眩しい姉の話 停滞の崩壊・後





「みなみなさまがたようこそいらっしゃいました。こちらはわたしがこのてでつくらせていただいたりょうりのかずかずでございます。たとえばこちらはえびふらい。そのとなりにはえびてんがあります」

「……色々聞きたいけど、まずなんで常ちゃんがこんな準備をしてるの?」

「なんかそるてぃーだ・たいようさんがわたしにかたりかけてるきがしたので」

「多分それ本当に語り掛けてたと思うな……」


お姉ちゃんが送ってきたと思われる手紙を見て、とりあえず汐里の部屋に行こうと扉を開けたら大きめのテーブルに料理が色々置かれたパーティ会場。

飾り付けまでしてある。カボチャとかの意匠がどことなくハロウィンを感じさせるのは謎だけど、ともかく全部常ちゃんがやったんだろう……お姉ちゃんに言われて。

程なくして日頼も会場に入ってきた。


「みなみなさまがたようこそいらっしゃいました。こちらはわたしがこのてでつくらせていただいたりょうりのかずで」

「状況を」

「お姉ちゃんに言われてパーティ会場を作った常ちゃんが定型文を話しているんだと思う」


まだ喋ってる常ちゃんは放置しておいて、見れば日頼もあの手紙を持っていた。

となると、他の人も同様だろう。

イベリス、ジャックも日頼の後ろから出てきて……そして、あと一人がこの部屋に近づいてくるのがわかる。

久しぶりだ。


「おはよう」

「おはよう、みつ……ふぁ」

「もしかして、ずっと寝てたの?」

「寝てた……とも言えるかなあ。無意識状態で閉じこもってたから……」


汐里は、こう見えて起きる時は瞬時に起きる。オンオフの切り替えがとても早く、普段眠そうに見えるのはだらけてるだけ。

つまりは、眠そうな今の状態はかなり珍しい。


「なんでそんなことしてたのよ」

「色々事情がありまして……というか、実束にはともかく日頼にも来てたんだねそれ」


やっぱり汐里もあの手紙を受け取っていた。

手紙と言っても、“パーティのご招待よ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!”以外には何も書かれていない雑っぷりなのだけれども。


「そしてえびてんのとなりにありますはえんびふく……あ、おねえちゃんだ。はろはろーはろはろーきかんげんていれあきゃらだね」

「常ちゃんも久しぶり。準備がんばったね、おいで」

「そういわれてはわたししごとをほうきしうごくしかありません。わーいっ」


汐里にわしゃわしゃされている常ちゃんを見るのも久しぶりだ。というか、こうして不明晰夢出身が全員揃っているのが珍しい。私は汐里のそばをあまり離れないし、常ちゃんは放牧だし、日頼は引きこもっているし……

……いや、お姉ちゃんは今は居ないのか。


「常ちゃん、太陽はみんなが来たらどうするように言ってた?」

「ふおおおお……たしかじゅんびができているのならばそれぞれてきとうにおすわりくださいみたいなこといってたよ。あ、でもとんでたのでわたしのせきをよういすることをしつねんしていました」

「じゃあ私と一緒に座ろう?みんなも、立ってないで座ろ座ろ」


最初に汐里と抱き抱えられた常ちゃんが座る。座ってしまう。


「ちょっと……これ、従って良いの?実房はあなたを殺そうとしてるのでしょう?」

「だったら日頼は平気ってことだよ。イベリスはもう座ってるよ?」

「そこのじゃっくも」

「なっ……」


イベリスは汐里の隣。

ジャックは適当な席に、と思いきや見れば目の前に肉塊が置かれた席に座っていた。めっちゃ切っている……斬っている。楽しそうに斬っている。

そういえば、そういう趣味があったんだっけ。切り裂き魔ってやつ?


「あんたら……主は私なのよ?忘れてない?」

わたくし達にも招待状が来ていたので……客人としては平等の扱いであるべきと思いまして。この時点でわたくしは今従者としてでは無くわたくし個人としてここにいるべきと判断しましたわ」

「おいおいリベルタ、この肉は俺に斬られるためにここに置いてあるってことがわからねェのか!?」

「あのおにくにかんしてはおとなしくさせるためにはいちしました」

「……それに関してはナイスと言うしか無いわね……はぁ。わかった、わかったわよ。私を危険に巻き込んだりしないでよ」


ぶつくさ言いつつ日頼も汐里の前の席に座って、後は。


「さ、実束も」


私の番。

汐里の右隣がまだ空いている。そこに座るべきだと、直感が言っている。

結局のところ……一周する太陽を数えて30回、おおよそ1ヶ月の間自分を見つめ直してみたけれど、やっぱり汐里が好きってことは変わらなかったし、そういうことになるべくしてなったんだ、という結論に至った。

確かに最近は過剰かもしれない。だけど、それは大切だからだ。そうあるべきと私は自分を決めたんだ。この重さは、必要だ。


だって私、鉄ですもの。


……そんななので、日頼の言っていたことも間違ってはいない。お姉ちゃんは汐里を殺そうとしていて、このパーティーもその企みの一端のはずだ。

思い通りにさせて、良いのだろうか?


「実束」


汐里の声、目。


「……ん」

「大丈夫だよ」


大丈夫。

……困った。汐里の表情は、諦めてるでもなく、穏やかなものだった。

信頼してるってことだろう。そうなると、私も思考を変えざ————


「そうそう、みおはおもってるようなことしないはずだよ。それはわかっているでしょ?わたしにはかくしんがあるよ、ふぬけたけっかにしかならないって」

「常ちゃん常ちゃん、キャラ違う」

「おっとっとっと、これはよろしくない。じつは私は栄吊常本人ではなく夢の中の汐里のアバターたる織潮おりじおつむぎが常の真似をしているだけということがばれてしまうところだった。せーふです」

「インフィールドフライじゃないかな?」「私その話知らないんだけど?」

「ああ、そういえば日頼はあんまり知らなくても良い情報だと思ってちゃんと話してなかった」

「私をなんだと思ってるのよ」

「……愛すべきサンドバッグ?」

「それは愛なの?」

「それじゃあ普通に愛そうか?腕の中においで」「おいでませ」

「刺されそうだから遠慮するわ」

「照れちゃってもー。……真面目に言うと、本当に愛してはいると思うよ。あなたは私が嫌うタイプだけど、私の中に存在してる部分でもある。気兼ねなく針を向けられる対象って貴重だし、自虐が得意なのはわかるでしょ?」

「いじめっ子の思想じゃないそれ?まぁ……もう、変に優しくされてもどこかおぞましいだけではあるけど……」

「日頼も必要な存在だよ」

「……本当におぞましいからそういうこと言うのはごく稀にして」

「はいはい」


————脱線、脱線。

真面目に悩む自分が馬鹿らしくなってしまった。

……お姉ちゃんは思ってるようなことしない、って信じてみよう。

汐里と同じように、だけど妹として。


「ん!」


いちゃつく2人の間の空気を吹き飛ばすように汐里の隣に腰を下ろした。


「汐里は私のだからね。そのちょっと良いかも的な顔は修正するように」

「なっ……根も歯もないこと言わないでくれる!?まるで私が……いやもうあらゆる事が墓穴だわこれ何も言わないからぁ!」


顔を伏せてしまった。これでよし。


「汐里も、事実だとしてもあんまり甘やかしちゃだめだよ。調子に乗らせるときっと謀反を企てる」

「はーい。でも、みんなが実房さんみたいに自主的に動くのも悪くはないかも」

わたくしはずっと自主的に動いていますし……後はジャックと常さん?」

「わたし、じつはずっとおねえちゃんをさしてみたくて」

「うーん、血みどろにしかならなそうな組み合わせ!」

「でも私鉄だから血は流れないよ」

「私も光だから問題無いわ」

わたくしも、とりあえず認識を弄れば被害は免れるかと」

「私は論外、そこで肉斬ってるジャックはおそらく斬れない」

「そしてわたしはきれたらけむけむりなので、ちみどろようそはなし。となると」

「死にそうなの私だって言いたいの?ええ悔しいけどそんな気がするわね!」


ラスボスとしての格はぶっちゃけ低いんだと思う。かわいそうに。


「おい幽霊!肉追加しろ!斬るもん無くなっちまった!」

「あらきれいなきりわけ。さしみとかつくるのむいてるのでは?」

「刺身ィ?いいぜ、やってやんよ」


追加されるは巨大なマグロ。生臭さとか凄そうだけどそこはご都合空間ってことかな?

常ちゃんが切り分けられたステーキをそれぞれに配る最中、ジャックはマグロの解体を始めた。

……雑なキャラだ。


「お魚駄目な人っている?というかこういうパーティーに生魚ってどうなのかしら、今更だけど」

「私はお魚も好きなので大丈夫ですよ」

「ステーキと刺身という混沌さ……実房さんらしいといえば実房さんらしいですわね。わたくしも大丈夫です」

「私も。お姉ちゃんは知ってるだろうけど」

「じゃあ大丈夫ね。ちなみにイベリスは何もしてないから」

「え、わたくしですか?はい、確かに何も……あっ、あぁぁーー!!」

「……えっ?」


当たり前のように。

居るから。


「あ、あんたいつのまに……というかどういうことよこれ!」

「さっき、さらっと出現してたけど面白そうだから黙ってました」

「そっちじゃない!」


全然気づかなかった。というか。


「おかしいでしょう汐里!見なさいよ、外!」


まだ居るはずが無いから、なおさら。

何故ならば、だって……


「“あれ・・”、あんたじゃないの!?・・・・・・・・・・


壁にかけられている時計が指すは午前9時。

窓からは日光・・が部屋の中に差し込んでいて。

日頼の問いかけに対して、いつもの制服を着たお姉ちゃんは。


「ええ、そうだったわ。でも今はもう私じゃない。だって私はここにいるでしょう?遠隔操作でもないわよー」


と、すっかりいつもの調子で喋っていたのだった。



………………………………。



実房さんが帰ってきた。色んな意味で。

パーティー会場に突如しれっと自然かつ不自然に出現した実房さんからはもう殺意的なものは何も感じない。

じゃあ、あの発言は嘘?


「それじゃあえぇっと、実房さん。これだけは先に訊きたいのですけど」

「はいどうぞ」

「私を殺す、っていうのはどうなったんですか」

「それはもう、見事に上手くいったわ。目的は十全に達成して、後はおまけでパーティーも開いたって訳よ」

「なおつくったのはわたしです」

「うん、急なお願いで動いてくれてありがとうね。ハロウィン仕様もばっちり。ご褒美に光速なでなでをあげましょう」

「さつじんてきなかそくをずじょうでかんじます!!!!!」


うぅーーん訳がわからない。というのも考えちゃいけないから考えてないだけってのも大きいけれども。


「私、死んだんです?」

「まだ死んでないわ。だけど、将来必ずあなたは死に至るでしょう。理由は……ああ、考えちゃまずいんだったわね。じゃあ、ゆっくりいきましょ。この海老天でも食べながらね」

「待ってよ、じゃああの太陽ってもうあのままだっていうの?これが終われば消え去るって思ってたのに!」

あるじ様、まだ諦めていなかったのですね。二週間ほどで引きこもり始めたので受け入れたのかと」

「心が折れただけよ!……ジャック!マグロよこしなさいマグロ!こうなりゃ全部食い尽くしてやる……!」


後でお腹壊しそうだな、日頼。……あっ、私がそう思ったら確定じゃん。

まあ自然だからいっか……私もなんか食べよう。


「実束も、とりあえず食べよ?」

「……わかった。うん、わかった。色々思うことはあるけど、全部聞いてからにする……ん!」

「はい」


唐揚げ一つを実束に与え、私もおひとつ。

あ、これ好きなタイプの唐揚げ。お肉がぱさぱさしてなくて、脂身?が良い感じに入ってて……うーん、良い。とても良い。


「しゅさいしゃさまはたべないので?」

「私は説明の義務があるからね。それに、総仕上げもしなくちゃ」

「ふむふむふむ、ならばわたしがかわりにたべましょう。ばばばばばいそくで」

「ちゃんとみんなの分は残すのよー。……さて。まぁ、率直に言うと、私はこの世に“1日”を作りたかったのよ」


1日……日が昇り、日が沈み、また日が昇るまでの周期。

確かに、実房さんが太陽になってから、わたしは懐かしい気分になっていたと思う。きっと実束たちも。


「となれば、太陽と太陽の浮き沈みが必要になるでしょう?だから太陽になりました」

「そしてその太陽に何度も炭にされたわ」

「太陽に立ち向かったらそりゃ消し飛ぶのみよ。それにすぐ落とされちゃ困るもの、悪く思わないでね」


まあそりゃ生身で向かったら消し飛ぶのみだね……生身じゃなくとも。だって太陽である以前に実房さんの光だし。


「……お姉ちゃんが太陽になって、この場所に1日ができた。それはそうだったけど、じゃあ今ある太陽って?」

「正真正銘、太陽よ。私が作る偽物ではなくてね」


サイコロステーキを食べながら、その意味を考える。考えてしまった。

だけど、多分頭に浮かんだこれは“合ってる”。1+1=2、ってぐらいには合ってるはず。


「私が毎日を毎日演出し、太陽になることに徹し、汐里ちゃん達は1日を習慣として認識したのよ。そこにあるのが当たり前、って風になるまで一月ほどかかったわね」


私たちは、そこに太陽があることを認識した。

それが当たり前ってことは、当たり前に存在するということ。


「……私たちが、っていうか汐里が太陽を無意識に作ったってこと!?私ずっと消し飛ばすこと考えてたのに……!」

「口ではそう言っておられますが、あるじ様の認識は正直なようです」

「まぁ、消しとばすって考えること自体、存在を認めているようなものとも言えるかしらね……」


そんな風に、気長な試みによりじっくりと、実房さんは1日の流れを作ってみせた。

新しく付加された1日。

そして私の確定された死。

……繋がってきた、気がする。これは確かに、私は死ぬかもしれない。


「お姉ちゃん」

「なぁに実束」

「なんとなく、わかった。お姉ちゃんは、今のこの場所が前に進むように仕向けたんだよね」

「……大正解。察しが良くなったわね」


実束もおそらく同じ答えに辿り着いていたみたい。


「1日を認識すれば、ループ・・・でもしていない限りこの場所は前に進む。ここには、汐里以外の他人がいるから。変化は続く」


いつしか現れた壁掛け時計、“時間”は少し経って9時20分ほどだ。


「つまり、時間が経っている・・・・・・・・。有って無いような、無くても問題なかった時間が、意味を持って進んでいる」

「そう……そう。そういうことなの」


と、なれば。

確信を持って口を開く。


「実房さんなりの殺し方とは、老衰のこと」

「ええ。時計の針は動き始めた。変化の果てに……必ず、汐里ちゃんは死へ辿り着ける。必ずよ。私はそう信じているし、確信してる」


老衰。老衰。

考えてもみなかったこと。私が、時間によって、老いて、朽ちていく。

だけれど……遠いことのように思っていても……確かに、いつかは来るだろう。確かに。

そして、違和感だ。今の話をしていても、太陽ができて初日の日頼の言葉に対しても感じたものと同じものを感じる。

その正体は多分、“動機”でわかるはず。


「方法はわかったけど……でも、やっぱりわからない。お姉ちゃん、どうしてそんなことしようとしたの?」

「私は、全てを話してはいないけれど、嘘も同様に言っていないわ。私は姉として、汐里ちゃんのことを考えて……今のままじゃだめだと思ったの」


咀嚼、嚥下。

ひと息ついて、実房さんと目線が合う。

来る。


「汐里ちゃん。あなたは、人間?」


…………。


……なるほど。


なるほど。なるほど。

投げかけられた質問で、違和感が形を成してその実体を現す。

そういうことか。確かにそれはそう。


「どういうこと?汐里が人間な訳ないでしょ」

「良い反応よ日頼ちゃん。期待通りだわ」

「はぁ?」

「私が言っているのは、実際どういう存在かではなく……精神性の話」


私は今こうして思考している。変わらず。

変わらず・・・・

世界がこうなる前から・・・・・・・・・・、変わらず・・・・・

以前との違いは何を知っているかだけだ。

私は変わっていない。だけど、それが問題なんだ。


「便宜上、汐里ちゃんは神様として今ここにいる。だけど、そう決めてからあなたは根本的に何か変わった?それをやることにすると決めただけで、あなたの心はただの人のままじゃない?」

「人とはかけ離れた怪物でもない。人からかけ離れた神様でもない。不明晰夢の中と同じ、夢を見始める前と同じ、あなたは睦月むつき汐里しおりただその人のまま」


そう。

死なないけど、変わらないけど、私は私のまま保存されている。


要するに、私は人外たる神様らしくないんだ。


「……だから今すぐ神になれ、人でなしになれ、なんて言わないわ。そんな神様だって居ても別にいいとも思うから。だけど、少なくとも私は今のまま放っておいたら危ないと思ったの」

「きっと、老いない。死にたくなっても死にたくないから死ねない。だけど……確実に擦り減っていく。あなたは人並みに人の心を持っているのだから。あなたの心は、あなたの身体ほど不変ではない」


……だから……

いや。

思うだけにはしない。


「だから、私を殺そうとしたんですね。時間という毒を私に仕込んで、ゆっくり、適応して変化して死ねるように」

「……そう。それが全て。擦り減って心が死んでいく最期なんてあんまりよ。それに気が付いた時点で、私は動くしかなかった。最悪、私という存在が拒絶される結果になるかもしれなくてもね」

「それは……無いよ、お姉ちゃん」

「あら、そう?見事に殺しにかかってきたけれど」

「それはほら、死んでも死なないってわかってたからだし……それに、例え汐里がお姉ちゃんを敵視したとしても、きっと私は汐里とちゃんと話すよ」

「そう、なの?」

「そうだよ。きっと……絶対にそう。考え直してって言う。その結果がどうなるかはわからないけど……だけど、そう簡単には納得しない。今回のことだって、汐里を殺すなんてそんなことしないってずっと思ってた」


実房さんは、見れば少し驚いたような顔をしていた。

意外だったのだろう。こんなことをしでかす癖して、自己評価は基本的に低い。


実房さんは姉キャラであることを思い出したと言っていたけれど、後半での力不足なりの工夫を試みる実房さんも、また実房さんであることには変わりない。


「私、自分を見直してみた。何も変わらなかったよ。私は変わらず汐里が大切で大好きで、私は変わらずお姉ちゃんの妹だった。……お姉ちゃんも、いつも通りお姉ちゃんだった。一人で色々勝手に心配して、一人で色々頑張っちゃう、お姉ちゃんだよ」

「実束……一人で頑張っちゃうのはあなたもよ」

「つまりそれはしまいってことなのでは?」

「……確かに」

「……そうかも」

「ふらっとさしこみしんりをついてきりさく、さかづりとこがおおくりしました。ひきつづきぱーてぃをおたのしみます」


常ちゃんは料理の海へ潜っていった。


「……実房さんのやりたかったことはわかりました。どちらにしたって、その死はまだまだ先のことになりそうだけど」

「早いに越したことはない、って思ったのよ。このまま先へ進んだら、腐っていくだけな気しかしなかった……っていうと、言い訳かしらね。思惑通りとはいえ、この一月ほど負担をかけたのだから」

「そう、後ろ向きにならないでください。……日頼から朝起きてしまうとか、もう人間じゃないとか言われた時、違和感があったんです」


思い返す。


「不規則に起きることを咎める人も理由も無いのに、私は規則正しい起床をそうするべきと認識していた。立て続けに投げられた人間じゃないって言葉に、心が疑問を持った。実房さんの言う通り、私の精神性は人間を保っている。……擦り減っていったら、それはそれである種の人外になっていっていたかもしれないけれど、実房さんはそれを望まなかったんですね?」

「そう、ね。それこそ、あなたという人間の死よ。そうなって欲しくはなかった」


一日のサイクル。

人間らしくない私たちの、人間らしい一日は一体何をもたらすのか。

不明だけど、それこそが狙い。不規則な変化は実に生物的だ。

少なくとも私は受け入れようと思った。日頼もなんだかんだ受け入れるだろう。

時計の針が動く。文字通り、見ての通り、世界は動きはじめた。


実束によって、虚無の世界に可能性が付与された。


実房さんによって、可能性による変化が付与された。


時間が前に進むということは未来と過去も同時に作られる。

過去が積み重なって、積み重なって、今へ影響していく。


「……だいたい、以上よ。最後に、今日こんな風にみんなを呼んだ理由だけど」

「?……そういえば、何のパーティー?何をお祝いしてるの?」

「時間を作るにあたって、まだ足りないものがあるでしょう?……このパーティーの主役は……汐里ちゃんよ」

「私?」


私?私が主役だって?

何かお祝いされるようなことあったっけ?私個人に対してなんて、そうそう……


……あっ。


「気がついた?このパーティーは、あなたの誕生日パーティー・・・・・・・・なのよ」

「私の、誕生日」


そんなの。

ずっとずっと、頭になかった。

この世界が白くなってから、ずっと……


時計の隣にカレンダーがいつのまにかあって、また別の場所の棚の上にはデジタル時計。

【9:46 09 10/24】。


「10月24日」

「そう。これは汐里ちゃんの誕生日パーティー。なら、今日が誕生日・・・・・・になるでしょう?」

「そういうことですか……」

「今まで時間の概念が曖昧で存在してなかったこの世界に、“あなた”に、明確に時間が作られた。生きてるようで死んでるようで曖昧だったあなたが生存を始めた。誕生記念もさほど遠くもない、ってね!」


実房さんは、常ちゃんがさらっと用意していた切り分けたケーキを乗せた皿を私へ差し出してくる。


「誕生日おめでとう。そして、ありがとう。こうして世界が回り出せているのもあなたのおかげよ」

「…………」


受け取る。

誕生日おめでとう、とチョコペンで書かれたホワイトチョコのプレートが突き刺さっている。

私はそれを……それを。


「…………」


いや。



待って。



思うことがある。


なんか、違う気がする。


私のおかげ?ううん、動いたのは実房さんだろう。

私は邪魔しないようにしただけ。そう努めたけど、だけど、本当にそうできてたかな?

何も言わないようにしようとしてた私だけど、結局普通に・・・実房さんと会話してしまった。

したかったことは、歪められてるんじゃないか?……今の状況、私としても本望だ。

だけど、私が殺されたくないと望んだから、こうなってるんじゃないか?

懸念は重なる。重なって、重なって……でも、思うことの内容はそこじゃない。


私は、みんながすることを歪めたくないと『思っている』。

実房さんのやりたいことを、願いを叶えようと努めた。結果がこれだ。

私の力は、世界全体を形作ってしまう。私の望むようになってしまう。


だったら。


望むようにならないのは、おかしくない?


これは実房さんが考えた、私がいつか死ぬことになる計画だ。

そう。実房さんがそう考えたんだ。

私がどう考えていたっ・・・・・・・・・・て。私が望むならそう・・・・・・・・・・なっている筈だ。・・・・・・・・



————そう考えたらさ。



「いいや、全然遠い。です」


受け取ったお皿は突き返す。


「へ?」



————私の想う願いは、みんなの願いを参照して、その通りになるようにこの世界を動かす。



「私じゃない」



————それってつまり。



「……誕生日、おめでとうございます」


呆気に取られた実房さんの手にケーキのお皿を乗せる。

カレンダーが3枚破れ飛ぶ。

デジタル時計の表示が切り替わる。

気温が一気に下がる。

太陽が気持ち遠くなる。

部屋の飾り付けがどことないハロウィン風味から正月風味へ変わる。


実房さんが、『外れる・・・』。


「…な、あ…?えっ…!!…?」

「え?えっ?」

「わたしのげいじゅつがじゃぽにーぜにしんしょくされた!」

「今度は何よ……」


「今回の騒動を通して、気付きました。心配することなんかないんだって」

「私の願いはみんなの願いと同じ。だったら、考えても考えなくても、歪めても歪めなくても、全部何にも変わらず同じことだって」

「私は気にしすぎていただけ。みんなはほんとは睦月汐里だ、なんて無駄な思考で縛り付けてしまっていただけ。私は最初からこうできた……だから」


「今日は1月6日。新しい、本当のあなた枳 実房の誕生日であるべきです」


「…………えっ、あれ、じゃあ私……実束と、同じ?」

「はい」「えぇっ!?」

「あ、えっと……ど、どうしたらいいんだろう!?実感無くて全然どうするべきかわかんないわ!!」

「汐里汐里汐里!私以外にも“別の誰か”ができたのはよかった、んだろうけどこう私だけの位置でいて欲しかったというか!」

「は、えじゃあ私にもやりなさいよそれ!自由になれるんでしょ!?」

あるじ様は元々自由にやっていたのでは」

「無粋なこと言うんじゃないわ!」

「あ、みんなもうおんなじ感じにできてるよ」

「ぶっちゃけふだんとあまりかわらないのでは?」

「ジャックはどうでも良さそうに鹿を解体していますしね」


やんやかんや、わいやわいや。


ざわめきだすみんなだけど、確かにぶっちゃけ特に変わらないだろう。

変わるのはいつも私の心持ちのみだから。みんなが変わらないってことは、元々考え方ひとつでそうできてたってことだ。


どんどん、固まった思考が解けていく。

考えないように。考えないように。そんな風に怯えて強張った私はもう居ない。


「……ふふ」


とりあえず光ってみている実房さんから目を背けつつ、改めてお礼を思った。


今日は、1年1月6日。お昼過ぎ。


ようやく、少しはまともにこの世界は生存を始める。







………………………………。







「念のために言うけど、僕はなーんにもしてないよ」

「じゃあ、本当に自力でここまで来れたってことなんだね」

「そうそう。おめでたいね」


いつもの屋上、見知らぬ太陽。

タブレットでパーティーの様を眺めている青いの二人。


狐「わかりにくいし被ろっか」

「そうすると画面見えなくない?」

「……確かに、それはそう。流石おかあさん」

「というか見に来たは良いけどめっちゃ寒いですね。こんな一月に屋外に出てる方が悪い?それはそう」

「僕も布団の中はいろっか」

「そうしてー……このままだとdiamond dustになりかねない……」

「やたら発音いいね」

「この時のために練習しました」


青いのが羽織る布団の中に、つまりは膝の上に潜り込む狐面(を一瞬被っていた方)。


「さて、さて。うさぎ、今回うさぎは何にもしてないって言ったけど」

「うん。実束は僕がちょいと汐里から“外して”、あの汐里以外の誰かにしたけれど。今回は汐里が自力で実房やその他のみんなを……何もしてない」

「何もしてない」

「何もしてないよ。結局、どこまでもこの世が彼女の内なのは変わらない。だけど、汐里はどっちにしろ構わない……考えてみれば外れていようが外れてなかろうが同じこと、みたいに思えたんだ」

「外れてた場合、みんなが好き勝手に生きる。外れてない場合、あの子が思う通りみんなが好き勝手に生きる。……なるほど」

「だから、何にも変わってないけど、そんなのもう何でもない。思考がわかってしまう?相手の心を想像するぐらいあり得ない話じゃない。その想像が合ってなくても合ってても汐里が優先するのは相手がそうしたいと思うこと。そういう考えに至れたなら、もう僕らがその後を気にする必要もないね」

「じゃあ、安心ってことかぁ」


空を彼女が見上げれば、以前訪れた際にはなかった太陽がこの世全てを照らしている。

眩しい。1月の気候の寒さの中でも確かな暖かさをもたらしている。

ふと視線を少し落とせば、漂っていた泡達が徐々にそれぞれどこかへ四散していく。


「行っちゃった」

「世界が生まれる、ってイメージで泡が浮かびだしたようだけど……汐里はここに留まることを望んでは無かったんだろうね」

「今のところ、この世の殆どが空白だものね。……そっか、じゃあいよいよなんだ」

「そうだねー。言ってた通り、“生存が始まる”。こっちとだいたい同じぐらいになってくんだ」

「よかった、よかった。……めでたし、めでたし?」

「それは今後によるよー。なにせ、いくらでも脅威の出しようはあるからね!」




その後、程なくして彼らは幻みたいに消え去った。



誰もいなくなった屋上には日が照らすばかりで何も残っておらず。




「……んー?なんかいたきがしたけどきのせいー?むしのしらせ?だれがむしだってー!たしかにこうそくていたいきゅうですが」




気まぐれで通りかかった幽霊が一人で騒ぐぐらいだった。


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