第6話 エイベル
「お嬢様、如何なさいましたか」
執事の姿を探して屋敷を見て回っていると、後ろから声を掛けられる。探し人を見つけてリディアはパッと表情を明るくして、探していたのよと言いながらエイベルに駆け寄った。恐らく自身を呼ぶ声を聞きつけて探しに来てくれたのだろう。使用人の部屋には入ってはいけないと父から言い聞かされていたからそこは探しに行けていない。エイベルは、きっと自室で仕事をしていたのだ、それじゃあ見つからないのも当然だとリディアは勝手に納得した。
「あのね、貴方に聞きたいことがあったのよ! それで、探していたの」
「聞きたい事、ですか。……ええ、分かりました。構いませんよ」
きっと、リディアが何を聞こうとしているのか想像がついていたのだろう。エイベルは穏やかに頷くと、リディアを促し二人で図書室へ向かった。これから話す事については何らかの資料が手元にあった方が説明がしやすいだろうと考えたからだ。
少し薄暗い図書室で二人は少し広めのテーブルに向かい合って座った。
リディアは早く質問がしたくてうずうずしていた。日記にどんな魔法がかけられているのか気になるのも勿論だ。しかし、それよりもリディアはドキドキしてたまらなかった。目の前にいる人物が本物の魔法使いかも知れない。そんな御伽噺のような事が、現実に起こっているなんて未だに信じられない。好奇心と、期待と、少しの不安を込めて問いかけた。
「エイベル、貴方は魔法使いなの?」
リディアの質問にエイベルは少し目を丸くする。てっきり日記帳のことについて聞かれると思っていたのだ。そして、そういえば彼女がこうして自分を呼びに来るまでに随分時間がかかっていたなと思い出す。
そうか、調べていたのか。
幼い少女が自分の力で、そこまで調べたのだという事実が嬉しかった。身の程知らずだと笑われてしまうかも知れないが、赤ん坊の頃から自分の娘のように思いながら成長を見守ってきた。このことを喜ばずして何としようか。知らず知らずのうちに緩もうとする頬を抑えていると、少し厳しい顔つきになってしまっていたようだった。
エイベルがそんなことを考えていると、何かを勘違いしたのかリディアが慌てたように言い募った。
「あの、あのね! 聞いてはいけないことだったのなら、ごめんなさい。いえないのなら、それで構わないの。えっと、私は魔法について何も知らないから。魔法使いだったかも知れない人に、魔法使いだったのなんて聞くのは常識外れなのよね。ごめんなさい。でも、もう聞かないから許して欲しいわ」
決して自分は、エイベルを傷つけるつもりはなかったのだと何とか理解して欲しくて、言葉を紡ぐがどこか言い訳じみてしまう。
こんな言い方をしたいのではないのだと、焦って言い直そうとすれば、更に訳が分からなくなる。わたわたと慌てるリディアの様子を見て、エイベルはゆっくりと深呼吸をするように言い聞かせた。
「息を大きく吸って、吐いて、もう一度。吸って、吐いて。………落ち着きましたか?」
穏やかなエイベルの声に、リディアは頷く。いつの間にかバクバクと大きく拍動していた心臓も少し落ち着いた。怒っているわけではないみたいだわ、とリディアはそっと息をついた。
「そうですね、まずは質問に答えるとしましょう。…………答えは、いいえです。お嬢様」
「違うの? 違うのなら、貴方はどうして日記にかけられている魔法が何か分かったの? 印が書かれている物にどんな魔法がかけられているのか判別することが出来るのは、魔法について学んだことのある人物だけだって、本に書いてあったのよ。………そっか、私の調べ方が悪かったのね。本を一つ読んだだけで、その本が絶対に正しいのだって信じ込んでしまっていたわ」
リディアは、目から鱗が落ちるような気分だった。何故自分は、あの本に書かれていることが間違いなく本当のことだと信じ切っていたのだろうか。全ての本に正しいことだけが書かれているとは限らない。意図的に嘘を書かれた物、真実を知らない人物によって書かれた物、色々あるだろう。自分は間違った本を手にとってそれが本当のことなのだと思い混んでいたのだ。
他の本を探してみなくては、と立ち上がろうとしたリディアをエイベルが諫める。
「確かに、一つの本を読んだだけでそれを真実と決めつけるのは極めて危険なことです。いくつかの資料を読み、正しい情報を精査するのは大切なことです。………今回は、どうやら正しい資料を最初に見つけたようですがね」
「………正しい?」
「ええ、正しいのです。お嬢様がどの本を見てそう判断されたのかはこれから教えて頂くとしましょう。その本に書かれた情報は――――少なくとも、お嬢様が参考にされた印による魔法を判別出来るのが魔法使いだけだという情報は――――真実に違いありません」
「じゃあ、エイベルは?」
首を傾げるリディアに、エイベルは少し悪戯っぽく微笑んだ。
「元、魔法使いですよ。私は20年も前に杖を捨てています」
アルカナ 戸崎アカネ @akane1203
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