似たような世界の話 同じ自分との大きな違い
いつだったか見たような、感じたような。
その場に居るだけで加速度的に死んでいくような空間は、その様をすっかり変えていた。
確か、あの時はアスファルトが太陽光の反射で眩しくて白かったような気もするけど、今目の前に広がってる白はまた別のもの。真反対とも言える。
つまり、雪です。
「私たち、ここ来たことあったっけ?」
「無いよ。……でも、夢に見たことはあるのかもしれない」
大きな大きな赤く細い(太いけど)門。それにも雪が積もって赤がより映えて見える。
まぁ、来たことがあるかどうかはそんなに重要じゃない。
きっといつか見た夢で来たことがあっても、それは夢の話。
今も夢の最中みたいなものかもだけど、だったらそれはそれで、別の夢の話。
「そっか。そういうこともきっとあるんだろうね」
「そう、そんな感じで良い、はずだから」
「なんだか懐かしい感じがするのも、汐里が
「
「なるほどなるほど。他所向きだったんだねそれ」
「……なんかそう言われると恥ずかしいから、以後言及しないように。いこ」
「はぁい」
雪を踏み締めて、転ばぬように気をつけながら、足跡を残しながら、二人で進む。
鳥居をくぐる。
ここは伏見稲荷大社。のような場所。
私たちは初詣に来たのだった。
………………………………。
初詣の意味をちゃんと考えたことがある?
私は、ほとんど病院の中にいたし正月なんかは寒くて外に出たくもなくて、やっぱりほとんど行ったことない。触れる機会が無いから調べることもしなかった。
なので知らない。実束がこたつの中で提案しなければ発想すら無かった。
普段の私だったら乗り気じゃなかったかもだけど、行ったことのない初詣には興味があった。一応神様なのに。
って訳で、『不明晰夢』に似たような世界を探して、ただの人(能力持ち)として飛び込んでみました、といった次第。
「さっき調べた限り、初詣って年神様?を家にお迎えする目的があるんだって」
「へー。……汐里、誰を呼び込むのかな?」
「知らない……」
神様が年神をお迎えするなんてことあります?
この世界の神ならば来るかも知れないけど、私を見てびっくりしないだろうか。
そんなことを考えて白を踏み抜いていると、ブーツに雪が積もって重たくなっていたから、足を振るって落とす。
着込んできたお陰で寒さは大丈夫。そういう意味だと夏より冬の方が好きだ。着込めばどうにかなる。夏はどうにもならない。
「それに、初詣デート?みたいなのも多分あるよね。神様、いちゃいちゃを見せつけられにきてイラついたりしないのかな」
「私はしない……とは思う。
私たちはただの人としてここに居るから、周りを見れば他にも初詣に来た人が見られる。
別に、私たちはちょっとおみくじを買ったりするだけだし、他には何もする気は無い。多分大丈夫。多分。
……ただの人として、と思ったことに少しだけ感じるものはある。私は、普通の人として生きていたい?
その答えは、はいもいいえも正解。今あるものを手放したくないし、失くしたのは取り戻したい。どっちも当然同様に私だ。
「……神様、本当にいたと思う?」
「今隣にいるよ?」
「当然私のことじゃない。……実束は、不明晰夢内の記憶しかないだろうけど……」
大きな門の前まできた。
人型の何かは寒くないのだろうか。夏は夏で暑そうだけど。
いつもお疲れ様です。
「私が、世界を真っ白にしてしまう前から神なる者は存在したのか。元々居たでも、人々の願いによって後から生まれたでも良い……望まれてでも望まれていなくてでも、超常的な者は存在したのか」
門を通る。
両脇に鎮座して見守るこの人たちだって、本当に居たのか、それか望まれて作られた何かの姿だ。
「日本だけじゃなくて、世界中で似たような考え方が生まれてる。それは、同じ人間だから考えることが同じ?……それとも、本当に存在した?」
「居たらいいなって思うよ?」
ぶった斬られた。
「そういう話じゃ……いや」
だけれど、どうだろう。
それは、確かに一つの答えだ。
「汐里は、居て欲しかった?」
「……居て欲しかった」
「もし神様が願いを知ってくれる存在だったら、居てくれるよ」
「…………なるほど」
順序が逆だけど、それもまた、そうかもしれない。
私が生を受けて世界を見つめてきた今までの中で、結局神の存在を確信する何かは無かった。
願えば、現れるかもしれない。願えば、叶えてくれるかもしれない。
或いは本当に存在を信じた人たちも居たはず。幻覚でも、幻聴でも、確かにそこに存在を見出した人も居たはず。
それを、どうして私が否定できるだろうか。
居る証明にはならないけど、居ない証明にもならないのだから。
……願いをかける。そのこと自体が大切なのだとしたら。
「汐里、なんだか考えすぎてない?」
「そうなのかもね……だけれど、楽しければそれでよくない?」
「楽しい?」
「……楽しい」
「うん、それなら確かに良いのかも」
言葉を交わしつつ、足は勝手に動く。
先におみくじ?先にお賽銭?お参り?そこらの作法を見てくるのを忘れた。
でも足は勝手に前へ進む。お賽銭箱と、鈴のある場所へ。
「……あっ」
「なに?」
「汐里、そういえば私たちお金持ってるの?」
「…………あっ」
頭からすっぽ抜けていた。
見切り発車とはこのことか。いや強行軍?そもそもこの世界が日本に酷似しているとはいえ私の知ってる通貨が通用するかもわからなかったのに今気がつく。
どうする。お賽銭抜きのお参りなんて聞いたことあんまりないぞ。
でも無いものは仕方ないし、適当に持ってきても謎の硬貨発見で事件になりかねない。それにお賽銭とか気持ちだろうしだったら言葉で代替になるはずだ、大切なのは思う心であり金銭の有無は重要ではない。え、そもそもお参りじゃなくてお詣り?ええいこの際構わないでしょう仮に居たとしても私の部下みたいなものだし!
「行こう実束、私たちは神様だ」
「あっ、ちょっとキャラ戻った?」
「よく考えなくても作法は作法だけど作法でしかないし私は自在であるべきなんだよ」
「テンション上がってきたね汐里」
「私たちは初詣をしにきたんだ、それなら参ればいいんだ」
「はぁい」
確か2礼2拍手1礼だったっけ。いやその前に鈴を鳴らすんだ。
雪を踏み潰して、まだ誰もいない賽銭箱の前へ。
本来ならば賽銭を投げるところだけれども、生憎入れるべきものを持っていない。葉っぱを入れるより何も入れない方がマシってものだ。
伝われこの想い。縄を掴んで振る。
抜けた。
「はっ?」
「え」
掴んで振ろうとしたら引っこ抜けた。
タライが落ちてくる?いいえ当然落ちるのはくっ付いている鈴です。
けたたましく鈴の音響いて公衆の面前。
「……汐里、パワータイプ」
「いや流石にそれは無ぁぁってかみ、実束これどうしよう」
「どうしようかなあこれ……」
何故、何故抜けた。何故抜けてしまったの。そもそも抜けるような構造なの?もしかするとこの世界だとそれが普通なのか?鈴落とし2礼2拍手1礼……いやでも流石にそれは無い。だって賽銭箱の上に人落ちてきた。
人落ちてきた?
「人落ちてきたぁ!?」
「人落ちてきてる!?」
「人じゃないよ神だよ!?」
「神は私もだよ!……私だ!!?」
人というか神だった。
神というか私だった。
私というか……
「そう、私だよ私!自分で名乗るのもなんかむず痒いけど
「私じゃん!?」
「汐里が二人……いやえっと、向こうは確か汐里だけど汐里でもない人で……」
「いやまぁ私のことはともかく!エマージェンシーだよ慌てて飛んできたんだよ!」
「あなたが来るって相当な案件じゃない!?というか常ちゃんは!?」
「そうそれです常ちゃんです!」
「いつのまにか
——————。
私は、手綱を握らない。
例えるならばこれは水のよう。
例えるならばこれは煙のよう。
低いところへ流れていく。
風の向くままに流れていく。
そこへ少しだけの意思が備わり、少しだけの意図を持って動き出す。
私は彼女じゃない。
彼女の微かに残った要素を元にして、足りない部分は予想で補填して、細かい部分は曖昧にして。
そうしてできた彼女の皮を纏い、後は彼女となる夢を見続けるだけ。
これで合ってるのかはわからないけど、今の外の状況だと私が普通に過ごしてると違和感があると思うので。
ある種都合よく、私は彼女としてゆらゆら何処かへ流れていっているのです。
私の名前は
彼女とは、
個人の存在ごと消えかけの、偶然汐里に拾われた幽霊。
なんでそんなことを急に考えているかと言うと、まぁ、言ってしまえば今回は彼女に関する話なのです」
「知ってる風に語ってるけど実際は?」
「起きたら常ちゃんが私から居なくなってて訳もわからず私と実束がいるところに飛び込んだのでなーーんにもわかりません」
「ちゃんと話すのは初めてだけど、確かにテンションの高い汐里こんな感じだよね」
「外から見るとめっちゃくちゃ適当だね。……改めようかな」
「批判集めは日頼の役だったはずでは!」
その場を適当に誤魔化し(神様パワーで改変干渉やむなし)、初詣は中断。
私と実束と私……もとい
「いやでも、長らく常ちゃんをしてたから影響されてる面は少なからずあるかもなぁ……無意識の領域で」
「つまり、汐里と常ちゃんを融合」
「こんなんできましたと」
「栄吊紡の完成?……いやそんな話をしている場合ではなくてですね」
「そうは言っても、実際何にもわからないんでしょ?」
「まあ、はい……起きた瞬間そっちに行ったから、情報が何もなく……さっき独白風に語った通りだよ」
「あなたにわからないなら私にもわからないなあ」
「もしかして私ならわかる?」
「実束にもわからないと思う」「実束も無理だと思う」
「だよねぇー」
何も進まない会話をしつつ三人で屋上に降り立つ。
さて。どうやら慌てた
解決方法として有効なのはこれでしょう。ちゃんと喉が働いてくれるかは若干心配だけど、息を吸い込んでー……
「とーこーちゃーん!!」
私の声が響く。響く。
世界を内包した泡たちは四散したので、この空間は以前のような真っ白な世界。遮るものが無いからよくよく響く。
……響く。うん。
「一大事だ……」
「でしょー…?」
響いただけだった。常ちゃんだったら何処にいたって物理法則を無視して飛んでくるだろうに。
存在が消えてるならば、私がすぐにそれに気づいている。“常ちゃんは変わらず存在している”。……ああ、なるほど、だからこそ
誰かに捕まった?あの常ちゃんが?
拘束されたって抜け出すだろうし抜け出せなくてもさっと自害してリスポーンしそうなものだ。全く身動き取れなくてもこう、老化速度を早めたりして。
異常事態、エマージェンシー。初詣している場合じゃあなかったみたいだ。
「前みたいに暴れてるのかな?……というか確か、その……紡が居ないとまともに動けないんじゃなかったっけ」
「さっき言ってた通りにね。キャラクターとして確立するのに要素が欠損している感じで……色んなパーツで車が組み上がってるとして、私がいないと名前と掠れた設計図ぐらいしか無い、みたいな?」
「でも、今も常ちゃんは存在してるよね。……なんだか場所が特定できないけど」
別の誰かが
だから実束の言ったように暴れてる、ってのも考えにくい。暴れる身体がそもそも無い。
「わかんないことだらけすぎる……」
不明晰夢の頃もこんな感じだった気がする。
わかんないことが多すぎるけど、考えつつもその場その場で対応して、気がついたら黒幕の喉元まで……
「とりあえずみんなにも話を聞いてみよっか。急いで飛び出してきたからなーんにも聞いてないの」
「全く冷静じゃないね私」
「夢の中では熱いソウルが重要だからね私」
「……今更だけど」
不意に、実束が呟く。
私たちは私たちなので、まぁ同時に実束の方を向く。
「ん?」
「なぁに」
実束が、私の右手を握って。
あと
「ダブル汐里だ……」
「そうですが」
「両手に花するー?」
「もうなってる……」
「確かに貴重な機会ではあるね。こっちで紡が表に出ることなんてないし」
そもそも、私と
やろうと思えば会えるだろうけど、そうする理由が無いのでまず会合することのない二人である。
「記憶と人格は共有してるようでどこかしてない、それなりに共有してるぐらいなので私も汐里と思ってくれていいし、ちょっと紡として扱って欲しさもあるようなそんな感じです」
「じゃあ、どっちも好き」
ぐいっと引っ張られる。抵抗する理由はなかった。
「欲張りだ」
「人のこと言えるー?私だって随分と欲張りじゃないですか」
「夢の中ならね……夢の中ぐらい欲張りになっていいじゃん」
「100%確かに!」
「…………」
「実束?」「どったのん?」
「…………なんか……じわじわ幸せに溺れそうというか……」
「……そう言われるとこっちまで照れてきますが……」
「幸せ度はこっちだって負けてないと思う!」
「……えへ」
意識しないようにしているけれど、ぶっちゃけ今すごくくっつきたいです。あたまのわるい状況になってるのは百も承知。
普段からデレッデレになってる実束ですが今日のはなんというかしおらしいと言うか……それはキャパオーバーのせい?
ので、ここでここに溺れることなく私は屋上のドアに向かえるのです。くっつきながら。
まずは他の人に常ちゃんを見てなかったか話を聞きに行く。あとちょっと実束と添い寝もしたい。
ドアノブを捻る。
『いっっっっちゃついてんじゃないわよあんたらぁ!!!!!!!!!!!』
そして開けると同時に飛んできたのは日頼の怒号。
いつものように騒ぐ日頼は……透けてる。なんで?
「…………何してんの?」
『こっちの台詞よそして死んだのよ!というか殺されたの!』
「いつものことじゃない?」
『いつものことで片付けんな!良い?あんたらが一歩進んで1時間タップダンスみたいな真似してる間にこっちは非常事態よ!』
「えぇと、つまり何があったの?」
『ざっと言うと……栄吊常が暴れてるのよ!
……はい?
………………………………。
電気の点かない病院内を、私と実束、
実際幽霊らしい。常ちゃんとは違う方向に、もうちょっと分かりやすく。
そんな感じで……実束が先頭に立って、手をライトにして(ほんとにライトにして)進んでいる。
先程日頼がだーーっと吐き出した情報を思い返す。
ひとつ。
病院内が停電状態。
その異変に気がつき、ジャックをブレーカー(あると思ったらある)のある場所へ派遣したところ悲劇が起きたらしい。
ふたつ。
常ちゃん……のようなものが病院中に出現し、殺戮を行なっている。
ジャックは部屋から出た途端に“斬られた”。というか、殺された。
斬れない死なないのはずのジャックが、消し飛ぶでもなく斬られて即死したらしい。
続け様に日頼にも
それは逃れたと言えるのか……と言いたくなるけど、幽霊は殺せないようなので何気にファインプレーかもしれない。話を聞いた限り、包丁を当てた生物を問答無用で解体し殺せるような状態なのかもしれないので。
日頼が幽霊にジョブチェンジするにはそれこそ殺されるぐらいのきっかけがないといけなかっただろうし、こうして状況もわかるので後で健闘を讃えてあげよう。気持ち悪がられるかな?
ちなみに、私が初詣行く時に病院に鍵をかけたので出ることもできなかったらしい。“病院中に出現している”という情報は私が帰ってくる間に病院内を見回った結果とか。
私が扉を開けた瞬間外に出ることができるようになったようで、あの怒号というわけだ。
みっつ。
救助が必要な人たちが居る。
日頼も全てを見回れたわけでは無い。後残っている一人……
殺される前に助けないと。
それと、イベリスは危険に気がついた瞬間“消えた”らしい。おそらく、他人から自分の認識を消したのだろう。
今の常ちゃん……と思われる存在にも通用していれば良いけれど。ともかく、私からもそう簡単には見えないだろうから一人でうまく立ち回っていることを願おう。……案外、もう側に居たりするかもね?
こちらも一応救助対象だ。
ということで、私たちは暗い病院の中を実束のライトを頼りに進んでいるわけだ。
日頼は別に外で待っててもよかったのだけど、外も安全とは限らないとついてきた。それはまあそうかもしれない。
『なんであんたらはライト出さないのよ、できるでしょ?』
「この方が雰囲気出るかなって……」
『どこまでも腑抜けてるわね』
「余裕は確保しておかないと私たちは危ないんだよ、日頼。あって困るものじゃないし良いじゃん良いじゃん」
『どうせ余裕無くしたら無くしたでとんでもないことにするんでしょうに。ちょっと目を離してたら死んでたりしないでよ』
「それに関しては私が鉄心に誓って絶対にさせないから。むしろ、一番安全そうなの日頼だし周囲の警戒担当してほしいんだけど」
『言われなくてもしてるわよ怖いし。ていうか何よ鉄心って初めて聞いたわそれ。……まー、あんた達3人……2人?がいつも通りなのは確かに強みかもね……で、これどこ向かってるのよ』
「どこだろ……」
『はぁ?』
「実房さんの所へ直進したいのは山々なんだけど、なんかうまく捉えきれないの。
目を瞑って探ってみるものの、やはりわからない。
立体的な地図でこの病院を表して、実房さんとか実束とかを点で示すとすると……病院全域が何かに覆われていて見えない、と言った感覚。
空間内に濃い煙が満ちていると言えばわかりやすいかもしれない。
それは、異物だけど異物じゃない、中途半端な……
……うまく捉えられないけど、そんな感覚。
『加えて、
「そういうこと。……幸い、なんとなーくぼんやりわからなくもないから、その辺りをしらみつぶしかな」
例えば、今ライトに照らされて姿を現した、立ち並ぶ病室群とか。
「私が先行するから、汐里たちは後からついてきてね。日頼は……適当に」
「なんかそれっぽい除霊ビームとか出せない?」
『出せないわよ!そもそも幽霊が出していいビームじゃないでしょう!……いや出せるのか……?……もしもの時とかは出すかも』
「ファイトだよっ☆」
『初対面だけど初対面じゃないような妙な感覚だけれども、少なくともあんたのキャラがまるでわからないわ』
「わからないのが私だよ……夢の中ってそうでしょう?そうでしょう?」
『…………こうはなりたくないわね』
「そこは我ながらちょっとわかる」
「さらっと自己否定されたー!わかるよわかるよ自虐得意だもんね私だもんね」
ドン引きに重ねてドン引きした日頼を放置して、実束がドアノブを捻り、開けると同時にライトで中を照らす。
あるのは……ベッドと、戸棚。人も居なければ光も居ない。ハズレだ。
「……お姉ちゃん、大丈夫かな」
閉めて、次の部屋へ。
「常ちゃんがいくら加速しようと光速には勝てない……とは思うけど、実房さんだしね」
『やらかして命中するのは想像に難くないわね。それに、今の常は神出鬼没だし』
開く。誰も居ない、何も無い。次。
流れ作業だ。
「ああ、そうそう。常ちゃんのようなもの、ってどういうこと?」
『そのまんまよ。なんか妙に身体がぶれてたというかぼやけてたというか……いつもとは違う方向に言動も変だったわ。普段、会話は一応できるでしょう?あれは……壊れたラジオ?って感じ』
「壊れたラジオ」
結構な言い草だ。
脳裏にホラゲーで居そうな人型モンスターが浮かんでくる。途切れ途切れの騒音を撒き散らしながらコマ送りでガタガタこちらに迫ってくる系のやつ。
ほんとにそういうのだとしたら……対面したくない。しかも普通に危険なようだし。
「それってそれってつまり、ホラゲーでありそうなやつ?」
『ホラゲーでありそうなやつよ。斬られたら即死ってところも確かにそれっぽい』
「えー、やだなあ。私怖いの得意な訳じゃないんだけど……というか普通に死にますしリトライありませんし。実束は?」
「お姉ちゃんがホラゲー苦手だったから、そういうの見たことはなくてわかんない。……あれ、じゃあ今お姉ちゃん震え上がってたりして」
あり得る、というかその可能性が高い。
怖がった実房さんは何をするだろうか?動けないか、もしくは超高密度超高指向性の黒い光線をぶっ放すだろう。
私たちが巻き込まれる可能性すらある。そっちはまあ多分巻き添え喰らっても大丈夫だろうけど……
「それじゃあ、こうしてる間にも実房の光線がここら一帯薙ぎ払ったりして!」
『冗談じゃなくそうなりうるのが嫌ね……それこそ除霊ビームとかだったら私まで危ないじゃない』
……さっきから、ちょくちょく私の思考と
そうこうしている間に次が最後の扉だ。
「そういえば、紡はお姉ちゃんのこと呼び捨てなんだね」
「ん、うん。むしろ、基本みんなのことは呼び捨てだったはずなんだよ。うちの子だしね。ユメナカハイテンションな私と違って、汐里は不明晰夢での経験が強く残ってるみたい」
「まぁ、そうだね。実房さんは実房さんって呼んだ方がしっくりくる」
「なるほどなるほど……しかし、お姉ちゃんさ、紡に会ったらびっくりするかもね」
「あぁ、そういえばちゃんと会ったことないっけ?この状況だし、もしかしたら出会い頭に撃たれたりしちゃう?私初めましてで消し飛ぶ?」
「流石にそんなことは……」
そんなことは……
そんな……ことは?
…………。
「一応後ろに隠れてて」
「そうしまーす」
「まるでこの部屋に居るみたいだね」
そう言いつつ先行する実束が扉を開けると。
ふるふる震えて布団をまとって隅っこで縮こまってる実房さんがいた。
「……ほんとにいた」
「えっほんと?ほんとだ実房さんだ」
震えていた実房さん、実束と後ろから顔を出した私を見て、少しばかり振動数を減らす。
脳裏に浮かんだイメージは、ハムスターかモルモット。
「実束、と汐里ちゃん?……本物?」
「大丈夫だよ、本物だよ」
「はい、見ての通りちゃんと私たちですよ」
「そうです私も汐里ですharrow」
「……………」
震えながらすっと手のひらをむけてきた。
私は
「うごごご」
「えーっと、大丈夫ですからドッペルゲンガーとかじゃなくこの通り恐るるに足らぬ存在ですのでそもそも私と違って青いじゃないですか」
『何やってんのよ』
日頼がその後ろから顔を出した。
「……………」
めっちゃ震えながら手のひらが輝き出した。
実束は日頼を締め上げた。
「ストップストップお姉ちゃん、大丈夫だから見ての通り死んでるから」
「いいえ実束、どうせ誰かを乗っ取って襲ってくるわそういう相場に決まってるんだから人外キャラが最後まで味方なんてあり得ないよ消し飛ばさなきゃ」
「落ち着いてください実房さん、ほーら怖くないこわくない」
「息できないいきできない」
「というかここにいる人みんな人外だよお姉ちゃん」
『寸劇なのかマジなのか判断がつかないけどどっちにしろ収拾つかなくさせるのはあんたらの悪い癖だと思うわ!』
日頼が私含めて全員を強制的に正座させてその場は収まった。
「ポルターガイストだったんだね、日頼」
『なんかやろうとしたらできたのよ。……んなことはどうでもいいから、次はイベリスだけど……』
「イベリス、居る?」
……反応なし。
「居ないみたい。イベリスも探さなきゃ」
おそらく、イベリスは自身への認識を無くすことで身を隠してるんだろうけど、向こうからは当然こちらが見えるはず。
そうなれば、仮に今同行してるならまだ身を隠し続ける理由は無い。
『……って言ってもどう探すの?あんたでも探知できないんでしょ?』
反応は多分わかるはずなんだけど、認識をずらされると確かに私でもどうしようもない。目の前に居ても気がつかないのならこっちでも同じだ。
「原始的な方法しか無いと思う。歩いて呼んで探す」
「ホラゲーで言うとあり得ない方法ですねぇ。無数の徘徊者が居る中呼び回るなんて」
「それに、常ちゃんにも一度会いたい。何が起こってるのかいまひとつわからないから」
『今の常は危険よ。会った時点で細切れにされてもおかしくない』
「お姉ちゃんも汐里たちも私が守る。それでいいでしょ?」
「お願いするわ頼れる妹よ。……えっ、常ちゃんに殺されそうなの私たち?」
情報が追いついてない人が一人いた。
どうやら停電した時点で怖くなって縮こまっていたとのこと。幸いにも誰にも会っていないようだ。
「ただの停電でさえ妄想で自分の首を絞めてたのに、マジのホラーが身に迫ってるってことなのね。わかったわ。助けて実束汐里ちゃん」
事情を話した所直立笑顔でめっちゃ震えていた。太陽だった面影はもう無い。
回復の兆しは無さそうなのでとりあえず処置はせず放っておくことにした。
『……まぁ、仮に会ったらこうなるのも無理はないぐらいめちゃくちゃだったわよ。対話が通じるとも思えないし、実束が防ぎ切れるとも思えない』
「私なら大丈夫だよ」
『初見は見事に負けてたでしょあんた。今回も実質初見みたいなものよ』
「いいや、あの時より私はもっともっとどこまでも鉄になった。もう負けないよ」
『理由がわけわかんないのはさておき、気合いでどうにかならなそうで怖いのよ私は!』
「まーまー日頼、ここは一度遭遇してみるっきゃないって。百聞は一見にしかずとかいう言葉を知ってます?説得するより、実際に見てもらってほれみたことかする方が早いって」
「実束も、同じかも。より鉄になったと信じてもらうなら実行した方が確実で早いよ」
私たちの言葉を受けて、不満の残る顔ではあるけどとりあえず納得したらしい。つーんとしつつ腕を組んでいた。
まぁそれに、遭遇するとも限らない。少なくとも、最善で言うなら全員の安全を確保した後だ。
イベリスもだけど、常ちゃんだって救助対象だ。
「まずはできれば先にイベリスを見つけて保護する。その後、常ちゃんへの対処。いいよね?」
「……うん、それでいいと思う。私が先頭に立つ」
『なんにせよそうなるわね。わかったわよ』
実房さんもめっちゃ頷いていた。
そうと決まれば早速行動だ。実束が先に部屋を出て行く。
順番的に次は実房さんの方がいいかな……一番後ろは尚更怖いだろうし。
「実房さん、お次どうぞ」
「ひゅっ」
ちょうど目の前で細切れになるところだった。
「——へっ」
声が漏れる中、煌めくものが一瞬視界を白く塗りつぶす。実房さんの光ではない、実束のライトが、刃物に反射した光だ。
血すらも出ない。元々血なんて通っていない、はず。いや、スローモーションの視界で断面から血が噴き出すのが見える。なんで。
いや……いや、いや、それよりも、目が合った。
歪んで破れて乱れた造形だったけれど、
無表情で、バグった身体で包丁を振るい、事を為した後に次はこちらを向いて。
私の体が後ろに引っ張られる。鉄。
遠ざかって行く部屋の中で、常ちゃんが顔を歪ませたのを見た。
あははははははははははははぁぁぁぁぁぁぁあ あ あ あ あははきゃはっははははは/いぎゃあああはぁぁははふふはふふはふふっえへへへははははぁぁぁいぃーーひひひひひひははははははゃぎハハハハハフフハァハハハハハかふふはははははははははひ
笑っている。
加速減速逆再生割り込み反復、正常ではないのは確かでとにかくひたすらに笑っていた。
部屋から遠ざかるはずなのに一向に声が離れない。追いかけてきているわけじゃない、言うなれば声だけが追ってきているような。
とにかく。バグった何かを見た瞬間、私と
「ひたすら逃げて実束!!絶対に殺されちゃだめ!!」
「わかった!」
『ほら見たでしょ、あれ絶対実束でもどうにもできないやつよ!』
日頼の叫ぶ声に混じって、笑い声に混じって、喚くような呟きが聴こえてくる。
幻聴のようだけど、だけどこれは常ちゃんの声。
壊れたラジオ、なるほど確かに言い得て妙ってやつだ。ノイズ混じりで、途切れ途切れで、まるで聞けたものじゃない。
だけど、私も
「違う、そうじゃない!私たちが危ないんじゃない!」
「危ないのは常の方だよ!」
『はぁ!?』
直感がそう叫んでいる。根拠はいつものように後から追いついてくる。
「直感がそう言ってるの!今理由を考えてるからとにかく気をつけて!」
『ほんっとわけわかんないけど!あーもうとにかく私は先が安全か見てくりゃいいんでしょ!』
日頼が飛び去った後、ソリのようなものの手すりをしっかり握りしめて考える。
常ちゃんのあの様子、とにかく普通じゃなかった。歪み乱れ、バグ。紡が居なければ常ちゃんは車の設計図しかないようなものだったはず。
「設計図が勝手に暴れ出すわけない」
「暴れるんだったら車の方」
「設計図がおかしくなければ車も暴れない」
「設計図はおかしくなかった」
「無いはずのパーツ本体がやってきている?」
「でもバグってる」
「うまくパーツが設計図と合わなかった」
そう。そうだ。
常ちゃんの姿を思い出せ。
「似てるけど、違う」
「あの常ちゃんは違う、私たちの知る常ちゃんとは別の似た誰か」
「設計図にあんな常は描いてない」
「本来合わないはずだけど似てたから引き寄せられちゃった」
「本来合わないものが合わさって不具合が起きまくってる」
同じ部分があるから合わさった。
違う部分があるから歪む。
……合ってるかもわからない考えが次々と頭の中から出てくる。
いいや、これは合っている。見た瞬間私は答えを得ていた。
だって常ちゃんの物語を紡いだのは
「なんで解体してくる?」
「欲望のコントロールができていない」
「人格の形成も不安定」
「だけど人格はある」
「やりたいことは、ある……」
私たちが聞き取れた、あの一言。
“おかあさん”。
『……お母さん?』
「今の、常ちゃん?」
今度のは二人にもはっきり聞こえたらしい。
同じ部分があるから合わさった、違う部分があるから歪む……
この聞こえた呟きはどっち?
「常ちゃんのお母さんは、常ちゃんが殺してる」
「その後、悲しくなって、常ちゃんは自殺した」
今まで言動には出していなかった。
いや、
だけど、今常ちゃんからその言葉が出てきていた。
『それより……じゃ、無いかもだけど!どうして常が危ないのよ』
「ざっと説明すると……殺すのが楽しすぎて、自殺するか自分の記憶を消すかもしれない」
『どこからツッコミ入れればいいかわからないわもう!右曲がって、前は駄目そうよ!』
「私たちは生き返るかもしれないけど、常ちゃんはもしかしたら戻らないかもしれない」
「だから常にこれ以上殺させちゃいけなくて」
「だから、どうする?」
どうする。
『だから、どうすんのよ!追いついてきてるわよ!』
どうする?
後ろの
どっちが相応しい?
「本当なら私かもだけど……ほら、常もまた“あなた”との記憶の方が多いはずだし」
「……そうだよね。うまくいくかな?」
「大丈夫大丈夫、実質おんなじだって」
『待って、この先行き止まり……っていうか屋上じゃないあの扉!』
「汐里……!」
相談は終わり。
走る鉄のソリ、握りしめた手すり。
『どうす……』
私はソリに置いていかれる。
一瞬のことだろうけど、私の身体は宙を舞った。
迫ってくる殺意を逆さまの視界で眺めて、色々と合点がいっていく。
思考が追いついてくる。
「ほら、お母さんだよ」
常ちゃんを生み出したのは私。
一種のお母さんとも言える。
なので。私が殺されれば、その行動は常ちゃんの快楽より先に記憶を強く刺激する。
常ちゃんを構成しているものは、どうやら常ちゃんに似た“何か”らしい。
予想だけど。
“同じ”だから常ちゃんになれたけど、“違う”部分がおかしくてぐちゃぐちゃになってる。
常ちゃんも、誰かさんも。
だから、自分じゃない、って気づかせてあげるんだ。自分だ、って気づかせてあげるんだ。
ただの殺しなら楽しいだけ。でも、それが母ならば、話は違う。
しかし。
なんであれとりあえず私は死ぬらしい。斬られたら死ぬみたいなので。
どんな感じだろう、死ぬのって。
明かり一つ無い暗闇の中迫る殺意の嵐、その中で包丁が煌めいた——
あれ?暗闇で煌めくの?
「ぐえ」
喉からそんな音が出た。引っ張られた。
鉄じゃない、何かに服が掴まれて、煌めいた包丁は……止まってる?
逆さまの視界は、引っ張られて、引き戻されて、柔らかさに受け止められる。
「むぐ……」
……花の香り。
「イベリ、ぐむぅ」
そして喋らせてくれない。めちゃくちゃ抱き…絞めあげられている。窒息とまではいかないけど二酸化炭素過多にそのうちなりそうな勢いで。
「なんて——なんてことをするのですかあなたは!!ばかですか!ばかです!ばか!ばーーーか!!!」
いやでもほら、こうすればどうにかなるかと思って……
「ほんとにもう……もうもうもう!……考えて考えて、もしかしたら汐里さんが
代案?
そう、そうだ、そういえば常ちゃんが止まっていた。
イベリスから顔だけ解放してもらい、見れば……常ちゃんは、日の光に照らされて空中に佇んでいた。まだ歪み、ずれて、崩れているけれど、それは徐々に収まっていっているようで、視線は日の光に注がれている。
日の光。
イベリスの背中の方を見れば、屋上へ通じる扉は開け放たれていて、こちらを見る日頼に、実束に、
「あ」
見て、すぐにわかった。
私じゃなくてもきっとなんとなくわかるだろう。
だって。似ている。
……そうだ。今日、私と実束は『不明晰夢のような世界』を探して遊びに行っていた。
それならば当然、他にもあるはずなんだ。
「本人を探して、その人を知り、本当は連れてきたかったのですが無理だったので……少々無茶な使い方ですが、空間に認識を持たせて、再現致しました。喋ることこそできませんが……」
彼女が、手を広げる。
誰に?
「彼女こそ、
娘が動く。
母親
それぞれが自分に引っかかって、結局その場から動けなくなっていた。
『なに……これ』
「……常は、私無しで活動できるような状態じゃない。だから、私の代わりの誰かが入ってると予想した」
そう。設計図だけじゃ動くわけない。
だから動けるだけのパーツが揃ってるんだ。
「もちろん、私以外の誰かが常ちゃんになろうとしてもうまく行くはずがない。合うはずがない。でも、例外がいたんだよ」
必死に母親に手を伸ばす誰か。
怖がるような表情で身を引く誰か。
だけど、どちらもが誰かじゃない。
「今常を構成しているのは、栄吊常。でも、違う栄吊常。常が居た世界、
『そんなこと、あるの?』
「現に目の前でなってるよ。……常は空っぽだった、っていうのもあるけどね。でも、強い同じ気持ちが互いを引き寄せあったんだと思う」
『じゃあ、どっちが、どっちなのよ』
イベリスに離して貰って、動けない常ちゃんへ近づく。
……私は常ちゃんがどうやって死んだかを知ってる。
だから、それだったら、母親を目の前にした時、常ちゃんはどうするかもわかる。
手を伸ばし、既に死んだその手を握る。
「あ」
幽霊が音を漏らす。握った手から、薄くもやのようなものが、常ちゃんを包み、
誰かは、母親に抱きついた。
私は常ちゃんを抱きしめた。
「あ、ああ、あ、あ」
「大丈夫。大丈夫だから、常ちゃん」
震える常ちゃんを優しく撫でる。
気休めの言葉じゃない。根拠がある。
「でも、わたしは、でもでも、でも」
「大丈夫なの。私は書いたから知ってる、それに私が書いてなくても、あの人は同じことを思っていたから」
「わたし、
「大丈夫、大丈夫……」
混乱……そもそも、混ざってバグを起こしていた直後だ。
今、この子は
要するに、今までは再現しきれず感じていなかった様々な感情を処理できていない。
いや、そもそも、処理なんかできるもんか。この子は、小学生にも満たなかったはずだ。
「……あなたは、殺さなかったんだね」
違う誰か達は抱き合ったまま身体がぶれだしていた。
「殺さなかった、そして死んでもいない。……バグるわけだよ、常とは決定的に違いすぎる。あなたはただ単純に、ごく普通に、お母さんに会いたかっただけだった」
そして常ちゃんは、母親を殺したことを酷く後悔している。
自死を選ぶほどに絶望したんだ。
そしてこうも思っていたはず。もう一度会いたい、って。
今回の顛末はそれだ。そこだけが一致した二人が引き合った。
二人分の、殆どが一致しない二人分の意識はまともに機能せず、強い感情、強い欲望だけが好き勝手暴れるような状態になっていた。
会いたい、だけど会えない。会えるはずなのに会えない。悲しい。悲しさを埋めたい。楽しいことがしたい。楽しいことってなに?嬉しいことってなに?
ころすこと。
……だけど、いざ母親を目の前にした時、常ちゃんは恐怖を覚えた。
後悔、そして罪の意識。謝りたい。でも取り返しがつかない。
謝ってどうするの?だけど。怖い。会いたい。でも怖い。
それが今、私の腕の中で常ちゃんが震えている理由。
「お母さんは、常ちゃんを怒ってないよ」
「……っ、………ぅ……」
事実を背中を撫でながら伝える。
落ち着くまではこうしていてあげよう。私が触れていれば、
そして
解決だ。
ジャックも実房さんも殺されはしたけど消滅はしてない。その辺を漂っているだろうから後で戻してあげないと。
……今回の騒ぎの原因は、多分私が不明晰夢に
そこから可能性が広がって、私たちの中で最も大きかった気持ちに反応して、とんとん拍子に現象が繋がっていった。
そんな風にすぐさまなるもの?とも思うけど、それほど常ちゃんのお母さんに会いたいって気持ちが強かったってことなら何にも不思議なことじゃない。
無自覚に、無意識下で肥大化していた感情だったのだろう。
そして私たちにとって重要なのは、できるという認識だ。精神論が現象に直結する。幽霊の身なら尚更……きっと
……というか……常ちゃん、それほどまでにお母さんに会いたかったんだ。
私としては会わしてあげたいけど、常ちゃんは不明晰夢出身なのが色々と複雑にさせてる。それに常ちゃんの今の存在にお母さん……優の殺害が必須になってしまっている。
今から栄吊優を作ることはできるけど、それは常ちゃんのお母さんではない。
だから、あの願いを叶えてあげることは難しい。
難しい、けど。
私は今は神様で、そして何をしても贔屓になるのなら、何をしたって結局変わらない。
私はこの悲しみを知った。それだけで充分、理不尽を振るう理由になる。
この程度の障害なら、無理やり突破できる。
「ねぇ」
「ん。……うん」
やっぱり同じ思考を回していたみたい。
会話を交わさずに頷いた私たちは、二人で常ちゃんの手を取る。
「?」
二人で口を開く。
常ちゃんの願いを叶えるため、言葉を使って送り出す。
『
「……?」
泣き腫らして、でもきょとんとして常ちゃんが首を傾げた。
「?」
私も首を傾げた。
「?」
紡も首を傾げた。
「?」
他のみんなも首を傾げていた。
なん…………なんだって?
今、なんて言った?
家に帰ろうって言ったのか?
目の前にいるこれは、私なのか?
「ちょっと待って私、なんて言った?向こうってまさか、常を都合の良い世界に送り出すつもりだったの?」
「紡こそ、帰るだって?事件は解決したけど常ちゃんはまだ何も救われてない、まだ何も終わってないんだよ?なのにこれでいつも通りに戻るつもり?」
踏み出す。
「常はここに居た方が良いに決まってる。ずっと一緒に居るんだから当然でしょ?第一送り出すどこかにいる優は常のお母さん本人じゃないんだよ!」
向こうも踏み出す。
「私たちだって近い存在だけど母親じゃない。私たちじゃ駄目なんだよ、仮でも、本人じゃなくても、母親は母親だよ。さっきの反応を見たでしょう?」
「でも、だけど!それでずっと常がそこに居ることになっちゃったらもうお別れになっちゃうじゃん!そんなのやだよ私、
「当然寂しいけどその方が良いならその方が良いに決まってる。紡だって私の言ってることわからないわけじゃないはず」
「汐里だってわかるでしょう!」
「じゃあなんで……分かってくれないの!」
思考も同じだったはず。
なんで?あなたは誰?
いや……わかる。思考も繋がってる。同じ。確かに紡は私。
だけど。
意見が割れている。
譲る気も、起きない。
譲っちゃいけない。
「
「
「寂しいくせに!」
「あなただって自分のことばかり優先しておこがましいよ!」
「そんなの分かってないわけないでしょ!でも嫌なのは嫌なの!自己犠牲を美談になんてさせない、私が私に優しくしないで誰が優しくするの!」
「優しくした結果がこれなの!私は常ちゃんを放っておくなんかできない!」
「そうやって自分を蔑ろにして!私が泣いちゃうよ!?」
「っ……泣けば、いいよ!存分に!結局泣くのは私だし!自己中の極みみたいな思考で
「な、ぅ、それ、だって自己中じゃん!勝手に、自己犠牲される方もよっぽどめいわくってこと忘れようとしてない!?」
「だけど、それでも、あなたよりは」
「ほら、ほら自分を大切にしないから、そうやって」
「ちがう、ちがう、これはあなたが」
「私のせいだって、あなただって私を」
譲っちゃいけないのはなんでだ。
こんなの私同士の自問自答なのに。
どちらも私で、どちらもきっと正しくて、どちらも通るべき話で、だけどどちらかにしか傾かない。
だったら、ここで“勝った”方の私の意見が、通るべき——
「ふふっ」
意見の、はず、なんだけど。
声を荒げる私たちの耳にも何故か通って聞こえたその、小さな声。
「ふたりとも……なんでそんな、泣いて……あははっ」
今度は私たちがきょとんとする方だった。
「確かにね、常ちゃんのことを想ってるのはそうだけど」
肩に手が置かれて、紡から引き剥がされる。
『ほんと、あんた……らは周りを置いていきすぎなのよ。ちょっとは落ち着きなさいよ』
紡は日頼に引き剥がされてて……ようやく思考が動いてきて、落ち着いていく。
私は、実束に止められたんだ。
「…………そう……だね。ごめんなさい」
なんで二人……一人で盛り上がってたのか、色々思考することはあるけど……それはまた後。
私が訊く前に常ちゃんは語り出す。
「もう、二人が変なことするから寂しくなる雰囲気じゃなくなっちゃった」
泣き笑いのような表情……いや、私も今泣いてたんだっけ。
……みっともない。袖で目元をぬぐう。
「……落ち着いた?」
「お姉ちゃん達こそ。私が泣きたかったのに、あんな中じゃ無理よ」
「返す言葉もありません……」
同じく。
一瞬別れた私たちの意見は再び統合された。
「それで……うん、心配しないで。寂しいけど、お母さんと会うべきなのは、私じゃなくて、ちゃんと死んだ私だもん」
「本当はもう整理はついてたけど、ちょっと、我慢できなくて。ごめんなさい」
常ちゃんが頭を下げる、のを私はやめさせようと手を伸ばしかけた。
止めるべきじゃない。謝る権利、ってのも変だけど、私たちはそれを受け取らなきゃいけない。
だって結果的にはなだめられたけど、暴れ散らかしたのは私たちもだし。
あんなつもりじゃなかった。
「うん……大丈夫、私たちこそごめんなさい」
「それで、常はどうしたい?」
「どうもなにも、私はもうここが居場所だよ。ほら、私はそもそも、幽霊になってないんでしょう?」
……そう、私が書いた話だと、常ちゃんは自殺を選んで、それで終わり。
不明晰夢で私がその後を拾い上げただけだ。
いわば、二次創作。
「私は、これでいい。ここでお姉ちゃん達と一緒にいるのが私なんだから。あ、でも」
「?」
「いっこだけ、お願いがあります」
………………………………。
騒動も収まって、私はまたいつも通りの日常に戻る。
他はそうでもないらしいけど、私は違う。
というか……あんな中に居たら面倒なことになるに決まってる。
ただでさえ一緒にいるとうるさい汐里が、増えた。
「ねぇイベリス」
「ご用事でしょうか
「結局、常に何が起きたのよ」
「理解していなかったのですね。では仕方ないので
「あと、今更だけどあんたそんなだったっけ?」
「日々
「実房?……あー……確か、オレンジジュース飲んだとか言ってたやつ?」
「はい。不確定で構成された世界のものを身体に取り込んだ結果、不確定が身体に感染し、汐里さんの観測外になったのですが……常さんについてもほぼ同じことがおきました」
「あぁ、常みたいなやつを引き寄せてたわね。それで暴走した常に私が殺された」
「災難でしたわね」
「災難だったわよ。で、なんで汐里が増えたのよ」
「正確には紡さん、ですね。紡さんは夢を見ている時の自分を別の自分と認識しただけの存在だったようですが、そうしている内に半分一人のキャラクターとして独立したみたいです」
……あの夢の終わりぎわが頭に浮かんでくる。
「……段々思い出してきた。いや、思い出したくないから忘れてたんじゃない私の馬鹿……」
「あはは、酷い目に遭ってたと話には聴いています。汐里さんを独占なんかしようとするからそうなるんですよ」
「あんたもあんたで私のキャラだったはずなんだけど?」
「はい、
「…………まぁ、とにかくそれは後にする。で、続きは?」
「そうですね……常さんが汐里さん方にしたお願いについて話しましょうか。ざっと言うと、自分が存在に足りない部分を補ってもらった、といったところです。今までは紡さんが代わりをしていましたが、今はもう常さんだけで独立できています」
「独立してるから……あぁ……もう常の代わりをしなくていいからあいつ単体でこたつに入ってたのね」
「その通りです。というか、常さんの願いは実のところそれが目的だったみたいですね」
「というか、なんで今までそうしなかったのよ」
「不明晰夢であの幽霊というキャラが確立したから、だと思います。もし独立させるにしても、1からの作り直しになる可能性が高く、実質的に別のキャラクターになる危険があったのでしょう」
「でしょうって、予想?」
「予想です。しかし信じていただいて構いません、自分で言うことではありませんが私はイメトレで汐里さんの思考トレースに成功していますので」
……こんなキャラになるはずじゃなかったんだけどな……
「つまり、常さんは不明晰夢に縛られていた、と言えます。ですが、今回の騒動で不確定要素が混ざり、そして常さんは別の自分によって本来の自分を取り戻しました。あの時の状態をそのままコピーすれば、独立させることは容易なはずです」
「何より、あの常さんは、常さん自身が望んだものですから」
自分で望んだもの。
実房の騒動の時に、私たちも実房と同じように汐里である、ということから解放されて自由になったはずだった。
結局私は特に変わらなかった。いつも通りだ。
「みんなみんな、変わってるんですよ。それぞれが、望む通りに行動を起こしたのですから」
「常は、望んでああなったと」
「
「……そうじゃなくても、あの中に居たいとは思わないわ」
「呼んだ?」
呼んでないのが部屋のドアをぶち破ってきた。
「………………」
「紡さん!おはようございます」
「私もいるよ」「わたしも!」
汐里に常。今回の主犯と副犯コンビ。
更にまだ寄ってくる気配を感じる。
「ケーキ作ってみたんだよ日頼、常がなんとお菓子作りまでマスターしててさー」
「おかあさんはばんのうだったのです」
「常ちゃんも万能なんじゃないかな……?」
私の部屋に雪崩れ込んでくる混沌を避けるために、私は布団を頭まで被った。
本当に、本当に、うるさい。
いっつもいっつも私を振り回すんだから。
「蹴散らして、ジャック」
無謀な命令を下すと、多分布団の外でジャックが現れて突撃した。
多分光でかき消された。
……周りが自分で望んで変わって、私はいつも振り回されているだけだ。
ほんとにやめてほしい。
なんか、しなきゃいけない気がして……焦るじゃない。
不明晰夢 葉月マロン @ishi56
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。不明晰夢の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます