優しい現実

倉庫にある小麦を重さごとに、会社ごとに、日日ごとに、分けていく。黙々と作業をするがおわりがみえなかった。意識していないとすぐにレイラルの言ったことが頭に浮かび度々手が止まってしまう。グシュガーは忙しくしていれば悩みは忘れると言っていたが何も考えずに出来る単純作業はいくら忙しくても頭を別のことに動かす余裕はあったようだ。結局全てが終わったのは20時ごろで夕飯は食べ損ねた。宿舎に入る手前で鍵を指に引っ掛け回しているグシュガーがいるのが分かる。


「グっシュガーさーん!酔っ払ってる?」


「あ?ロイかよ、酒はまだ飲んでねぇ!イシュルも一緒か」


「うん、どうしたの?」


「どーしたもなにもお前らが時間を守らねぇせいでこちとら残業だが?」


「そっか!今日グシュガーさん担当か!な、腹減った!」


「知るか!とっとっと寝やがれ俺は帰りてえんだよ」


ピョンピョンと飛んでいるロイのこめかみを両手でグリグリと押して寝ろ寝ろというグシュガーを見てイシュルはロイに言う。


「しょうがないよ。行こうロイ」


「ええええーー!裏切り者めぇ!ここは粘ろうぜ!?」


「何が裏切り者だよ..じゃあまたねグシュガーさん」


「ううぅ……しょーがねえから今日の所は引き下がってやるよぅ」


「お前はチンピラか、じゃあな」


「うん」


そう言って手を振る、


ぐうぅぅぅぅ~


「……」


「やっぱさ、腹、減ったくね~?イシュル」


お腹を抑えて言うロイに呆れる。


「………………んっとにしゃあねぇから食わせてやるよ、はぁ」


「やたっ!グシュガーさん大好きだぜー!」


「いいの!?」


「はぁ……」


グシュガーはダメだと言いながらも最後は必ずイシュル達に甘くなる。 いつもの事だ。こういう所がグシュガーらしいといえばらしい。奴隷とこんなにも親しくして大丈夫なのだろうか。詳しいことは知らないがイシュル達をあれこれと気にかけてくれるのはグシュガーくらいだ。そういえばグシュガーがイシュルやロイ以外の奴隷と一緒にいるのは見たことがない。何か理由があるのだろうか。ふと、頬に冷たさを感じて手を当てる。


「あ、雨だ」


「ん?雨?うっわ!降ってる降ってる!急げ」


「おいおい、滑って転んでも知らねぇぞ」


走って建物の中に入ろうとする2人。少しずつ強くなってくる雨にため息をついてイシュルも走り出した。




「うぅぅ~暖っけぇー!」


「外とは大違いだねここ」


雨から逃れてき3人は暖炉の前で固まっていた。しばらく暖炉の前にいるとかざしていた手は熱いと感じるようになったが当たっていない背中がひんやりとしてきた。


「うーし、お前ら腹減っただろ?」


そう言ってこちらにニヤリと笑ったグシュガーは奥へ行くと、


「お!俺もう限界なんだよなぁ〜俺の腹が泣いてるんだよお腹が減ったよぅってな」


「ははっ僕もそうだよ、お腹がすいて死にそうだ」


「いつものかな?俺結構あれ好きなんだよな。配給より百倍はうまい気がする」


「100倍もないよ。100倍美味しいなんてさもっと上の……貴族とかが食べてるのじゃない?」


「んじゃそれは1000倍で」


「普段お前らが食ってるのとそ〜変わらねぇよ。多少上手いくらいだ」


そう言いながら戻ってきたグシュガーの手には湯気のたったお椀が二つあった。


「うら、さっさと食べて寝ろ」


「おお!やっぱいいねー!」


「そりゃ良かった」


美味い美味いと言いながらガッついていくロイを見ているとお腹がすいてくるような気がしてイシュルも食べ始めた。これがなかなか美味しいのだ。グシュガーお手製のそれはスープにご飯を混ぜただけのように見えるが何故か美味しい。グシュガー曰く、「妻に教えてもらった」んだそうで初めて食べたときこんなにも美味しいものがあるのかと半ば感動したのを覚えている。それ以来何度かご馳走になっているイシュル達の楽しみだった。


「はぁ……」


「どうしたの?グシュガーさん」


部屋の隅に置かれた長椅子に座りため息をついたグシュガーに問う。すると、グシュガーはこちらをジッと見て考え込んだり唸ったりして再びため息をついた。


「えええ!なんだよ!俺らなんかした?」


「いやな、んー、お前らさやるか?」


「何をさ?」


すかさず聞くと難しそうな顔をしてグシュガーがイシュル達の座るテーブルまで来て言った。


「めんどくせぇこと。んでもって、多分得する」


「なにそれ?」


「とりあえずやるかやらねぇか答えろ、やらねぇ奴に教えられない」


「なんだそりゃ」


そう言いながらこちらを向くロイをイシュルも見る。


「得するって何を得するの?」


「さぁな。まあ、美味いもんが食えるかもしれねぇし貴重な縁を持てるかもしれない。多分だけどな」


「やる!な、やろーぜ!イシュル!」


「ええ……」


きっと美味しいものが食べられるという売り文句に釣られたのだろう。ロイは先程とは打って変わって乗り気だ。大丈夫かなとは思うもののイシュルも興味はある。やらない奴には話せないなんて言われたら興味が出てくる。だから、


「どうだ?イシュル」


「じゃあ……やる」


と言った。


「お!やったね!さっすがイシュルゥ!イシュルならやると思ったぜー!」


「……はぁ、それで何をするの?」


「助かったよイシュル、ロイ。ああ、それでな……」


グシュガーは長椅子に戻り話し始めた。やることと言うのは貴族の相手らしかった。それを聞いてロイはあからさまにげんなりしていて、美味いもんが食えるかもしれないとはそういう事だったのかと納得する。何でも今度クラン・レイバーと懇意にしている貴族の子息が港の商売を見学しに来るという。そして、その子息が港に滞在している間同年代であるイシュル達に世話や案内をしてほしいのだとか。


「貴族ねぇ……期待して損だったなー」


「おいおい、今更やらないは無しだぞ?」


「やるよ!やるけどー俺結構期待したんだぜ?グシュガーさん」


「確かに面倒くさそうだね……貴族の相手なんてやったことないけど大丈夫かなぁ?」


「ああ、言葉遣いに気をつけてればあとはテキトーに話し相手になってりゃいいと思うが……」


「いつなのそれ?」


「5日後だ、まぁ頼むぞ?」


「ま、しょーがねぇからやるかー!」


「そりゃありがたいね。で、食ったならもう出てけ」


ドアを開けて出ていけというジェスチャーを何度もするグシュガーに別れを告げる。もう大分遅いせいか明かりがついている建物は殆どなかった。


「美味い飯食えるかな?俺それだけで満足なんだけど」


「なにそれ……食べれなくてもちゃんと仕事はしてよ?」


「へーへー、やる事はやりますよっと。イシュルこそサボんなよ?」


「僕はロイと違って真面目なのでサボッタリシマセーン」


「おい、なんか棒読みな気がするんだが?つかてめぇこの前サボったろ!どの口が言うんだよ」


「気のせい気のせい♪眠いから先いくね~」


ロイの肩をポンと叩きにやりと笑って走り出す。


「どっちが先つくか競走ね」


「はぁ!?まてこら!ズルいぞイシュル!」


全力ダッシュした結果ロイに負けた。ロイの足の速さは意味がわからない。目の前でニマニマと小馬鹿にしてくるロイに手刀を入れて言った。


「おやすみ」


「いっでぇ!?」


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アンカバーフィクション 志撼 @redwil

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