心の奥⑤




廊下



悠と別れた後、タクミはメグミを呼びに行こうと休憩所へ向かっていた。 先程病室へ行く前、通りかかったので場所は憶えている。

そこへ着くなり立ち止まって見渡すと、彼女は背を向けたままソファーに座り、分厚い本を読んでいた。


「メグミ」


驚かせないよう小声で名を呼び、自分も休憩所に足を踏み入れる。 同時にメグミもその場に立ち上がり、両腕で本を抱え込んだ。


「お疲れ様です。 お話は終わりましたか?」

「うん。 二人の時間を作ってくれて、ありがとうね。 メグミにも、長い間待たせちゃったね」

「いえ、私は」


そこで一度、彼女の手元へ視線を移す。


「随分、分厚い本だね。 勉強でもしていたの?」

「はい。 人間の身体の仕組みについて、学ぼうと」

「はは、勉強熱心だな」


難しいことを勉強していることに驚き苦笑を返すと、身体の向きを廊下側へ向けた。


「それじゃあ僕は、この後もやることがあるからそろそろ戻るよ」

「なら、病院の入り口までお送りしますね」

「いや、メグミは悠くんのもとへ行ってあげて」

「でも」


ここで素直に困ったような表情を後輩に見せられては、タクミは何も言えなくなる。 咄嗟に理由を考え、仕方なく彼女に甘えることにした。


「あー、うん。 ・・・悠くんにも、少しは一人になる時間が必要かな。 じゃあメグミに、お見送りしてもらうよ」


そう言うと、優しい表情になって頷いてくれた。 二人揃ってこの場を後にし、入口へ向かって歩いていく。


「そう言えば、悠くんは落ち着いていていい子だね」

「そうですね」

「お世話していて、手間とかかからないんじゃない?」

「確かにかかりません。 悠くん、小学生の割には結構大人びていますから」

「はは、メグミがそれを言う?」

「え?」


キョトンとした顔で返されると、彼女のことをからかうような目で見ながら言葉を紡いだ。


「メグミは僕よりも年下で、一応高校生の年齢だろう? 高校生にしてはませ過ぎだよ」

「そうは言っても、私とタクミ先輩はそんなに歳変わらないじゃないですか。 先輩だって、19歳なんでしょう?」

「そうだけど、僕が年上なのはどうしようもない事実だね」


そう言うと、メグミは少し拗ねたような態度を見せる。


「先輩の方が年上なのに、楽観的過ぎるんです」

「メグミもそうならないの?」

「なりません。 というか、なれません!」

「そんな拗ねないで」

「拗ねてません! そもそも、私が好きでこの性格にしようと思ったわけではありません」

「確かにそうだけど、そんなにツンツンしないでよ。 人間ならまだしも、ロボットがそのような感情持っても意味ないよ?」

「分かっています!」


そのようなことを話していると、あっという間に入り口に着いてしまった。 ここで改めて、もう一度礼を言う。


「じゃあ、今日はありがとう。 メグミも頑張ってね」

「はい。 タクミ先輩も、お気を付けて」


挨拶を終えると、背を向けて自分の仕事場へと足を運んだ。 そろそろ仕事のことを考えないといけないのだが、今はまだ悠のことで頭がいっぱいである。


―――悠くん、かぁ・・・。

―――悠くんはリーナのこと、どう思っているんだろう。


タクミは悠と二人きりになった時に言われた言葉に、引っかかっていた。


『タクミお兄さんとリーナお姉さんは、どういう関係なの?』

『どういう関係?』

『うん。 ・・・その、恋人関係・・・とか』


経験上、あの発言は気になる異性がいる場合にしてくるものだ。 だから今回、それに当てはめると“悠はリーナのことが気になっている”ということになる。

これがただの思い過ごしならいいが、もし本当だとしたら嫌な予感しかしなかった。


―――んー、もし悠くんがリーナに恋心を抱いていたら、どうしようか。

―――とにかく、何か起きる前に止めた方がいいよね。

―――今は恋心抱いていなくても、もしリーナが悠くんを担当する仕事に復帰したら・・・。

―――どうなるのか分からない。


そこでふと、空を見上げた。 今日は晴天で、綺麗な青空が一面に広がっている。 

だがそんな清々しい光景を目にしてもタクミの心はスッキリせず、ロボットのため眩しくもないのに目を細めて太陽を見た。


―――・・・人間とロボットの恋なんて、切ない物語にしかならないんだからさ。



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僕が恋を、教えてあげる。 ゆーり。 @koigokoro

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