第26話ロングティー③

「ほい、お待たせ。古義でラストな!」

「っす」


「深間さん、代わりますか?」と進言する明崎に、深間が「いや、大丈夫だ」と首を振る。投手はこのまま続行らしい。

 古義はバットを片手に打席へと駆けていく。

 特別危険を伴わないティーバッティングではヘルメットは着用しない。

 明崎は守備に回るのではなく、少し離れた位置から指導してくれるようだ。


(うっし、久々のバッティングだ!)


 アレだけ自身を追い詰めていた抵抗感は、今や一切感じない。

 切り替えの良さは自分の利点だと思っている古義は、湧き出る興奮のまま足元を軽く均す。


「いくぞ」

「しあっす!」


 構えて。深間が「一本目」と守備陣へ手を上げる。

 遠くから届いた「かっずちゃーん! いっぽんー!」という小鳥遊の声援を耳に入れながら、深間の手から離れた白球へ全神経を向ける。

 そこからは反射だ。テイクバック、踏み込んだ左足。軌道を作る打球部に、球を捉えた重み。


 ガッ!


「っ!」


 鈍い音を立てた球は弱々しくポテポテと転がり、前衛左側の岩動の元へ。


(だ……だっせぇー……)


 真っ白に固まる古義に、明崎が「ま、まぁ最初だしな」とフォローを入れ、慌てた様子で深間が何度も首肯する。

 そ、そうだよな……なんてったって約八ヶ月ぶりなんだし、そりゃ鈍りもするわな、と古義もなんとか気持ちを取り戻し、「スミマセン……」と再び構える。


 因みに。岩動は「前に飛んだだけスゴいじゃないか!」と褒めてくれ、宮坂は「ブッフォッ!」と腹を抱えて吹き出している。

 そんな宮坂に風雅が「アンタん時だって空振りだったじゃないっ」と嘲笑するものだから、宮坂は「ッセェ!」と激昂してしまった。

 それから「つ、次だよつぎっ!」と励ます小鳥遊の横で、高丘は腕を組みながら苦笑している。

 そして日下部は……やはり鼻で笑っているようだ。


(次はちゃんと当てるっ! 後ろまではいかないかもだけど、せめてちゃんと打つ!)


 古義はギリリとバットを握りしめるが、後ろから「おーい、そんな力入ってたら飛ばないぞー」という明崎の声が聞こえ急いで肩の力を抜く。のだが、周囲から見ればまだ"ガチガチ"である。

 大丈夫だろうか。そんな顔をした深間が「二本目」と掲げ、再び古義のミートポイントへ球が飛んでくる。


(っ、ココ!)


「あり?」


 カキーン。しっかりとミートしたはずの球は手応えだけを残して古義の視界から消える。

 どこいった。追う古義の視線の先で、「はい」と手を上げ前方に走り寄る高丘の姿。見つめる上空に、大きな曲線を描いて落ちてくる白球。

 パチンッ。額の少し上でキャッチした高丘が、「意気込みすぎだね」と微笑んで宮坂へ球を返す。

 受けた宮坂が今度は神妙な面持ちで「もう後ろまで飛ばすったぁ……意外とパワーあんな……」などと呟くので、古義は更に縮こまってしまう。

 言うのなら凡フライだ。"打てた"とは言わない。


「まっ、だろうな」

「明崎センパイ……」

「テイクバックがデカすぎ、手首も返しきれてないし、強打狙いすぎだ」

「す、スミマセン!」

「まだ最初なんだから上手くいかなくって当然! ただ最初だからこそ、変な癖をつけないように形を意識しないと! 結果はあとあと!」


「そんなあせんなって」と呆れたように励まされ、古義は情けなく「はい……」と頭を垂れる。

 昔からやる気が空回ってしまう性質だった。小学生の時に無我夢中で造った粘土の熊は犬になってしまったし、中学時の水泳競争も息継ぎを減らしすぎて後半一気に減速した。

 そして野球も。思い描いた空想を現実にしようと気合いを入れれば入れる程、結果はついて来なかった。


(……悪い癖だな)


 カッコイイものが好きだ。だからこそ目先の結果を求めてしまう。

 いい加減、この連鎖も断ち切らないと。


「……あの、明崎センパイ」

「んー?」

「もう一回、振ってもらっていいっすか?」


 申し訳なさそうな古義の要求に明崎は「ああ、いいぜ」と頷き、手にしたバットのグリップを握り構えて見せる。

 真剣な面持ち。左足を軽く上げたテイクバックから、踏み込んだと同時に銀色の線が空中を切り裂く。

 じっと。古義はそのスイングを見つめ、明崎がフォロースイング(最後の流しの事だ)を終えた所で目を瞑る。

 再生される明崎のフォーム。姿を重ね合わせるのは古義自身の姿だ。

 ひとつひとつを上書きして、新しい"イメージ"を模る。


(……古義?)


 明崎が違和感に瞬く。古義が「お願いしあっす」と再び構えるまでの、たった数秒の出来事だ。

 それでも何故か、妙に引っかかる。


「三本目」


 深間の声。放たれた一球に向け、振られたバット。その軌道に、明崎が目を見張る。

 その、フォームは。

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