第3話 目覚め

 目が開いた。まばたきして完全に目が覚める。みなれた木目の天井が見える。

 今朝は珍しく寝相が良かったようだ、掛け布団がきれいに掛かっている、と温もりを感じるベッドの中で思った。


「夢か」


 妙にリアルで長い夢をみていた気がした。安堵なのか、ため息が出て、時刻を確認しようとした。そういえば、今朝はアラームで起きなかったな。


「6時30分」


 まだ15分眠れたのか、とスマホを持ったまま起き上がる。


「・・・・・・念のため」


 スマホのカレンダーを見てみる。


「あーっ!」


 2019年3月1日の日付に表示がなっている。どうなってるんだ?ホントに一年前に戻ったのか?だって高校3年の思い出、部活だって夏休みだって学園祭だって、全部全部覚えているんだ。


「飛鳥ー!どうしたの、朝から大声出して」


 母さんの声だ。そうだ、夢だ。全て夢だったんだ。とにかく、顔を洗おう。

 ベットから起き上がると、寒さに身震いする。そういえば今朝は・・・・・・。すぐに薄暗い部屋を演出しているカーテンを開けた。


「雪だ・・・・・・」


 窓越しに舞う雪が昨日までの風景を雪化粧に変えていた。

 確か予報官が、なんの予兆もなく都会のこの時期に雪が積もるとは、って驚いていたっけ。この雪の影響で今日の卒業式荒れたんだよな、天気の意味で。


「外が大変なんだから早く降りてきなさーい!」


 いやいや、直感が偶然に当たっただけ、そう言い聞かせながら下へ降りていくと香ばしいパンの焼ける匂いがする。

『ぐうぅ』

 腹に手を当てながら思わず声が出た。


「あぁ俺生きているんだな」


「何ぶつぶつ言っているのよ。母さん、今朝は電車で職場に行くからもう出るわよ」


 洗面台の前で母さんが慌ただしくコートを着ていた。いつにもなく素早くブーツを履き玄関の扉に手をかけると振り向いて言った。


「あなたも早く出たほうがいいわよ。じゃあ、戸締まりは忘れないでね」


 扉が開くと冷たい空気が遠慮なく無断侵入してくる。寒い・・・・・・そうだ!


「母さんこそ、気をつけて。転んで家のカギ無くさないでよ」


「いやね、そんなドジしないわよ」


 そう言って扉は閉まった。

 去年の今日・・・・・・違うな、一年前の今日という記憶では、母さんがカギ無くして俺が帰って来るまで、雪が残る玄関で待っていたっけ。俺の思い過ごしならいいけど、ホントに一年間やり直せるなら、


「少しは役立てるかな」


 自然と声に出ていた。

 さあ、飯食って学校行くか?なんせ今日はバスが動かなくて歩いて登校するからね。沢山食べないと、卒業式で腹が鳴って笑われるよ。

 そして、俺は二度目の朝で顔を洗う。




 早くも雪が溶けはじめて道路は水っぽくなっている。いつもより1時間早く出たから歩きでも余裕だ。

 一年前の記憶では遅く家を出たから遅刻したっけ。


「はは、俺って自分の卒業式でも遅刻していたっけ」


 足元の水たまりを避けようと大股になる。


「きゃっ」


 またいだ背後で声がした。あれ?この声は、バランスをとりながら振り向く。


「四ノ宮さん、大丈夫?おっ、倉石」


 おはよう、と言った後でまずったと思った。

 転びそうだったのか、両手を広げた四ノ宮さんの後ろに倉石が立っていた。二人とも俺を見ている。


「あ、あー、今朝は雪で登校大変ですね」


 お先に、と手で合図して濡れるのを覚悟でまっすぐ歩きだす。そっか、二人とも4月になってA組で同級生になるんだった。


「フライング、フライング」


 なぜか泣きたくなる。いや、涙が出てくる。やっぱ、夢だと思った記憶は一年前の、今日の記憶なのかな?

 無意識に校門に着いていた。


「あぁ」


 記憶どおり予想外の雪に昨日から掲げていた、霞ヶ丘高校第39回卒業式、の墨の文字が涙を流しているように筋が垂れている。


「俺も現実に泣いているよ」


 気付けば雪が止んでいた。見上げた空は晴れの卒業式に残念な灰色の雲が参列している。

 でもその雲の向こうは変わりない青空が広がっているんだ。

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