4話 これで君も私と同じ感染者よ

 麦はその感染者が誰か分かった。そいつが強いことも分かった。だからあいつ、亮をおいてきた。この敵は自分が倒さなければならない相手だった。でも、今の麦にはまだ荷が重すぎた。

 その結果、麦は今まさに化け物に喰われてしまいそうになっている。

 そして、それを見てる亮は怖気づいて動くことさえできなかった。

「・・・・・・は・・・な・・・して」

「ヴォオオオオオオオオオオオオ」

 化け物は啼くばかり。どこか悲しそうに。


 俺は傍観者だ。

 ここから動くことだって、叫ぶことだって、この鎌を使って戦うことだってできやしない。見てることしかできない。

 それでも助けたい。生きる覚悟がないと言った麦に生きてほしい。

 俺はどうすればいい。どうしたい。

「・・・強くなりたい」

 とっさに出た言葉は彼女のなりたい姿だった。

 せめて強くさえなれれば、俺は戦える。

 でも、そんな方法はない。

 俺は今の俺でこの鎌で戦うしかないんだ。

「やってやろうじゃねーか」

 そう呟くと、今まで動かすことも出来なかった足が動いた。そして、俺はそのまま走り出した。

「おーりゃー、むーーーぎーーーー」

 叫んでいた。

 何かあったときに呼べと言われていた彼女の名を叫んだ。

 麦は食われそうになりながらも、驚いたようにこちらを向くと叫んだ。

「来ないで!」

「うるせぇー!」

 初めて自分に抗ったことに戸惑いでもしたのだろうか。

 彼女は何でと言わんばかりに首を振っていた。

「いや・・・来ないで」

「うっせぇ、黙って見とけ!」

「見とけって、戦い方も分かんないくせに。なによ」

 彼女は呟いた。少し子供じみたように言った麦に俺はホッとした。

 何だ、年相応なところもあるんじゃん。

 余所見をしていると、化け物がこっちを攻撃してきた。

「え・・・ちょっまっ」

「避けて!」

 化け物は俺に目標を変えると、麦を放したようだった。

 自由になった彼女は俺が化け物に捕まるまえに、俺に飛び掛ってきた。

「いっ・・・」

「・・・大丈夫?無茶しないでよね」

 尻餅をついただけですんだ。

 麦は俺にのったまま心配そうに聞いてきた。

「うん、大丈夫」

「そう・・・。それよりも何で来たの危ないじゃない」

「俺は生きたいと言ったんだ。そこにお前もいなかったら意味がない。皆生き残って俺は生きてるって言いたい」

「その覚悟は本物のようね」

 また麦は笑った。でもそれは今までの笑顔ではなく、心から笑ったように感じた。

 俺はもう一つの出来た願いを麦に告げる。

「強くなりたい」

「言うと思ったわ。いいわよ」

「え・・・」

 彼女は簡単にそう答えると、俺に近づいてきた。

 すると、彼女はいきなり俺にキスをした。

 そしていたずらに笑うと言うのだった。

「これで君も私と同じ感染者よ」

 俺は驚いてしばらく状況が飲み込めなかった。

 でも、たぶん俺がその後強くなったのはそのキスのせいだろう。

「もう戻れないから覚悟してね」

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僕らは未だに幸せを求め続ける。 蒼井湖美智 @oishi

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