釣り人あかねちゃんとお魚どろぼう #終わった世界のイリオモテ

デバスズメ

本文

天気のいい夏の夕方、空は橙に染まり、太陽が水平線に向かって行くのが見えます。港には、漁を終えた蒸気船が、ポーっと音を立てながら帰ってきています。ここはイリオモテ。遠い遠い昔は、西表島と呼ばれていた島です。


遠い遠い昔、空からとても強い光が降り注ぎ、世界は終わりました。衛星砲というとても恐ろしい兵器が、たった一度動いただけで、世界は終わってしまったのです。


それから長い長い時間がたちました。生き残った人間たちは、ほそぼそと命をつなげ、今となっては、それなりに平和な世界ができました。


「よーし!今日はこれくらいで帰ろっと!」

防波堤で一人釣りをしていた女の子、タンクトップにハーフパンツという、なるべく暑くなさそうな服装のあかねちゃんは、釣り竿を片付けはじめます。


あかねちゃんは、イリオモテに暮らす12歳の女の子です。料理屋の娘で、今日釣った魚は、明日にはお店で料理されます。あかねちゃんは小さいながらも、家のお仕事を頑張っているのです。


「さあ、帰ろっと……あれ?」

釣り竿を片付けたあかねちゃんは、バケツの方を見ます。

「お魚が減ってる!」

今日は、5匹のお魚を釣りました。そして、さっきまでバケツの中には、5匹のお魚が入っていたはずです。


ですが、そのバケツはひっくり返されて、4匹のお魚が地面でピチピチ跳ねています。ピチピチと跳ねる魚は、そのまま海へ飛び込んできます。

「あーあーあー」

あかねちゃんはお魚を捕まえようとしましたが、結局、逃げられてしまいました。


「うーん……ん?」

あかねちゃんは倒れたバケツから伸びる水の跡に気づきました。水の後は、林の方につながっていき、そして、そこから先はよくわかりませんでした。


水の跡を追っていこうと思ったあかねちゃんでしたが、もう日が暮れてしまいます。

「むー」

あかねちゃんは、仕方ないなあという顔で、とりあえず家に帰りました。



……翌日、あかねちゃんは、昨日と同じように一人で釣りをしていました。太陽はそろそろ真上に来ていて、それなりにお魚も釣れています。


ですが、あかねちゃんはの目はお魚どろぼうを警戒して、鋭く光っています。

「むー……お!かかった!」

お魚どろぼうを警戒していますが、もちろん釣りの方も忘れてはいません。


「ぬににに……大きい……!」

あかねちゃんは、を持って防波堤の下の方に降りていきます。釣り竿だけは、絶対に引っ張り上げられない大物です。


海面がばしゃばしゃと音を立てて、大きな魚が姿を見せます。その魚めがけて、あかねちゃんは、えいっとを振りました。

「つっかまえったー!」

やりました!今日一番の大物です。


「うわーい!釣った!……はっ!」

あかねちゃんは、お魚どろぼうのことを思い出しました。急いでバケツを置いているところまで駆け上がります。


「あーっ!」

そこには、昨日と同じく、ひっくり返されたバケツがありました。

「むー」

あかねちゃんは、仕方ないなあという顔で、バケツを見つめます。そこには、昨日と同じように、林の方に繋がる水の跡が残っていました。

「……よし!こうなったら、すずおねーちゃんを頼ろう!」



……さらに翌日、あかねちゃんは、同じように防波堤に釣りに来ていました。ですが、今日は一人ぼっちではありません。

「とゆーわけで、すずおねーちゃんは見張りだよ!」

「うん、わかった」


あかねちゃんに呼ばれたすずさんは、真夏だと言うのに、半袖長ズボンの作業着です。というのも、すずさんは蒸気屋さんの娘なのです。15歳のすずさんも将来は蒸気やさんになりたいと考えていて、いろいろな工具を持ち歩いています。


「それじゃあわたしは、あっちの方で見張ってるから」

すずさんは、少し離れた木陰を指差します。

「うん!しっかり見張っててね!」

あかねちゃんは、すずさんと別れて釣りをはじめました。

「はいはい」

すずさんは、木陰の下で、双眼鏡をセットして本を読みながら、その時を待ちます。


……それからしばらくして、すずさんが本を読むのにも飽きてきた頃です。あかねちゃんの方から、ばしゃばしゃと大きな音が聞こえてきました。どうやら、大物を釣り上げようとしているようです。


あかねちゃんは、昨日と同じように、を持って駆け下ります。

「それじゃあ、見張ってみましょうか……」

すずさんは、双眼鏡越しに、あかねちゃんのバケツを見つめます。


バケツに何かが近づき、ひっくり返しました。そして、魚を一匹くわえていきます。すずさんは、その一部始終を見届けました。すずさんの眼鏡が光ります。

「ははあ、なるほど」

何者かが魚をくわえて逃げた後、あかねちゃんがバケツのそばまでやってきて、何か言いたげな顔で、すずさんの方を見ました。


すずさんは、返事をする代わりに、手を振って立ち上がり、あかねちゃんの元へと向かいます。

「すずおねーちゃん!見た?」

「うん。でも……」


「でも?」

すずさんの言葉に、あかねちゃんは首を傾げます。

「あかねちゃんは、犯人を見つけたらどうするつもりなの?」

すずさんの質問に、あかねちゃんはどう答えようか迷いました。

「うーん……こらしめちゃう?」


「ふふ、それじゃあ、犯人を見つけに行こうか」

すずさんはそう言うと、腰に巻いた作業服の上着を着ます。夏は暑いですが、林の中に入るなら、長袖は欠かせません。そして、青いスカーフでボサボサの髪を簡単にまとめます。


「さあ、あかねちゃん、準備はいいかな」

「おー!」

すずさんが林の道を進み、あかねちゃんはその後を追います。



……しばらく歩いて、すずさんがピタリと止まりました。

「どしたの?」

「しー。静かに」

すずさんは、後ろから覗き込こうとするあかねちゃんに、小さな声での合図をして、奥の方を指差します。


「じー……」

あかねちゃんは、すずさんの後ろから顔を出して、すずさんの指差す方にいた生き物を見ます。

「……あ!」

あかねちゃんは、思わず小さな声を上げました。


「ねーん」

「ねんねん」

その独特な鳴き声は、イリオモテニジネコです。それも、母猫と父猫、そしてたくさんの子猫が揃った家族です。


「ねん!」

「ねーん!」

いろいろな毛色のイリオモテニジネコ一家は、あかねちゃんが釣った魚をみんなで食べています。


あかねちゃんは、その姿に、じーっと見惚みとれています。そんなあかねちゃんに、すずさんは、ヒソヒソ声で話しかけます。

「あかねちゃん、どうする?こらしめちゃう?」


あかねちゃんは、首を大きく横にブンブンと振ります。そして、すずさんに、ヒソヒソ声で答えました。

「今回はおおめに見てあげます」

そう言って、あかねちゃんは、笑いました。


「ふふ、そうだね」

すずさんも、笑います。そして、二人は、イリオモテニジネコを驚かさないように、そっと浜辺に帰っていきました。



……それから通日後、あかねちゃんは、いつものように一人で釣りをしていました。太陽はそろそろ真上に来ていて、それなりにお魚も釣れています。

「むー……お!かかった!」

どうやら、大物の予感です。


「ぬににに……大きい……!」

あかねちゃんは、を持って防波堤の下の方に降りていきます。釣り竿だけは、絶対に引っ張り上げられない大物です。


海面がばしゃばしゃと音を立てて、大きな魚が姿を見せます。その魚めがけて、あかねちゃんは、えいっとを振りました。

「つっかまえったー!」

やりました!今日一番の大物です。


「うわーい!釣った!……はっ!」

あかねちゃんは、イリオモテニジネコのことを思い出しました。急いでバケツを置いているところまで駆け上がります。


「おーっ!」

そこには、ひっくり返されていないバケツがありました。

「むー」

あかねちゃんは、仕方ないなあという顔で、1匹の魚を置いてあった地面を見つめます。。そこには、いつもと同じように、林の方に繋がる水の跡が残っていました。


おしまい。

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