第30話 それぞれの旅立ち
「カツ、何してるの」
くるっと振り返り、雅子が云った。
「はあ?」
「私の荷物、持ちなさい」
「はい、喜んで」
小林の顔色が、一瞬にして赤みがさした。
雅子は、小林に荷物を預けた。
「私は、あなたの言葉に共鳴したんじゃないの」
ここで雅子は、桃子、エリカ、メンバー、ファンの人達を見つめた。
「ここにいる、大勢のあなた達の親衛隊に負けたの。いい人に巡り合えてあなたって、幸せよ」
雅子の顔に笑顔が浮かぶ。
桃子は、乗船して初めて雅子の笑顔を見た。
(雅子さんには、こんなにも優しい顔を持っていたんだ)
人間の二面性の側面を覗き見した気分だった。
「では皆さん、本当にお世話様。さああなたからも、お礼を云いなさい」
雅子は、早速、小林を仕切っていた。
「どうも皆さん、さんざんご迷惑、ご心配をおかけしました。有難うございました」
小林が頭を下げると、続いて、雅子も頭を下げた。
「私、今思いついたけど、あなたのマネージメントやるわ。全国ツアーも仕切るわ」
「本当ですか」
マサが驚いた。
ファンの人から拍手が起こった。
「サンライズのホームページも作らないといけないし。これから大忙し。では、皆さんまた逢いましょう」
颯爽と手を振り、雅子は去って行った。
その後ろから小林がついて行き、何度もこちらを振り返り、手を振っていた。
去って行く二人を見つめながら、
「目出度し、目出度し」
エリカが云った。
「うまく行くかなあ」
「行くよきっと」
「ああ、忘れてた」
桃子が叫んだ。
「どうしたの」
桃子とエリカは船室に戻った。
「エリカのお母さんに云われたの、これを渡してくれって」
桃子は、エリカに白い包み紙を渡した。
その場でエリカは、包み紙を開けた。
中から木彫りの小さな像が二つと手紙が入っていた。
「これ、いつか私がお母さんに船の神様、(ガエス様)の話をしたの。それを聞いてお母さんが、自分で掘ったんだって」
エリカは、手紙を読みながら云った。
木彫りで、目が大きくて、オカッパ姿で、何故かミニスカートだった。
「これがガエス様かあ」
「桃子、勘違いしないでよ。これはうちのお母さんが、勝手に想像して作ったものなのよ」
「でも、お母さんから見たガエス様に間違いないわ。いいなあ」
「じゃあ一つあげる」
エリカは、無造作に桃子の手のひらに、ガエス人形を置いた。
「うわあ嬉しい」
桃子は、ガエス人形を目の前に置いて叫んだ。
「毎日拝んでよ」
「もちろんよ」
「桃子は、毎日、何て云って拝むの」
「そうねえ」
桃子は、そこで、顔を天井に向けてしばし考えた。
「私とエリカの健康とお互いにいい人が出来ますようにかなあ。エリカは」
「もっとお金が貯まりますように」
「随分、物欲。夢がない」
「夢は、夜見ます。昼間は現実見る」
「若いのに、ちゃっかりしてる」
二人は笑った。
桃子らは、再び甲板に戻り、最後のお客様が出るまで見送り続けた。
桃子は、頭はかぶらず、素顔を見せた。
「よかったよ。また乗るからな」
「タラップちゃん、また乗ってよね」
「名残惜しいなあ」
乗船客は、口々に自分のこころの言葉を投げかけていた。
「有難うございます」とか、
「はい、次回も乗りましょう」とか
「私もです」
とか、桃子は、ひとり、ひとりに言葉に丁寧に向き合い、時には顔に、悲しみを浮かべた。
乗船客が全て下船すると、後片付けをして今度はスタッフが下船した。
「この後、エリカはどうするの」
「二日ほど休み。で、また(平安)に乗るの。今度のコースは、フィジーからハワイへ行く航路。桃子は」
「明日から、早速京都南座でお仕事です」
エリカが、桃子の手を引っ張った。
「ねえ、桃子」
「なあに」
「また(平安)で会えるかなあ」
「無理」
エリカの顔がとたんに曇る。
「嘘だよーん」
「もう、桃子の馬鹿!」
エリカは、桃子の背中を大きく叩いた。
「痛いっ!」
顔をしかめた。
「ごめんねえ桃子、大丈夫」
「大丈夫だよーん」
少し大げさに桃子は反応した。
「もう桃子のいけず」
「エリカ、いけずって言葉、どこで覚えたの」
「もちろん、(平安)の中でよ」
「ねえ、このガエス様、何だかご利益ありそう」
ポケットから取り出して云った。
「そうかなあ」
あまり気が乗らないエリカだった。
「ガエス様人形、頭同士、がっちんこしよう」
突如、桃子は提案した。
「したらどうなるの」
とエリカは質問した。
「そらあ、二人の全ての願いがかなうのよ」
口から出まかせに、桃子は云いのけた。
「ねえ、がっちんこしよう」
しつこく、桃子はせがんだ。
「はいはい、桃子がそこまで云うのなら、つきあってあげる」
エリカも鞄から、ガエス様人形を取り出した。
桃子とエリカは、それぞれのガエス様人形の頭をがっちんこした。
「本当に、本当にまた逢おうね、約束だよ」
「いいよ」
二人は指切りを始めた。
ガエス様人形の目が光り、オーラが出た。
そして、ガエス様は、微かにほほ笑んだのだが、二人は指切りに夢中で気づかなかった。
神戸港に、初夏の日差しが照り付ける。
桃子の航海日誌は、終わりを告げた。
( 終わり )
ライティングガール・桃子の航海日誌 林 のぶお @nh55
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