第2話 選択

 立っているのか浮いているのか、ただ真っ白な空間に気付けば俺はいる。

 これがあの世か・・・・・・。ため息で下を向いても白は変わりない。


「ようこそ」


 妙に明るい声が背後から、はっきりと聞こえてきた。聞き覚えのある声だなと、ゆっくり振り向いてみたら、そこには、


「山川先生?!・・・・・・にしては派手だ」


「ウォッホン!聞こえていますよ、日雲くん」


 ギリシャかどっかの女神の彫刻が纏っているような衣服の女性が微笑みを浮かべていた。黄金の光沢を放つ衣服が眩しい。


「日雲くん、ってやっぱ先生?・・・・・・コスプレですか?卒業謝恩会は女神で参加?」


「ようこそ、進路相談の空間へ。日雲飛鳥くん」


 ああ、これは夢なんだ、ようやく理解して伸ばした左手で勢いよく頬を叩いてみた。乾いた音が耳元から離れていく。


「痛く・・・・・・ない。なんだ、やっぱ」


「夢じゃありません」


 女神らしきの先生みたいな女性がハッキリと言うと、


「この姿はあなたが認識する山川先生という方に似せてあります、もちろん声も。神、とは姿形の無いもの。便宜的にあなたの想像しやすい方の姿で現れました」


 気になる言葉を次々投げかける。ただ、想像したい女神は委員長の山瀬さんだったけど。それはともかく、


「かみ?・・・・・・GODの神ですか?んっ、さっき進路相談って聞こえたんですけど、もしかして学問の神様ですかっ!」


 卒業のときまで俺の将来を心配してわざわざ神様が顕現なさってくださるとは・・・・・・。

 ああ、顕現、て言葉勉強で覚えておいて良かった、さすが俺。


「違います」


 きっぱり俺の想像は否定された。


「あの世でもありません、ここは。日雲飛鳥くん、あなたは死にましたので魂がどこに進みたいか、導きに参りました。ご覧下さい」


 そう言うと、いつの間にか手にしていた分厚い紙の束を差し出してきた。一番上に書かれている文字を声にしてみる。


「死後の進路選択について」


 その後ろに括弧で日本語ver.と付け加えられている。


「・・・・・・ウォーッイ!何ですか、このふざけた題名は!」


「今やグローバル化の時代ですので、English ver.や・・・・・・」


「いや、もう結構です」


 と肩を落とし、仕方なく紙の束をめくってみた。項目が載ってある。

 何々、定番の進路コース『天国行き』、


「へぇー」


 就職コース『異世界転生』、


「うわっ、最強系?俺最強なるの!んっ?」


 その下には、残念コース『留年』と書かれていた。紙の束に顔を向けたまま、目だけで女神を見た。微笑みを浮かべる女神が見える。そのまま、


「あのー、留年てもしかすると、死なずに今までどおり元の世界で過ごせるんですか?」


 淡い期待とともに聞いてみた。


「微妙に違います。あなたが死んだ日、今日ですね、そこから一年前に時間が戻るということです」


「一年前に戻る!・・・・・・なら記憶は残っているんですか?それなら、俺が死んだという事実ももしかすると変えられる?」


 自分の死すら受け入れてはいないが、それでも明るいかすかな希望の光が見えたようだった。


「そこが残念コースの残念な内容で、記憶は残りますが結果は変わりません。つまりあなたは今日という日に死にます。あと希望で記憶は消せますよ」


 飽きてきたのか、女神は左に顔を傾けて俺を見ていない。まったく、女神って気まぐれなのか?


「あっ、でも日雲くんの結果以外は変えられますよ。要は自分の運命は自分では変えられないってことです。そろそろ決まりました?」


 左に傾けた顔のまま目だけ俺に向けて聞いてきた。やっぱり飽きているんか!そんな苛立ちについ、


「ここには載ってない『地獄』への進路は無いんですか?」


 意地悪なことを聞いてみた。


「『地獄』行きは裏口入学になってますので、先立つこれが有りませんと・・・・・・」


 女神の右手は腹のあたりで親指と人差し指で輪を作っている。

 ああっ!社会の闇を見た気がする!なんか、死んだのにリアルだ。知ってはいけないことを知っちゃった。もっと他に知りたいことはあったのに・・・・・・あっ!


「女神先生」


「先生は余計です。どうやら決まったようですね」


「救いたい人は思い浮かばないけど、気になっていたこと、あるんです」


 死んだわりに落ち着いている、呼吸が苦しくない。そうか、死んでいるから息吸う必要ないか!いやいや、余計なことは考えないように、と瞼を閉じてから、


「進路の希望は残念コース『留年』でお願いします」


 女神を真っ直ぐ見据えて俺は続けた。


「希望コース承りました。日雲飛鳥さんの進む路に果報を」


 女神の声が耳にこだまするように響きながら、輝く光の中へと女神は遠ざかっていった。


「いやー、聞きそびれたわー。そういや、俺って何で死んだんだろ?」


 目の前が暗くなっていく。瞼まで重く感じはじめて・・・・・・暗い暗い闇へ落ちていくようだ。

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