推測通りなら、古義の"性質"はきっと新しい"武器"になる。

 そんな期待を抱きながら、明崎と深間は宮坂に教えられ捕球の体制をとる古義の姿を見守る。周囲では小鳥遊と風雅が茶々を入れているようだ。

 日下部は離れた位置から、時折険しい顔で盗み見ている。


(まっ、そっちは暫く様子見だな)


 共に接する機会もこれから増えてくるだろう。

 程なくして緑色のネットの奥。校舎に近い通路から向かってくる人影を捉えて、明崎と深間も駈け出した。

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ライズ&ドロップ!~男子ソフトボール部で憧れた夏をもう一度~ 千早 朔 @saku_chihaya

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