第22話 大団円(終話)

「なんじゃ、珍しくお前さん一人で来たと思ったら、そんな事があったか」

 メイにド直球をぶつけられて、ペースが完璧におかしくなった俺は、何を血迷ったか国王に相談していた。

「しかし、お前さんともあろうものが……。簡単だ、男なら一発もぎゅ!?」

 いつもは黙ってにこやかな笑みを浮かべている后の裏拳が、国王の顔面にめり込んだ。 ……怖いな。うん。

「あなたにとって、メイさんはどういう存在なのですか?」

 后に聞かれ、俺はどう答えていいものやら……。

「どうもこうもない。この数年、ずっと隣にいたからな。使い魔だという事以外は、考えもなかった……それが、ここにきて、いきなり主従逆転され挙げ句好きだと? 混乱するさ」

 俺は小さくため息をついた。このところ、色々起きすぎだ。全く……。

「なるほど。あなたが、混乱しているのは分かりました。しかし、戦場ではいかなる戦況でも即断即決が求められるもの。あまり、女性を待たせるものではありませんよ」

 ……どうしろというのだ。

「俺も別に嫌ってはいないし、応られるならそうしている。しかし、野良猫と人間だぞ。住む世界が違いすぎる」

「この国では、異種族婚は違法ではないですよ?」

「そういう問題では……」

 そこまで話しを進めるな!!

「細かい事はどうでもいいのです。あなたの本音は?」

 ……。

「そういう関係も悪くないなとは思う。メイなんて俺がいなきゃただのポンコツだ」

 なにか、間違った事を言った気がするな。らしくない。

「だそうですよ。メイさん?」

 えっ?

 后の座るやたら背もたれの高い椅子の影から、この上ない笑みを浮かべたメイが姿を見せた。

「な、なんで、ここに!?」

 毛で見えないだろうが、猫だって赤面する。今みたいにな。

「あなたたちは面白いですね。考える事もタイミングも同じ。先にメイさんが相談しにきていたのです。そこにあなたが来たので、取り急ぎ隠れて貰ったのですが、日頃の恩を少しは返せたようですね」

 后が言うなかメイがこちらに近寄って来た。

「ムツは野良じゃないですよ。私の大事なパートナーです。色々な意味で……」

「……そうか」

 こうして、俺たちは屋敷に戻ったのだった。


 その夜、俺は王都の夜を突っ切って走っていた。

 前方には、逃げる人間の男三人組。このところ王都を騒がせているらしい窃盗団だ。

 今回の依頼は王都警備隊からだった。どうにも手に負えないこいつらを、捕縛する手伝いをしてくれ。

 俺はただ追いかけているようで、時折低威力の攻撃魔法を交えながら、警備隊が網を張っている場所に的確に誘導していた。

「夜に猫から逃げようなんざ、十年早いな」

 そして、前方にいっせい魔法の明かりが上がる。

 警備隊の面々だ。

 三人の足が一瞬止まったが、小声で呪文を詠唱する声が聞こえた。

「チッ!!」

 速い!! キャンセルは間に合わない!!

 俺は反射的に一人の背中に飛びついていた。

 次の瞬間、三人の体+俺は忽然とその場から消え失せた……はずだった。


「まいったな。喋る猫の話しは聞いていたが、アジトまで付いてこられるとは……」

 覆面その一が頭を掻きながら、いかにも軽薄そうな声で言った。

「だからいったんだ、お前の猫好きはいつか身を滅ぼすってな」

 覆面その二はシブそうな声だった。

 なんだ、猫好きが身を滅ぼすって!!

「過ぎたことは仕方ない……みんなでこっそり返しに行こう」

 素晴らしく冷静な声で、いきなり間抜けな事をいう覆面その三。

 さては、貴様。隠れ猫好きだな。

 という俺は、両足を一つに縛られてテーブルの上に放り出されていた。

 一応抵抗したんだがな、かっこつかねぇ……。

『おい、メイ!!』

 俺は思念で呼びかけたが、全く応答はなかった。

 ……相当離れたな。これは。

 試しにメイの位置を追跡してみたが、全く捉えられなかった。

「喋る猫など滅多にいないぞ。売って金にしようとは思わないのか?」

 黙っているのも癪だったので、俺は誰ともなく問いかけた。

「俺らが欲しいのはお宝だ。金が欲しけりゃ金を盗むだけの事。お前さんをコレクションしてもいいんだが、そいつが猫嫌いでな」

 覆面その一の言葉に、覆面その二が鼻を鳴らした。

「よし、行こうか。こっそり猫を返しに」

 そして、覆面その三はやはり猫好きだと確信した。


「てめぇ、こっそりって……」

 再び三人組と王都に戻った俺は、最悪な気分を味わっていた。

 縛られたまま首根っこ掴まれ、べろーんと情けない姿で、まだ待機していた警備隊の前に現れやがったのである。

「お宅らの秘密兵器はこの様だ。まだやるかい?」

 覆面その一の声で、俺はなにか吹っ切れた。

「ファイア・アロー!!」

 俺は攻撃魔法を放った。「自分」に向かって……。

「なに?」

 覆面その一の声から初めて軽薄さが消えた。

 メイは街の反対側だ。ここは、俺の手で切り抜けるしかない。

 超至近距離。避ける暇はない。

「くっ!!」

 突き刺さった炎の矢は、覆面その一も巻き込んで燃え上がった。

「な、なにをしている、取り押さえろぉ!!」

 誰かの声が響き、深夜の捕り物は幕を閉じたのだった。


「……脱走か。あいつらも懲りないな」

 全身包帯巻きで新聞を読みながら、俺はため息をついた。

 あの服のお陰で命拾いした俺だったが、メイにボコボコにされて危うく死にかけた。

 しかし、なんとか生きている。以上。

「ムツ、見舞金の受け取りと、この書類にサインを……」

「ん……」

 俺は新聞から目も離さず、書類に適当にサインした。

「では、ちょっと出かけてきますね。すぐに戻ります」

 メイが一人で、お出かけとは珍しい。

「おう、なんか知らんが行ってこい」

 今思えば、これがラスト・チャンスだった。

 新聞の広告欄まで読み終わり、チラッと時計を見ると小一時間ほど経過していた。

 ……遅いな。

『メイ?』

『どうしました?』

 取りあえず、無事らしい。

『いや、無事ならいい。やけに遅いからな』

『すいません、混んじゃって……』

『どこにいるんだ?』

『帰ったら話します。あっ、順番来ました』

 プツッ

 ……切りやがった。

 メイが戻って来たのは、三十分後くらいだった。

「お待たせしました」

「おう、どこ行っていたんだ?」

 その返事といわんばかりに、メイは一枚の書類を示した。


『婚姻届』


「ブーッ!?」

 それは複写された控えの方で、メイのサインと紛れもなく俺の直筆サインが入っている。

 さっき、どさくさに紛れてサインさせたアレだ!!

「お、お、お、お前なぁ!?」

「この国では異種族婚が認められています。例え、相手が猫でも……。こうすれば、もう無茶は出来ませんよね。旦那様?」

 メイの笑顔。その額には、青筋が何本も入っていた。

 ……お、怒ってる。メイのヤツ、本気で怒ってる!!

「お前の方が無茶だ。なに考えている!!」

「使い魔として、最善の策を考えたまでです。お腹空いちゃいましたね。おやつお願いしてきましょうか」

 ひらひらとメイは部屋から出て行ってしまった。

「ま、待て……痛ってぇ!!」

 無理に動こうとした途端、全身に激痛が走り俺はのたうち回るハメになった。

 な、なんか、あんまりだぜ。


「ほっ、結婚とな?」

「ああ、不本意だがな……」

 翌日、包帯巻きの俺はメイに連れられ、なにかと縁がある国王に挨拶にいった。

「ってことは、なんだ。昨夜ははやりもぎゅ!?」

 ……后よ。国王の顔面が陥没しているように見えるぞ。

「めでたい事です。国を挙げてというわけにはいきませんが、私たちの個人的な事として祝いの席を設けましょう。早速用意を」

 控えていた者がすっ飛んでいった。

「それには及ばんと言いたいところだが、せっかくの好意を断るのは無粋か……。感謝する」

 俺の言葉に后は小さく笑みを返した。

「急な話なので、本当にささやかですが、今夜準備が出来たら城から迎えを。カジュアルなパーティーですので、気を遣わず」

 やれやれ、また話しがデカくなりやがったな。

 この時、王族の「カジュアル」と庶民の「カジュアル」に違いがあるとは、まだ知らなかった。


 ……いや、嫌な予感はしたんだ。

 城から迎えに来た馬車が、無駄に豪華な四頭立てだった段階で。

 屋敷に帰った途端、事の顛末を知ったお手伝いさん連合が慌てて服を仕立てた理由が、今やっと分かった。

「な、何百人いるんですかね?」

 かつて見た踊り子状態のメイが、かなりどん引きしている。

「知らん。個人的って言ってたな。言っていたよな?」

 俺なんて、もう面倒くさいんで、包帯のみだぞ。それが、着飾った連中の中にぽつんといる。場違いも甚だしい。

「おう、いたいた。主役がなにボサッとしておる」

 后を連れた国王がシュタっと手を上げてやってきた。

「おいおい、なんだこの人数。もっとこぢんまりしたものかと……」

 文句を言ってみたが、国王は涼しい顔だった。

「おう、小人数じゃ。この小ホールで収まる人数ではな。王家に近く、暇そうな貴族に、片っ端から連絡したのだ」

 ……方端って、おい。

「さて、皆の者。ここにいるのが、今日の主役じゃ!!」

 談笑していた面々の視線が一点に集まった。

『お、おい、メイ。何か言え!!』

『ここは、主で旦那のムツが!!』

『俺はお前の飼い猫だ!!』

『新属性出さないでくださいよ!!』

 ……くそっ、やるしかねぇ。このポンコツじゃ役に立たん!!

「コホン。今夜はすまんな。俺は見ての通り猫だ。人間世界のしきたりは知らん。よって、非礼があったら詫びよう。俺はなぜかそこのポンコツと結婚してしまってな、今さらそれについてはどうも言わんが、無茶をすると殺されかねんのだ。誰か何とかして欲しい」

 なぜか、少し笑いが取れた。いや、笑う場所じゃないが。

「まあ、俺なんかが長く話しても時間の無駄だな。今日は俺らの事なんか忘れて楽しもうじゃないか。その方が、こっちもありがたい。目立つのが苦手でな」

「とまあ、そう言ってはおるが、まさか、皆の者。主役を置いておくなどという、もったいない事はしまいな?」

 国王が余計な事を言うと、全員が歓声を上げた。そして、なし崩し的にパーティーは始まった。

 輪の中心は俺たちなわけで……辛い。

 最初は談笑が中心だったが、辛抱溜まらなくなったらしいメイが、お金が取れるレベルの踊りを始めてしまい、パーティーの雰囲気は一気に砕けたものになった。

 人に酔って頭が痛くなった俺は、部屋のバルコニーで頭を冷やしていた。

「ふぅ、たまらんな……」

 外の空気に触れれば、多少は気分が良くなった。

「よぅ、旦那。まさか、結婚するとはな」

 どこにでもいる貴族その一が接近してくると、俺に声を掛けてきた。

「その声。てめぇか」

 そう、どこかで聞いた声。あの覆面その一だ。

「ああ、ちょうど仕事中でな。こんな狩り場は滅多にない。見逃すわけにはいかないさ」

「そうだろうな。まあ、ほどほどにしておけ。今回は、俺には関わりはないがな」

 こいつと関わったせいで、こうなったともいえる。ロクなもんじゃない。

「じゃあな。まあ、幸せにやりな」

 貴族その一はスッと人混みに紛れていった。

「何をやらかすんだかな。お陰で頭が冴えた。さて、戻るか」

 この夜、俺たちは結婚を披露するだけでなく、貴族社会に名前を知られる事となった。

 そして、クロークに預けられていた宝飾品類がごっそりなくなるという事件が起きたが、それは俺の関知する所ではなかった。



「パルサー王国から救援の要請があってな。帰ってきたばかりで悪いが、また出立して欲しい」

 国王の声に、俺はうなずいて応えた。

「分かった。メイ、行くぞ」

「はい!!」

 主従が逆転しようと夫婦になろうと、俺たちの生活は全く変わらない。

 国王にこき使われ、それなりの待遇を受ける。その構図だ。

 今後も変わらないだろう。命尽きる、その時まで……


(完)

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使い魔の猫(猫中1) NEO @NEO

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