第5話 魔法の印

 与えられる情報の多さに頭がぐるぐるして来たリディアはふうっと息を吐いて、本をめくる手を一度止める。こんな分厚い本を隅から隅まで全部呼んでいたら、頭が爆発してしまう。とにかく知りたいのはこの紋様のことなので、それについて詳しく載っている所はないだろうか。

「これね、きっと。日記帳とこの本の表紙にあった……〝印〟っていうのよね。それと全く同じだもの」

 頁の半分くらいを埋め尽くすほどの大きさで描かれた紋様を見て手を止める。頁上部に書かれたタイトルを見ると〝魔法の媒体について〟とある。ここに目当ての情報があるに違いないとリディアは目を輝かせた。




 イーストン家が魔法を行使する際に使用するのは、印である。簡易的な魔法陣だと思って貰えればいい。印に意味を持たせそれを描くことで媒体としマナを操る。上に記してあるのが、その印だ。宝石はラピスラズリ。かつて私の一族は、この宝石を媒体として魔法を使っていた。いつしかそれが、一族を表す印となりその印に意味が宿った。植物に関連する魔法を扱うことを得意としていた為、そこにつるバラが加えられ晴れてイーストン家に代々伝わる印が完成したのだった。印はこのように、それぞれの家々が歩んできた歴史に基づいて作りあげられる。

 そして、これらの印が刻んである物には、何かしらの魔法がかかっている。

 私自身も危険な物は見つけ次第処分して言っているが、完全に魔法の掛かった物を無くすまでには手が回らないのが正直な所だ。例えば突然歌い出す人形だとか、絶対に汚れが落ちない壁の落書きだとか、そう言った害の無い物は目を瞑って頂きたい。全てを解除して回るのには私の一生をかけても無理だから。危険物の処理については信頼できる何人かの友人達にも、手伝って貰っている。少なくとも、私が命を終える時までには人間にとって有害な物はこの世界から無くなっていると保証しよう。

 今、不思議に思った事だと思う。

 そう、魔法を解くのは魔法使いでなくとも正規の手順を踏めば出来るのだ。

 対象の物にどのような魔法がかけられているのか判別し、それぞれの魔法にあった対処をする。魔法の中には、手を腐らせるだとか、爆発するだとかそういった危険な物も少なくないのだから。よく注意して行って欲しい。

 まず、魔法の掛かった物とそうで無い物との見分け方についてだ。

 分かりやすい物としては印や魔法陣。現在判明しているだけのものをまとめた本が別にあるのでそれを参照して欲しい。この本と一緒に君の元へ届いている筈だから。それらが刻んである物は間違いなく、何らかの魔法がかけられている。

 他にも色々あるが、魔法族がほぼ廃れた現在まで魔法を発動させられるだけの力を宿し続けるのはこのくらいだろうから他の説明は省かせて貰うとしよう。

 次は、どのような魔法がかけられているかについてだ。魔法陣であれば、かけられている魔法によって刻まれる陣が違うから、先程の本の中から同じ陣を探して欲しい。解く方法も同じ場所に載っているはずだ。




「印については、少々厄介だ。炎を上げる魔法も、物を移動させる魔法も全く同じ印で魔法がかけられる。君が持っている本も、印しか刻んでないだろう」

 確かにそうだ。口に出して文章を読み上げながら、リディアは確かめるように日記の裏表紙に書かれた印を撫でる。何の変哲も無い。只の子供の落書きだと言われれば、納得してしまいそうなものだ。

「でも、エイベルはこれを見ただけでどんな魔法が掛かっているのか分かっているみたいだったわ」

 何か、未だ自分には分からない秘密があるのだろうと更に読み進める。




 印によってかけられている魔法を判別するのは実に難しい。これは、魔法について学んだ人間がその印に込められた魔力と取り巻くマナの様子を見て判別するしかない。魔法について全く無知な人間が判別するのは先ず無理だ。さほど害が無い物なら放っておくのが賢い選択と言えるだろう。

 しかし、どうしても魔法を解かなければいけない場合は印を消すのが一番だ。




「……もう、結局分からないんじゃないの!」

 分厚い本をバタンと閉じた為に、ぶわりと待った埃でむせる。ゲホゲホとひとしきり咳をした後、口元を抑えながら本を元の場所に戻す。

「魔法の勉強なんて、したことないわ! 魔法なんて現実に存在するなんて、思ったこともなかったもの!」

 日記帳の魔法については、もうエイベルを問い詰めるしかないと図書室を出ようとした所でふと脚を止める。

「………でも、どうしてかしら」

 エイベルは何故、この日記帳にかけられた魔法が分かったのだろうか。

「エイベルは、魔法使いだったりして」

 冗談交じりに口に出してみて、あながち間違いではないのかも知れないという気持ちになってくる。だって、本には魔法を学んだことがあるものでないと判別は出来ないと書いてあった。と言うことは、エイベルが魔法に何らかの関連を持っていたと考えるのが自然だ。

「とにかく、本人に聞いてみなくては始まらないわよね」

 日記帳を抱きしめながら廊下を走る。メイドにお行儀が悪いと注意されてしまったが急いでいるのと聞く耳を持たずにエイベルの名を呼びながら屋敷を走り回った。

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