忍法 骸祭歌(にんぽう がいさいか)

 轟音と共に迫る三つの死の竜巻、『忍法 凶ツ風』の中に、お苑の桜の花びらが飲まれ、乱れ舞う。

 それは竜巻がまとう毒を吸い込み、見る見る内に黒く変色して行くが、一枚として地に落ちるものはなかった。

 更に量を増やして行く花びらを見て、陣羽織雲雀の額に汗が滲んだ。

(俺の方へ向かって来たのは、響馬を助けるべく人身御供になったのではなかった訳か)

 彼女を過小評価していた事に気付き、雲雀は心の中で苦笑した。


 横へスライドする様に歩を進め、お苑は自分に向かって来る竜巻を一時的にやり過ごすと、吸い込んでしまった毒による苦痛に耐えながら、それでも冷徹な眼差しで雲雀を見据えた。

「雲雀……」

 ぐふっ、とお苑がむせ、血の霧を吐いた。

 その途端、雲雀は抜刀し、彼女へ向かって駆け出した。

 背後から三つの竜巻が再び彼女に迫っていたが、彼女はそれを無視し、横殴りに一閃する雲雀の刃をすり足で一歩下がって交わし、そのまま後方へ跳躍、とんぼを切りながら、二本の苦無を疾風の投擲で繰り出して来た。

 それを刀で弾いた雲雀は、彼女が三角形を描く様に並ぶ三つの竜巻の中心の、その真上にいるのを見た。

……しかし、次の瞬間、そのまま落ちて行くであろうと思考した雲雀の目が大きく見開かれた。


 彼女は取り込まれて舞う花びらの、その一枚の上に、右足のつま先だけで載っているのだ。

 彼女は髪をなびかせながら、静かに雲雀を見下ろしている。

「なっ……!?」

……その一瞬だけで十分だ。

 陣羽織雲雀の頚動脈は、対峙した時にお苑が放っておいた、一枚の花びらによって深く切り裂かれ、彼は大量の血の霧に巻かれながら、のけぞった。


 驚愕の表情を浮かべていた雲雀の瞳の奥に、まだ見ぬ海の向こうの空が広がり……静かに消えて行く。

 そして彼は、膝からがくりと落ち、どう、と前のめりに地に伏した……。


 竜巻はその途端に消え失せた。

 お苑は花びらから降り、重さが無いかの様にひらりと着地すると、袂からぎらぎら光る懐剣を取り出し、倒れた雲雀の体を大きく回って足元から歩み寄り、その背に膝をついて載った。

 そして彼女は彼の延髄に懐剣をどす、と勢いよく突き立てる。

 一瞬ぴくりと雲雀の反応があったが、それっきり雲雀は脱力し、動かなくなった。


 懐剣の血を彼の着物の袖で拭うと、お苑はそれを袂にしまい、よろよろと立ち上がり、響馬の元へ歩き出した。

……口の周りを己の吐いた血で染め上げながら。

 毒に体を蝕まれ、かすむ瞳を凝らしながら、お苑は歩いて行く。

「……響馬……」




 もうひとつの場所で。

 松沢七羽と楓響馬は話を終えた様である。そして二人はほぼ同時に横へ向かって駆け出した。

 互いに己の刀の柄に手をかけたまま、林を抜け切り、浜辺へと向かって行く。

 不意に抜刀し、逆袈裟に斬り上げて来た松沢七羽の刃を、響馬はほとんど脊髄反射的に自分の刃で受け止めた。

 しかし、その瞬間、響馬の体がびくり、と大きく震えた。

「うぐ……っ!?」

 苦痛に顔を歪めながら、響馬は背後に飛び退った。

 その時、彼の手甲をはめた手には、真っ黒ないばらが指先から肩口へと、うねりながらずるずるとのぼって行く所だったのである。

 松沢七羽は、潮風に身を晒しながら、刀をだらりと下げたまま、静かに告げた。

「……『忍法にんぽう 黄泉茨よみいばら』。

 わしの刃をあっさり受けたのがお前の未熟さよ。毒の茨がお前の命を絡め取る。

 響馬、お前の望みは……わしが代わりに叶えよう」

 片膝をつき、胸に手を当て、青白くなった顔で死の吐息を漏らす響馬に、七羽は言った。

「響馬よ。元々お前のそれはわしがせねばならぬ事であった。

 迷っていたばかりに、わしは全てを失った。

 これは、雲雀にも言うた事じゃが……お前達を仲間同士で殺し合う地獄に引きずり込んでしもうた。

 だから響馬よ、後はわしに任せい。

 もう一人で背負い込む事は無いのだ。苦しまずとも良いのだ。

 血まみれの道を、お前一人では行かせまいよ……」

 両の瞳から滂沱の涙を流しながら微笑し、松沢七羽は刀を上段に構えた。


 それを見上げた響馬は、刃を交えた刹那、七羽に『忍法 不動殺し』を仕掛けなくて良かった、と心から思った。

(七羽殿もやはり納得は行っていなかったのだ)

……みんな悩んでいたのだ。

 どう考えてもおかしいと、そう考えていたのは、やはりみんな同じだったのだ。

 そう、頭で理解した響馬は、刀を置いて両膝をつくと、七羽を見上げ、

「……師匠……」

と呟くと、彼と同じ様に涙しながら微笑し、がっくりとこうべを垂れた。


 刹那、背後に気配を感じた七羽が飛び退くより早く、その背にお苑の懐剣が突き立てられた。

「がふっ……」

 その声に、響馬も顔を上げ、そして衝撃に脳天を貫かれた。

 驚愕して顔だけで振り返った七羽の瞳には、涙を流して微笑するお苑の顔が見えた。

「そのお気持ちだけで……私と響馬は十分です、七羽様……」


……彼女の口元を染めている血を見て、七羽は何を思ったか。

 ゆっくりと腕を下ろし、その手から刀が離れ、砂地に倒れた。

「……そうか。本当に……駄目な師匠であったな……」

 お苑は首を振ってそれを否定した。

「いいえ……いいえ!

 周りがどう思おうと、私達六人にとっては、あなたは立派な、とても立派な師匠です!!

 あなたのおかげで私達は重が牛耳る甲賀でも、笑って暮らせたのですから……」

 そう言うと、お苑は彼の背から懐剣を引き抜いて放り出し、彼の背に頬を寄せた。


 お苑は、自分の方へ倒れ込んで来る七羽を両手で抱きかかえる様にしながら膝をついた。

「な、七羽殿……」

 ずるずると這いずって二人に近寄る響馬は、そっと手を伸ばし、七羽の手と、お苑の手にそれを重ねた。

「……こうなったか。皆で逝くも……良かろう。

 娘も……きっと、待っておる。孫同然の……お主らに手を取ってもらって……逝けるとは……わしには勿体無さ過ぎる話よ……」

「はい……」

 切なげに再び涙をこぼす七羽の言葉に響馬とお苑はそう答え、三人は微笑を交わした……。




 三者三様に死を迎え、それを微笑しながら甘んじて受け入れようとしている彼らの背に、その声はかかった。

「……やはりこうなったか。

 何処までも奴と同じ、見下げ果てた奴らよ」

 振り返った響馬の視線の向こうに、その人物は立っていた。

……重であった。


 こちらに向かって歩みを進め、憎々しげな視線を重は向けつつ、こう言った。

「やはり鬼岳沙衛門に関わる奴らはろくな者がおらぬ。

 半蔵殿の計画に乗じて、楓響馬、貴様を残して他は始末する腹であったがな。

 それをたわけが! 全滅とは何事か!!

 全く以て腹立たしくてならぬ!」

「半蔵殿の……計画?」

 かすむ瞳で重を見上げ、響馬は訊ねた。

「そうよ。信長の伊賀攻めの事は知っておるな? その際、半蔵殿が秘伝の術を仕込んだ小僧が騒動の中で消え失せたのよ。

 その小僧、自分の魂と、対象として見込んだ相手の魂を入れ替える事が出来る。

忍法にんぽう 変身転生かわりみてんしょう』と言うてな。

 半蔵殿はその子供を我ら忍者全ての最後の希望と見ていた。どうしようもない状態に追いこまれた時の切り札として。

 そ奴の追跡には楓響馬が適任と見なし、結果を心待ちにしておったが、先刻、

『配下の伊賀者を向かわせた』

と知らせが入った……」

 重の声が更に冷たいものに変わった。

「……爺。

 貴様、まさか俺に盾突いて、あらかじめこの様な結末にするつもりだったのではあるまいな?

 娘の仇であるわしに盾突いたのではあるまいな!?」

 重は彼らに近付くと、響馬を足で押し退け、仰向けのまま、力なくお苑に身を預けて横たわる七羽の腹部に刀を突き立てた。

「があっ……!」

 苦痛にうめく七羽を見たお苑のたまぎる様な悲鳴が上がり、響馬は重の足にしがみ付いた。

「おやめ下され! 七羽殿は決してお頭に盾突いたりはしておりませぬ!!

 この響馬とお苑がそれをこの身を以て保証します!」

「やかましいわ、このたわけが!

 こ奴、娘をわしに殺されたのを根に持ってずっと恨んでおったに違いない。

 あの様なたわけた娘、殺されて当然じゃ!!」

「なん……じゃと……」

 七羽の恨みに満ちた瞳がぎらりと輝き、重を睨みつけた。

 重は刀を引き抜くと、次はお苑の手をむんずと掴み、抱き寄せた。

「いや……!」

 身悶えするお苑の横っ面を張り飛ばすのを見た響馬は彼の手に掴みかかろうとしたが、その両腕は瞬時に絡み付いた銀線に肘の所から斬り飛ばされた。

 女の髪に獣の油を垂らし、特殊な用法でより合わせた、鞭としても刃としても使用できる細紐『霧雨』である。

「お、おお……」

「ちいっ!」

 あまりにも鮮やかに肘から斬られ、鮮血を噴き出して失血によるショック死寸前の所に、苛立たしげな重の横蹴りを腹部に食らい、弾き飛ばされた響馬は、今度こそ動けなくなった。

「おそ……の……」

「響馬!」

「こうなってはこの女と俺の血をかけ合わせ、どの様な体質を持った子が生まれるか、確かめる事くらいしか、お前らの使い道はないわ」

 そう言い放つと、重はその場で霧雨を用いてお苑の着物を切り刻んだ。

「いや……!」

『忍法 濡れ桜』を放とうとした両手は絡み付いた霧雨で後ろ手にねじり上げられる。

「ああっ! い、いやあっ!!」

 毒のもたらす苦痛に悶える女を自分の下に組み敷くと、重はその唇に吸い付く。お苑の見開かれた瞳から涙が溢れた。


 七羽は歯軋りし、うつ伏せに転がると、血の跡を引いて這いずりながら、重の着物の背に手を伸ばし、むんずと掴んだ。

「何をする、くたばりぞこないが」

 七羽はその瞬間、睨みつけて来る重に向かって『忍法 黄泉茨』を食い込ませる。

「あぐっ……!」

 たちまち浸透した毒の茨。のけぞり、横に転がる重に七羽は荒い息を吐きながら叫んだ。

「貴様などに……くれてやるものか……お苑はわしの孫同然ぞ!」

「お……ひっく、おじい様……」

 お苑は這いずって手を伸ばして来る、祖父の様に慕った七羽に、裸の胸を片手で覆いながら、自らも、もう片方の手を伸ばし、身悶えした。


「く……くそ爺があっ!」

 飛び退いた重の背後で、ゆらりと立ち上がった者がある。

 最早死人しびとの顔色と化した、楓響馬であった。

 今にも飛びかねぬ意識を無理矢理に絡め取りながら、彼は仇に呼びかけた。

「……か……重……」

「何じゃ、くたばり損ない」

「……全ては貴様の企てで……俺達は……貴様の掌の上で……転がされていただけであったのだな」

「そうじゃ、たわけが。

 そして、俺は沙衛門に縁を持つ者全てが気に入らぬ!

 俺が目を付けた女を、奴はかっさらって行きおった。そしてこの度の貴様らの失態。貴様らの戦いなど茶番同然じゃ。

 して、結果、俺の立身出世もこれまでよ。

 俺は……このまま『変身転生』を身に秘めた餓鬼を追う。

 甲賀も伊賀も徳川も知った事か。その餓鬼を手中に収め、この世を俺の好む地獄に変えてくれるわ!」

 そう言うと、重は口笛を吹いた。

 その音に呼応する様に集まったのは……同じ甲賀者の連中であった。


 その数、ざっと見て数百余り。

「この一件、半蔵殿にどう知れるかだけは上手く繕っておかねばならぬ。俺に追っ手が来ては後々面倒じゃからの。

 貴様ら、こ奴らは後に形を成すであろう公儀に、そして甲賀者全てに後難をもたらす裏切り者じゃ。嬲ろうと食おうと犯そうと構わぬ。

……やれ」

 すっと、手を上げた重の合図に、甲賀者達は一斉に響馬達に飛びかかろうと身構えた。




 覚悟を決めた表情の響馬は、ほぼ無意識に横っ飛びで、お苑を抱きかかえた七羽を後にかばう様に着地すると、振り返って言った。

「俺に……力を……貸して下され……七羽殿、お苑殿……」

 二人は響馬を見上げ、頷いた。

「ええ」

「わしで良ければ存分に使うが良い。奴だけは絶対に許せぬ」

 その言葉に微笑を向けてから響馬は再び重と甲賀者達へ向き直ると、四方八方から刃を振りかざして飛びかかって来る彼らを睨み据え、一言だけ告げた。

「『忍法にんぽう 骸祭歌がいさいか』……」




 刹那、夜の色に染まっていただけの空が一瞬にして星も月もかき消して黒一色と化し、迫って来ていた者達は響馬達を見失った。

 そして響馬達のいたはずの場所には血溜まりだけがあった。

「何処じゃ!?」

「おらぬ、何処にもおらぬ」

 甲賀者達はどよめいた。そして、重の

「探せ!」

という声に、答える様に稲光が闇を切り裂いて轟き、言葉を発した者があった。

「俺達は……ここにおる」

 重と一団が振り返ると、そこには七つの黒い影が青白い妖気を漂わせながら、ゆらりと立っていた。

 今答えた声が、更にこう言った。

「まんまとしてやられたわい。魔天から見下ろしておったが、はらわたの煮え繰り返る様な話をとっくりと聞かせてもらった。

……わしらの争いが茶番だと言うたはその口か?」

 重と一団はそう言った者の姿が、そこに共に並ぶ者達の姿が、妖気に照らされて露わになったのを見て二、三歩後ずさった。


……今話したのは墨屋敷天涯だ。

 そして、その隣で拭愁太郎と雀が手を握り合いながら微笑している。

「私達の編み出した忍法も茶番の添え物呼ばわりですか」

「横恋慕が実らなかった腹いせに仲間殺しを命じられるとは、大したお頭に仕えておったものよ。のう、雀」

 若い二人はくすくすと笑った。

 松沢七羽が、陣羽織雲雀が、腕組みをして不敵に微笑んでいる。

「全くじゃ。これなら皆で里を抜け、海の外を見に行っても変わらなかったな。

 つまらぬ事をした」

「皆で行けばどの様な道行きもきっと楽しかったでしょうな、師匠」


 生前の様に着物をまとったお苑が、五体満足な状態に戻った楓響馬にそっと寄り添って、動揺する重達を見つめている。

 そのまま、彼女は響馬に訊ねた。

「……この様な沙汰を……常々思い描いていたのですか? 響馬」

 響馬はお苑に寂しげな微笑を見せながら言った。

「沙衛門殿とるい殿の災難の事は……小さい頃から聞いていた。

 雨代殿が姿をくらます理由もお頭を見ていて良く分かった。

 誰にも相談せずに、皆を本当の意味で守るすべを……俺は他に考え付かなかったのです」

「響馬……!」

「響馬殿……!」

 その様な悲壮な決意を胸に抱いていたのを、誰にも言わなかったこの青年に、六人はそっとあたたかい眼差しを向けた……。


 七羽は告げた。

「謝る事など……何もない。死んでからも重のいる土地で縛られ続ける事を考えたら……のう、みんな?」

「そうじゃ、響馬。きっと本物の地獄の方がせいせいするわ。礼を言う」

 そう声をかける天涯の目に光るものがあった。

「そうです、響馬殿。全く兄弟子とはいえ一人で何時も抱え込んで……」

「ですが、不器用な響馬殿が、私は愁太郎殿と同じくらい大好きですよ」

 はらはらと涙をこぼしながら、愁太郎と雀は微笑した。

「それにこれでお前とずっと修行の成果を競う事も出来よう。今となってはそちらの方が楽しみじゃ。

 なあ、響馬」

「俺の魂が地獄に繋がれたままじゃがな」

「そうであった。地獄の鬼に何と言って頼もうかの」

 響馬と雲雀は顔を見合わせ、笑った。

 お苑もそれを見つめ……微笑しながら涙を滲ませた。




……そして。

「父上」

 その声に凝固し、それからゆっくりと振り返った松沢七羽は、そこに、信じ難いものを見た。

 彼の娘、つららの、健やかな姿をである。

「まさか……つらら……か?」

「はい、私です。もう会えぬと思っていた……あなたの娘です……」

 つららは、豊かな髪を揺らしながら、仰天している年老いた父の胸に飛び込んだ。


「父上……父上……!」

「うむ。

……よしよし……」

 老忍者は、すがり付いて来る愛娘をひっしと抱きしめて、その頬に自分の頬を寄せると、嬉し涙を共に流しながら、響馬へと振り返って、訊ねた。

「これも……お前かな?」

「はい。死んでからも引き離されているままでなくとも良かろう、と思いまして」

「娘も……蘇った死人じゃぞ?」

 いたずらっぽく眉間にしわを寄せて、それでも微笑しながら七羽は言った。

「それを言ったら、私もお苑殿もあなたも既に蘇った死人です。

 そしてそれはもし気に触られましたら、あの世で私への厳しい修行として鬱憤を晴らして下され」

 響馬は苦笑して、そう言った。

「……こいつめ……」

 七羽の瞳から、さらに嬉し涙が溢れた。




「これは……?」

 七羽の死亡によって、『忍法 黄泉茨』の呪縛から一時的に逃れたらしい重がうめくと、響馬が告げた。

「己の身をにえとして捧げ、地獄で永劫に魂を繋がれる契約を交わす代わりに望むものを幾人でも不死身の死人として蘇らせる外道のわざよ。

 心は地獄にあるが、崩れる事のない肉体は現世に舞い戻ったと言う事じゃ。

『忍法 骸祭歌』。重、死人にこの世でずっとまとわりつかれるのが嫌なら、俺達を葬り去ってみるがよい!」

 八つの不死者の影は一斉に甲賀者達へと飛びかかった。


 血の海に次々と甲賀の者達が倒れ伏して行く。

 天涯の『忍法 黒点波涛』が叫び声を上げて逃げ惑う者達を次々と飲み込み、愁太郎の『忍法 子宮返し』で同じ顔にされた者達が、判断力を失った者達に斬りかかられている。

 雀の顔の表皮が、薄くパックの様に何枚もはがれては風に乗り、敵の顔に吸い付き、その相手の顔から直に吸血していく。

忍法にんぽう 死仮面しかめん』であった。

 お苑の『忍法 濡れ桜』によって花びらが乱れ舞い、雲雀の『忍法 凶ツ風』が状況を飲み込めずに右往左往する敵へとうなりを上げて突き進み、片っ端から飲み込んで行く。

 七羽の『忍法 黄泉茨』が地を這い乱れ、次々に敵を侵食して行く。

 つららの霧雨が背を預けた父と対象に風を切って敵に絡み付き、細切れにする。

 響馬の『忍法 不動殺し』が、仕掛けて来る敵の攻撃を、全て相手にそのままはね返していく。


 響馬は笑っていた。

 返り血に満身染まりながらも、再び仲間と巡り会い、怨敵に向かって一丸となって攻め込んで行ける喜びに……身を、心を、震わせながら。


 響馬は甲賀者達の群れのその向こうに走り去る重の姿を認めると、仲間達に向かって叫んだ。

「行こう、みんな。重を葬りに!

 俺達の運命を狂わせたそもそもの元凶である服部半蔵を血の海に沈めに!!」


 そして八人はそれぞれの忍法の隙間を縫って押し寄せる相手の忍法をその身に受けながらも、即座に被害を受けた部分を回復させ、重を追って怨嗟の歩みを続けるのであった。

……これぞ、まさに屍者ししゃの行進。




 後年、二代目服部半蔵は、身内によって暗殺されたとあるが、記録によれば

『元々初代に対して実力が及ばぬ事が深いコンプレックスとなり、後に狂気を秘める様になった』

とか

『自分の身内を奴隷の様に行使した』

などとある所から、それが正しければ、今回響馬達に密命を下し、この結果に至るまでもなく、いずれは彼自身、滅ぶ運命にあったのかもしれない。




 不死の忍者と化した楓響馬達に殲滅させられたか、それとも別の者達に殺されたかは永劫の歴史の闇の向こう。

 楓響馬達がその後どうしたのかも、全ては永劫の歴史の闇の向こう。




 これはその半蔵の暗殺される、少し前の出来事である。

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骸の忍法帖(むくろのにんぽうちょう) 躯螺都幽冥牢彦(くらつ・ゆめろうひこ) @routa6969

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