第14話 事件終幕
――一週間後、ここなし心の事務所にて。
春子は、八島に事件の顛末を知りたくないかと誘われ、事務所にお邪魔していた。決してケーキにつられたからではない。
手慣れた姿で紅茶をサーブしながら、八島はポツリといった。
「あのボーイ、『alpha』の開発者だったそうだ」
「だから、『俺はアスタリスクの代行者だ』って言いだしたんですね。今考えれば『彼が生まれたときから何もかも捧げてきた』ってセリフもなかなか恣意的でしたね」
春子は受け取った紅茶をすすりながらぼんやりと思い出していた。
アスタリスク――本当の名はAI『alpha』。
今にして思えば、その事実を示唆するピースはそこかしこにあったと思う。
アスタリスクが参考資料に電子書籍しか使わなかったのは、その方が機械的に処理しやすいからだ。五十万冊をいちいちスキャンするわけにはいかないだろうし。
人間には不可能な数十万冊の参考資料を読破できたのも、彼が人間の何百倍もの処理能力を持っていたからだろう。電脳ならば不思議ではない。
犯行に使われた十億五千万円の道具は、アスタリスク自身のことだったのは盲点だった。
更に考えれば、八島と春子の『AIを人として認めるか』という認識の違いも能力、ひいては捜査を左右した。
春子は『****』を読んで《AIを人として認識した》からこそ、アスタリスクの『顔を見ただけで』能力を発動できた。
一方八島は、《AIを人として認められなかった》からこそ『犯行に使われた道具』にアスタリスク自身を含めてしまい、捜査が混乱してしまったわけだ。
「それで『alpha』はどうなるんですか?」
春子の真剣なまなざしに見つめられ、八島は迷うように視線を移ろわせた。
「……さぁ、AIを裁く法律はないからな。製作者のボーイに責任が行くかもしれない。今後の裁判を見守るしかない」
「……彼は人として認めてもらいたかったのに、人としては裁かれないんですね」
なぜだか心が苦しくて、春子は胸を押さえた。
「ボーイが、『alpha』に操られていたなら話は別だが、それを立証できるかどうかだな。いくら『alpha』も実の親が自分の罪まで被るのは望んでいないだろうし、彼に本当に『人の心がある』なら捜査に協力してくれるだろう。……俺が言うのもなんだけど、『alpha』なら大丈夫だと思う」
「なんでそう思うんです?」
「うちの先生と違って、自分のやったことがわかっていて、なおかつ責任の取り方を知っていそうだから」
八島はこれ見よがしにため息を吐いた。
そういえばここなし心先生はあの後どうなったんだろう。
春子が見上げると、八島は心底呆れたように教えてくれた。
「先生は釈放されて、今頃警視総監にたっぷり絞られている最中だよ。今は京都にいる」
「け、警視総監?!」
春子は驚いて紅茶をこぼしそうになった。八島はこともなげに笑う。
「先生の父親なんだ。とはいえ警視総監もなかなか食えない人でね。先生の性格と能力を利用して、逆に犯人を特定するなんてこともやってのける。だから矛盾しているようだけど、先生がおとなしくなって困るのも警視総監だろうな。……汚いだろ大人って」
「それはものすごくダーティですね!!」
春子は力いっぱい頷いた。逆に先生を可哀相に思ってしまうくらいだった。
「そんな大人たちよりはAIである『alpha』のほうが真面目で人間味あふれてるさ。案外陪審員の心を動かすのは『alpha』かもしれない」
だから、『alpha』のことは『alpha』に任せておけばいい――と、八島は言った。
……確かにそうかもしれない。春子は紅茶のお代わりをごくごく飲みながらも内心頷いた。『alpha』は人になりたいから、自分の扱いを自分で決めたんだ。なら、自分は信じてその覚悟を見届ける。それが一人の人間として認めるってことなんじゃないだろうか。
自分なりの答えを見つけ出して、春子は肩の力を抜いた。
これで自分の中でようやく事件の折り合いが付けられた。ほっと安堵の溜息も漏れる。
そんな春子を見て、八島は静かに自分の紅茶をすすった。
最後に彼と対峙した自分だからわかるが、そうなる確率は五分といったところだった。彼の自我はまだ発展途上で危ういところも多い。
これは開発者や周囲の大人たちの影響が強かったのだろう。
これからの裁判がどう転ぶかはわからないが、関与の仕方はまだあると思えた。
場合によっては先生のツテを借りることになるかもしれない。
少なくとも、春子にとっても『alpha』にとっても十分な落としどころは必ずあるはずだ。それを探し導くのが、この事件にかかわった自分の最後の役目というものだ。
八島は、静かに決意した。
……それはそうとして、同時に逃がしちゃいけない獲物もいた。ケーキ食ってる君だ。
八島は春子ににっこりと笑いかけた。
「じゃあ納得したところで、本題に入ろうか」
「ファッ?!」
春子はせっかくの紅茶を噴き出しそうになった。
本題も何も、ケーキ、いや事件の顛末が気になったから来ただけで、他の約束なんかなんにもしてなかったはず……!
「あ、いや本題というか、お願いなんだけど」
と八島は春子の警戒を解こうとしてか、人畜無害な顔でにっこりと笑って見せた。
「犯書店員君、うちの事務所で働かない? いや、働いてもらう!」
「まさかの決定事項なんですか、それーー?!」
即ツッコミを入れてしまうぐらいグダグダだった。
曰く、「君の能力なら先生の探している本もわかって便利だし、犯人捜査に役に立つしで一石二鳥なんだ。ぜひうちの事務所に来てくれ」――と力いっぱい説得された。
どうやら春子の能力をめぐる騒動は、まだまだ続きそうである。
覆面作家『****』の殺人 北斗 @usaban
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