第21話 猫を探す猫
俺は広い王都に根を下ろすため、まずは地元猫コミュニティーとの接触を試みる日々を過ごしていた。
こういう活動は重要だ。なにかトラブった時に役に立つし、無用なトラブルを避ける事にもなる。
「それにしても、分かってはいたが広い街だぜ。一週間経って、まだ半分も回っていないとはな……」
もちろん、普通に回れば一日あれば回れるが、猫コミュニティーの数が桁違いに多い。
途中で数えるのを止めたが、百までは確実にあった。その一つ一つを片っ端から回っているのだ。なかなか先に進めない。
ちなみに、どのコミュニティーでも新参者は素っ気なく扱われる。馴染むには時間が掛かるもの。まあ、顔を見せておく程度でいい。これだけで違うのだ。
「少し休むか……」
俺は手頃な木陰を見つけると、腹を地面にくっつけて「伏せ」の状態で一息ついた。
まあ、何かのために杖を背中に背負い、賢者だったか何だったの服を着た猫などそういはいないようで、通り行く人が奇妙なものでも見る視線を送ってくるが、そんなもの気にしない。
しばらくそうしていると、一人の……じゃりじゃ可哀想だから女の子と言ってやろうか、とにかくそいつが近寄って来た。
「わぁ、猫の賢者様!!」
「いや、賢者ではない。たまたま、こんな服装をしているだけだ」
そもそも賢者が何なのか分かっていない俺は、「なんか凄い人」程度の認識でしかない。
「さすが賢者様。喋れる!!」
……いや、だからな。
「あのね、うちのピーちゃんが行方不明なの。お小遣いこれしかないけど、探して欲しいの……」
少女が小銭と共に差し出したのは、グレー掛かった単一色、人はこれを「ブルー」と呼ぶが、正真正銘のロシアンブルーだった。
しかし、その名前は……概ね鳥だぞ。少女よ。
「なぜ俺に猫探しを?」
「賢者様ならきっとと思ったの。それに、猫さんなら猫さんの行きそうな場所が、きっと分かるかなって……」
……なるほど、賢者はともかく、猫の道は猫。潜る場所ならおおよそ見当は付く。子供らしい考えだが、あながち的外れでもないな。
「いいだろう。最後に見た場所に案内してくれ。暇ではないが、コミュニティー周りも飽きていた頃だ」
「あ、ありがとう!!」
「その小銭はしまっておけ。そこまでがめつくはない」
こうして、猫の猫探しが始まったのだった。
「ここが私の家」
「……」
お隣さんのバカデカい屋敷じゃねぇか。
引っ越しの挨拶に行った時、茶まで淹れてくれた感じのいい家である。
「入って」
少女に連れられて門を潜ると、そこは広大な庭だった。
「ここだよ」
辺り一面芝生が張られ、見晴らしのいい庭。こんな場所は猫は好まない。
「聞くが、なぜこんな場所に連れ出した?」
俺は少女に聞いた。
「うん、ぴーちゃんっていつも家の中だから、可哀想だと思って……」
返ってきた答えは、大体予想通りのものだった。
「なるほどな。その猫はきっと驚いたのだろう。俺たちは、慣れ親しんだ縄張りに留まる事を好む。いきなりこんな場所に放り出されたら、一目散に逃げるだろうな」
「えっと、難しいことは分からないけど、私はピーちゃんに可哀想な事しちゃったの?」
全身からショックだと言わんばかりの空気を発しながら、少女は俺に聞いた。
ちょっと考えたが……。
「結果的にはそうなるな。もう少し、俺たちについて勉強するべきだ」
これでも、かなりオブラートに包んだんだぞ。俺的に。
「……うん、勉強する。でも、今はピーちゃんを探す方が先だね」
折れるかと思ったら、少女は意外と強かった。
小さな笑顔を作る彼女に、俺はもう何も言う気がなくなった。
「よし、どこか適当なところで待ってろ。そう遠くへは行っていないはずだ」
「私も行く。私のせいだもん!!」
少女もやる気だ……邪魔なんだが。
「……好きにしろ」
面倒臭くなった俺は、庭を突っ切って大きな建物の周辺を丹念に調べていった。
時間にして十五分くらいか。床下の通風口を見つけた。臭う。
「よし、ここで待ってろ。人間にはちと狭い」
少女の体ならギリギリ入れるくらいの大きさがあったが、ここは俺の出番だろう。
俺はそっと通風口を潜った……いた。
「んだ、テメェ!?」
ピーちゃんは全身の毛を逆立て、実に友好的なセリフを吐いた。コノヤロウ。
「好きで来たんじゃない。とっとと出てこい。そうしたら消える」
「ふ、ふざけるな。あんな遮蔽物のない場所なんかに出られるか!!」
うむ、猫的には模範解答だ。満点といってもいい。
あの少女がいる事は秘密だ。よけいに態度を硬化させかねない。
「ならば、気が変わるまで、俺もここにいるとしよう」
「なぜ、そうなる!!」
ピーちゃんが喚き散らすが、俺は知った事ではない。
「なに、仕事でな。手ぶらで帰れんだけだ」
俺は余裕の「箱座り」を決め込んだ。
「あのガキか……。今回はひでぇ目に遭わされたぜ」
「ああ、大体聞いて説教しておいた。相手はガキだ、そうカリカリするな」
俺が宥めに掛かった時だった。
「ピーちゃん~!!」
バカ、待ってろと!!
「てめぇ、時間稼ぎしやがったな!!」
次の瞬間、ピーちゃんは床下を駆け出した。
「あのバカ!!」
俺も負けじと追跡に入る。同時に、呪文を唱えた。
「バインド!!」
緑色に輝く魔法のロープが前方のピーちゃんに収束し……ピーちゃんは横っ飛びに飛んで避けた。
クソ、さすが猫。俺もだが!!
こうして、床下の追いかけっこは続き……それは、突然終わった。
ピーちゃんが肩で息をしながら止まったのだ。
「あー、ダメだ。飼い猫やってるとな、体力がな……」
「これだけ暴れればスッキリしただろう。帰るべき場所があるのは、悪くないものだ」
俺は一定の距離を空けてピーちゃんと対峙した。
「ああ、なんかどうでも良くなった。あんたには負けたよ」
「帰ろうか」
こうして、先ほど入った入り口近くに行くと、よほどはいずりまわったのだろう。
いかにも高級そうな服を惜しげもなく汚した少女が、笑顔で待っていた。
「任務完了だ。大事にしてやれ」
少女はピーちゃんを愛おしそうに抱きしめると、通風口から外に出た。ついで、外に出たピーちゃんを抱きかかえ、俺が最後に出ると建物の表に回り……ヤベッ。
そこには、ここの母上がいた。かなりお怒りの様子で……。
「こら、勉強の時間なのになにをしていたの。しかも、泥だらけじゃない!!」
おぅ、怖っ!!
「あのね、ぴ……」
「申し訳ない。暇だったので、遊びに誘ったのだが、興に乗りすぎてな。服はその……分割で弁償する……」
俺は自分でも信じられない事を口走っていた。
少女とピーちゃんの驚きの視線が刺さった。
母上は俺と少女を見比べ、ため息をついた。
「そうですか……。悪い猫にはお仕置きが必要ですね」
俺の首根っこを引っつかんで持ち上げると、必殺のビンタが……。
「待って!! 私が悪いの。ピーちゃんを庭に出しちゃって……」
泣きじゃくりながら、少女は母上の手にしがみついた。
「ムツさんの優しさはよく分かりましたが、甘やかしてはダメですよ」
「う、うむ、すまん……」
母上は俺をそっと地面に下ろし、フッと視線を逸らした。
釣られてそちらを見ると、苦笑いを浮かべているメイの姿があった。
「今回は言わせてもらいます……うちのバカが迷惑をお掛けしまして」
メ、メイにバカって言われた!!
「いえいえ。お隣同士、ヤンチャとお転婆でいいと思いますよ」
いや、母上。俺もう大人です!!
「では、回収していきますね」
「はい、お説教でもしておいて下さい」
俺はメイに抱えられ、自分の屋敷に帰ったのだった。
「なに、無駄に格好付けているんですか。あの子のためにならないですよ」
寝室に入った途端、メイが言った。
「いや、分からん。口が滑ったとしか言いようがない……」
普段の俺なら、まず言わない事だ。何だか分からん。
「まあ、私はムツのそういう一面が見られてホッとしましたが。いっつも仏頂面で厳しいですからね」
厳しいか?
「いいから忘れろ。あれは俺ではない。とんだバカをやったものだ……」
「いーえ、使い魔的に忘れませんよ。残念」
こ、こいつ……。
「それにしても、お前やけに嬉しそうだな。変な物食ったか?」
「なんだかんだ言って、ムツって優しいって分かって安心しただけですよ。やっぱり間違ってなかった……」
……変なヤツ。
「まあ、いい。ちょっと駆け回って疲れた。寝る」
俺はベッドに飛び乗り、そっと目を閉じた。
寝ていても耳で全周警戒の俺には分かる。メイが横に寝そべった事を。
そして、妙に腕を上げた撫で方で俺の背中を撫で……気がつけば、睡魔に身を任せていたのだった。
実はあのピーちゃん、飼い猫コミュニティーという王都でも有数の規模を誇るコミュニティーの有力幹部だったらしい。
そこで俺の話が話題となり、あっという間に王都中のコミュニティーにその名が届いた。
これで、地味なコミュニティー周りも終わった。
そんなある日、俺はメイを伴って近所の川端を散歩していた。
「なぁ、メイよ。なぜ寒い時期に、こんな寒い場所を歩くのだ?」
川面を渡る風は冷たい。ここにくるもの好きは、そう多くはなかった。
……しかし、メイは答えない。ただ隣を歩くのみ。
そして、不意に足を止めた。
「はっきり言っていませんでいたね。今の私が戦う理由は、ムツのためなんです、ムツを守りたい。その一心で戦っています」
「チラチラとは聞いていたが、なんで意趣替えを?」
メイが簡単に考えを変えるとは思えんが……。
「その他にも、使い魔の主従を入れ替えたり、解せぬ事が多いぞ。何があった?」
俺の問いに、メイは小さく笑った。
「本当に、こういうことに関しては鈍感なんですから。それとも、気がついていないフリ?」
……いや、分からん。なんか覚悟しているのだけは分かるが。
「よく分からんが、使い魔では気に入らんということだな?」
他に答えが導き出せなかった。
「アハハ、やはり鈍感でした。使い魔は別腹ですよ。はい、もう我慢の限界なので、はっきり告白します。私はムツの事が好きなんです。猫好きという意味じゃないですよ」
……えっ?
「もちろん、ムツから返事がすぐもらえると思っていません。気が向いたらでお願いします」
その後、俺はどう屋敷に戻ったか覚えていなかった。
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