【6】―― 7日分の日記

 オレは商店街を駈けずり回って、他の全てのプレゼントも用意し、婆ちゃんに贈った。


「あんれぇ~ユウくん。これ全部くれるのぉ。ありがとうねぇ」


 婆ちゃんはオレが何かを贈ると、いつも全身から喜びオーラを発してくれる。

 ――うん。その菩薩スマイルと後光が見れただけでも、身銭を削った甲斐があったってもんだよ。さあ婆ちゃん! 念願のガンプラだよ!

 婆ちゃんは爺ちゃんの手紙に書いてあったプレゼントリストの順番通りに、中身をあらため始めた。


「あんれまぁ~。これ湯葉でないのぉ。婆ちゃん大好きよぉ」


 そうなんだ。食べてるとこ見たことないけど。


「あんれぇ~うなぎまであるのぉ。婆ちゃん大好きよぉ」


 うんそうだよね。喜んでもらえて良かったよ。


「あれぇ……コレなんていうのかねぇ~。でも美味しそうだねぇ」


 え? くんたま知らなかったの? ガンプラ知っててくんたま知らなかったの?


「あ~んれぇ~! ガンプラだぁ。本当に買うて来てくれたんねぇ。ありがとうねぇ~ユウくん~」


 あ、やっぱりそこで一番テンション上がるんですね。


「おんやぁ~。これなんだろぉねぇ。いい匂いするねぇ。便所に置こうかねぇ」


 まさかバズも知らないの? ローズの香りって指定までしてたのに?

 ウソでしょ婆ちゃん……。まさか最後のプレゼントも使い方知らないなんてことないよね? あれを鍋置きとかに使いだしたらオレもう、さすがに泣いちゃうよ? 頼むから普通にリアクションしてよ?

 心配しているオレの目の前で、最後のプレゼントを確かめた菩薩の顔は急激に曇った。


「あれぇ……こりゃあダメだぁユウくん。母ちゃんのパンツ獲ってきたらぁ――」

「ユウあんた! 母ちゃんの勝負パンツ婆ちゃんに履かせちゃダメって言ってるでしょ!」


 くっ……! バレたか。

 さすがに中学生が近所の商店街でレースのパンツを買うことは出来なかったからな。干されていた洗濯物からちょいと拝借したのさ。――ていうかお母様。あなたは本当に自分の息子をなんだと思ってるの?


 しかしあの婆ちゃんが、普通のリアクションどころか鋭き観察力でスピーディーなツッコミを入れてくるとは予想以上だったな。――と感慨にふけっている間に、婆ちゃんは菩薩スマイルを取り戻していた。


「ユウくん。6つのプレゼントねぇ。確かに受け取りましたよぉ。そしたらコレねぇ。最後のアイテムあげようねぇ」


 婆ちゃんはそう言うと、茶箪笥ちゃだんすから何か取り出してオレに渡した。


「これ……」


 それは、オレが爺ちゃんにプレゼントした日記帳だった。


「爺ちゃんの宝まであとちょっとねぇ。頑張ってねぇ」


 婆ちゃんの柔らかい笑い声を聞きながら、オレは手にした日記帳を見つめた。

 これは、オレが6年生の修学旅行で爺ちゃんへのお土産として買ってきたものだ。

 なんでこれにしたかって、表紙が気に入ったんだよな。青地に薄紅の桜模様がよく映えた、綺麗な和紙が印象的で――。それが爺ちゃんにぴったりだと思ったんだ。

 爺ちゃんはあんな人だったけど、桜を見る時だけは全然喋んないで、何だか寂しそうに庭の桜の木を見上げていた。――でもそれもずっと前からじゃなくて、去年から急にそんな顔するようになったんだ。オレは何だかそれが気になって……。


「爺ちゃんねぇ。来年は桜見れるかなぁ~てねぇ。ユウくんの入学式見られるかなぁ言うてねぇ。心配してたよぉ」


 婆ちゃんはふふふと懐かしそうに笑い――涙を拭いていた。

 そうだオレ、去年の爺ちゃんがなんか気掛かりで、旅行先でコレ見つけて即買いしたんだ。毎日の何か、気持ちとか悩みとか色々……この日記に書いてもらえたらなって。

 でもオレが修学旅行から帰ってきてすぐ、爺ちゃんは入退院を繰り返すようになって、そして3月の終わりに入院したのを最後に……もう笑えなくなった。


 ――そっか。爺ちゃん、この日記使ってくれてたんだな。


 この日記に、爺ちゃんの最後の声が詰まってるんだ。闘病の辛さが書かれているんだろうか。もうすぐ死ぬことへの無念が綴られているんだろうか。はたまた残された家族へのメッセージが残されているんだろうか――。


「爺ちゃん……」


 オレは泣いた。爺ちゃんが死んでから初めて泣いた気がする。

 涙が落ちそうになって、慌てて拭った。和紙で出来た日記帳が台無しになってしまう。爺ちゃんが遺してくれた、この日記帳だけは守りたい。


「その日記ねぇ。爺ちゃん入院してすぐ筆が持てなくなったからぁ、7日しか書けてないけどねぇ。ユウくんに読んで欲しいて言うてたよぉ」


 爺ちゃん、やっぱりオレに何か伝えたいんだ。――“宝”を探し出してあげなきゃ。そこに爺ちゃんの思いが詰まってるはずなんだから。

 オレは涙を拭いて、日記帳を開いた。何だかもう、爺ちゃんの字が見えるだけで温かい気持ちになる。

 爺ちゃんが最後に綴った、日記帳の第一ページは――















『ユウくん推しメン、春川冬菜と発覚。ブス専ワロタ(爆)』







 ――オレの涙を返してくれ。


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