第20話 王都
「……今度は、『お友達割引』ってわけにはいかないからな」
帰国後、国王の前で報告をした俺たち。さっそくだが、俺は国王に言葉を叩き付けた。
「うむ、わかっておる。相応の報酬は用意してある」
フン、やはり先読みしていたか。食えないじーさんだ。
「ところで、向こうで存分に暴れたようだな。早くもフェリオ国王から謝状がきておるぞ。ワシもドラゴンなど初めてみたな」
……なるほど、やたら速いと思ったら、例の「ドラゴン便」か。
「増員された兵士のほとんどが、精鋭の魔法使い部隊でな、一気に押し返すまではいかないまでも、戦況は大きく変わったらしい。そこでだ、最大の功労者であるお主らに、それ相応の待遇をするように願うと追伸に書かれていてな、これはもう決定事項なんだが、お主らに『ナイト』の称号を与える」
「へっ?」
メイが変な声を出した。
「興味ないが……なんか凄いのか?」
「凄い事です。勲章ですよ、勲章。ムツなんて、『サー』とか呼ばれちゃうんですよ!!」
……つまらん。
「人間のしきたりなんぞに興味はないが……まあ、くれるならもらっておこう」
「うむ。それで、報酬だが……さっそく案内させよう」
国王は二人の鎧姿を呼んだ。
「案内?」
すぐには意味が分からず、俺は小首をかしげたのだった。
「……」
「……」
俺とメイは言葉も出なかった。
ここは貴族などが住む一等地。
周りの屋敷に比べればこぢんまりしていたが、それでも田舎のぼろ家に比べれば破壊的にデカい家が目の前にあった。
しかもだ、ビシッと整列したお手伝いさん? が二十名ほど頭を下げて俺たちを出迎えていた。
「あの、ばかジジイ。加減を知らんのか……」
やっと声が出た。
「では、私たちはこれで……」
鎧どもがいなくなると、お手伝い集団の中から幾分幾分年上の女がこちらに歩いてきた「国王様からお話は伺ってます、サー……」
「ムツで構わん。まず、どういうことか説明して欲しい。大体察しはつくが……」
女は一礼した。
「申し遅れました。私は、ここの家事全般を執り行っている者です。国王様からのお話では、空き家となっていたこの邸宅を急遽整備し、ムツ様とメイ様の邸宅とせよとのことでした。ここにいる者は数こそ少ないですが、私が選んだ精鋭ばかり。必ずやお役に立つでしょう」
「い、いや、その……」
メイが思い切りまごついている様子だが無理もない。
俺だって、これは想定外の報酬だった。
えっ? もう分かるだろう。国王は報酬として、この屋敷を寄越しやがったのだ。お手伝いスタッフ付きで。
「さぁ、こんなところで立ち話もなんです。まずは、屋敷の案内をさせて頂きます」
かくて、お手伝いさんたちを率いての屋敷見学が始まった。部屋数は何個あるか覚えていない……。
「俺たちには広すぎるな……。お前さんたちは、一体どこで寝泊まりするんだ?」
ふと気になり、俺はとりまとめ役に聞いた。
「人数が少ないので、一般的なパターンとは異なりますが、とりまとめ役の私だけささやかな個室を頂き、あとは使用人室で雑魚寝という形になります。
……これだけ広いのに、無駄だな。
「よし、北側に二十部屋くらいあったろう。全員に個室を与えるというのはどうだ? いくらなんでも、無駄が多すぎて気に入らん」
「そ、それは、あまりにも分不相応です」
他のお手伝いさんもざわめく。そんなに変な事言ったか?
「俺は猫だ。人間の身分など知らん。いい仕事をして貰うなら、相応の環境を用意するのが家主の務めだと思うが。すでに、ここを整備するのに、相当な骨を折ったのだろう?」
「そ、そんな、骨を折るなど……私たちは、職務を果たしたに過ぎません」
……やはり、相当な苦労をしたな。
「ムツがこう言い出したら聞きませんよ。諦めて下さい」
メイがやんわりと笑みを浮かべた。
「今まで色々なお方にお仕えしましたが、使用人にこのような待遇を与えて下さる方は初めてでして……どのようにお応えしてよいか……」
なにか、頭でも抱えそうなとりまとめ役だったが、ああ、もう、面倒だ。
「俺がそうしろと言っているのだ。素直に受け取ればいいではないか。俺はお前たちの事を使用人とは思ってはいない。この無駄に広い家で暮らすなら、絶対に必要な仲間だと思っている。俺とメイだけでは、とても維持管理は出来ぬ」
などと、ちょっと柄でもない事を言ってみた。
「仲間……ですか?」
「そうだ。誰一人抜けても回らぬなら、俺は対等と見る」
これは本心だ。仲良しごっこは嫌いだが、それぞれがお互いに役立つ関係なら、上下はなどないだろう。
「全員、サー・ムツ……」
「やめい!!」
気持ち悪いわ!!
「全員、とっとと荷物まとめて好きな北側の部屋に入れ。早い者勝ちだ!!」
いつまで引っ張る。全く……。
俺の声に弾かれるように、お手伝いさん連合がすっ飛んで行き、最後に残ったとりまとめ役が一礼した。
「ああ、お前さんにはちと話しがある。リビングで待っているから、落ち着いたら来てくれ」
「はい、ムツ様」
「……様も禁止な」
元からそうだったのか、ここを直す時にそうしたのかは分からないが、安っぽくはなく、かといって無駄に豪奢でもなく、ほどほどのリビングの煖炉には赤々と火が点り、いい感じの雰囲気である。
そこの年代物のソファにメイと並んで座り、テーブルを挟んで反対側に座るとりまとめ役と話しを始めようとしていた。
これですら一悶着あったのだから、一体人間の使用人とはどんな扱いを受けているのか、俺の予想を超えているようだ。
「それでだ。俺もまさか、報酬がこういった形とは思っていなくてな、メイの村とどちらに拠点を移していいか思案しているのだ」
そう、王都に家が出来ました。はい、引っ越しましょう。とはいかないのだ。
「なるほど……僭越ながら、意見を述べさせて頂くと、何かと便のいいこちらに本拠を移されるのが得策と考えます。今お住まいの家は、別荘として確保されてはいかがでしょうか?」
とりまとめ役がなかなか賢い事を言った。
「なるほど、それはいい案だが……果たして、家を二軒維持出来るほどの余裕があったか。メイ?」
「分かっている事を聞かないで下さい。不可能です!!」
……だよな。やっぱり。
「それはお任せ下さい。このような厚遇に、ただ甘えている私たちではありません。例え国王様と刺し違えてでも、必ずや要求を押し通してみせます!!」
一体どこにいたのか、お手伝いさん軍団がずらーっと並ぶ。
おい、気配すら感じなかったぞ!!
「刺し違えてって……平和的ににな」
こいつはやりかねん。また、妙なのがきたな……。
「……ムツ、この人たちただ者では」
「分かっている。バケモノだ」
世の中、敵に回してはいけない相手がいる。
この軍団は、まさにそれだった。
話しは簡単に片がついた。
村のメイ宅は別荘として管理人が付き、俺たちは王都へと引っ越す事になったのだった。
「そうでもないつもりだったのですが、結構荷物がありましたね」
時節柄馬車が使えず、積載量に劣るソリを使った事もあったが、十台使って三十往復である。地下室に溜め込んだ書物やら何やらがメインだったが……やれやれ。
しかし、新居となる屋敷には有り余るほど部屋がある上、収納用の広大な地下室も完備とあっては、さしたる問題もない。
加えて、恐怖のお手伝いさん軍団がいる。到着した荷物を次々俺やメイの指示通り、テキパキ運んでいく様は、見ていて気持ちいいくらいだった。
輸送の時間があるため時間は掛かり、引っ越し作業は一ヶ月近く掛かったが、無事に完了した。
「はぁ、まさかの王都住まい。しかも、こんなお屋敷とは思いませんでした……」
ここは寝室。メイがポツリと漏らしたが、俺だって想定外だ。
「これからが怖いぞ。国王に近くなったって事は、何を頼まれるか分かったもんじゃない」
あの抜け目のないジジイの事だ。報酬でただ屋敷をくれてやったわけではないだろう。「大丈夫です。二人いれば何とか乗り切れるでしょう」
「だといいがな」
俺がつぶやいたときだった。突然、「上」に気配が生まれた。
「失礼します、ご安心下さい。私たちはこのお屋敷を離れられませんが、最大限のサポートをさせて頂きます!!」
天井からストッっと降りたった、赤いロングヘアのお手伝いさんが、ニコッと笑みを浮かべる。
……いや、待て。
「お前はなぜ天井に?」
根本的な問題はこれだ。まさか、掃除をしていたわけではあるまい。
「はい、持ち回りで身辺警護をする事になりまして。気配は消していたはずですが、バレていましたか?」
「いや、そういう問題ではなく、なぜ天井に張り付いてまで警護するのだ。普通に怖いぞ」
……こいつもあれか、まともじゃない系か?
「これがうちのチームのやり方でして、屋敷内は常に主の影となって行動せよということで、それが出来るメンバーのみ集められています」
「その心意気はいいが……まあ、いい。不毛な言い合いはやめだ。ちょうどいい。一つ聞こう。俺が……すなわち、猫がこの屋敷の主となり、その使用人となると聞いた時、どう思ったか正直に話してみろ。メイ、斧は引っ込めておけよ」
大体の答えは分かっていたが聞いてみた。まあ、ちょっとした興味だ。
「まずは、興味ですね。人間を使い魔に持つ猫など、他にはいないでしょうから。あとは、この国も終わりかと思いました。いくら功績を挙げたとはいえ、猫に屋敷なんてと申し訳ありませんが思ってしまいました。ましてや、その使用人なんて……」
こら、メイ。殺気立つな!!
「ですが、実際にお会いして、国王様が頼にされる理由が分かりました。お屋敷を与えてでも引き止めたいでしょうし、そんなご主人様の元でなら、気持ちよく仕事が出来ると思いましたよ」
「買い被りすぎだ、ただの猫に過ぎない」
ほめられるのは嫌いではないが、やり過ぎだ。
「では、ただの猫という事にしておきましょう。そのただの猫の主が、使用人を同列に扱ったり、個室を与えたり……やる事がメチャクチャで楽しいですよ。これは、私だけではなくみんなで言っています。ただ者ではないと……あと、結構さみしがり屋だねって。では!!」
再びシュっと消えるお手伝いさん。
「さ、さみしがり!?」
「二十対一。分が悪い……」
かくて、それぞれに考える事が不協和音を奏でる中、王都の夜は過ぎて行くのだった……。
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