ヒーロー退職届

ちびまるフォイ

現代との闘い

「仕事やめます!!」


「ダメです」


「なんでですか!!」


「あなたがヒーローだからですよ」


国のトップへ直談判したものの開幕数秒で否定された。


「僕がそもそもヒーローになったのはほんの偶然です!

 人助けもボランティアで始めただけです!

 だったら辞めるのも自由でしょう!」


「すでにあなたの戦力ありきで我が国は動いています。

 あなたが辞められると困るんですよ。

 なんでそんなに辞めたいんですか?」


「理由はいっぱいありますよ!!」


全身タイツのヒーローは用意していたカンペを取り出した。


「まず労働条件がひどすぎます!!

 休日も平日もおかまいなしに呼び出されるし、

 毎日トレーニングは必須ですし、勤務時間は毎日!!」


「そりゃ悪い人は待っちゃくれませんしね」


「それに! 報酬がなさすぎませんか!?

 こちとら生活してるんですよ! お金なさすぎてバイトするなんて

 ヒーローの生活としておかしいでしょう!!」


「国民からの感謝がなによりの報酬です」


「最後に! この仕事はいつ解放されるんですか!!

 永久に24時間365日働きづめなんてひどすぎる!

 こんな会社があったらブラックどころか、暗黒ですよ!!」


「ヒーローに雇用契約なんてないですから、

 当然法律も適用されませんよ」


「この鬼!! 絶対にやめてやるからなこんな仕事!!」


「ヒーローが仕事辞められるわけないでしょう」


部屋を出たヒーローは裁判所へひとっ飛び。

すぐさま裁判を開くと自分の実情を事細かに説明した。


「最近では僕以外にもヒーローはたくさんいます。

 持て余して、ヒーロー同士で戦ったりするくらいですよ。

 それなら僕ひとりいなくなっても平気でしょう」


「ふむふむ」


裁判官はうなづきながら聞いてくれている。


「労働条件は劣悪。プライベートはゼロ。

 休みなく働かされてこっちはもう限界なんです!!

 裁判長、お願いですからヒーローを辞めさせてください!」


「わかりました」




「却下」


ガンガンと木槌が2回たたかれた。


「な、なんで辞めさせてもらえないんですかぁ!?」


「あなたが辞めるとほかのヒーローがどう思うか考えてごらんなさい。

 今の労働環境の悪さに気付いて、ドミノ倒しのように辞めるでしょう。

 それこそ国の一大事です」


「そんなのそっちの都合じゃないですか!

 僕はもっと自分の時間が欲しいんです!」


「あなたが何と言おうと、絶対にヒーローは辞めさせません」


裁判所のお墨付きでヒーローは辞められなくなってしまった。


「くそ……こうなったらストライキしてやる。

 僕がいなくても世界を救えることが国民に理解されれば

 僕はしだいにフェードアウトしてもらえるはずだ」


ヒーローは家の中にひきこもり鍵をかけると、誰からの連絡も取らなくなった。


『悪人が出てきました! ヒーロー出動してください!』

『宇宙人が攻めてきました! ヒーロー出動してください!』

『コンビニのパンが切れました! ヒーロー買い出しに行ってください!』


「ふふふ、誰がいくか」


ヒーローはこたつでくつろぎながら無線やらの連絡を全部無視した。

呼んでも来ないので、連絡は徐々に減っていった。狙い通り。


「しめしめ、これでもう呼ばれることもないだろう。

 ヒーロー始める前の普通の生活に戻れるぞ」


安心していると、家のドアがぶち壊されて別のヒーローがやってきた。

その顔は怒りで歪んでいた。


「おい……てめぇ、ここでなにしてる?」


「今はストライキしてて……」


「てめぇが休んだせいで、こっちの負担大きくなってんだよ!!

 さっさと戻りやがれこのクソがーー!!」


「ひぃぃぃぃ!!」


切れたヒーローはほかの何よりも恐ろしい。

ストライキは同族であるはずのヒーローにより終了させられた。


「ヒーローとは、なんて恐ろしい職業なんだ……。

 入るのは簡単で出ることができないなんて」


最初は不思議な力を得て悪人退治をしたのがきっかけだった。

みんなから感謝され、当然のように人助けをしているうち

いつしか助けるのが当たり前になってしまっていた。


「うう……辞めたい……もうこんな仕事……」


どうにかして辞める方法がないものか。

考えに考えた結果、おじいちゃんの仏壇で閃いた。


「そうだ! 死んだことにしちゃえばいいんだ!!」


手品で使う血のりをたんまり用意し、

体には「さらば、ヒーロー」のタスキをつけて、

背中には「これで完結」としっかり書いて宇宙人の撃退に向かった。


そこそこ善戦した後、敵の攻撃を真正面から受けてがれきの中に倒れた。


「ぐはっ……ゆ、油断したか……」


「ヒーロー!!」


「僕がいなくなっても……ヒーローは終わらない……。

 みんな、あとはまかせた……がくっ」


壮絶な最後を迎えると、その日のニュースは自分が死んだことで持ちきりだった。

ニュースが浸透するよりも早く整形病院にかけこむと、

顔のつくりを骨格レベルから作り変えてヒーローだと気付かれないようにした。


「やったぞ! ついにヒーローを辞めることができた!!」


今まで感じたことないほどの解放感に包まれた。


もう敵が襲ってきたからと旅行の予定をキャンセルすることもない。

自分の時間を自分だけのために使うことができる。


「あぁ、ずっとこんな日常をまっていた!」


ヒーローは普通の日常を謳歌していた。




それから数年。


あれだけ辞めたがっていた仕事だったのに、

復帰のタイミングを考え始めるヒーローがいた。


「ああ、やっぱりヒーローでみんなにチヤホヤされたいなぁ。

 今度はちゃんと週休2日制にしてもらって、代休もやってもらえれば

 きっと辞めたくならないはずだし……」


一度、死んでいるので力を継承したとかいうこじつけで

別人になってもさっそうとピンチにかけつける準備はできている。


家にある姿見で全身タイツの密着具合をチェックしているとき、敵の情報が入って来た。


「来た!! ついに来たぞ!! これで復帰できる!!」


ヒーローはすぐに現場にひとっ飛び。

この日のために鍛えていた筋肉がうなる。


「ヒーロー! 来てくれたんですね!」


「さぁ、ヒーローが来ましたよ! 僕が来たからにはもう安心!

 この世界の平和を乱す悪い敵はどこですか!?」


市民はヒーローに説明した。


「ARMMOの中にいるバグウイルスが拡張現実の世界に浸食してきて、

 アンチマテリアルのアプリをQRでアジャストしないといけなくて

 他のヒーローはルシのパージがコクーンしてしまったんです。

 さぁ、このデバイスでフルダイブスケーリングしてください!」


ヒーローは見たこともない携帯端末を渡された。




「じぇ、じぇねれーしょんぎゃっぷ……」


ヒーローはさっそうとどこかに飛び去ってしまった。

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