心の奥③




だけどタクミは悠の反応なんて気にせず、リーナのことを打ち明け続ける。


「うん、リーナは凄く悩んでいたよ。 舞ちゃんの余命のことを伝えても伝えなくても、どちらにしろ悠くんは悲しんでいただろう? そう考えると、余計にさ。

 リーナもリーナなりに、試行錯誤していたんだ」

「・・・」


悠は自分の心が見破られないように、必死に俯いて表情を隠すしかなかった。


「それで結局・・・リーナは、悠くんが少しでも長く笑っていられるように伝えない方を選んだ。 ・・・でもこれが正しい選択だったのかなんて、誰にも分からない。 けどね」


ここで一度話を止めてきたため、悠は頑張って顔を上げタクミのことを見る。 すると彼は優しい表情を見せ、続きの言葉を口にした。


「リーナにとっては、自分の望みが叶ったんだよ。 結果、悠くんとリーナは離れることになっちゃったけど、最後まで悠くんの笑顔を見ることができたからそれで満足したらしい。

 リーナ自身が、そう言っていたよ」

「・・・リーナ、お姉さんが?」


聞き返すと、タクミは小さく頷いてくれる。 そこでもう一度、悠の話へと戻してくれた。


「まぁでも、悠くん自身も頑張っていたもんね。 苦しい現実を受け入れるの、凄く大変だったと思うけど、今はこうしてちゃんと生きている。 悠くんは強い子なんだね。

 本当、偉いよ」

「ッ・・・」


そう言うと、彼は腕を伸ばしてくる。 その手はそっと悠の頭の上に置かれ、そのまま優しく撫でてくれた。 突然触れられたことに驚き身体が反応するも、再び俯いて表情を隠す。

これでも、涙を堪えるのに必死だった。 涙目になりながら、タクミが言っていた話を振り返る。 

だけど悠の心はまだ整理ができていなく、全てを素直に受け入れることができない。 リーナのことを、どのような感情で想っていたらいいのか自分でもよく分からなかった。

確かに今彼女の事情を聞いたことにより、怒りは治まった。 だから悠の心には、大きな罪悪感が残っている。 

リーナは自分のことを思ってその選択をしてくれたのに、そんな彼女の気持ちなんて知らなかった悠は自ら突き放してしまった。 

だけど今更そんなことで悔やんでも、リーナとは既に離れているため何も変わらないのだが―――― 


―――・・・分かんない。

―――自分の気持ちが、よく分からない。

―――リーナお姉さんのことを今ではちゃんと許しているのに、どうしてこんなに心が苦しくなるの?


そしてタクミに触れられている手からほんのり温かさを感じると、余計に心苦しくなった。 リーナの優しい心の温かさと、自然と重ねてしまうのだ。

だから――――悠は少しでもいいからこの気持ちから解放されたいがために、八つ当たりするような質問をタクミに投げてしまった。


「・・・タクミお兄さんは、リーナお姉さんのその事情を僕に伝えるためだけに、ここへ来たの?」


それを聞くと、彼は腕を引っ込め驚いた顔をする。


「いや、違うよ? ちゃんと目的があって、僕はここへ来たんだ」

「目的、って・・・?」


問うと、再び笑顔を見せながら悠の病室へ訪れた理由を説明してくれた。


「リーナは悠くんのこと、凄く大切にしているみたいでね。 それ程大切に想う人ってどういう人なのか、素直に気になって。 

 だからリーナからの許可を得てまで、ここまで足を運んで悠くんに会いに来たんだ」

「タクミお兄さんは、どうしてリーナお姉さんが僕を大切にしているって分かるの? リーナお姉さんが、自分でそう言っていたの?」


そう尋ねると、彼は軽く首を横に振る。


「ううん。 でも、リーナを見ていたら分かるよ。 悠くんの話をする時はいつも楽しそうで、幸せな顔をしてとても生き生きとしていた。

 そして悠くんのことで困っている時は、真剣に悩んでずっと壁と向き合っていた。 悠くんがリーナにとって大切な人じゃないと、ここまでしようとは普通思わないよ」

「ッ・・・」


それを聞いて、悠は咄嗟に顔を背けた。 だけどそんな悠のことを温かい目で見守りつつ、タクミは自分の気持ちを言葉にしていく。


「・・・でも本当、リーナから聞いていた通りの子だ。 まだ出会って間もないけど、悠くんはいい子だって伝わってくる。 

 とても穏やかで優しくて、人思いで心の温かい少年。 それでいて、心はとても強い。 ・・・だけどたまに見せる悠くんの繊細さが、心をくすぐられるね。

 リーナが悠くんを大切に想う気持ち、そして悠くんを守りたくなるような気持ち・・・。 何となく、分かる気がする」


「・・・ッ、リーナ、お姉さん・・・っ」


涙目になりながら震える声で彼女の名を呼ぶと、彼は慌てた様子を見せてきた。


「ッ、悠くん!? 大丈夫? ごめんね、僕何かマズいこと言っちゃったかな・・・?」

「・・・ううん」


腰を上げ悠に近寄り、背中を優しくさすってくれるタクミ。 そんな彼に、小さく首を横に振った。 するとそれを見たタクミは、安心したように再び微笑む。


「そっか、よかった。 ・・・あ、そうだ。 悠くんに、渡したいものがあるんだ」


そう言って、悠の落ち込んだ気持ちを紛らわそうと話題を変え、持ってきたバッグの中からあるモノを取り出した。



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