3話 ただの傍観者
少女は決意した。
「やってやりましょう」
少女はふっと笑った。
一度も笑うことがなかった少女は、証だとでも言うように。
「ただし一つ条件があります」
「ふふっ、分かったわ」
嬉しそうに彼女は笑った。
そう言うのを待っていたかのように。
「あなたは『どうなりたいか』という問いにそう答えるのね」
少し戸惑った。
別にそういうつもりで言ったわけではなかった。ただ「生きる覚悟がない」という彼女に、「生きてほしい」と思っただけだった。
でも、ここで戦うのだったら自分にも言えることだ。
「ああ」
俺は力強く言った。
彼女にも生きたいと思ってもらえるように、俺が醜かろうが必死に生きてやろうじゃないか。
これが俺のなりたい自分だ。
「戦う覚悟ができたようね」
「ああ、やってやるよ」
「ついてきて」
そういうと彼女は歩き出した。
彼女の後ろについて俺も歩き出す。
『神崎』と表札が書かれていたこの古い家は彼女の家だろう。家の中は所々散らかっている。服が畳まずに床に散乱していたり、カップヌードルの食べ残しが机の上にあったりとまるで、一人暮らしのようだ。一軒家だというのに。
俺らがいたリビングのような部屋から出ると、目の前に階段があった。その階段をのぼると、三つの部屋があった。その内の階段に一番近い部屋の扉を彼女はあけた。
「入って」
扉を紳士的に開けたまま、先に俺を部屋にいれた。
部屋の中は、女の子というようなかわいい普通の部屋だった。
「かわいいでしょ?私の部屋なの」
どうりで女の子みたいな部屋だと思った。
この部屋は片付いてるんだな。
「お前の部屋ってことは、お前以外この家には誰か住んでるのか?」
「住んでないわよ、今は」
扉を閉めると、俺に背を向けたままそう言った。
彼女の顔は見えなかったが、声が少し低かった。
今はってことは昔は居たってことか?そういえばこの街でこいつ以外見たことないな。
「この街ってお前以外誰かいるのか?」
「いなくはないけど、今度会ってみる?」
「そうだな、何人ぐらいいるんだ?」
「えっとね、あと5人いるかな」
こっちに向き直り彼女は笑った。いつもの彼女だった。
5人か。やっぱりこの街には人がいないんだな。じゃあ、ここにいる俺も含めた7人は何なんだ。なんで俺なんだ。
そんなことを考えたって、答えなんてでるわけもなかった。
「疑問に思ったでしょ。その内説明するから安心して。それよりここにつれて来たのはね・・・」
そう言うと彼女は、扉のすぐ横にあった長方形の大きな箱のようなものを重たそうに持ち上げた。そして、俺の目の前に置いた。
「開けて」
俺の前にいた彼女は見上げて鍵を渡してきた。
しゃがんで、箱についていた鍵穴に渡された鍵を差し込む。開けるとそこにはまだ新しい光り輝いた鎌が入っていた。
鎌は、持ち手の部分は細く、刃は大きくまるで死神のもののようだった。
「それは今日から君のものよ」
「俺の・・・?」
鎌に見惚れていると彼女は少しつらそうに笑った。
そっと斧を持ち上げた。それは思ったよりも重く、落としそうになってしまった。
よく見ると、刃や持ち手に小さい傷がいくつかあるのに気づいた。
「俺の前に誰か使っていたのか?」
「・・・使ってないわよ。それを使うのは君が初めてよ」
「そうか」
最初に少し間があった。気になったが、あえて聞くことはなかった。
「君はこれからそれが相棒よ」
「相棒か・・・・・・お前は」
「ヴォオオオオ」
俺が話していると、どこかから変な声が聞こえた。
彼女は声が聞こえたほうを焦ったように見つめた。
「行かなきゃ」
「え、行くってどこに」
「いいわ、君も来て。さっそく実践練習よ」
「え・・・」
状況も理解できないまま俺は彼女に手を引かれて秘密基地を飛び出した。
「ちょっお前どこ行くんだよ」
「感染者を潰しに行くのよ」
「かんせんしゃ?」
聞きなれない言葉だった。そんな説明は受けていない。
だいたい実践練習ってどういうことだよ。いきなり戦えってか?冗談じゃない。そんなことできるわけないじゃないか。
「俺は戦えないぞ」
「生きたいんじゃなかったの?」
俺は何も言えなかった。
確かにそう言った。でも、いきなり戦うって言われたって無理に決まってる。
彼女を見ると、いつも笑顔だったというのに笑っていなかった。必死だった。今までの余裕はどこにいったんだ。
「生きたいんなら戦うしかないの。いい?私は麦よ。何かあったら、すぐに呼んで」
「・・・・・・」
俺のほうが年上だっていうのに、彼女のほうがよっぽど大人に見えた。
覚悟をしたつもりが何もできていなかった。
しばらく走っていると、さっきの大きな怪物が見えてきた。
怪物を見るなり彼女は走るのをやめた。
「じゃあ君はここにいて」
「え・・・戦うんじゃ」
「今日は私一人でいいわ。君はここから動かないで」
「・・・分かった」
彼女は俺をおいて走り出した。
気のせいだっただろうか。小さく彼女は呟いた気がした。「強いな」と。怪物はつらそうに叫んでいた。さっきみたいに「ヴォオオ」と。彼女も怪物もつらそうだと思った。
すると、彼女は怪物のところまでたどり着いたようだった。
戦う様子を俺はただみているだけだった。
俺はただの傍観者にしかなれなかった。彼女を、麦を助けることもできない。ただの傍観者にしか。
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