あの珈琲をもう一度 1
おれのいた世界は滅んだ。
大地震や台風、戦争などで破壊されたのではなく、宇宙丸ごと消滅した、らしい。
しかし、おれは、生きている。
こうやって、空港のロビーのような建物で、妙に深く沈むソファに座り、手足を適当に投げ出して、上を見ていた。
白く塗られた鉄骨の構造体の向こうにはコンクリートらしい天井があるとわかる。
視線を天井からまわりに向けると、同じように戸惑っている者もいれば、あれがいいこれがいいと盛り上がっているグループもある。
友人同士なのだろうか?
「ボーナスは肉体、記憶、精神の引継ぎ、任意の能力付与か……ゲームじゃないんだぞ……」
最初に受けた説明を反芻する。
サルベージがぎりぎり間に合ったのだ、と担当者は言っていた。
「結局、生き残っていたのは、おれだけじゃないか」
住んでいた場所がなくなるのは悲しい。
それよりも悲しいのは、自分が知っている人やもの、自分を知っている人がどこにもないことだ。
いっそう、ぜんぶ忘れてしまったほうが気が楽になりそうだ。
胸ポケットから折りたたんだ書類を取り出す。
折り畳みすぎだろう、これ、と過去のおれに呆れつつ、広げた。
転生のオプションには引継ぎなしがある。
つまり、転生したら記憶も性格も知識も何もかも真っ新の状態で生まれ変わる。
このほとんどの人間が抱えたことのない感情ともおさらばできる、というわけだ。
そこまで考えて身体を起こした。
姿勢のせいか、筋肉がこわばっているのがわかる。
深く息を吸い、そして、ゆっくりと吐き出す。
何回か繰り返すと視界が晴れてくるような感覚を覚えた。
身体を動かしたほうがよさそうだと考えておれは席を立つ。
世界乗り換えキャンペーン、やってます 姫宮フィーネ @Fine_HIMEMIYA
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