心の奥④




「あ・・・。 これ」


悠は今タクミの手の中にあるものを見て、素直に驚いた表情を見せる。 彼がバッグから取り出したものは――――以前にも食べたことのある、チョコレートだった。


「うん。 チョコレートだよ。 悠くん、これ好きなんだろう?」

「えっと、どうして知っているの? ・・・あ」

「そうだよ。 このことも、リーナから聞いた。 ・・・今、食べる?」


尋ねられ小さく頷くと、彼は箱の中から一つのチョコレートを摘まみ出す。 これは一つずつ小分けになっている商品のため、袋を少し破りその状態で手渡してくれた。


「はい、どうぞ」

「ありがとう。 ・・・うん、美味しい」

「それはよかった」


悠が満足したことにタクミも笑顔を見せると、彼の手から箱を受け取る。 そして中から一つのチョコレートを取り出し、差し出した。


「・・・タクミお兄さんにも、あげる」

「本当かい? ・・・ありがとう。 お言葉に甘えて、いただくよ」


少し躊躇った様子を見せたものの、穏やかな表情になって受け入れてくれる。 ここからは、甘いものを食べながら二人はこの時間を楽しんだ。

タクミの優しさに気付いた悠は徐々に彼に心を許し、自然と笑顔になっていく。 話はリーナから、普段のことへと変わった。


「お兄さんたちは、どんなお仕事をしているの?」

「僕たち? そうだなぁ・・・。 言葉にすると難しいけど、人を笑顔にさせる仕事かな」

「え、凄い! 何か素敵なお仕事だね」


褒められたタクミは、嬉しくなり説明も多くなっていく。


「ありがとう。 人を笑顔にさせる仕事はたくさんあるんだけど・・・。 たとえばリーナやメグミみたいに、悠くんのような入院している子をお世話したりとか。

 お年寄りの相手をしたりするのも、そうだね。 困っている人を助ける、それが僕たちの役目なんだ」

「タクミお兄さんは、今どんなことをしてるの?」

「僕は今、家政夫みたいなものかな? 両親共働きの家に通っているんだけど、そこでは子供の世話をしたり家事をしたりしているよ」


それらを聞いた悠は、羨ましそうに小さく呟いた。


「いいなぁ。 お兄さんたちがやっていること、何かカッコ良い」

「悠くんは、将来の夢とか決まっているのかい?」

「ううん」

「悠くんも、僕たちのような存在になれると思うよ。 人思いで、心も温かいからね。 凄く向いていると思う」


それを聞いた途端、寂しそうな表情を見せ首を横に振る。


「いや、僕には無理だよ。 なりたくても、身体が弱い僕にはきっと向いていない」

「人を助けること全てが、身体を動かさないと駄目っていうのはないよ? 直接手を出さなくても、会話するだけでその人の心を助けてあげることもできるんだ。 

 それなら、悠くんにもできるんじゃない?」

「・・・そう、かな? ・・・なら、頑張ってみようかな」

「うん。 僕は応援しているよ」

「ありがとう」


悠はこの時、自分の将来の夢が決まったような気がした。 未来に希望が見え、心の負担が少し減る。 ここで話がひと段落すると、タクミは時計の方へ視線を移した。


「あ、もうこんな時間か。 一時間以上話していたんだね」


二人で話している時間はあっという間で、時刻は2時半を回ろうとしている。


「僕は家へ戻って家事の続きがあるから、そろそろ帰ることにするよ。 メグミを長い間待たせているし、悠くんに会いたいという願いももう叶ったからね」


そう言って立ち上がろうとする彼を、悠は呼び止めた。


「タクミお兄さん」

「うん?」

「今日は、僕のところまで来てくれてありがとう。 この時間、凄く楽しかった」

「そう言ってくれてありがとう。 僕も悠くんに会えて嬉しかったし、たくさん話せて楽しかったよ」


笑顔で言うと、タクミは再び悠の頭を優しく撫でてくれる。 その心地よさを感じつつも、顔を上げあることを尋ねた。


「また、来てくれる?」

「うん。 絶対」

「・・・分かった、待ってる」


離れることに寂しさを感じながらも、ここは耐えて笑顔で見送ると、タクミも優しい表情を見せこの病室を後にした。 ――――そして突然訪れる、静かな時間。

時計の針はないため、何の音も悠の耳には届いてこなかった。


―――・・・タクミお兄さんいわく、リーナお姉さんは僕のことを大切に想ってくれていた。

―――もし、お兄さんの言っていたことが本当だとしたら・・・ッ。



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