4. ショッピングモールにて

 フードコートを後にした俺たちは、ショッピングモールの四階の映画館に来ていた。

 これが今日のメインイベントということになる。

 既にチケットは当日券と交換している。あとは飲み物やお菓子を買って、映画を観るだけだ。

「お兄ちゃん、私トイレ行ってくるから、何か飲み物とか適当に買っといて」

「はいはい」

 知咲ちさはそう言ってトイレへと消える。

 俺は映画館に併設されている売店の前へ行き、上のスクリーンに表示されている商品をざっと眺める。

 常々思うのだが、こういう場所での飲み物やお菓子の値段はかなり高い。映画のチケットだけの収入では足りないのだろうか。

 あとわざわざ飲み物をドリンクと表示しているのは英語にすれば格好いいという風潮のせいだからだろうか。結構、日本語訳するとつまらない英語がよく街中に転がってるし。

 俺は売店で、知咲が好きなサイダー、アイスティー、そしてバター醤油味のポップコーンを購入した。右手で飲み物二つ、左手でポップコーンを持つと、両手が埋まってしまった。そんなに買ってないのに大食いの人みたいだな…。

 その大食いの人状態で待つこと数分、知咲がトイレから戻って来た。

「はい、これ」

 そう言って、俺は知咲にサイダーを差し出す。知咲はそれを受け取り、

「ありがと」

 と安定の笑顔で返してくる。俺の心にぐっとくる。

「それじゃ、行くか」

「うん!」

 知咲は元気良く返事をする。こういう無邪気なところもかなり可愛い。

 チケットは右手の空いた指でかろうじて取り出すことができたため、無事に中に入ることができた。そして半券に記されたスクリーンへと向かい、指定された座席に座った。ちなみに、知咲は俺の左隣だ。

 映画は『恋と青春』というタイトルからもわかるように、恋愛映画だった。主人公の高校生の女子がクラスの男子に恋をして、その男子は他の女子が好きで、さらに主人公の女子の友達はその男子が好きで、みたいなよくある展開から始まり、葛藤かっとうやら衝突やらを繰り返した後、無事主人公は好きな男子と結ばれた、というような話だった。

 あまりにも使い古された内容で特に俺は面白いとは思わなかった。

 ちなみに、知咲は開始10分程度で爆睡していた。今日、俺は一体何のために来たのだろうか。

 映画が終わり、ライトが明るくなると知咲は自然と目を覚ました。

「ね、寝ちゃった」

 現実でその頭にこぶしをコツンと当てて「テヘッ」っとやる奴、俺は人生で初めて見たぞ。くそ可愛いな。

「取り敢えず終わったから出るぞ」

「はーい」

 全く、可愛い妹を持つと困ることが多いな。幸せでもあるけどさ。


 ◇ ◇ ◇


「あ、これ可愛い~」

 映画の後、俺は知咲に連れられてアクセサリーショップへと来ていた。店内のあちらこちらがキラキラと輝いていて、正直目がかなり疲れる。

 しかし、女子って本当にこういうキラキラしたものが好きだよな。たぶん、ほとんどの男子には理解できない女子の生態の一つだと思う。

「お兄ちゃん、どうかな?」

 そう言って、知咲は音符のイヤリングを手で耳に当てて俺に見せる。そのイヤリングが知咲の可愛さを一層引き立ててますね。文句なく可愛い。

「に、似合ってるぞ」

 でも口にするのはやはり照れくさい。

「ありがと。でも買わな~い」

 じゃあ何のために俺に見せたんだ。

「やっぱり可愛いイヤリングは高いんだよね~」

 そういうものなのだろうか。アクセサリーなんてほぼ無縁のものだから、俺にはよくわからない。

「本当はピアスとかもしたいんだけどさ」

「そう思うなら、したら良いのに」

「駄目だよ。校則で禁止されてるもの」

 意外と知咲は校則をそこそこ守るタイプの人間のようだ。制服を着崩している気がしたが、気のせいですかね。

 守るべき校則と破っても良い校則の線引きは一体何を基準にしているのだろう。

 知咲はイヤリングやピアスの場所から移動し始めたので、俺もそれに続く。

「わあ」

 そして知咲は指輪のコーナーで立ち止まり、感嘆の声を上げる。確か知咲には彼氏はいないはずだが、指輪のどこに魅力を感じているのだろうか。

 知咲は指輪をじっと見つめている。そして溜め息を一つ。

「でも、まだ早いかな」

 知咲が何か言った気がするが、俺には聞こえなかった。

「いいや。お兄ちゃん、帰ろ?」

「何も買わなくて良いのか?」

 俺は訊き返す。

「今は別にいいや。必要になったときに買うしさ」

 知咲は笑顔でそんな風に答えたが、直後、俺は知咲のかすかに残念そうな表情を一瞬だけ捉えた。

 何故そんな表情をしたのか、俺には一切理解できなかった。


 ◇ ◇ ◇


 帰りは極力寒いのを避けたかったので、俺が無理を言ってタクシーで帰った。

 家に着いたのは午後4時半を回った頃。日が暮れてから数十分程度しか経過していない。

 俺は自室へと行き、そのままベッドへ倒れ込んだ。

「疲れた…」

 ショッピングモールには昼食をるためだけに出掛けたようなもののような気がするため、単に体力だけ無駄に消費したから疲れたというだけでは無い。知咲と一緒に出掛けたということがより疲れる要因だった。

 けれど、楽しかった。可愛い妹と出掛けると、こんなにも心が満たされるものなのか。

 出掛けることそのものの楽しさがどういうものなのか、俺は今まで理解できなかった。だが、今日知咲と一緒に出掛けたことでそれが理解できた気がする。

 また機会があれば、知咲と出掛けるのも良いかもしれない。

 俺がそんなことを思っているとまぶたが重くなり始めたので、俺は目を閉じた。

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