目蕩みの追想
夢のことを考えてから何度、夢から醒めただろうか。何度見ても、何度醒めても、私が空を飛ぶことはなかった。
今日も空を飛ぶことなく夢から醒め、私をこの病室に縛る白い扉が目に入る。あの扉の中には何があっただろうか。長くここにいることで忘れてしまった。いや、そもそも私は、なぜ病室にいたのだろうか。私は病気なのだろうか。自分の身体を確認する。夢で転んだ痛みが残っているだけだ。おかしいところなどない。私は病気ではない。いや、ここは病室なのだろうか。不思議なことに、目蕩みの中の今、当然とも思える疑問がいくつか湧いてくる。
なぜ、私は今まで疑問を持たずにここにいたのだろうか。私は生まれてからずっとここにいたのだろうか。いや、違う。現で外にいた記憶がある。私はこの場所以外の現と認識している記憶を追想する。
おかしな飛び方をする鳥を見た。片方の羽が動きにくいのか、不格好に上下しながら旋回とも呼べない周り方をしていた。左右に息の合わない漕手が乗るボートのような飛び方だ。あれは確か、私がまだつまらないことに本気で悩んで落ち込むような年の頃だ。精神が不安定な頃だった。その時の私は、その鳥を見てどう思ったのだったか。不思議な気持ちになったことは覚えている。思い出せないのが悔しい。思い出そうとすると目が冴え、今考えていること全てを忘れてしまいそうになる。
あの鳥はもう生きていないだろうか。あのようにうまく飛べない鳥こそ、誰かが鳥篭にいれてやるべきなのに。
そういえば、あの鳥を見た頃からだった。私がよく空を飛ぶ夢をみるようになったのは。
目蕩みの中での追想をした日から、夢を見ることがなくなった。目蕩んでいた時に考えていたことは、忘れてしまった。寝起きや寝る前の時間になると、たまに思い出すときがあるだけだ。
最後の夢でも、私の身体はついに飛ぶことはなかった。それで最後だった。私の望みは叶うことはなかった。私の居場所はあの素晴らしい夢の中だったのに。鮮やかな夢の中で、幼い頃していたように、青い影の一つになる。ただそれだけ、それだけの簡単なことなのに。身体は飛び方を知っているのに。
私は、いつも通り身体を動かして、いつも通り跳躍した。いつも通り地に落ちた。そして、迫っていた鉄の塊に潰された。
私は、今も白い扉の中で、生きている。
白い扉の中 逆傘皎香 @allerbmu
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