第19話 使い魔を持つ猫(後編)

 廃墟になった城下街を抜け、魔物をバサバサなぎ倒し王城に向けて突進していくソリの前には、頑強そうな城門と門扉が立ちはだかった。

 俺は、敵意がない事を示す青い光球を打ち上げつつ、攻撃魔法の準備に取りかかっていた。

 門扉が開かない場合、ブチ破ってでも突入するつもりだったのだが、重い音を立ててソリが潜れる程度に門扉が開いた。

「よし、メイ……」

「ぶっ込むぞ!!」

 ……あれ、メイ。俺の口調移った?

 ともあれ、ソリは城内に突入し、背後で門扉が重い音を立てて閉ざされた。

 そのまま荒れ放題の外庭を突っ走り、かろうじて原形を保っている城の車寄せでソリを飛び降りた。

 元より、丁寧な歓待など期待していない。鎧姿に出迎えられた。

「何者だ!?」

「クラーレ王国からの使者だ。無駄話している暇はない。至急国王に取り次げ!!」

 鎧姿は一瞬たじろいだ。

「使者って、猫が?」

 その瞬間、メイが斧を鎧姿に突きつけた。

「急ぎます。その中身空っぽの脳天を叩き割られたくなかったら、早急にお取り次ぎを」

 ……口調は戻ったが、内容が俺だぞメイよ。そして、怖いぞ。

「わ、分かった。ついてこい!!」

 鎧姿の後に付いて、俺たちは城内を走り、少し広めの部屋に出た。

「国王様、クラーレ王国から使者がお見えです」

 すると、中にいた恰幅のいい鎧がこちらを見た。威厳バッチリ。こいつが国王だ。

「ほぅ、この魔物の中を突っ切ってくるとは大したもの。わしは強い者が好きだ。話しを聞こう」

 礼節に則り、メイが挨拶をしようとすると……。

「よいよい。今は非常時ゆえ、堅苦しいことは抜きだ。して、何用だ?」

 メイは大事に抱えていた鞄の中から、うちの国王から託された封書を差し出した。

「我が国、クラーレ国王からの親書です」

「ほぅ、こんなもののために命を賭けるとは、ますます気に入った。無礼を承知で、さっそく開封させてもらおう」

 こっちの国王は早さっそく封書を開け……そして、笑った。

「クラーレの国王もなかなか粋な事をする。ほれ」

 見せられた封書の中身は……白紙だった。

「えっ?」

 メイが声を上げたが、俺には意味が分かっていた。

「あの野郎、面倒な事押し付けやがって……」

 またやられた……アイツには勝てん。

「ムツ、これは……?」

 メイがいつも通り聞いてきた。まあ、分からないか。

「運んで来た俺たちが『親書』なんだよ。生きたな。つまり、ここから先の言葉は、うちの国王の言葉と同じってわけだ」

「でぇぇぇ!?」

 予想通りの反応だ。メイよ。

 悪いが、構っている場合ではない。

「さて、国王よ。どこから話そうか。そうだな、なぜこの状況下で他国の支援を拒む?」

 俺は口調を改め、こっちの国王に切り出した。魔物の発生原因なんて聞いても、今は意味がない。

「フン、そんなものなくともこの国の兵力だけで押し返せる。この国は強い」

「ああ、強いのは認めよう。ここまで持ちこたえたのだからな。だが、もう限界ではないか? どんな猛者でも一人では勝てぬ敵もいる。お前が一番分かっているだろう。どうやら、相当な使い手のようだからな」

 俺の言葉にこっちの国王がピクッと反応した。

「……おかしいな。殺気は隠しているはずだが?」

「猫の俺には無駄だ。それに、俺の使い魔も感づいているようだ。いつでも斧を振れるように構えている」

 俺はチラッとメイに目をやった。さすがに露骨に斧を構えてはいないが、すでに戦闘態勢だった。

「使い魔だと。猫のお前が人間を?」

 どうやら関心を引いたらしい。殺気がスッと消えた。

「ああ、不本意ながらな。どうせ、俺たちを切り伏せて、魔物にやられた事にでもするつもりだったんだろうが、相手が悪かったな」

 こっちの国王は一つ息をついた。

「お前賢いな。本当に猫か?」

「生憎、ただの元野良猫でね。賢くはなったさ」

 こっちの国王は軽くうなずいた。

「よかろう。腹を割って話そう。正直、もうこちらの手勢では、現状維持すら難しい。かといって、各国の応援を受け入れてどうにかなるものかと思案していたのだ。いたずらに犠牲者を増やすだけになる可能性もある」

「ふむ、それについては、俺も協力しよう。海岸線の一角を攻撃魔法で徹底的に叩いて穴を空ける。幸い、うちの部隊がいつでも突っ込めるように海上で待機している。そこを橋頭堡にしてねじ込めばいい」

 気を利かせて、誰かが地図を持ってきた。

「うむ、荒っぽいが、無闇に突っ込むよりマシだな。各国とも海上待機中だ。一点突破で抜ければあるいは……。しかし、これだけの大軍を上陸させるとなると、ここしかないぞ。王都から三百七十キロもある砂浜だ。魔法が届くか?」

 俺の周辺警戒魔法の上限は半径六百キロに及ぶ。目標捕捉は問題ない。

 しかし、三百七十キロ先の目標を撃ち抜く魔法などない……普通ならな。

「問題ない。威力は多少落ちるが、アレなら五百キロ先を撃ち抜ける。やるかやらないかは、お前次第だ」

 こっちの国王は軽く目を閉じ、そして、意外な事を言ってきた。

「ワシは判断に迷った時は、いつも戦いで決めてきた。お前の使い魔とお手合わせ願いたい」

「ほへ?」

 すっかり油断していたメイが、間抜けな声を上げたのだった。


 スピードに勝る剣とパワーに勝る斧。どっちが強いかは、俺も知らんがメイとこっちの国王の戦いは互角だった。

 なにせ、下手な斧並みの破壊力を持つ両手剣をぶん回すこっちの国王と、斧を剣みたいにぶん回すメイの争いだ。なかなか終わらない。

 取りあえずやる事がないので、俺は居並ぶ鎧ども相手にチェスで勝負をしていた。こっちはこっちで、なかなか熱いバトルである。

 ……薄情と言うな。飽きっぽい。これが猫だ。

 そして、バキン!! というもの凄い音と共にメイが剣を叩き折ったのと、俺が百人目をチェックメイトに追い込んだのは同時だった。

「なかなかやるな」

 こっちの国王がメイを讃えているが、すまん、見てなかった。

「決めたぞ。作戦決行だ。明後日の夜明け頃にしよう」

 どこか、晴れ晴れとした表情のこっちの国王が、臆断即決した。早っ!?

「それは構わないが、どうやって伝達するのだ?」

 平時なら港まで馬を飛ばし、そこから船で回るという手もあるだろうが……。

「うちのドラゴン・テイマーにやらせる。緊急用に置いているのだ」

 ……リンク、メイ。検索、ドラゴン・テイマー。ヒット。

 別名「竜使い」。ドラゴンを飼い慣らし、それに乗る事で空も飛べる……すげっ。

「分かった。そっちは任せる。細かい作戦を詰めよう……」

 こうして、一大上陸作戦のプランが練られていくのだった。


 作戦当日 明け方


 俺は城のバルコニーに立ち、周辺警戒魔法のレンジを最大にして様子を探っていた。

 問題となる海岸近くに集まった輸送艦……もとい、上陸作戦を専門とした揚陸強襲艦の数は数百を超える。十を越える国から集まった連合部隊だ。

「さて、花火の時間だ……」

 俺は二足歩行に切り替え、杖を片手に呪文を詠唱する。海岸線付近の魔物は、約五百。一回では取り切れないので連射になる。やれやれ……。

「フレア・アロー……ヴォルカノ!!」

 射程延伸型フレア・アロー。威力は半分くらいになるが、射程は約五百キロ。元々、過剰なくらい破壊力があるので、威力が落ちても問題はない。

 しかし、欠点もある。目標に命中するまで、次の目標に移れないのだ。

 ここから目標まで、約五秒半。それから、また詠唱して……となるので、どうしても時間がかかるがやむを得ない。

 そして、もう一つ欠点。目立つ。これは、近場の魔物を呼び寄せるわけで、案の定空飛ぶ系が大挙して押し寄せてきた。

「メイ、国王、背中は任せたぞ!!」

 俺は両サイドで戦闘態勢に入っていたこっちの国王とメイに声を掛け、再度の詠唱に入った。

「フレア・アロー・ヴォルカノ、並びに、エクスプロード!!」

 無数の火炎の矢が飛び立った後、近くで爆発が発生した。

 近所でワサワサしている魔物が鬱陶しかったのだ。

「ムツ、あっちに集中して!!」

 メイに言われるまでもなく、俺は周辺警戒で作戦エリアをモニターしていた。

 次々に揚陸強襲艦が砂浜に乗り上げ、ワザワサと兵士たちが吐き出されて行く様子が見て取れる。

 向こうでもガンガン魔法を使っているらしく、やたらとノイズが入って頭痛がした。

「いいぞ、バカスカやれ……」

 俺は引き続き援護射撃だ。

 地上連中の脅威となる空飛ぶ系だけに的を絞り、ありったけの攻撃魔法をばらまき続けた。

 連絡のドラゴンテイマーが橋頭堡確保の知らせを持って来た時には、俺は魔力切れでぶっ倒れていた。

 こうして、『親書』にしては過剰なサービスは終わった。あとは、軍人の仕事である。

 輸送艦との合流もあるし、急ぎ帰りたかったが、とてもすぐ動ける状態ではなかった……。


 城にかろうじて残されていた客室の一室で、俺とメイは休息の一時を過ごしていた。

「あー、すまん。ちょっとキツい……」

 ベッドの上に正座したメイ。その膝の上で俺は伸びていた……。

「お疲れさまでした。今回は、なかなか骨が折れましたね」

 俺の背中を撫でるメイも無事ではない。そこら中傷だらけで、出血と魔物の体液でボロボロだった。

「お前、自力で傷の手当てくらいしておけ。それじゃ、なんていうか……あんまりだ」

 柄でもないこと言ってるな。魔力切れのせいだ。

「使い魔のケアは主の役目です。あとでムツに治してもらうのでいいです」

 ……なぜ、妙に嬉しそうなのだ。メイよ。

 ってか……。

「猫使いの荒い使い魔だな。もう少し労れ」

「はい。では、『魔力譲渡』!!」

 ぬぉっ!?

 体の奥底から妙な力が湧いてきた。カラカラになっていた魔力が戻っている。

「き、器用な事をするな……」

 俺の知らない魔法だが、メイがやった事は理解出来る。

 自分の魔力を俺に寄越したのだ。

「はい、得意技です」

 ニコッと笑みを浮かべるメイだったが、だったら早くやって欲しかった……。

「私の魔力がムツの体に順応するまで、数時間は掛かります。その間はなるべく動かないで……」

「キュア!!」

 初歩の回復魔法だ。メイの傷は一瞬で治ったが……。

「うげぇ……」

 俺はまた伸びた。バカだ、俺。

「ああ、もう。動かないでって……ありがとうございます」

 さすがに正座は疲れたか、メイはベッドに横になった。

 すぐ隣にメイに寝られ、なんとなく落ち着かない。

 ええい、今さら!!

「あの、前から気になっていたのですが……」

「何だ?」

 俺は平静を装って聞いた。

「猫のヒゲって、全部抜いたらどうなるのですか?」

「!?」

 馬鹿者。そんな事されたら、そんな事されたら……。

「死んでも殺す。覚悟しろ」

 内心冷や汗ものでメイに言い返す。なにせ、今はロクに体が動かないのだ。

「ムツに殺されるなら構いませんよ。では……」

「よせ、来るな。話せば分かる!!」

 可能な限りジタバタしている俺を、メイがそっと抱きかかえた。

「あらら、ムツも泣くようですね。驚きました」

「これは汗がしょっぱいだけだ。俺はお前に驚いたわ!!」

 どうやら、危機は去ったらしい。思わず安堵のため息をついた。

「真面目に休みましょう。どのみち、ムツは数時間動けません」

「あ、ああ……」

 しばらくして、俺を抱きかかえたまま、メイから微かな寝息が聞こえてきた。

 あまり押さえ込まれているのは好まないが、どのみち動けないし、なにより疲れた。

  全身を襲う疲労感に任せて、俺もそっと目を閉じたのだった。


「ふぅ、やっと着いたな」

 疲れを癒やした俺たちは、こっちの国王への挨拶もそこそこに、迎えの輸送艦との合流地点である、あのボロボロの桟橋を目指した。

 各国からの援軍が攻撃を始めたとはいえ、まだ王都周辺まではその手は届いていない。 例によって、俺が長距離魔法で魔物をぶっ飛ばし、メイが取りこぼしを叩くという段取りで、どうにかこうにかここまでやってきたのである。

 輸送艦には今日撤収する事を連絡してもらっていた。

 目の前には、凄まじい速度で突っ込んでくる輸送艦の姿があった。

「長い仕事でしたね」

 メイが笑みを浮かべたが、俺は周辺警戒魔法で辺りを探る事を怠らない。

「油断するな。行きはたまたま襲撃がなかったが、帰りもそうとは限らない……」

 今のところ魔物はこの周辺にいないが、特に空を飛ぶ系は移動速度が速いので要注意だ。

 そうこうしているうちに、輸送艦は桟橋に接岸し、ソリの積み込み作業が始まった。

 周辺警戒中ではあるが、輸送艦と上陸作戦に使用された揚陸強襲艦の違いについて軽く解説しておくと、輸送艦はこうした港などの施設で大量の物資を積み卸しするのに対し、揚陸強襲艦は港でない砂浜などに突っ込んで兵員などを下ろための艦船だ。似ているようで、用途が全然違うのである。まあ、どうでもいい豆知識だがな。

 俺たちも乗り込み、輸送艦は全速力で桟橋を離れた。

 周辺警戒異常なし。

 こうして、俺たちは母国への帰途へとついたのだった。

 今度はさすがに、国王からそれなりの報酬をふんだくってやる!!

 その想いを胸にして……。

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