【7】―― これが宝の地図です。

 爺ちゃんが今際の際に遺した7日分の日記を読み終えたオレは大きな溜め息をついた。

 いや確かに、爺ちゃんらしい言葉が綴られてはいたんだよ。懐かしさを感じて、ちょっと微笑んじゃうぐらいはしたんだよ。

 でもさ。なんて言うのかな……。

 こんなこと言いたくはないんだよ。世界で唯一無二の爺ちゃんにさ。孫としては素直に感謝感激してたいところだよ。

 でもさすがにさ。


「ちーがーうーだーろぉ……」


 オレは某元女性議員の迫力の2%にも満たない語気で──


「このハゲェ……」


 遺影に向かって罵声を浴びせた。

 一応言い訳しておくと、オレはあの人の真似をしたわけではない。爺ちゃんが本当にハゲなのさ。


「はぁ……」


 オレはもう一度大きな溜め息をついて、7日分の日記に目を通す。


 1日目――『ユウくん推しメン、春川冬菜と発覚。ブス専ワロタ(爆)』

 2日目――『お見舞いに来たユウくん隣の奥さんガン見。熟女好きか? 婆ちゃん逃げてェェ(爆)』

 3日目――『検温に来た看護婦さんにユウくん推薦。好感触っぽいのに熟女とか(爆)』

 4日目――『ユウくん来ない。いじめたい』

 5日目――『ユウくん来た。フテネしたった』

 6日目――『ユウくんキタ。ムシした』

 7日目――『ウラミロ』


 最後とかホラーかよ。“恨み口”って空目そらめしたわ。

 ウラミロ──つまり「裏見ろ」というメッセージに従って日記の裏を見たけど、なにやら法則性のかけらも無い曲線と直線が描かれているだけで、まったく意味不明。

 結局爺ちゃんが何を伝えたいのかさっぱりだし、むしろ悪意しか伝わって来ねぇし。

 つーか春川冬菜のどこがブスなんだよ! こないだのシングルでセンターとってたし! 逆に隣の奥さんガン見してたのがブスだったからだし!

 はぁもぅまったく、どうすりゃいいんだよ。


「このハゲェ~」


 オレは覇気なくもう一度罵倒して、遺影のハゲ頭にデコピンを食らわす。

 遺影は少し踏ん張ったものの、やっぱり倒れてカシャンと安っぽい音を立てた。

 いつもならここで母親が的外れな叱責を飛ばしてくるところだが、今日仏間に現れたのは婆ちゃんだった。


「あらぁ爺ちゃん。また倒れてるねぇ」


 相変わらずの菩薩スマイルで、オレが倒した遺影を元に戻している婆ちゃん。

 思えば、婆ちゃんも爺ちゃんのイタズラに加担してたわけだよな。

 ほほぅ……何事も無かったかのように線香立てて手ぇ合わせてるねぇ。

 婆ちゃん。オレぁ覚悟決めたぜ。

 どういうつもりでこんな無駄な事をしたのか、きっちり説明オトシマエつけてもらおうか!


「婆ちゃん。オレ、爺ちゃんが結局何したかったか分かんないんだよね。知ってたら……もし知ってたらでいいから教えてくんない?」


 ふふふ。どうよ婆ちゃん。ビビっちゃっただろ。

 極道の偉い人とかってむやみに怒鳴ったりしないんだぜ。喚くのは小者な証拠でさ。大悪党ほど穏やかに相手を追い詰めるんだ。

 さあ吐きな! オレが大人しくしてるうちに!


「んん~それねぇ。婆ちゃんも分かんないんだぁ」


 んだとぅ!? 見え透いた嘘を!

 日記帳を預かっていた時点でお前が関与していることは明らかなんだぞ! それを知らないなんて誰が納得するもんか! またそんな菩薩スマイル見せたってアウトローモードのオレには響かないぜ! 地獄の果てまで追い詰めてやるから覚悟しな!

 

「──……そっかーしょうがないね!」

「ごめんねぇ~ユウくん」

「ううん大丈夫! 婆ちゃんに頼らないで自分で考えるよ!」


 クッソなんで爺ちゃんの嫁がこんな神なんだよォォォォォ――と内心激しく身悶えてるオレに、婆ちゃんはニッコリ微笑んで見せると。


「でもねぇ。地図の見方は分かるよぉ」


 そう言って、婆ちゃんは日記帳を手に取ってパラパラめくり始めた。そして目当てのページを開き、オレに見せる。


「これねぇ。地図よぉ」


 婆ちゃんはそう言うが、オレは首を傾げるしかなかった。それは7日目の日記『ウラミロ』の裏だったが、さっき前述した通りそのページは、直線とか曲線が無作為に書き殴られているようにしか見えないからだ。これが本当に地図なんだとしても、どのみち読めない。


「一番最初にもらった手紙あったでしょぉ。あれとねぇ~繋げると分かるよぉ」

「えっ──?」


 婆ちゃんの言葉に、オレは素っ頓狂な声を上げてしまった。

 最初にもらった手紙って、アレだ。1年生のおもらしパンツを送りつけて来た時の、あの手紙……──

 オレは書かれていた内容を思い出してハッとした。


『これは宝の地図です。presented byじいちゃん』


 そうだ。確かにハッキリ書いてあった。『これは宝の地図です。』と――。あの手紙の裏に、地図の半分が描かれていたのだとしたら……。

 オレはアホみたいに辺りを見回した。

 ――あの手紙どこやった? どうしたんだっけ? パンツは遺影に投げつけたあとゴミ箱に捨てた。それは確かに覚えてる。――じゃあ手紙は? 手紙もあの時捨てた?

 オレは咄嗟にゴミ箱へ目をやる。しかしその中身はもう、母親が回収したらしくて空っぽだった。


 ――まさか、もう無いのか?


 オレは仏間を飛び出した。母親が出し忘れていれば、まだ庭にゴミ袋が残っているはずだ。

 庭に着いて、すぐにゴミ袋を見つけることが出来たが、残っているのは瓶缶の不燃ゴミだけだった。

 オレは踵を返して台所に駆け込んだ。


「母ちゃん! 燃えるゴミもう捨てたの?」


 オレの声があまりにもでかかったせいか、母親は野菜を切る手を止めて振り返った。訝しげにオレを見て首を傾げている。


「燃えるゴミは昨日だったから、きっちり出してきたわよ。なに? なんかまずいものでもあったの?」


 珍しく普通の返答をする母親が、今は悲しかった。ここは例えば、「ウチにゴミなんて無いわよ! 全部使えるものなんだから!」とか、ゴミ屋敷の主婦みたいな返答をしてくれたら良かったのに。


「そっか……何でもない大丈夫」


 肩を落として台所を出ていこうとした時、母親が後ろから何か声を掛けたが聞き取れなかった。

 オレの頭の中は後悔で埋め尽くされていた。

 爺ちゃんからの手紙……。もうこの世にいない爺ちゃんが書いた手紙だったんだ。たとえ憎らしいことしか書かれていなかったとしても、どうして大事にしようと思えなかったんだろう。もう二度と、爺ちゃんとは話すことも出来ないのに。


「爺ちゃん……ごめん」


 最後に仕掛けたイタズラを、オレは完成させてやるべきだったのに。爺ちゃんはきっと、天国から笑って見ていたのに――。

 もう“宝”を探し出してやれない悔しさで、オレの涙は止まらなかった。


◇◆◇


 グズグズと鼻をすすりながら仏間に戻ったオレを、温かい菩薩スマイルが迎えてくれた。


「ユウくんお帰りぃ~。地図できたよぉ」


 ――うん、ありがとう婆ちゃん。地図できたんだね。でもごめん、オレ今はとにかく爺ちゃんに謝らなきゃなんだ。


 オレは遺影の前に正座し、線香を1本立てて手を合わせた。心の中で精一杯の懺悔の言葉を唱える。


「ユウくん~地図見るとねぇ。宝は爺ちゃんの部屋にあるみたいだよぉ~」


 ――うん、ありがとう婆ちゃん。宝は爺ちゃんの部屋にあるんだね。でもごめん、オレ今はとにかく爺ちゃんに謝りたいん……――


「――婆ちゃん今なんて?」

「宝ねぇ~爺ちゃんの部屋のぉ、畳の下に隠してあるみたいだよぉ」

「って、婆ちゃん地図持ってたの!?」

「いんやぁ~。最初の手紙さぁ。ユウくん放ったらかしてったからぁ、婆ちゃん拾っといたんだよぉ」

「…………」


 ――だったらさっきそう言ってくれればこんな遠回りすることもなかったのになんで言ってくれなかったのかな部屋を出ようとするオレを呼び止めるとかなんか出来たでしょいくら婆ちゃんがのんびりふんわり人間をダメにするソファーばりの菩薩だからっていい加減婆ちゃんフリークのオレでも激ギレしちゃうよ――なんて、嬉しそうに地図を見せている婆ちゃんに言えるはずもなく。


「………………ありがとう婆ちゃん。マジで助かったよ」


 今一度言わせてもらおう。

 ――オレの涙を返してくれ。

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感動したい孫と裏切り爺ちゃん さくらそうか @sakurasouka

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