孤独の闇

目が覚めるとそこは闇の中だった。それで俺はまだ夢の中だと悟った。


その夢の中は俺一人しかいなかったが、その俺を囲むかのように無数の影がそこにはいた。それはかつてのクラスメイトだったり、家族だったり、友達だったり、かつてフッた後輩だった。


その後輩らしき影はゆらりとこちらに近付き言葉を発した。


「あなたはいつも一人ですね」


それはいつもの憎まれ口ではなく、ただ淡々とした響きを内包した言葉だった。


「悪いか?」


「私は」


その影は一歩近付いたように感じた。


「あなたに選んでほしかった」


その影はこちらに触れようとしたが、実際触れることはできずに身体をすり抜けていった。


「俺は・・・・・・」


俺は目を閉じて吐き捨てるように言った。


「俺は誰とも分かり合えない。だから一人でいい」


気がつくと自分の身体も黒く染まり、次第に平面な影となり闇へと消えた。



目を開けるとそこは自分の部屋の天井だった。どうやら今度はちゃんと目が覚めたらしい。俺は起き上がると目覚まし時計に目を向けた。まだ8時半だった。


俺はケータイを持っていない。五十嵐はスマホのアラーム機能を使って朝起きるらしいが、アラーム機能のためにケータイを買うのも馬鹿馬鹿しいので未だに持っていないのだ。そもそも、無職に必要はない。


無職になって数ヶ月は経ち、あと数日で今年も終えようとしていた。流石の俺もどこかで働いたほうがいいんじゃないかと思うようになったが、思うだけですることはいつもと変わらず近所を放浪するだけだった。


朝食を手早く済ませ身支度を済ませ、今日も外へ出た。しかし今日はいつもと違い玄関の前に客人がいた。


「げっ」


その人物はダッフルコートに身を包み浅めにニット帽を被った女性だった。彼女はターゲットを見付けると同時に俺の腕を掴んで捕獲した。


「捕まえたぞ健治」


「帰ってきてたんですか先輩・・・・・・」


彼女は杉浦葉子。高校時代の先輩で、俺が苦手な人物だ。


「愛から聞いたぞ。お前今無職なんだってな?」


「そんなわけないじゃないですか。俺を誰だと思っているんですか?」


俺は堂々と白を切ったが、全部お見通しと言わんばかりに先輩は腕を掴む手に力をこめた。


「痛い痛い痛いっ!!」


「もっとマシな嘘をおっしゃい。何年あんたと一緒にいると思っているのよ?」


「せいぜい2年じゃないですか!昔からの馴染みみたいに言わないでください」


なんとか万力のような手を振り切って先輩から距離を取る。先輩は昔からやり方がバイオレンスで困る。


「そんな距離を取らないでくれよ、傷つくじゃないか」


「これがあなたとの心の距離だと思ってください」


先輩は手で顔を覆って嘘泣きをした。そんな真似をしても可愛くないぞ。


「お前今可愛くないって思ったろ」


「そんな失礼なこと考えるはずないじゃないですか、先輩はいつも美しいです」


「お前あとで覚えておけよ?」


「なんでですか!?」


どう思えと?


相変わらず理不尽だった。


「で、今日は何の用ですか。俺はこれから用事があるんですが」


「どうせ飽きもせずその辺歩き回るだけでしょ?いいから私に付き合いなさい」


先輩は再び俺の腕を掴んで歩き出した。俺は逆らうこともできず従うことになった。



「いやー懐かしいわね。高校時代よくここに来てたわ」


先輩に連れられた場所は俺がいつも通っている喫茶店だった。今は一人で通っているが、学生時代は的場と五十嵐、先輩の4人で通ったものだ。


「そういえば文芸部は今も続いてる?」


先輩は注文したカフェオレに口をつけて訊いた。


「えぇ、今は的場もいますしちゃんと文芸部として活動してますよ」


逆に言えば先輩の代から俺らの代まで文芸部は文芸部として機能しておらず、ただの溜まり場になり下がっていた。先輩はいわずもがな、俺や五十嵐も比較的真面目ではなく本を読まずトランプなどで遊んでいた。唯一真面目だったのは的場くらいだろう。


「あの頃は楽しかったよねぇ、先のことなんて考えずに生きてこれたんだから」


「先輩がそんなことを言い出すなんて意外ですね。あなたはどんな場所でも楽しく生きていけるでしょうに」


東京の大学に受かり向こうで好き勝手生きているのかと思っていたが違うのだろうか?


「そりゃ私にかかればどこでも楽しく遊べるよ。それでも、将来の不安は付きまとってくるって話」


将来の不安。こんな人でもそれから逃れられないものなのだろうか?


「あんたみたいに将来ブン投げてる人間にはわからないかもしれないけど、やっぱり大抵の人間はその悩みから逃げられないと思うわ」


「先輩にも人間らしい悩みがあったんですね」


「殴るぞ☆」


笑顔が恐かったので黙ることにした。


「そういえば健治、あんた愛をフったらしいじゃない」


「すごい唐突に爆弾をぶちこみますね・・・・・・」


的場愛。高校の後輩で、数日前一緒に住もうと誘われ断った。その記憶はあまり思い出したくないのだが。


「なんであんな良い娘を振るかねぇ、私ならその日のうちに食べちゃうわ」


「TPOを考えて発言してください」


さっきまで感傷に浸っていたのが嘘みたいだ。切り替えが早すぎる。


「でも真面目な話、付き合っている人がいるわけじゃないのに振る理由がわからないわ」


「付き合っていないから付き合う理由にはならないじゃないですか」


「詭弁ね」


先輩はにこりともせずに言った。あ、これマジで切れてるやつだ。


「どうせ自分の醜い部分を知られたくなくて振っただけでしょ」


「そんな理由でフったりします?」


「あんたが実は自分が一番可愛いって思っているのは知ってるんだから」


俺は反論することが出来なかった。


「あんたはいつも他人に染まりたくないって言うけど、ただ単に人に染まることで自分という人格を変形させたくないんでしょ?」


「違いますよ」


「人に感化されて人の都合の良い人間になりたくない、人を好きになって他人に心を許したくない。あんたは自衛のために極力人との関係を絶って孤独を目指している」


「それって逆に言えば人と関係を結ぶことで人に影響を与えることも恐れているのよ。恋愛はその最たるものだものね。あんたはそれを恐れて愛をフッた」


先輩は変わらずにこりともせず言い続けた。


「先輩・・・・・・俺が的場をフッたことに腹を立てて今日わざわざ来ました?」


「そうに決まってるでしょ?それ以外に何かあるわけ?」


てっきり俺は無職であることに説教しに来たとか、遠く離れた地でホームシックに陥ったとか思っていたのだが、思いの外後輩のために来たらしい。


思えば昔からそういう人だった。昔から説教ばかりするが大体は後輩のためだったりするのだ。特に女に弱い。


「それで、先輩はどうしてほしいのですか?」


「ヨリを戻しなさい」


先輩命令と言わんばかりに先輩は言った。


「ヨリを戻すも何も、付き合ってはいないのですが」


「元々付き合ってたみたいなものでしょうが」


どこを見たらそう見えるんだ。確かに昔から的場はよく突っかかってきたが。


「今更やっぱり付き合うなんて言われても向こうも迷惑でしょう?」


「そんなことないわよ。泣いて喜ぶわよ」


そんなわけあるか。


「真面目な話、今愛めっちゃ暗いのよ。このまま自決でもするか、受験放り投げてあんたと同じ無職になっちゃうか、そんなこともやりかねないわ」


「・・・・・・マジで?」


「マジで」


あいつそこまで落ち込んでいたのかよ。なんか段々罪悪感が湧き上がってくるんだが。


「結局のところ、どんなに孤独に向かって突き進んでも誰かには関わっているものよ」


「なんか嫌な言葉ですね」


俺の理想郷はこの世に存在しないのだろうか?


「諦めて幸せになっちゃえよYOU」


「・・・・・・気が向いたらですかね」


「もし愛が受験落ちたら責任取って引き取ってよね」


「責任が重過ぎるんですが」


ただそれも悪くないと思った。


思っただけだが。



喫茶店を後にした俺たちはどこに行くわけでもなく街を歩いていた。


「あんたはどうするの健治」


「いつも通りこの辺りでも放浪してますよ」


先輩はうんざりするかのような顔をした。歩くことは昔からの習慣なので今更飽きることもなかった。


「じゃあ私はここらで帰るわ」


「そうですか」


久しぶりに会ったというのに特に感慨も感じなかった。先輩はインパクトが強いので多少離れていても忘れられるものでもなかったし。


「健治」


先輩は神妙な顔つきになった。


「あんたがこれからも変わらずに孤独を目指していたとしても、私はあんたを一人にはしないからね」


「先輩、それは愛の告白ですか?」


先輩はかははと笑い、


「ばか、私とあんたの仲だろ?」


と言った。


思えば先輩とは高校で文芸部に誘われて出会ったが、何を好き好んでこんな男を誘ったのかそれは今もわからない。


しかし、彼女が離す気がない以上この縁は切れないのだろう。


「それじゃ俺は孤独になれないじゃないですか」


「私は孤独になってほしくないんだよ」


先輩はそう言って背を向けた。


「またな健治。そろそろケータイくらい買え」


先輩はそう言って帰路にたった。


「・・・・・・・・・・・・」


俺は言葉を返すことはせず、そのまま放浪に出た。今だったらスマホなのかなと頭で思う浮かべながら。



おわり

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無色の眼 シオン @HBC46

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