第4話 空は遠く
~2019年4月5日~
2度目の始業式の日が来た。誰もいない3年A組の教室で並んだ机の28番目に俺は立つ。
「やっぱりまだ書かれてない」
静まり返る教室で独り言が空しい。死ぬ前のあの日、今日だけど、俺が座る机に書かれていた言葉。
もう一度読み返したい。それが死に戻った理由。
「だってあの時は卒業生が記念に書いていったと思ったじゃん」
天井に呟く言い訳も空しい。遠くから、人声が聞こえてくる。俺は早くに登校したから、そろそろ他の生徒も、このクラスの皆も来る頃だ。
誰が書いたんだろう?先月の卒業式以来、ちゃっかり3年A組の教室に確かめにきていたけど無駄足だったよ。
「すぐ消しゴムで消さなきゃ良かった」
どんどん後悔がこみ上げてくる。
「おはよう」
女性の声に振り返った。教室の入口には、
「ほほ、堀田さん?」
俺の後ろの席に座る堀田芽紅璃が立っていた。
「どうして?だって転校生なんだからもっと後から登場でしょ」
転校生の彼女は始業式前のホームルームで山川先生と一緒に来て紹介されたはず、死に戻る前は。
「いちおう初めまして、かな?私を知ってるってことは君も留年かな?」
今、堀田さんは留年という言葉をさらりと言った。・・・・・・彼女のエキゾチックな顔を見た。もう一度見た。でも女神には見えない、制服だし。
「2度目だよ、私」
「えっ?」
何が、って次の言葉が続かない。
「留年して、また留年って意味よ」
ニコリと笑う堀田さんが言った。つまり、堀田さんも死んだのに、あの山川先生に似た女神から進路の選択を迫られたという理由か。
ただただ唖然と口を開けている俺に堀田さんは、
「ねえ、クラスの皆が来ちゃうわ。君が知りたいの、机に書く?それとも直接言う?」
急かすように机を指差す手をくるくる回すのだった。
「堀田さんが書いたんだ。・・・・・・教えて、いや、聞かせてください。この机に何て書こうとしたの」
堀田さんは大きく息を吸うと、
「空は遠く、足は地に着かず」
ゆっくり吐き出すように言った。
『空は遠く、足は地に着かず』
確かにそう言った。
「ゴメン、ちょっと待って」
堀田さんに手を向けたまま考える。どういう意味?
「そんなに悩まないで、言葉通りよ。空を目指し背伸びしていたら、地面から足が離れていたってこと」
「・・・・・・つまり浮いているってこと?」
「正解!」
聞き返した俺に堀田さんは笑顔で答えてくれた。思わず、
「ぷぷ」
吹き出すのを我慢した。確かに死んだ俺は宙に浮いていた。そしてそのまま天国に昇ることも地獄の底までたどり着くことも選択しなかった宙ぶらりんな存在。
「君、大丈夫。肩が震えているよ」
堀田さんが心配してくれた。でも、もう限界だ。
「ハーッハッハッ」
可笑しくて腹が痛くなる。俺は、俺はなんて半端な選択したんだ。せっかく、死に戻りは遠回りだと教えてくれてたのに。
「ごめん、俺ばっかり騒いで」
涙をぬぐってようやく堀田さんを見る。
あれ?堀田さんは俺と同時に死んだのか?彼女が俺より先に死んだなんて記憶は無い。
「今度は何?首なんか捻って」
「いやいや、堀田さん留年2回目ってこと思い出して」
なんとか誤魔化そうと話題を戻そうとした。
「そこで爆笑しないでね」
そう言った堀田さんの目は笑っていない。
こりゃなんとか笑いを取らないと、このままクラスの誰かが来たら、俺たち変な空気だと誤解されちゃう。
「さすがに3度目は退学かな?」
「退学ってどうなるか、知っているの」
冗談で言った退学という進路選択に、身を乗り出しながら笑顔を見せる堀田さんだった。
空は遠く 夏梅はも @natsuumehamo
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