33話 救済

 あれからカバネはこの家に少しずつ溶け込んでいっているように感じる。

 料理だって私と一緒にするし、たまには街に出てみたりもする。

 ずっと一緒に居るようになって、私はカバネに起きる些細な変化も感じ取れるようになった。

 作られたものではない、小さな笑顔は身の回りに転がっている喜びを大切にさせてくれる。

 私とカバネはどんな関係になるのだろう。不安になることもある。だけど、それは探しながら少しずつ作っていけばいい。私とカバネとコサメ、3人が幸せに過ごせたら。それさえ間違えなければ段々と出来上がっていくような気がする。


 花屋の前でカバネが立ち止まった。

 カバネは真っ赤なバラを見ていた。

 何気なく見ると、カバネは目を真っ赤にして涙を流していた。


「行こう」


 私はそのバラを一輪買うと、カバネの手を引いて家へと帰った。

 温もりをすべて涙で流してしまったようなその手は、思わず強く握ってしまうほど細くて震えていて。ここがリベルの街中だというのにあの薄暗い部屋が傍に付いてきているような気がした。

 家に戻った頃には私も孤独を背負いこんだようになっていた。

 カバネと手をつないで、コサメがいる家に帰ってきたというのに。私はどうしようもなく寂しくて、そこに立っているのが怖くなった。

 そのままカバネの手を引いたまま自分の部屋へと向かう。コサメにも顔を合わせず、一言も話さずに。


「ヒソラ」


「うん?」


 なんだか、初めて名前を呼ばれたような気がした。

 カバネの声で呼ばれた私の名前は、何か特別な言葉のように私の中に入りこんで来た。

 それは目印だった。私がここに居ることの目印だった。


「私はヒソラといられるならそれでいい」


 そのとき、私は自分が犯した過ちに初めて気が付いた。

 カバネとどんな関係でいたいか。それは私だけの問題ではなくて、私とカバネの問題だ。それなのに、私はずっと一人で考えていた。一人で、自分だけの頭で。


「そっか」


 それが正しいように思えた。

 カバネと一緒に居られる道。それを選ぶことが私たちに出来る最善手だと思えた。


「カバネ」


「うん」


「眷属って言葉は嫌いだ。でも、それがカバネと一緒に居るために必要ならそれでいいと思う」


「私を眷属にするの?」


 そう改めて訊かれると言葉に詰まった。

 カバネを眷属にする。それは私が望むものではなかった。


「その」


 だから、私は決めた。

 償いとかではなく、もちろん支配するとかされるとかでもなく、ただ一緒にいようと。


「友人になって欲しいんだ」


「友人?」


「うん。今のところ、その言葉が一番落ち着く」


 カバネは優しい子だ。

 こんなときにも、私の気持ちからじっと目を逸らさずに感じ取ろうとしてくれている。

 この子なら絶対に霧の呪縛から抜け出すことができる。だから、手を握っていなくてはいけない。私がそばにいることで救えるはずだから。それを辞めたら、他でもない私が呪縛を背負い続けることになる。


「そういうことにしておいてあげる」


 今は言葉だけの友人かもしれない。

 でも本当の友人になるのはそう遠くないように思う。

 友人として、カバネの罪と向き合いたい。たとえ彼女が母を殺した犯人だとしても、私はカバネを救うことをやめられない。

 だって、友人なのだから。


     *     *     *


「なんだか疲れてるね」


「そうかな」


「大丈夫? ほら、こっちにおいでよ」


「うん」


 コサメの膝に頭を乗せる。早速眠ってしまいそうになるが、それだと怒られるため頑張って耐える。

 コサメと二人でいるのは夜だけになった。

 カバネが眠りに落ちて、私が眠りに落ちるまでの間。それが私とコサメが一緒に過ごす時間になっていた。こうして膝枕をしてもらうのも日課のようになっている。


「やっぱり、死神とはいえ魔力は魔力なのかもしれないね」


「うん。一日中頭が動き回っている感じがする」


「眠い?」


「すごく」


「駄目だよ。あと5分は起きてないと」


 コサメが私の頬を撫でる。身体全体が重くなり、今にも眠ってしまいそうだ。

 カバネと一緒に居て死神の力を使い続けているせいか、この部屋き来る頃には頭の中が睡魔でいっぱいになっている。そのため、コサメと一緒に居てもまともに会話ができないどころか、すぐに眠りに落ちてしまうこともしばしばだ。

 それで満足しているのかは分からないが、それでもコサメは自分の部屋に来るように言ってくる。これも彼女なりの気遣いなのかもしれない。


「コサメ」


「なに?」


「カバネに言ってきたよ。友人になろうって」


「そっか」


 眠ってしまわないうちに、大切なことを伝えた。

 これも習慣になってしまっている。言うべきか迷っている事でも、眠気のせいもあって取り合えず言ってしまうことが多い。良いかどうかは分からないが、そういうことが許される関係になったということなのだろう。


「よかった」


「うん、よかった」


 これでよかったのだと思う。

 信じよう、この選択が救いのある結末に繋がっていると。閉じゆく意識の中、私はそう思った。

 

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旧市街の死神と罪を救う魔法使い 桂木 狛 @koma_shiba

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