白い扉の中

逆傘皎香

愛しいあの夢

 以前は、空を飛ぶ夢をよく見たものだが、現在はそのように楽しく自由で、心躍る夢を見ることはない。最近よく見るのは、悲しい夢だ。空を見上げると澄んだ空の青を雲と鳥の影とが飾り、沈みきっていない半月がぼんやりと空の隅にいる。雲も、鳥も、月も、青に染められている。その中へと飛び込める気がして、身体を動かしてみる。あの空に飛び込み、青のキャンバスの中に入れたのなら、どれほど素晴らしいかと、飛んでいる自分を想像しながら。想像は容易だ。以前はこうして飛んで行ったのだから。馴れた運動をする時に自然にその結果をイメージするように、私はイメージする。そして私の身体が跳躍する。跳躍から飛行へと移ることはなく、私は地に引きつける忌々しい力に抗えず、転んでしまう。

 一体何の理由で、楽しかったあの夢を見ることが叶わなくなったのか。一体何の理由で、望む夢の代わりにこのような夢を見てしまうのか。私は転んだまま立ち上がらない。立つために必要な力が出てこない。草特有の匂いの中で、月が沈み、雲が行くのを見送る。夢のはずなのに、痛い。


 嫌なことを考えてしまった。病室のベッドでの退屈からだろうか。窓から外を見る。木がすべての葉を落とし、代わりに十数の鴉が留まっていた。黒い葉をつけたような木とは対照的に、空は切れ目のない雲に全てを支配され真白だ。私は空が青いことを知っているが、きっと私以外の人は「空の色は白である」と誤認してしまうだろう。下に目をやると地面は黒に近い灰色だった。

 外を見ても黒いペンのみで描かれたような、ある意味で乾燥した世界しか広がっていないため、私は窓の外を覗くのを止めた。しかし、部屋の中は部屋の外以上に退屈だった。白いベッドがあり、無彩色の窓があり、白い扉があった。ただ私がいるだけだった。扉を開けることは、私には許されていない。あの扉からは、誰が入ってくるのだったか。

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