クリスマスの日のバイト

新成 成之

クリスマスの日のバイト

 こっちに来て二年目のクリスマスイブ。流石に、悲しさは紛れてきた。

 去年は酷かった。バイトも無く、一緒に過ごしてくれる友人もなく、俺は独り悲しくチキンをむさぼり食っていた。実家に帰れば、家族団欒で豪華な飯が食えるんだろうな、そんな事ばかり考えて、俺の聖なる夜は過ぎてしまった。


 そして、今年のクリスマスイブ。同じ轍は踏まずと誓って今まで生活してきた。しかし、どうだろう。現状は、何も変わっちゃいない。変わったことは、カーテンの色くらいだろうな。バイトは、無理を言って休みにしてもらった。もしかしたらを、期待していたんだ。でもどうだ、現実は去年と一緒さ。SNSを開いてみても、「リア充消えろ!」だの「リア充爆発しろ!!」だの、見ていて心が荒む様な発言ばかりである。気のせいだろうか、俺のTLには、その手の発言しか見えない。所詮、皆仲間なんだ…。手を取り合おうぜ…。


 そんな事をうだうだ言っても仕方がないので、俺はコンビニに出掛けることにした。時刻は午後八時。カップルも家族連れもいないであろう、微妙な時間を狙って目的地に向かう。

 別に、この外国から持ち込まれた特別なイベントの日に、独りでいることには何の感情も抱かない。それよりも、そんな俺を見て、嘲笑う連中に腹が立つ。


「そうですよ、どうせ俺みたいな男は独りですよーだ!」


 そんな連中には、心でそう立ち向かうが、言葉には発しない。だからこうして、他人と鉢合わせない時間にわざわざコンビニに向かうのだ。目的は一つ、去年は恐れ多かったケーキを買いにいくのだ。






 自宅近くのコンビニが見えてきた。雪が降っていなくても流石は冬だ、寒い。

 コンビニの裏に自転車を停めると、俺はポケットに両手を入れた状態でコンビニに入ろうとした。しかし、自転車を停めた近く、丁度スタッフ入口みたいなドアの前、大きなゴミ袋の様なものが積まれている場所に、動く音が聞こえた。その上、人影も見える。まさか、これはいわゆる、クリスマスパーティー帰りに酔って帰れなくなってしまった感じの女の子か!

 俺は、最近見た同人誌の話を思い出していた。勿論、ここで女の子を見捨てる訳にはいかない。俺はサンタさんに最大限の感謝を告げてその人影に近付いた。

 そこには、同人誌作家も驚くものが埋まっていた。


「痛いわー、これアカンやつや…。んっ?どこやここ?」


 俺は、見てはいけないものを見てしまった。


「ホンマどこやねん…。おっ!!良いとこに人がおる!ちょっと兄ちゃん!助けてくれ!」

 

 素直に、バイトのシフトを入れておけば良かったと後悔した。今頃糸田さん、怒ってるのかなー…。


「おい、兄ちゃん!助けてくれ言ってのや!!はよう助けんかい!」


 言われるがままに、俺はそれを助けた。その間、誰が見ても分かるぐらい俺は、死んだ魚の目をしていた。


「いやー、助かった!ありがとな!なんや、そんなにわいの事が気になるか?」


 帰ろう…。クリスマスにケーキを買うのは、俺にはまだ早いようだ。きっと疲れてるだ。でなきゃ、こんな幻覚は見えない。


「そんなに、わいの赤鼻を見んといてや!ホンマに人間はこれを珍しがるからな。」


 俺が助けたそれの正体は、


「さっきからどうした兄ちゃん?あれか、トナカイが喋ってるのに驚いたのか?!」


 トナカイだ。それも真っ赤なお鼻の…。


「実はな、これから仕事やゆう時にな、空から落ちてしまったんよ。そんで、今さっき兄ちゃんに助けて貰ったんよ!いやー、ホンマに助かったよ!」


 理由なんて聞いてないし…。ましてや、こっちに歩み寄って握手とかしてくるなよ…。何で、お前二足歩行なんだよ。

 もう帰ろう。俺はそう決意した。


「ところで兄ちゃん、この後暇か?」


 まさかのトナカイからの夜のお誘いだと!?

 冗談じゃない、どんなに悲しくったって、トナカイと一夜を過ごすのはごめんだ!出来れば、巨乳の美女に誘われたい!


「まぁ、暇やろ?」


 決めつけるな!!


「たいてい、こんな日にな、一人でコンビニに来る奴なんかたいてい暇な奴やねん。」


 否定が出来ねぇ!!


「そこでだ、兄ちゃん。バイトをしないか?」


 一連の出来事の急展開さに着いていけなくなった俺の頭は、訳の分からんことを口走っていた。


「深夜手当ては出ますか?」


 今聞くところは、そこじゃねぇだろ!!


「金に関しては心配すんな、夜にやってもらうからな。それ相応の賃金は出すぞ!」


 糸田さん、今日シフト抜けてすいませんでした…。


「時給1700円や!どうや?」


 糸田さん、後日俺が見つけた最高賃金を紹介しますね。


「どんな仕事ですか?!トナカイさん!」

「がっつくね、兄ちゃん!何、簡単な仕事だよ。今日仕事をバックレたサンタの野郎の代わりに、街の皆にプレゼントを配るという仕事さ!」


 糸田さん、履歴書にサンタって書けますか?


「どうや兄ちゃん?滅多に出来ない経験やで?わいを助けてくれた恩や!悪い話やないと思うで!」


 一旦落ち着いて、話を整理しよう。

 今日は聖なる夜の前夜、クリスマスイブ。そして、俺はそんなクリスマスに独り寂しい奴。悲しい俺がコンビニにケーキを買いに行ったら、トナカイを救出。そして、そのトナカイから、高額なバイトの提案。

 なるほど、こんな話誰が信じるか!!

 もう一度言うけど、なんでトナカイ二足歩行なんだよ!おかしいだろ!地味に八頭身位あるし…。あれか?!ここのバイトの人が、俺に意地悪でおちょくってるんだろ。悪いがそんな手には乗らないぜ、その妙にリアルなマスクを外させて貰うからな!


「痛い、痛いわ!何すんねん!!これは本物や!」


 トナカイって、八頭身だったんだ…。糸田さんが聞いたら驚くぞ…。


「さっきから随分ボケーっとしとるけど、兄ちゃん、やるのか?やらないのか?」


 リアルと現実の区別がつかなくなった俺は、咄嗟に声を発してしまった。


「やります!」

「そうか、そうか!いやー助かるよ!!それじゃ、風呂入ったらもう一回ここに集合でいいか?風呂に入らんと、匂いでバレてしまうからな!!」


 そうなのか…。既に俺の頭は思考する事を止めていたので、訳の分からん自己解決をしていた。

 いや、待て!この時間に風呂あがりで外出たら、普通に寒くない?!






 トナカイに言われた通り、俺は風呂に入ってもう一度コンビニに寄った。追加でトナカイからの注文があり、俺は今回のバイトの制服なるものを着させられていた。


「あの…、これ本当に着てなきゃ駄目ですか?」

「当たり前やろ!これ着てこそのサンタやろ!」


 俺が今、身に纏っているのは、いわゆるサンタの服だ。

 トナカイの言い分からすると、この服さえ着ていれば、どうやら誰でもサンタを名乗れるらしい。安いネームバリューだ。


「でも、すげぇ注目されてますよ?!」

「問題ない、問題ない!どうせ通行人が見ても、コンビニのバイトの人か、位にしか思わないって!」


 確かに、サンタの格好の男と、八頭身のトナカイがいれば、コスチュームにしか思わないよな。片方はリアルなトナカイなんだけどな…。


「んじゃ、行くぞ兄ちゃん!!」


 そう言うと、何処からともなくソリを出してきた。ついでに、大きな白い袋も。

 それが何を意味するのか、この年になれば直ぐ様想像がつく、しかし、


「あの…、どうやっておもちゃを配るんですか…?」


 肝心な事は何一つ聞かされていなかった。どちらかというと、聞いている余裕が無かった、心に。


「あー、伝えてなかったな!ごめん、ごめん!おもちゃはな、靴下に入れるか、子供の枕元に置いて配るんだよ!!」


 そこは承知の上だよ!俺は、そこに至るまでを聞きたいんだよ!アホなのか?トナカイ、アホなのか?!


「あぁー、家までね。それはね、」


 最初から気付けアホトナカイ。


「自転車で行くやで。ソリを引いてな。」


 糸田さん、どうやらサンタはチャリでプレゼントをデリバリーしているそうです。


「安心しろ、兄ちゃん。配達区域は厳密に分けられてるからな。」


 郵便配達みてぇだな!


「そんな訳だから、早速一軒目に行ってみようか?」


 真冬の街道で、俺はトナカイと夢を詰めた袋をソリに乗せ、それを自転車で引いて走った。普通に、重い…。






「一軒目は、ここや!」


 普通の民家である。当然、どこを見ても煙突なんて存在しない、現代的な家である。

 家の中からは、テレビの音が微かに聞こえてくる。恐らく、両親が起きているのだろう。


「さぁ行くぞ、兄ちゃん!」

「待て待て待て!どうやってこの家に入るんですか?」


 今さっき、両親が起きていることは確認済みだ。今入り込めば、確実に住居不法侵入で警察のお世話になってしまう。それだけは避けたい。

 俺の心配をよそに、トナカイは懐から怪しい物を取り出した。それはまるで、ダイナマイトの様に導火線のついた物だった。

 おいおい、いくらサンタさんだからって、人の家を爆破して入ることが許されるのか?!


「これはな、特殊な睡眠ガスやねん。この導火線に火を付けるとな、どうや!煙がでんねん!そして、これを換気扇の所で…、煙を家に入れると…。」


 確認したいのだが、俺達がやっていることは犯罪ではないよな?大丈夫か、俺?!

 少しすると、両親らしき話し声がパタリと止んだ。トナカイいわく、ぐっすり眠ったそうだ。そんな煙でぐっすりなら、さぞかしやばい物なのだろうと思ったが、効果は10分程との事なので、意外と時間に余裕は無い。


「さぁ、兄ちゃん!入るで!」


 トナカイは又しても、どこからともなくワイヤーを取り出し、慣れた手付きで玄関の鍵をピッキングし始めた。

 再度確認するが、これは犯罪ではないよな…?


 玄関を開けてからは、俺の単独ミッション。既にトナカイから子供部屋へのルートは教えられているで、その通りに子供部屋に向かう。何故、トナカイがこの家の構造を知っているのかは、あえて触れないことにした。

 子供部屋の扉を開けると、一人の女の子がベットですやすやと寝ている。壁には、可愛らしい靴下が吊るしてあるのが、特殊なゴーグルを通して見える。分かると思うが、これもトナカイからの支給品だ。

 俺は即座に、袋からこの子宛のプレゼントを取り出し、靴下に入れてあげた。ミッションは成功だ。そして、一目散に退散しようとしたが、


「サンタさん…?」


 ドアの部を手にしていた俺の背後から、か細い声が聞こえた。まずい…、バレたか…。

 ゆっくりと、振り向くと、少女は眠りに就いたままだった。恐らく、寝言だろう。生きた心地がしなかった。

 その後、俺は直ぐ様家を出てトナカイと合流した。

 部屋を出る際、もう一度か細い声で


「ありがとう…。」


 と聞こえたのを俺は、忘れもしない。






 こんな調子で、俺とトナカイは夜の街を犯罪紛いな事をしながら、プレゼントを届けていった。仕事としては、基本的に俺ばかりがしている。トナカイのやっていることは、ソリに乗って、睡眠ガスまいて、ピッキングしてるくらいだ。

 本当に大丈夫か…?


「さぁ、兄ちゃん!ついにラストのお宅や!ここまで順調やったからな、ラストもビシッと決めてこいや!」


 随分と途中をはしょったが、正確には記憶が定かでは無いのだ。何せ、記憶を無くしていれば、いざ警察に取り調べされても逃れられる、そう考えたからだ。

 それでも、最後の家に侵入改め、プレゼント配りを始める。トナカイが一連の動作で、俺が入る道を作る。既にトナカイが何をしても、驚かなくなっている俺がいる。

 今回のお宅は、アパートである。しかし、耳を澄ましても家族らしき声は一切しない。それどころか、テレビの音すら聞こえない。本当に人がいるのか…。

 半信半疑のまま、玄関を抜け、右手の部屋の扉を開ける。そこには、女の子が布団で寝ていた。しかし、どこか違和感のある部屋だ。少し辺りを見渡すと、売上表やら、人事報告書やら、どう見ても少女の部屋にあるべきものではないものが散乱していた。しかし、この家にはこの子以外の人の気配が無い。

 考えても埒があかないので、俺は袋から最後のプレゼントを取り出した。それは、長方形の薄いプレゼントだった。


「紙…?」


 それ位しか、厚さはない。俺はそれを彼女の枕元にそっと置いて、部屋を後にした。

 家を出る前、俺は洗面所に寄った。そこには、二本の歯ブラシがあった。


「お帰り、兄ちゃん!!ノルマ達成やで!!」


 トナカイがハイタッチを求めてくる。俺はそれを右手で受け流し、トナカイに尋ねた。


「さっきのプレゼント。写真か?」


 その言葉を聞いた瞬間に、トナカイは真面目な顔になった。


「やっぱ、兄ちゃんも気付いてもうたか…。」

「こんな事を聞いていいのか分からないが、あれは家族写真じゃないのか?」


 いったって真面目な顔でトナカイも答える。


「あんまり、人様の事情の教えるのはアカンのやが、兄ちゃんには特別に教えたる…。さっきのプレゼント、兄ちゃんの予想の通りや。兄ちゃんは、勘が鋭いから気付いてるかもしれへんが、あの子な毎日一人やねん。そんな子がお願いしてきたのが、一枚の写真やった。それも、家族四人が写ってる写真や。」

「じゃあ、さっきのはその写真なのか?」

「そうや…。」


 世間が浮かれる中、この少女の様な子が他にどれだけいるのだろうか。俺はそんな事を考えてしまっていた。


「サンタは、どんなプレゼントでも届けてくれるのか…?」


 普通に考えて、他人の家の家族写真なんて手に入る物ではない。それなのに、それを可能にしてしまう。本当は、このトナカイすごい奴なのかもしれない。トナカイだけど。


「子供が願ったもんは、届ける人がおれば、届けられるで!!」


 ちょっと待てよ、本来ならプレゼントを届けるのは、リアルサンタだよな?そのサンタ、仕事バックレたって言ってたよな?

 何してんじゃ、サンタ!!






 俺達は、最初のコンビニに戻ってきた。勿論、俺がソリを引いた自転車をこいでだ。

 時刻は既に午前一時をまわっている。もう、クリスマス当日だ。思わぬ形でクリスマスを迎える事になってしまった。まぁ、後悔はしていない。


「ほれ兄ちゃん、今回の給料!」


 毎度の如く、どこからともなく封筒を取り出した。その封筒は別に分厚くはない。俺はそれをかじかんだ手で受けとる。トナカイには悪いが、その場で中身を確認する。こちらもしっかりと働いた身なのでね。

 中身はしっかりと、6800円。四時間労働としては、申し分無いだろう。


「確かに受け取りました。」

「どうやった、今日の仕事は?」


 正直に言えば、怖かった。何せ、警察に見つかれば、現行犯逮捕は免れない状況だったのだ。子供たちに夢をどうのこうのより、俺の将来を案じてたわ!

 と、言っても良かったが最後の件もあるので、普通の返しをした。


「特別な経験が出来て良かったです。でも、もう御免ですね。」


 とびきりの笑顔で、皮肉も言ってやった。しかし、トナカイには通用しなかったようだ。


「そうか!良かった良かった!!じゃ、兄ちゃん!またな!!」


 そう言うと、トナカイは実にあっさりと後ろを向いて帰って行ってしまった。左手には自前のソリを引いている。

 空は飛ばないのか…。


 色々あったが、悪くないクリスマスだな。俺は勝手に自己解決していた。






「あっ!サンタの旦那!今までどこ行ってたんすか!?」

「あ?見りゃわかんだろ?ここの居酒屋で呑んでたんだよ。」


 俺は、直ぐ様二人の声がする方に駆けて行った。




 

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