第18話 使い魔を持つ猫(前編)
「フェリオ王国……ですか?」
王都から戻って二週間後、国王自らうちを訪れ告げられた仕事内容はこうだ。
シェフィールド海峡を挟んでお隣のフェリオ王国国王へ、親書を届けてこいというものだった。
まっ、それだけなら簡単だが……。
「俺が聞いた話しだと、あの国は……」
「左様、大量の魔物に寄って、もはや滅ぼされる寸前だ。だがな、他国の救援の手も拒んで、あくまで自力救済にこだわるうつけでな。お前さんたちに、一肌脱いでもらおうというわけだ」
……うっわぁ、また面倒な。
「即応部隊を乗せた輸送艦はすでに待機している。フェリオ王国の許可があり次第、即時作戦にかかれるよう待機済みだ。恐らく、他の諸国も似たようなものだろう。これについては、王令は出さぬ。無理に行かしても意味がないからな」
俺はメイと一瞬だけ顔を見合わせ、そして俺は一つうなずいた。
「俺たちが行かない事で国が滅びるなんざ自惚れていないが、寝覚めが悪いのは事実だ」
「ムツが行くなら私も当然同行します」
メイがすかさず被せてきた。なんか……これが『主』の重みってか?
「お前たち、立場が逆になってからの方が、なにか上手く回っているようじゃのう」
国王は笑った。
「冷やかすな。それで、親書というのは?」
これ以上なにか言われたらたまらないので、俺は先を促した。
「ああ、これじゃ」
手渡されたのは、見るからに立派な封書だった。
「フェリオ王国までの定期便は全便欠航しているからな、フィレオステ海軍基地へ向かえ。そこから送り込む手配は出来ておる。本来はお前たちを送るべきではないと分かってはいるのだがな、それなりの戦力を持つ小規模編成を他に知らぬ。今回は我慢してくれ」
「貸し一つだぞ」
こうして、俺たちは小さな村から国際問題を抱えて、再び旅立つ事になったのだった。
フィレオステ海軍基地までは馬車で一週間ほどかかる。初日、二日、三日と無事に乗り越え、四日目でお馴染み「三日嵐」に遭遇した。
急ぐ旅ではあったが、前回の轍は踏まない。事前に察知した俺は、早めに村に引きこもり、嵐が過ぎ去るのを待つ事にした。
宿の一室。立て付けの悪い窓がガタガタいう中、俺はベッドの上に丸くなり、メイは例によって斧の手入れをしていた。
「なぁ、よう。やっぱり攻守交代しないか。俺に『主』は荷が重いって……」
シャキーンとメイは斧の刃を俺に突きつけた。
「気のせいでしょうか。今なにか聞こえたような……」
……い、いつから、こんな子になったのだメイよ。そんな子に育てた覚えはないぞメイよ!!
「ま、まあ、いいや。なんか『主』という名の使い魔みたいな気分だしな」
実際、俺をコントロールしているのはメイだ。その位は分かる。
「……使い魔にしておいてなんですけど、ムツは自由じゃないとダメなんです。そのお尻を追いかけて、背中を守るのが私の役目です。今の私には、これ以上の大義はありません」
……ん。どう解釈すればいいんだ。これ?
「お前に背中を守られるほど、弱くはないつもりだがな。俺たちにとって、自由は至上命題だが、一度は使い魔にしておいてどういうつもりなんだか……」
どう返していいか分からず、俺はメイになんとか言い返した。
「今はそれでいいですよ。さて……」
手入れが終わったらしく、メイが斧を壁に立てかけてベッドの上に座った。
「ムツは本当に不思議な猫ですね。強いけど弱い、賢いけどバカ、非情なのか情に脆いのかも分からない。私みたいにバカ一直線なら、まあ、こんなに興味も持たなかったんですけどね……」
「ほぅ、バカという自覚はあったのだな?」
半分目を閉じながら、俺はメイに言った。
「当たり前じゃないですか。私からバカを取ったら、何が残りますか?」
……そ、そこまで。
「い、いや、メイ。お前、もう少し自尊心というものをだな……」
なんで、こんな事を俺が説教せねばならん。
「フフフ、私はバカなメイでいいんですよ」
ダメだ、処置なし。
俺は居眠りに徹する事にしたのだった。
四日後、天候は晴れ。
ようやく嵐も収まり、俺たちは旅を再開した。
その後は特に支障もなく進み、フィレオステ海軍基地へと無事に到着したのだった。
基地に着くと、挨拶もそこそこに、俺たちは小型輸送艦へと案内された。
上陸予定地点から、フェリオ王国王都まではここ以上の豪雪地帯のため、ソリも一緒である。
説明によれば、沖合ではすでに小規模な護衛艦隊が待機していて、この輸送艦と合流後に全速力でフェリオ王国へと向かう手はずだ。
そんなに距離があるわけではない。一日もあれば到着するだろう。
急ぎ準備を済ませ、俺たちを乗せた輸送艦は慌ただしく出航した。
軍用艦故に客室などという気の利いたものはなく、本来の乗員の分で手一杯だ。
それでも、気を利かせてスペースを作ってくれようとしたが、申し訳ないのでガラガラの貨物エリアにテントを張って居場所とした。
こちらの方が、変に気を遣わなくていい。
「フェリオ王国の国王はかなり頑固と聞きます。大丈夫でしょうか?」
ちゃっかり寝袋まで取り出し、軽くお昼寝というスタイルのメイが心配そうにつぶやいた。
「ただ親書を渡すだけだ。いいから寝てろ」
「はい……」
メイは寝袋に潜り、いばらくして寝息を立て始めた。
今後の事を考えると、寝られる時に寝ておいてもらわないと困る。
「さて、どうも面倒な予感がするな。俺も寝ておくか……」
そう広いとは言えないテントではあったが、猫の俺ならいかようにも寝られる。
しかし、俺はメイに体を押し付けるようにして寝た。その方が落ち着いたのだ……。
やや遅れて二時間後、俺たちを乗せた輸送艦は、ここ久しく使われていない事が分かる、ボロボロの定期船桟橋に突撃した。
いつ魔物に襲われるか分からない状況下、俺とメイは先に桟橋に降りて周辺警戒に当たり、食料などを満載したソリと馬を下ろすと、即座に桟橋から離れて行った。
これで、退路は三日後輸送艦がまた接岸するまでない。
もし、この時俺たちがいなかったら、死亡と扱われるのは言うまでもない。
「さて、時間がない。まずは、いつもの『地ならし』行くぞ」
「はい!!」
ここから王都までは、ソリで二時間だ。その間、邪魔になる魔物を最大限潰しておく。
「こりゃすげぇな……」
周辺警戒魔法のレンジを王都まで広げた途端、そこに現れたのは、魔物の群れ? 集団? 固まり? なんて言えばいいんだ。数は数百ではない。
「一回じゃ無理だ。気づけばこっちに来る。サポートは頼んだぞ」
「はい、任せて下さい!!」
メイが斧を構えた時、俺は最大限の目標をロックしていた。
「フレア・アロー!!」
お連の前にずらっと炎の矢が並び、一斉に飛び立った。そして、次なる詠唱……。
予想通り、取りこぼした空中を飛ぶ系の魔物が急速接近してきた。フレア・アローでは間に合わないが、織り込み済みだった。
「ファイア・ニードル!!」
掲げた俺の手から無数の炎の針とでも言うべきものが乱射される。それは目標に当たると、派手な爆発を伴い、魔物と共に消滅した。
気合いを入れれば、針の発射速度は毎分千七百三十発にも及び……結構快感なのである。
しかし、それでも抜けてくるしぶといヤツもいる。急降下してきた昆虫めいた姿の魔物は、メイが斧で叩き切っていく。
気が付けば、魔物の残骸の中に俺たちは立っていた。
「よう、戦友。行くぞ!!」
俺は先にソリに乗り込んだ。
「ムツに戦友と呼ばれてしまいました。戦士冥利につきます。では!!」
遅れてソリに飛び乗った。
「戦士って、お前上位魔法使いじゃなかったか?」
なんとなくツッコミを入れてみた。別にどうでもいいが。
「いえ、私の肩書きはムツの使い魔です」
「そうか……」
なんだ、わけがわからん。そういう話しではないのだが。
さすが、豪雪地帯というだけの雪を蹴立て、ソリはひたすら王都を目指すのだった。
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