第4話 図書室

 エイベルが退室した後も、リディアは日記を調べていた。何も怪しげな所の見つからない日記に少しむっとしながら、目を懲らす。

 そういえば、とエイベルが日記の裏表紙をじいっと見ていたことを思い出す。

「これ、何の模様……?」

 明らかに、誰か(恐らくこの日記の持ち主だろう)によって書き加えられた物だった。青いインクで記されていたのは、ぐにゃぐにゃとした文字とも何かの絵ともとらえられる不思議な物だった。只の落書きとも思える物だったが、これを見た後のエイベルの反応を鑑みれば意味のある物なのだろう。

「…………図書室に勝手に入っても、別に怒られないわよね?」

 暇だったから、何か面白い本はないかと思ったのだと言えばそれ以上追求は出来ないはずだ。うん。入ってはいけないと言いつけられている父の仕事部屋ではないし問題ないだろう。

 リディアはそう結論づけると、早速部屋を飛び出した。

 日記帳を胸に抱いて、鼻歌を歌いながら廊下を歩く。図書室の中でもお気に入りの机の上に日記帳を置いて早速本棚を眺め始める。あの模様について調べるのには、どの本が良いのだろうか。あんなに不思議な模様に全く覚えがないリディアはどうした物かと頭を悩ませながらも、ぺらぺらと本をめくっていく。主に文字や言葉に関する本を読み漁っては見たが全くと言って成果はない。見つけたと思っても、見ようによっては似ているといった程度の物だった。何時間本をめくり続けていたのかは定かではないが、肩が痛くなってきてしまったリディアはうんっと伸びをした。

 これはもう、文字ではないのかも知れない。

 それならば、なんだろうか。

「不思議な事って言ったら、魔法、とか?」

 背伸びをしながら、一番上の棚に手を伸ばした。最初に目についた、赤い背表紙の分厚い本を手に取る。何とかそれを引っ張り出して、机の上に置いた。ドスン、という音と供に埃が舞う。けほけほと咳き込みながら、埃を払えば拍子が顔をのぞかせた。

「…………〝最後の魔法族〟」

 指で文字をなぞりながら確かめるように呟く。その下には、日記の裏表紙に描かれていたのと同じ紋様があった。宝石に巻き付いているのはつるバラだろうか。デフォルメされたその紋様が一体、どんな意味を持っているのだろうか。

 リディアはそっと最初のページを開いた。




 この世界にかつて数多に存在していた神秘は、今、滅びの一途を辿っている。魔法族もその中の一つに数えられる。杖、魔方陣、呪文。魔法族は自分たちの一族に相性の良い媒体を選び取り、魔法を行使していた。

 衰退は当然のことであったと私は考える。

 魔法とは、現代においては実にのだ。

 夜に灯が必要になった時はオイルランプで十分に事足りるし、鉄道は箒よりもずっと早く目的地まで連れて行ってくれる。そもそも、魔法とは自然界に存在するマナを媒体となる魔法具をもって操る事を指す。それによって様々な事象を引き起こすものだ。自然界にマナが溢れていた古代であれば代償のことを差し引いても余りある恩恵を得ることが出来ていた。

 だが、現代はどうだろう。

 魔法族達により、際限なく使われ続けたマナは枯渇してしまった。1000年ほど前と比べれば雀の涙ほどしかない僅かなマナを頼る魔法もまたその力を無くした。これなら、魔法など使わずに文明に頼って生きた方が生きやすい。

 魔法族達は次々にその力を放棄した。家に伝わる魔法に関する書籍を燃やし、魔法具を処分した。何の変哲も無い一貴族として、農民として、商人としてそれぞれの人生を歩み始めた。

 そして遂に、最後の魔法族となったのが私が当主を務めるイーストン家だ。

 私が最後の魔法使いになるだろう。私はこれから先、愛する人を見つけ子供を授かったとしてその子に一族の術を授けようとは思わない。

 魔法族は滅びるべきなのであると私は此処に断言しておこう。

 それは、マナの枯渇を恐れるからではない。マナは時の歩みと供に生み出され世界を満たす物。魔法族が日常生活に必要なマナを使う位では枯渇などするはずがないのだ。何よりも恐れるべきは、再び大規模な魔女狩りが行われるかも知れない事だ。

 力を持たない人間は、得てして力を持つ人間を恐れ、忌避し、排斥しようとする物である。

 …………戦争に、魔法が使われるようになったらどうなるだろうか。

 その時だけは英雄ともてはやされるかも知れない。だが、その後はどうだろうか。

 平和な世界で、自分たちを脅かしかねない力を持つ者達が隣で暮らしている。

 再び悲劇が起こる。

 さて、そんな私が何故このような文章を後世に残そうかとしているのかと言えば、それは悲劇を防ぐ為に他ならない。もし、全ての魔法族が滅びた後に〝力〟を持つ物が現れたとして、その者が愚かな道を歩まぬようにする為だ。

 この本は必要とされる時が来れば、その者の元へ現れる。

 もし、この本が突然目の前に現れ不可思議に思いながらも読み進めているのであればそのままどうか最後まで目を通して欲しい。偶然にこのひからびた本を探し当ててしまったのであれば、読み進めても構わないが他人には言いふらしたりしないことをお勧めしておこう。この本のことを余り公にしたくないのは勿論だが、何より貴方が夢見がちな愚か者と周囲から遠巻きにされてしまうだろうから。

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