心の奥②




「あ・・・。 こん、にちは・・・」


笑顔で挨拶をされたのだが、悠は彼の姿を見るなり言葉が詰まってしまい、ぎこちない感じで返してしまった。


―――・・・お兄さん?

―――てっきり、お姉さんが来るのかと思ってた。


リーナに続きメグミも女性だったため、仕事仲間と聞き自然とそう連想していた悠。 だけど仕事仲間は男女いても不思議ではないため、すぐこの状況に慣れる。

すると戸惑っている悠を見てなのか、青年は病室へ入りながら申し訳なさそうな表情を見せてきた。


「急に、押しかけちゃってごめんね。 迷惑だったかな? そんなに心配そうな顔をしなくても、大丈夫だよ」

「あ・・・。 いえ、平気です・・・。 あの、その・・・」

「うん?」


今もなお優しい表情をして近くまで来た彼に、相手を怪しむような表現を交えつつ言葉を返していく。


「・・・珍しい、ですね。 僕たちは初対面のはずなのに、僕なんかに会いたいっていうのは・・・」


そう言うと、頬をかき苦笑を交えながらも理由を話してくれた。


「あぁ。 実は悠くんのこと、リーナから聞いていたんだ」

「・・・え。 リーナお姉さんから?」


ここで思ってもみなかった発言に驚いた表情を見せると、青年は後ろへ振り返りメグミに向かって口を開く。


「メグミ。 少し、席を外してくれないかな? 悠くんと、二人で話がしたいんだ」

「分かりました」


それに頷くと、メグミは先程まで読んでいた分厚い本を持ち、退室していった。 そんな彼女に続くよう、青年も先刻までメグミが座っていた椅子に腰を下ろす。

そして互いの目線が丁度合うようになったところで、悠から先に話を切り出した。


「・・・あの」

「あ、自己紹介がまだだったね。 僕はタクミって言うんだ。 敬語は抜きで、気軽に僕のことを呼んでくれていいよ」


笑顔でそう言われたため、悠も特には警戒せずすぐに彼を受け入れる。


「分かった。 ・・・タクミお兄さん、一つ聞いてもいい?」

「うん。 何だい?」

「タクミお兄さんとリーナお姉さんは、どういう関係なの?」

「どういう関係?」

「うん。 ・・・その、恋人関係・・・とか」


聞きたいような、聞きたくないような。 そんな気持ちを交えつつ、恐る恐る尋ねてみた。 だけどタクミは、少しの間難しそうな顔をする。


―――・・・何だろう、この間。


この時間に違和感を感じていると、彼は突然何かを思い出したのかやっと答えてくれた。


「恋人・・・。 あぁ! いやいや、そういうのではないよ。 僕たちは本当、仕事上での先輩後輩の関係。 

 でもリーナは一人だと見ているのが心配で、僕が自ら世話を焼きに行っている感じだけど」

「・・・そう、なんだ」


苦笑を交えながらのその返しに、どこか安心している自分がいることに気付く。 この気持ちに再び違和感を感じていると、早速タクミは新たな話を切り出してきた。


「・・・ところで悠くんは、最近色々と大変だったみたいだね」

「え? ・・・あぁ、お姉さんから聞いたの?」

「うん。 リーナから、悠くんのことはたくさん聞いているよ」


すると彼は、淡々とした口調で悠の今までの出来事を口に出していく。


「えっと・・・。 悠くんの好きな女の子・・・舞ちゃんだっけ? その子のことは、残念だったね。 悠くん、舞ちゃんのことを想っている日々は、毎日苦しかったんじゃない?

 それなのに、よく今まで耐えて頑張ってきたね。 偉いよ」

「・・・」


ここで初対面の人に認められるとは思わず驚くも、今までの苦しい思いを全て優しく包み込んでくれた彼に感情が揺さぶられ、軽く俯いた。

あまり思い出さないようにはしていたが、再び舞の話を持ち出されては心が苦しくなる。 

だけど――――そんな悠を見てなのか、タクミはもう一人の少女の名を躊躇わずに口にした。


「でもね。 悠くんが苦しんでいたみたいに、もう一人苦しい思いをしている人がいたんだよ」

「・・・え?」

「それはね、リーナだよ。 リーナも悠くんと同じように、毎日苦しんでいたんだ」

「・・・リーナお姉さんが? 一体、どうして・・・」


話が淡々と進み過ぎて、理解が追い付いていない。 だけどタクミは、順番に説明を丁寧にしてくれた。


「えっと、舞ちゃんの余命を聞いた時から、リーナは悩んでいたかな・・・」

「余命って・・・」


―――・・・それって、いつの話だよ。


舞の余命など何も聞かされていない悠には、タクミの言っていることがよく分からなかった。 そこで困惑した表情を見せていると、彼はこう付け足してくる。


「確か・・・うん。 今から大体、一ヶ月前くらいからかな」

「ッ、そんな前から!?」


―――舞ちゃんの余命を聞かされた一ヶ月前から、リーナお姉さんは悩んでいた・・・?

―――一体、どうして・・・。

―――僕にはそんな素振り、見せていなかったのに。

―――というか・・・やっぱり、お姉さんは舞ちゃんの事情知っていたんだ。


今聞かされていることが綺麗に一致せず、悠の頭は混乱を起こす。 そんな悠に、タクミはゆっくりと話を続けてきた。


「今言ったように、舞ちゃんの余命を聞かされてからリーナは凄く悩んでいたみたいでね。 それで答えが見つからなかったのか、僕に相談が来たんだ」

「・・・相談?」

「うん。 だからその時に、僕は悠くんのこととか色々知ったっていうわけ」


正直、悠のことを初めて知った時のことなんてどうでもよかった。 だからここで一番気になることを、直球に尋ねてみる。


「その相談って、どんな・・・?」

「えーと、そうだなぁ・・・。 舞ちゃんの事情を僕が既に知っている前提で、ざっくり言うと・・・」


するとタクミは穏やかな表情から少し真剣なものへ変え、悠に向かってその質問に対しての答えを綴ってきた。


「『ハルくんの笑顔を守りたいんです。 そのためには、舞ちゃんの余命のことをハルくんに伝えた方がいいのでしょうか? 

 それともハルくんを悲しませないために、黙っていた方がいいんでしょうか・・・』・・・っていう、相談かな」


「・・・え?」


それを聞いた途端、悠は心の中の穴が塞がったような感覚に陥った。



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