忍術少女たちは、今日も戦うようです。

@gozikan_ranobe

第1話 閉店とともに物語は始まる

 「「「ありがとうございました!またのご利用をお待ちしております!」」」

 少女たちの揃った声が広い店内に響いて、キッチンまで届いた。

 ―やれやれ。今日もようやく閉店か。俺はフライパンを片付けながら独りごちた。

ここは将軍のお膝元・ゑ都でも五本の指に入る喫茶店 「紫雲亭 」のキッチン。坊主頭に老け顔の俺・真備まきびは笑顔が魅力の接客担当―ではもちろんなく、しがない調理見習いである。

 「どうした青年、元気が無いぞ。天麗に魂を喰われたか? 」

「いくらワタシが大食いデモ真備のタマシイなんて食べナイネ。なんか美味しくなさそうだし…あ、真備イタノ? 」

「仕事終わりの人間に話しかける態度かそれは!」

「わしらも仕事終わりに変わりは無いぞ」

「ムシロ台所でお荷物になっテル真備よりもシュンレイ達の方が働いたネ」

「お前らなあ…」減らず口を叩きながらやってきたのはさっきまでウエイトレスとして働いていた二人の少女。チャイニーズドレスにポニーテールの春麗と、じじくさい言葉遣いの詩野である。

「じじくさいとは失礼ではないか?」

心の声が漏れていたらしい。詩野が不満げな表情を浮かべている。

「それに、台所でお荷物になっているのは事実では無いか」

「うっ…」それを言われると耳が痛い。諸事情によりこの店で働き始めて3カ月。俺の料理スキルは下がりこそすれまったく向上の気配を見せなかった。

「今日ほっとけえき何枚焦がしたネ?」

「確か午前中で2枚…って春麗お前なぜそれを!」

「知っておるのかって?秋月殿の声が大きくての、お前様を叱る声がホールまで聞こえておったわい」

「お香さんのせいかよ…」

 人を叱ることと料理にかけては超一流のキッチンスタッフの顔を思い出して憂鬱な気持ちになった。

「あの人黙ってりゃ中々の美人なのにな… 」

「お主また心の声が漏れ出ておるぞ」

「はっ!また声に出してしまった」

「お香サンに報告してくるネ!」

「春麗ちょっと待てえええええ!ってかお前ら何しに来たんだ?」

さっきから抱いていた疑問を口に出す。仕事終わりにすぐさま冗談を言いにきた訳ではないだろう。

「そのこと何じゃが…今夜『仕事』があることを忘れておらぬじゃろうな」

詩野が突然真剣な表情になった。

「ああ、勿論」そんなことは分かっている。

「茜は今回がマダ2回目ダカラ、私と詩野が心配して真備ニよろしく伝えにキタンダヨ」

「そんなこと言われなくても分かって…」

分かってる。そう声にだそうとしてやめた。二人だって俺が「仕事」で気を抜いたりしないことは分かっているはずだ。分かってる上で、それでも親友のことを気にかけて俺にわざわざ言いに来たのだ。ならば俺がすべき返事は―――

「任せとけって。俺と茜は最強だ、負けるわけねえだろ」満面の笑みでそう返す。

「最強は流石ニ言い過ぎネ。私と一夕先生の方ガ戦果上げてるヨ」

「まあお主がそこまで言うならわしらも安心じゃ。茜を頼んだぞ 」

二人はほっとした表情を浮かべて去っていった。

「さて―」

夜の「仕事」に入る前にとりあえずここを片付けなくては。

「真備ィ!お前まだ洗い物終わってねえのか!」

「はいまだ終わってませんすみませんすみません! いまやります!」

 鬼の形相の秋月さんがやってきたので、俺は又仕事に戻った。


 片付けが終わって店を出てから俺は近くの神社へ向かった。西国の名高い神社から分霊したとかいうその神社は御利益があるのか無いのか参拝客もまばらで、喫茶店やら雑貨屋やらが軒を連ねる上阪通りの中心にぽっかり穴が開いているかのようにいつも閑散としているが、これからする「仕事」のような人目に付きたくない話をするには格好の場所だった。薙刀をカモフラージュするために僧侶のコスプレをしてきて、はたから見ると宗派替えかと50年前なら思われただろうが、神仏習合やら廃仏毀釈やらでミクスチャーされた現代ゑ都の宗教観からするとさほど不自然には見えないはずだ。今夜しなければならない仕事を思うと気が重くなった。その相手がまもなく来るはずだが―

「真備さん、待たせちゃいましたか?てえぶるの片付けに時間がかかってしまって」後ろから突然声が掛かって我に返った。振り向くと上下桃色の装束に身を包んだ少女がこちらを向いている。彼女が茜。これから行う「仕事」のパートナーで、普段は紫雲亭で春麗や詩野のようにウエイトレスとして働いている。

「いや、問題ない。俺が早く来ただけだ。それより茜、今日の任務は分かってるか?」

「はい、場所は八門外のりゅうきゃ、流下亭で、にっ任務は指定反ばく府組しき仁和組のしゅうげき計画をそしすること、です」

「それでいい。行くぞ!」

 茜が俊敏な動きで先行して走り出す。俺もその後ろをついて行く。ゑ都一の甘味処と名高い紫雲亭、昼は千客万来。では夜は?そう、ゑ都警備隊反幕府組織対策本部第四課本部、またの名をという。


 ゑ都八百八町の平和を守るのは我らがゑ都警備隊、というのはそこらの小僧でも知っている常識だが、その主な役目である反幕府組織、いうなれば海千山千のテロリスト撃滅を行っているのが紫雲亭で働く少女たちだと知るものは数少ない。

「旦那、そいじゃテーブル拭いてるあの娘が手裏剣でもって西南派のごろつきどもをばったばった殺すんですかい?講談でも聞いたことねえやそんな話」店の常連のじいさんどもならそんな軽口を叩きそうだが、俺たち幕府には男も知らなさそうな少女たちを軍事利用する理由が確かにあった。それは―――

「真備さん、そろそろ到着しますよ」前方を走っている茜が声を掛ける。閑話休題、そろそろ気が重い「仕事」を始めなければいけないらしい。「了解」声を返すと茜はさらに加速して、「着きました 」二階建ての建物の前で立ち止まった。

目的の料亭の裏手に到着した茜は「はっ!」と声を張り、そして―――

そして建物の屋根に向かって。幕府がよわい十五にもならない少女たちに殺し屋をさせる理由、それは彼女たちが人間離れした「忍術」を操るからである。











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