第1.1話 そして天才は消えた
クラウドの名は大迷宮においても鳴り響いていた。
剣士の最大手流派のトップである。それも当然のことだろう。
クラウドの力を頼んで、多くの冒険者がメンバーに加わることを望んだ。
大手の探索集団を抜け出たもの、ソロで活躍していたが集団として動きたくなったもの、どこぞの剣客や迷宮漁り、その人材は様々だ。
選考は苛烈だった。
クラウドの剣気を前に、優秀な対応を見せたものだけが合格、というものだ。
応募者が数百人いて、クラウドの目に止まったのは、わずか一桁だった。
そのうち前衛の二人、後衛の三人が選ばれ、パーティが組まれた。
クラウド達の迷宮探索は順調を極めた。
もとより選りすぐりの精鋭たちだ。
その中にはすでに冒険者として活躍しているものもいたため、迷宮内部の対処法などにもすぐさま対応することができた。
全八階層、二四階あると言われる迷宮の七階層まで、最速記録を達成。
クラウド達の声望はいまや頂点に達した。
発見以来一度として最深部を探索されたことのない迷宮も、ついに攻略されるのかと、迷宮街もおおいに賑わった。
クラウドの耳に、かつたの師の声がこだましていた。
愚か者じゃ……愚か者じゃ……。
頬に冷たく硬い感触が走っていた。
四肢は力が抜け落ち、もう一度立つことはできそうにない。
全身が寒く、気だるく、視界も徐々に狭まっている。
死にかけているのだ。
第八層の敵は、クラウドが想定していたよりも遥かに強力だった。
この数年で信頼を結び、頼りにしていた仲間はすでに息絶えた。
クラウドもその後を続くことになるだろう。
もしかしたら、いつかこのような日が来るかもしれない、とは覚悟していた。
しかし、まさか手も足も出ないような敵がいるとは。
師の教えは正しかったのだろうか。
ぼんやりと思考するクラウドの前に、ざり、と足音を立ててにじり寄る者がいる。
鎧袖一触、クラウド達を蹴散らした敵だ。
そいつは、年老いた剣士だった。
なぜ迷宮に人が敵としているのか。
そしてその剣士は誰なのか。
いや、誰なのかは、おおよそ推察はついている。
太刀筋はこれまで何度となく見てきたものだったから。
だが、だからこそ、なぜこの相手が目の前にいるのかがわからない。
アスレイン剣術の奥義、柳の太刀は開祖をはじめ、当主やそれに近いものしか扱えないはずだった。
そして、クラウドを倒せるほどの猛者となれば、相手は開祖ぐらいしか思い当たらない。
だが、その開祖が没してもはや百年は経つ。
なぜその亡き人が今いるのか。
それが分からなかった。
そして、自分が死んだら、はたしてどうなってしまうのだろう。仲間は?
もっと迷宮について知るべきだったのだ。
慎重に挑むべきだったのだ。
後悔はもはや遅すぎた。
クラウドの呼吸は徐々に浅くなり、そして二度と目覚めることはなかった。
ここから先、一切の希望を捨てよ 肥前文俊@ヒーロー文庫で出版中 @hizen_humitoshi
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