彼岸に生える花

 あらゆる禁断を乗り越えた二人は幸せだったのだろうか。満足してはいただろう。よく、美や芸術が人間に奉仕するのかその逆なのかという議論がある。本作は更に超越し、愛は人間に奉仕するのかその逆なのかを読者一人一人の心の中で議論させる。結論を得たように思えても、いずれは違う考えが湧いてしまう。主人公達が偽りの愛で本心をごまかしていたように。
 本作に展開する愛の筋道は、淡水魚が少しずつ水槽の中で塩分に馴らされ、やがて海水魚になるような印象を受けた。一時的な(疑似)恋人は勿論、主人公達の両親でさえ愛の純度を高める触媒として利用される。作者の貪欲なまでの唯愛主義を如実に示しているといえよう。そうして抽出された純然たる結晶に読者諸賢は歓喜し、ふと背後を振り返って、渦巻く大河を最早引き返せないと知るに違いない。