5. 年の終わりに

 俺が眠りから覚めたのは約1時間半後、時刻で言うと午後6時頃だった。

 帰ってからすぐベッドに倒れ込んだため、部屋の明かりはついておらず、カーテンも閉まっていない。外からの街灯などのわずかな光だけが部屋の中を照らしている状況だった。

 外の明かりだけでも意外と部屋の中の配置とかわかるものなんだな、と思いつつ、俺は部屋の電気をけてカーテンを閉める。

 カーテンを閉め終えた直後、俺の部屋の扉が開かれたため、俺はそちらの方へ振り向いた。そこにいたのは、知咲ちさだった。

「お兄ちゃん、おはよ」

 笑顔で挨拶あいさつをしてくる知咲。可愛くて一気に目が覚める。

「まあ、もう夜だけどな」

 俺は何となくそんなことを口にすると、知咲は「まあね~」と言って俺の言葉を受け流した。

「で、何の用だ?」

 用も無いのに俺の部屋には来ないだろうと思い、俺は知咲へと質問した。

「お母さんからの伝言。夕食できたってさ」

「丁度良いタイミングで俺は起きたのか」

「まあ、寝てても私が叩いて起こすつもりだったけどね~」

 それはご褒美ほうびですか。今から寝たら叩いてくれますか。

「とにかく、早く行こ。折角の年越し蕎麦そばなんだから」

「そうだな」

 我が家では夕食時に年越し蕎麦を食べる。年越し蕎麦は新しい年を健康で迎えられるように食べるものらしく、本来は年の終わりのギリギリに食べるのが良いそうだが、さすがにそこまで遅いとお腹が減って仕方がないだろう。

 俺は知咲に右手首をつかまれ、そのままけ足でダイニングテーブルへと向かう知咲に引っ張られる。まあ、知咲の好物の一つが年越し蕎麦なのだから、気持ちはわかる。

 ダイニングテールには既に母さんと父さんが座っていた。俺と知咲も座り、皆で一斉に挨拶をする。

いただきます」

 挨拶の後、年越し蕎麦を食べながら、家族で食事をするのは良いな、と思った。

 我が家は母さんも父さんも働いている。つまり、共働きって訳だ。だから普段は母さんも父さんも帰りが遅く、俺か知咲が夕食を作り、母さんと父さんのいないダイニングテーブルで食事をする。ダイニングテーブルの周りには4つの椅子が置いてあるため、半分も空いていると寂しいと思ってしまう。

 夕食だけで無く朝食もそうだ。家を出る時間が父さんは早く、母さんは遅い。だから普段は朝食も俺は知咲と二人でっている。

 今日のように家族が揃って食事をするというのは、本当に年末年始のごく短い期間だけしか無い。

 こうして一緒に食事をしていると、家族は一緒に居るだけで心を満たしてくれる存在なんだな、と実感する。

 けれど、そんな時間は一年の中のほんの僅かな時間しか無くて。ずっとこの時間が続けば良いのに、と願わずにはいられなかった。


 ◇ ◇ ◇


 夕食後、風呂やら歯磨きやらを済ませ、俺は自室のベッドに腰掛けていた。中途半端な時間に昼寝、というかほとんど夕寝だったが、をしてしまったせいで眠くないからだ。

 漫画でも読んでいれば眠くなるかもしれないと思ったが、今持っている漫画は何度も読んでいるため内容が頭に入っており、意味が無いと思ってしなかった。

 ネットとかで色々見るのも良いかな、とも考えた。しかし、これはさらに眠れなくなりそうなのでめた。

 だから今、俺はただぼーっとしている。頭の中は真っ白。まるで滝行たきぎょう

 そんな時に扉がガチャリと開き、知咲がそっとそこから顔をのぞかせる。そのまま数秒の時が経つ。

「どうした?」

 知咲が部屋に入って来る気配が無いので、俺は不思議に思って質問をする。

「あ、あのさ…」

 知咲の表情はいつもの明るい表情では無く、少し困惑したようなもので、俺は何があったのかと心配になる。

 再び数秒の時が経つ。

「こ、今年もありがと…」

 知咲は少しうつむきながら、顔を赤くしてポツリとそんなことを言う。そしてすぐ扉をバタンと閉めて行ってしまった。

 何、今の。いつもより感謝の言葉に心がこもっていて非常に可愛かった。反則だろ。

 思わず笑みがこぼれる。

 今年の最後に珍しいものも見れたし、今年はかなり良い年だったんじゃないだろうか。

 そう思いながら、俺は部屋の電気を消してベッドに横になる。

 来年も良い年でありますように。

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