第27話ロングティー④

 カキーン!


 飛ばされた打球は風雅と宮坂の間を駆け抜け、地に触れるも勢いを保ったまま砂利を蹴散らしていく。

 範囲は高丘より、小鳥遊寄り。数歩左へ移動した小鳥遊が、地面よりも少し離れた位置でパシリとグローブに収める。


「いー感じだね! かずちゃん!」


 風雅に球を返したそのままの流れで親指を高く掲げ、自分の事のように嬉しそうにはしゃぐ小鳥遊に、古義は「あざぁっす!」と大声で返す。

 今度こそミートした。きちんと芯で当てた時は、皮を剥いたゆで卵のような柔らかな感触がするのだ。


(やっべぇーっ! ドキドキするっ!)


 イメージが形としてハマった時の、なんとも言えない高揚感。

 浮足立つ気持ちを必死に抑えながら、古義は再びバットを構える。

 今の感覚を忘れないウチに、モノにしたい。


「四本目」。深間の声に、鼻から息を吸う。

 捉えた球体。テイクバック。グリップから引き寄せて。


(……っここ!)


 当てて、押出し。前へ伸ばして、スナップ。


 カキーンッ!


 軽快な高音をたて伸びた打球は後衛の日下部の元へ。当然、涼しい顔のまま軽々とキャッチされてしまったが、これはきちんとミートした"悪くない"打球だ。フォームも、崩れていない筈。

 明崎も満足気に笑んでくれるだろうと、古義は嬉々として明崎を振り返る。と、何か考え事をしていたのか、明崎はハッと肩を跳ねさせると、笑顔を取り繕って「その感じその感じ」と指でオーケーサインを向けてくる。


(なんだろ、次のメニューでも考えてたんかな)


 拍子抜けしないでもないが、問題ないのなら一安心だ。

 古義は深間の声に合わせ、一球ずつ打っていく。流石に全てを芯で強打、とまではいかず、時折ヘッドや上っ面で当てたような打球もあるが、それは明崎の指摘通り"これから"だろう。


 まだ多少の不安定さはあるものの、順調にこなしていく古義を観察しながら、明崎は「ふむ」と顎に手を添える。

 古義のバッティングフォームは、殆ど明崎の"教えた通り"だ。いや、正確には、"明崎のフォームとそっくり"である。

 良く良く見れば細かい部分は異なっているので"瓜二つ"とまではいかないが、恐らくそれは古義自身の身体能力の関係だろう。

 大枠は一緒でも、腕の長さや手首の柔らかさ、筋力の違いなど数多の些細な相違が本来の癖と相まって、個人としての"唯一"を創りだすのだ。

 しかし。その点を抜いてしまえば、古義の再現度は非常に高い。

 それは先程ほんの数球でモノにしていた、キャッチボールでも。


(もしかして古義って……いや、まだ結論付けるには早いな)


 明崎の中に浮かんだ可能性。それを頭の隅に移動させ、明崎は古義のバッティングを見守る。

 "元野球部"なだけあって打撃に対する勘はいい。おそらく中学時代もそれなりの打撃力を持っていた筈だ。

 ただ。いうのなら"華"がない。オーラというのだろうか。

 ギリギリ170に満たない身長ではパワーバッターで無いことは一目瞭然だし、かと言ってトリッキーさを匂わせるでもない"真面目"な印象である。

 相手の投手からしたら、正直"やりやすい"だろう。

 そして。おそらく守備に関しても至って"そつ無く"こなしていたのだと伺える。

 決して悪い事ではない。だが、"勝負"の世界になると、それでは物足りない。


(さて、どうしたもんかな)


 どう使ったら一番、有効か。


「九本目」


 深間の声に、古義が放られた球を打つ。

 飛んだ先は後方の日下部の元。小柄な身体を右側に移動させ、鋭く向かう打球に怯むこと無く腰を落としグローブに収める。


(アイツもなぁ)


 同じ学年が入ってきた事を喜ぶかと思いきや、日下部は古義に対して敵意を向けていた。

 それは決してポディション争いのライバルとしてではなく、古義の経歴を嫌悪しているように思える。

 日下部は、時折届く野球部の声に眉を顰めている。過去に野球部の人間と、なにかあったのだろう。

 とはいえ、古義はもう同じ部活の仲間だ。チームの調和も勿論ながら、出来れば日下部にも古義の指導にあたってもらいたいのが本音だ。

 同じ学年の方が、変な遠慮もいらないだろう。


「十本目」


 深間の声をどこか遠くに聞きながら、明崎は「うーむ」と頭をひねる。

 考えることが沢山だ。なんとも贅沢な悩み。


「らっしゃぁっ!」


 パチンッと音を立てたのは前列中央の宮坂。

 めいっぱい伸ばされた左腕の先、黄色いグローブに打球が吸い込まれる様に、古義が思わずといったように「あっ」と声をあげる。


「残念だったなぁ古義! 狙ったトコが悪ぃ!」

「ヘコまなくっていいわよかずちゃん。どーせ偶々なんだから」

「たまたまじゃねーし!? かんっぺきなファインプレーだろーが!」

「もう少し左だったな! 古義! そしたら抜けただろうよ!」

「岩動テッメ、ちゃんと守備しろよ!」


 ボールを握りしめながら肩を上げる宮坂に、岩動は「もちろん、やってるとも! 動ける範囲でな!」と胸を張る。

「そーじゃねぇだろ!」と更に詰め寄る宮坂にも物怖じせずにガハハと笑っているが、その間に高丘が「ほら、次に移動するぞ」と割入った事で一方的な睨み合いは強制終了させられた。

 和気藹々としながら守備陣が戻ってくる様子に、古義が明崎を振り返る。


「あの、蒼海センパイはいいんすか? バッティング」

「ああ、恭は一番最初に打ってっから。ピッチャーだし、ホントはDP使ってやりたいんだいけど、中々そーもいかなくてな」

「DP?」

「打撃専門ってやつ。野球ならDHか」

「あ、理解っす」


(ソフトにもやっぱDH的なのあるんだな)


 ピッチャーの体力温存や怪我の心配を考慮して、打撃専門選手を立てるのはソフトボールでも共通のようだ。

 明崎の言う"そうもいかない"というのは、やはり人数的な厳しさからくる話しだろう。

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