第4話 死して屍の潮騒


 21:47


 サクヤ機である棺式を残して補給を受け終えた後、俺はイントルーダーの進行ルート上にある橋の上を陣取っていた。

 レーダーには敵影を映す赤のマーカーが、少しずつ集結しつつある。

 それに伴い、ヤツラのノイズ混じりの声が鮮明さを帯びてくる。

 その声は無秩序に重なり、スピーカーを通して薄暗いコクピットに反響する。

 徐々に目視でも、その姿が見えてくる。

 およそ、その数二十。


 幽鬼のように黒い外套を羽織り、賛美の声を上げる者達。

 ヤツラはどんな痛みも、恐れも感じずに飽食の巡礼を続ける者達。

 俺の知らない神に祈りながら。

 さしずめ――殉教者といった所か。


 「B3、そっちの様子はどうだ?」

 橋から離れた所にある高台にて待機しているオカさんに声を掛ける。

 「はひっ!も、問題無しっす……」

 あ、コイツ。今、キョドって舌噛んだな。

 「落ち着け、B3。そう固くなるなよ」

 「いや、そうは言われましても……く、クウさんの…命がこの手に掛かっているかもしれないと思ったら……!」

 「あんまり、考えなさんな。緊張しすぎて、狙撃を外されたら堪らんからね」

 「だ、だったら俺もクウさんと一緒に…接近戦を……!」

 「それは却下。オカさんの戦闘経験を考えたら、殉職しかねないから」

 「デスヨネ~」



 隊長機であるサクヤ機の補給の時間を稼ぐ為に、俺が立てた作戦はこうだ。


 ――河川の上にある橋の上で交戦する事。


 この橋は然程大きく無い為に、敵は同時に数体しか通る事が出来ない。

 これならば、敵全てを俺ひとりで相手せずに済む。

 更に後方より、オカさんにヤツラを狙撃して貰う。

 確かに敵は、並の攻撃では死なない。

 しかし、足はどうだろうか?

 ただでさえ緩慢な相手だ。移動に不可欠な足を失えば、進行速度は大幅に遅くなる。

 こうすれば、俺は個別に相手をすればよくなる。

 オカさんと連携して近接戦を挑めば――という考えもあるかもしれない。

 だが、オカさんのこれまでの戦闘経験は数回。しかも俺やサクヤさんみたいに大規模な交戦は経験した事は無い。

 接近戦はリスクが高い戦い方だ。オカさんには、まだまだ経験が足りない。

 何よりオカさんの陵Ⅱ型は狙撃に向いた造りだし、オカさんも自身も射撃の方が素養がある。この長所は生かすべきだろう。

 殲滅を考えれば厳しい作戦だが、これはあくまで時間稼ぎだ。

 倒す事より、生き残る事を考える方が妥当だと思う。



 「それにしても……クウさんは、その装備でいいの?いや、こう殴られたら痛そうではあるけどねえ。銃とか一杯、持ってた方がいいかな~って思ったりもする……」

 「まあ、一理あるね」

 そう言いながら、今の自機の装備を確認する。

 普段から装備している刀みたいな鉄片が腰にひとつ。

 棺式が近接防御の為に使う腕の下に付ける機関砲(リロード不可)が、左腕にひとつ。

 それから――槍である。

 西洋槍(ランス)では無く東洋の槍に近いもの。更に一本の槍を中心に、複数の刃が刃先の周囲に花弁のように付いている。先端が剣山のようなそれは、もはや槍というよりは、新手の拷問器具のようにすら見えてくる代物だ。

 言うなれば剣式槍(ソードランス)という感じか。

 人型の可動初期とは違い、棺式による射撃戦が主軸になる現在では、些か時代遅れの武器だ。

 誰だ、こんな物を補給リストに入れたヤツは?

 それを選んだ俺も俺だけどさ!

 兎も角、マトモな銃器は殆ど無い。

 「まあでも銃器はアイツらには余り効果は無いし、そもそも俺の陵は大した火器は使えないしね」

 「そうなんだけどね……」

 オカさんの言いたい事も分かる。

 これらの装備は全て、接近戦を想定したものだ。安全を取るなら、銃をもっと持っても良かっただろう。

 「接近型武器は弾切れは無いし、それにこういう武器の方が俺は慣れているんだよ」

 そう、答えた。

 「さて、喋りも終わりだ。B3、頼むぞ」

 敵の群れがB3の狙撃可能エリアに侵入する。

 「お、おう!任された!」

 少々、頼り無さを感じる狙撃手(スナイパー)の声を聞きながら、俺は機を待つ。



 荒れ果てた廃墟の街を抜けて、敵の群れが向かって来る。

 陵の胸部の装甲内部にあるコクピットの中で、外部を映す複数のモニターに囲まれたシートに座る俺は、機体を操作する為のレバーを握る手が震えるのを感じた。

 不気味な姿をした敵が、ただ俺だけを目指して来るのだ。

 言葉も通じず、降伏など受け入れないような敵が。

 それを全て実質、俺がひとりで相手しなければならないのだ。

 この震えは恐怖か、あるいは戦いへの高揚か。

 それらが入り混じった昂ぶりが胸をクルクル、狂々狂々と破裂してしまいそうな程に熱く巡る。

 荒い呼吸を吐きながら、いっそ強くレバーを握る。

 より強く自機との、陵との一体感を感じる為に。

 見慣れた自機の姿を思い浮かべる。

 青の硬質ガラスの面で顔を覆い、通信アンテナの伸びる頭部。全体的に丸みを帯びた黒と灰色の装甲に身を包んだ肢体。身体に対して手足は長く、部隊ではアリみたいとか言われていたっけ。

 その姿は同じ陵の名を持っていても、オカさんのⅡ型とは大きく姿が違う。装甲の色は近いが形は違い、特に頭部が狙撃の為にレーダーが強化されて、犬の耳のように長くなっている。

 そもそも試作品の陵は軍用のプロダクトモデルのサクヤさんの棺式とは違い、個別のパイロットの能力に合わせた姿で運用されている事が多い機体だ。


 長い間、戦いの中を共に駆け抜けてきた俺の相棒、陵――陽炎。

 意識は沈む。



 ふと不意に感じたのは――潮の匂い。

 河川を流れる海の匂い。

 どこか血のような錆びついた鉄の匂い。

 いのちの匂い。

 海の漣の音が聞こえる。

 ざぶん、ざぶん。

 まるで心臓の音のように繰り返す。


 浸食者達は――そんな海を嫌う。

 海水に触れる事を極度に嫌うのだ。

 それが、何故かは分からない。

 ただそれは、ヤツラがもはや異星体――別の星の生き物だからなのかもしれない。

 地球の母なる海から、理を別にして生まれた者達。


 だから、俺は海が通る橋の上を選んだ。

ヤツラは海を渡って侵攻はしない筈だから。


 空には凍りついたような、青白い月だけが浮かんでいる。


 満ちては、欠けて。満ちては、欠けて――

 ――静寂のまま、何も語らず俺達を見下ろしている。


 一発の銃声が響く。

 静寂が静謐なガラスのように割れる。

 それが戦いの時を告げる狼煙だった。


 ああ、始まった――

 ――嗤う。



 オカ機の狙撃を受けて、橋へと差し掛かった一体の片足が正確に吹き飛んだ。

 オカさんは人型機の歴は浅いし、緊張して上がりやすいが狙撃の腕は目を見張るものがある。

 なんというか、狙うまでは手元がフラついているのにトリガーを弾く瞬間には正確なのだ。ある種の直観(センス)。

 それは、俺にはマネが出来ないものだ。

 狙撃された他にも、もう一体の敵が橋に差し掛かる。

 機体を走らせる、拷問器具にも似た槍をソイツに向かって構えながら。

 最高速度で疾走する陵は大きく振動し、コクピットもそれに合わせて激しく揺れる。

 イントルーダーがこちらに手を伸ばす、俺に喰い付く為に。

 その手が届く前に、ソードランスを振り翳す。

 そして――その重さと、踏み込みの勢いのままに振り下ろす。


 グシャリ――


 肉を裂いて、骨を砕くような生温い音と手応え。

 コンクリ―トの地面にめり込んでいく敵と上がる体液の飛沫。

 その身体を起き上がれないように足で踏みつけると更に数度、ソードランスで滅多打ちにする。

 スピーカーから流れる賛美の声の中に、悲鳴のようなハウリングが細く混じる。

 それから動きが些か鈍ったタイミングを見計らい、足に振り下ろす。

 スピーカーを壊してしましそうな程に振り切れて、ハウリングが鳴り響く。

 ソードランスを退けると浸食者の足は、完全に押し潰されて引き千切れていた。

 足の潰れたヤツを橋の入り口に蹴り飛ばすと、狙撃されて倒れ込んでいるモノにもランスを数度、振り下ろしてから同じ方向に押し退ける。

 弱弱しく蠢く二体の身体が橋を塞ぐ。

 そこに後続の敵がやって来るが、橋に入るには味方の身体を踏み付けるしかない。

 踏み越えようとした時には、再び銃声が響いた。

 しかし足を完全には持っていかず、動きが鈍るだけだった。

 「しまった、浅い!」

 オカさんが叫ぶ。

 「いや、十分だ」

 俺はランスで敵の腰を横薙ぎに払う。


 メキリ――


 殴られた浸食者の腰が不自然に曲がる。

 大方、腰の骨が砕けたか。

 倒れ込みつつも俺に口を開け、咢を見せるソイツの口内にランスを突き入れると、剣山のような刃の束を花開くように展開する。

 そして力任せに引き抜くと、口の付いた胴体内部が展開された刃でズタズタに切り裂かれた。体液を滴らせながら敵の身体が崩れていく。

 「これ、思ったより使えるな」

 ランスを見つめてから刃を振い、体液を払った。

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終末にアレルヤを謳え 白河律 @7901

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