第25話ロングティー②

「明崎」


 かけられた静かな声は深間のもの。


「っと、終わったか。先オレ行くから、古義はスイングの確認と流れの把握しといてくれ」


「っす」と頷いた古義に背を向け、明崎が打席に向かう。

 入れ替わるようにしてすれ違った日下部は明崎に会釈すると、古義の方へ向かって歩いてくる。バットを置きにくるのだろう。


(やっべ、何て声かけたらいいんだ!?)


 固まる古義。


(無難に「おつかれ」でいいかでもそれだと上からっぽい? んじゃ「いいバッティングですね」か? ってなんで敬語だよ同学年だろ!)


 必死に頭をフル回転させていると、日下部と視線がぶつかる。


「っ」


(そらされたーーーーーっ!!!!???)


 本当に、一瞬。感情を見せないまま日下部はコンマ数秒でふいっと古義から視線を外し、辿り着いたと同時にバットを置くと数歩先に転がる赤茶色のグローブを拾い上げる。

 古義の存在なんて目に入らない。そう言うように、今度は一秒たりとも目を合わせずにクルリと向けられた背に、古義は勢いで「あのさっ!」と発する。


「……なに」

「っ」


 どうやら、話しかけられれば無視はしない性格らしい。とはいえ、身体はそのままに向けられた視線は、極めてウザったそうだ。

「く、日下部って、経験者なんだよなっ!?」と起立の姿勢で必死に発した古義に、「……そうだけど」と返し、今度は小馬鹿にしたような笑みを向ける。


「お喋りしてないでよく見てなよ。"元野球部"」

「なっ……!」


 驚愕に詰まる古義を置いて、今度こそ日下部は駆けて行く。


(ぬぁっんだよあっのいーかた!!!)


 いくら古義の頭が良くないとはいえ、多分に含まれた嫌味が通じないほど馬鹿ではない。けれども、今の古義には言い返せない。

 日下部の言葉は、まさしく"その通り"だからだ。


(くっそぉ……っ!)


 涼しい顔をして二層になる守備陣の後方へ合流した日下部。横で守備する高丘に声をかけられ、会釈を返している。

 その姿をぬぐぐと恨めしげに睨み、古義は鼻息荒くバットを構える。前方ではちょうど深間が守備陣へ手を上げ、球を放おった所だ。

 カキーン!

 先程古義に見せたスイングのように綺麗な軌道を描いたバットは、軽快な音を立てて球を前方へ弾く。


「オーライっ!」


 声を発した前衛の風雅は右側へ駆けると、キッチリと正面で跳ねる打球を受け止める。そのまま流れるようにステップを踏み、手にした球を深間へ。

「初っ端からつっよいわね!」と非難というよりは褒めるように口角を上げた風雅に、明崎は「次は中央狙うかんなー」と爽やかに笑い返す。

 その宣言に反応したのは小鳥遊。「えーっ!」と不満気な声を上げ、「ボクも取りたーい! すぐるんコッチもー!」と後方右手側でブンブンとグローブを振る。


「サイド続きになっちまうだろーが、高丘にでも位置変わってもらえよ」


 片眉を上げる宮坂の言葉に、高丘が小鳥遊へ笑みを向ける。


「僕は構わないよ?」

「え! じゃあしんしんチェンジチェンジっ!」

「おーい、次いくぞーっ!」


(あの人達、一周分回った後だよな……)


 ワチャワチャと盛り上がる守備陣に、古義は胸中でボヤく。因みに岩動はガハハと笑いながら見守り、日下部はグローブを慣らすようにポケットの上部を潰していて一切興味が無さそうだ。

 明崎は苦笑しながら深間を見遣り、言葉は発さずとも呆れ顔の深間は頷いて守備陣の体制が整うのを待つ。

 良くあることなのだろう。跳ねるようにして高丘と守備位置を入れ替わった小鳥遊が「おっけー!」と手を振ったのを合図に、深間は「二本目」と球を掲げ放る。

 カキーン。飛ばされた球は明崎の宣言通り、前衛中央の宮坂の頭上を通り抜け小鳥遊の前方へ。

 フライというよりはライナーに近い打球は一度地面で跳ね、やや左よりに軌道を変えたが小鳥遊は難なくグローブを伸ばしてキャッチする。


「やーっぱボール来ないとつまんないよね!」

「それはオメーだけじゃねぇの」


 中継地点である宮坂へ球を返し、受け取った宮坂は深間へ。「オレはどっちでもいいな!」と笑う岩動に、宮坂は「そーかよ、オレはこねーほうがいいわ」と眉を顰める。

 宮坂と岩動がソフトを始めたのは高校からだと言っていた。

 宮坂が打球を嫌うのは、初心者故の不慣れさから生まれるミスを嫌としているのか、それとも単に面倒なだけなのか。


 流れは大体分かった。古義は意識を切り替えバットを構えると、明崎に教えられた軌道を再度ゆっくりと辿る。

 次は早く。偶に明崎のスイングに合わせ、見様見真似で繰り返す。


(……こんなもんか?)


 足元から伸びる影で確認をしてみるものの、斜めに縮小された軌道ではイマイチ良くわからない。繰り返し続けて暫くすると、深間の「十本目」という声が耳に入る。

 古義の予測が正しければ、明崎の打席はこれで終わりの筈だ。明崎は飛ばした打球が後衛の高丘に受け止められたのを見届けて、古義を手招く。

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