ブラッド! バレット! ホリデイ!

アーキトレーブ

鉄と硝煙の休日

 朝の挨拶にしては過激だった。


 いくら世界有数の異能力者の傭兵達、『超神兵ディアクロス』を束ねるマリ・クラウス・カルマドールでも、馴れたくない日常だった。今週は仕事を離れたオフ。なのに、殺し屋を送り込まれて、もうウンザリしていた。


「うわー、ひでえ」とジンが口を押さえ、


「何も残ってねえ」とリックがその光景を口にして、


「相変わらずマリ嬢の能力はえげつねえ」とマッシュがため息を漏らす。


 彼等はマリの部下達。名目上は雇用主と労働者の関係だ。

 この世界でも有数の能力者達が、マリを襲ってきた襲撃者――の残骸を見て、小声で感想を話し合っていた。

 ホテルのスイートルームは吹き抜けの状態。高級家具もベットもマリを中心に全て細切れ状に分解されていた。殺し屋のいた場所には赤い欠片が散らばっている。

 自らの能力を必死に抑えてもこの惨状だった。もう自分でもため息が出てしまう。


「うるさいうるさい! レディの寝込みを襲うんだから当たり前でしょ!! こいつがどんだけ気持ち悪かったか、あんたらにはわからないでしょうね! それに襲撃されてるの。敵はまだ来るんだから。戦闘準備!! 戦闘準備しろー!!」


 ビルの三十五階。空から飛び込んできて、そのままベッドインしてくるなんて予想外だった。

 そして、窓から飛び込んできた彼に向かって能力を発動。残ったのは以前よりも少しだけ開放的になったスイートルーム。


「もう、やだよー。こんな部下。ルル!! もちろん、貴方は別。状況は?」


 と紅一点のルルに抱きついた。彼女は嬉しそうに私の頭をなで始める。


「非常階段からどんどん来ますね。レベル二の能力者三人と銃器で武装した雑魚ですね。全くお嬢様の寝床を襲うなんて、私でも我慢しているのにっ!」

「今はそういう話をしている場合じゃないでしょ!」


 全員のイカレ具合に頭を抱えてしまう。


「室内は不味い。さっさとここから出る。道中襲ってきた奴は全員蹴散らせ」


 マリが飼っている傭兵達は、みんな嬉しそうに目を輝かせた。


*********


 ホテルの廊下。クリーム色の壁に、木製のドアが等間隔で並んでいる。横には索敵担当のルル、前衛にジンとリーク、後衛にマッシュ。

 各自自分専用の武器と防弾ジャケットのいつもの装備一式。マリは何も装備していない。彼女には必要なかった。戦場の中に紛れ込んだハトのように見えてしまうだろう。


 マリの立ち位置は部隊の司令官。その威力が強大すぎて、調節せずに放てば、何も残らなくなってしまう。強大な力では細かい調整はできなかった。ショベルカーでプリン一口分を救うことは無理なのだ。


「全くマリ嬢はどれだけ恨みを買っているのか」

「ジン、言っとくけど私に対しての恨みじゃないからね。前回の商売相手に対する恨みだから」

「でもさ、結局襲われているじゃん」

「不思議よね。なんでだろう。ほら、前方に集中」

「ヘーい」


 そして、すぐに会敵。廊下の角から銃の先端部が見えたのだ。


「曲がり角に四人、能力者はゼロ」とルル


「よっしゃ」とジンがアサルトライフルを片手に飛び出した。


 そして、手をかざして握りしめると、曲がり角から殺し屋達の悲鳴が漏れる。


 彼は重力を操作する。自らの体重をゼロに近づけて、踏出した力でそのまま曲がり角の壁に着地する。

 敵はきっと強化された重力によって、立ち上がれていないはずだ。ジンは重力で速度を強化した弾丸で彼等を貫いてく。


 そのまま角を曲がると、武装した敵の息はない。


「ほんと、休日だっていうことわかってないんじゃないかしら」

「殺し屋はいつだって殺し屋だぜ。お嬢」

「そりゃそうね」


 そして、そのままこの棺桶の外に出た。


*******


 襲撃から逃げだして、一日キネズミを拷問してその依頼主を聞き出して、寝込みを襲った報復をした後だった。


「今回も思ったんだけどさ、お嬢って容赦ねえよな」とジン。


「ああ、挽肉にされて、塩とコショーと卵とタマネギを咥えてこねられた後、鉄板でこんがり焼かれるもんな」とリック。


「それにしてもさ――」


 今日の晩ご飯は焼肉だった。


「一体誰だ。神経疑うぜ。今日は特にお嬢の能力を見た後なのによ」とマッシュが本日の祝勝会に突っ込んでしまう。


 仕事終わりはいつもみんなで飯を食うのが、この隊のお約束だった。


「それは決まってるでしょう。あえて苦しむことにより、自らをさらなる高みに。お嬢様はいつだってそうです!」


「でた、お嬢のマッチョ脳」とジンが小声で言って、


「まるで子供が精一杯背を伸ばすために牛乳を飲むような愛らしさを感じます」とルルが言ったときだった。


「あんたら、うるさいうるさいー!!」


 もう黙っていられなかった。


「良いじゃん! あっさりしたものだと文句言うじゃん! どこ行っても結局肉食うじゃん! なら肉で良いじゃん! ベストチョイスじゃん! そして、私以外の話題がないのか!」


 ジンは疑問があるようで、箸を止めてマリを見た。


「でもさ、お嬢。俺たちそもそ祝勝会する必要ないからな」

「え? どうしてよ?」

「だって、休日じゃん。もう終わるけど」

「ああ――」


 完全に襲いかかられて仕事スイッチに入ってしまった。殺し屋の親元まで根絶する必要はあった。でも、休日を潰してやる必要はなかったのだ。


「……ごめんなさい」


 マリが謝ると何故かその場が静寂に包まれた。肉が焼ける音だけが響く。少しだけ焦げ臭い匂いが充満した。

 部隊男三人衆が顔を寄せ合って小声で喋る。その内容は全てマリの耳に聞き取れてしまう。デリカシーというものは皆無だった。


「おい。謝ったぞ。てか、今まで全く気付いていなかったのかよ」

「町中を穴だらけにするほど変態だったのかあいつ。気になってきたぜ。それにしても、ちょっと言い過ぎだぞ、ジン」

「ええ? 俺かよ。おい、お嬢がやけ食いし始めた」


 そして、ルルに優しく励まされた。


「そうですよ。嫌なことはみんな忘れましょう!」

「そうだそうだ! 酒だ-! 酒持ってこい」


 休日は帰ってこない。酒を飲むしかない。以前、泥酔したときにみんなに涙ながらに怒られたけど、もう知らなかった。


「馬鹿ルル! やめろ! おい、店員絶対持ってくんじゃねえ!」とマッシュが叫び、

「店が更地になる!」とリックが頭を抱え、

「俺たちが悪かった悪かったから!」とジンが謝るがもう遅い。


「うるせー! 飲ませろ!! 元取るんじゃ-!」


 本当にとんだ休日だった。

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