眩しい姉の話 停滞の崩壊・前






「多分、あの泡の中の世界でオレンジジュースみたいなのを飲んだからだと思う」


こたつに入ったまま、いつものようにみかんを剥く。

これはみかんであってオレンジじゃない。


実束みつかのお陰でわたしは可能性を信じられるようにはなったけど、実のところこの世界は何も変わってない。ゲームの乱数ってわかる?私は乱数の動きを信じられるようになって、見ないふりすることができるようになっただけ」


指先を真上に向けると、けむくじゃらに蠢く毛玉が現れた。

困った時の表現に使われるアレっぽいの。


「実束が出てくるまでは、私にとっての世界はこう」


目線を向けた瞬間、けむくじゃらはまっすぐな直線に揃って固まってしまった。


「見てしまえばこうしてランダムじゃなくなっちゃう。今もそれは変わってないけど、目を背けることはできるようになったってこと」


目線を外すと再び直線はぐちゃぐちゃになる。


「ふむふむ。それで、オレンジジュースがどうしたの?」

「泡の中の世界なんだけど、このぐちゃぐちゃによって生まれた無数の可能性の表れなの。材料自体は満ちてるからね。……だから、世界の一つ一つは擬似的なランダムによって生まれ、擬似的なランダムによって作られている」

「オレンジジュースもまたぐちゃぐちゃでできてるってこと?」

「そう。そして、実房みおさんは実房さんだけど、同時に私でもあった。私が実房さんを意識してる限り、無意識にマニュアル操作みたいなものだしね」

「……あ、わかったかも。ランダムな要素でできたオレンジジュースを飲んだから、お姉ちゃんもぐちゃぐちゃになっちゃったと?」

「ふんむ」


みかん美味しい。

美味しいってことも私が意識してるから生まれてるのは考えすぎないようにする。夢の中とは、意識しないからこそ自然な現象が成立するものだ。無意識は自然を知っている。


「……ということだと思う。切れる直後、実房さんが何かに気づいたっぽかったし、それがきっかけになって一気に……なんだろね」

「じゃあ、やっぱり何があったかはわかんないんだね」

「そういうこと。……私が見ようとしたら、それが真実になってしまうしね」


ぐでぇ、とこたつにほっぺをくっつけて。

窓の外の太陽・・を眺める。


「…………お昼だねぇ、実束」

「……見事に、お昼だねぇ」


念のために言っておくと。


今まで無数の泡が浮かぶこの世界に、太陽なんてものは存在しなかったのです。




………………………………。





「私、あなたを殺しにきたのよ」


言い切ることができたのが何故かはわからないけれども。

とりあえず言い切ると同時に顔面にフライパンが叩き込まれていた。私を指さしたその時から既に実束が動き始めていたので。

ごぉぉぉおん。鈍い音と共に実房さんは奥側へ縦回転、続けざまに横向きに振るわれた金属バットにより実房さんは壁へ減り込みホームラン。

で、その壁をぶっ壊して現れたのは鉄の棺桶。壁の残骸ごと実房さんを納め、そこへ流れるように蓋が叩き込まれた。いや中身押しつぶしちゃった。

おまけに棺桶も中身ごと縮小した。


「わあ」


そして私が声を漏らすまでの6秒くらいのことでした。


「……あっ、お姉ちゃん大丈夫?ちゃんと死んだかな」


真顔でそれを実行していた実束も正気に戻ったようで、返事が(色んな意味で)あるはずもない問いかけをビー玉サイズの鉄に投げかけていた。

さぁ果たして返事は。


「容赦無いわね実束!でもそれでいいわ、あなたらしくいることはとても大切なこと!それはそうと、なんで一瞬ノリに乗ってくれたのにすぐさまいつも通りになっちゃったのかしら」

汐里しおりを殺すとかぬかすからだよお姉ちゃん」

「うーん狂ってるわね!それはそれで保たれるべき要素だわ!」


ビー玉喋った!

一条の光が鉄を貫いたかと思ったら、瞬きする頃にはそこには元通りの実房さんが。相変わらず眩しい衣装だけど。


「実房さん、もしかして」

「ええ、そうよ汐里ちゃん。実束が自分を鉄としたように、私もまた自分を光としたわ。妹にできて姉にできないことは無いのよ」


そこでまたすり潰しにかかった実束をまあまあと宥める。


「とりあえずえっと、光量を落として貰えると……眩しいので……」

「あら失礼、張り切りすぎたわね」

「汐里、お姉ちゃん壊れちゃってるし一度リセットした方が」

「わかってるでしょ実束、バグは歓迎だよ。ここだけは確認させてもらったけど、洗脳的なことされてるわけじゃないのは今見た。実房さんは実房さんなりに考えて今こうしてる、ってこと……だよね?」

「その通り、さすが汐里ちゃんね」

「でもー……」

「すっかり狂犬になってしまったわね実束。だけど思い出して、あなたは最初からそうだったかしら?」


うわっまた眩しくなった。


「ええ、ええ、好感度による変化も勿論あるでしょう、だけれど自分を見直した方がいいわ実束!過去のあなたはもっと輝いていたわ、そう私のようにね!」


実束に頼んで頭を貫いてもらう。


「うーーん痛い!仕方ないから少し暗くなってあげるわね。……つまり、私は思い出したのよ。いい?語るからね?」

「どうぞ。眩しくなったら刺してもらいます」

「まあ汐里がそう言うなら」

「十分!では語ります」


「私はからたち 実房みおからたち 実束みつかの姉であり、元高校三年。妹を愛する普通の姉だった。ええそれは文字通り愛していたとも、最初は汐里ちゃんを害虫として敵視していたよう遺体いたい!このぐらいは許して実束、過去の事実は事実なのだから相対あいたい!!」


「実束、ストップ」

「ごめん、無意識に……」

「でもすごくテンション高いね実房さん。……なんか、懐かしい」


「ともかく、その私の原初を思い出したはいいけど……そこから少しした私といったらどうですか!異常に飲み込まれすっかりただの常識人枠!いつのまにか実束は汐里ちゃんに取られてるし、最後は爪弾きだし!私は気がついたのよ、すっかり牙も何もかも抜かれてしまっていると!でしょう実束!」

「えっ、えーと……覚えてない」

「輝きが足りなかったようね。今からでも遅くないわよね、足すわ」

「眩しいです実房さん」

「このやりとりも懐かしいと思わないかしら!」


宣言通り刺してもらった。


「お尻を刺すとはやるじゃない実束!指でやってもいいのよ!」

「ねぇ汐里、えっと汐里。これって普通に引いていいんだよね?」

「うん、それが正解だと思う」

「私も正直これは自分で言っててどうかと思ったわ。先程の発言は取り下げましょう。ケツバットが望ましいわ」


こほん、とひとつ間を置いて。


「まぁ実束奪取作戦はまた別の機会でいいわ、今はあなたの話よ汐里ちゃん」

「私?……あっ、指差さないでくださいこわい」

「ならば天を指すわね。私は考えた。私は姉、もはやそれは実束だけでなく汐里ちゃんの姉をも意味している。だってそうでしょう?私は姉、私は姉。それはいつまでも変わることはない、実束が自らを鉄とし汐里ちゃんとどこまでも添い遂げることを自らの役割としたのならば、私は姉であることを自らの存在証明としたの。だってそれが私なのだから」


実房さんは、姉キャラだ。

無意識にでも夢の最中でそういう風に作ったのは事実。

だけど能力が劣っていたこと、狂気が足りなかったことから確かに姉らしさは薄れてしまっていた、かも。

夢の中はそれでも別に良かったのだけれども……何かのきっかけで姉である自分を自覚したのかな。

姉でなければならない、という使命感まで感じる。


「なるほど」

「そして私は姉として考えたわ。姉とは、妹達を導く者……ここでの妹とは血縁関係も関係なく、私が妹と思った存在を妹とするわ」

「かなりぶっ飛んではいるものの、まあ有りな考え方ですね」

「汐里ちゃんも最早妹よ。先を考えて、シミュレートして……私は、あなたを殺すと決めたのよ」


実束の手を強めに握る。

それは緊張というよりも、手綱を引っ張るような感覚だ。


「それは、どうしてですか」

「簡単なこと。この世界の現状を、あなたは知らないわけではないでしょう?前進したように見えて何も解決していない……可能性があるかもしれない、程度のこの現状を」

「……はい。私は結局、目を背けることができただけ。意識すればあの泡達は一気に固まって、なんなら消えてしまうはず」

「この世はあなたに縛られている。所有権は未だあなたのまま。なら、開放するべきでしょう?」


それが襲撃の理由か。

だけどもちろん、わかっているはず。


「例え実房さんの光で消し飛ばしたって、私は死にませんよ。死にたくないので」

「ええ、承知の上よ。だからこれは、私の意思表示。ただの宣戦布告」


言うことは言ったのだろう。背を向けた実房さんは、輝きを増した。

なので見えない。


「私は私なりに汐里ちゃん、あなたを殺すわ。必ずね。また会いましょう。汐里ちゃん、そして実束あいったぁ!?」


光が収まった時には、残されていたのは無数の鉄の槍だけだった。


「実束」

「大丈夫、夢中でやってない。……こうしないと、なんだか嫌だったから」

「……そうだね。シリアスは、私たちらしくないもの」


本当にそう?

だけど、実房さんには、文字通り輝いていて欲しい気持ちは確かにあった。

目に痛い光じゃなくて、例えば太陽のような、暖かい光でいて欲しかった。

どうなっちゃうんだろうか、これ。

実房さんは、私をどうやって殺すつもりなんだろう?





と思って寝て起きたら、外に太陽が浮かんでた時は流石に唖然しましたが。





………………………………。




「汐里!!!」


扉をぶち破って入ってきたのは、お久しぶりな気がする浅野あさの 日頼ひより

不明晰夢での一応ラスボス役。(不明晰夢内での)私と出来ること自体は同じだけど、リソースが無いために好き勝手はできていなかった不遇な人。

なんなら私の力に引っ張られて少しだけの想像力さえも奪われていた人だ。そもそも、人間的に脆いはずなのにこうして声を大きくするのも、恐らく心の容量がとても小さいのでしょう。


「ひたすら悪口言われてる気がするけどそれよりも!何よあれ!起きたら眩しすぎて目がウェルダンかと思ったわ!」


そう言って指さしたのは外の太陽。……厳密に言うと、実房さん。

というか今起きたんだこの人。


「あれは実房さんだよ。昨日、私を殺すって宣言してきて……朝起きてみたらあの通り」

「どういうことよそれ」

「実房さんに訊いてみてよ、私にはまだ真意がまだわからないから」

「アレはあなたでしょ、なら自分の始末は自分でつけなさいよ」

「日頼も私でしょ?なら日頼が頑張っても私がしたことになるよ」

「あれ?ああ、確かにそう……なる…?」

「うん、頑張れ私。日頼の為に頑張るよ私」

「いっちょ行ってくるしかないわねこれ!飛びなさいジャック!」


あァ!!?って言いつつ現れたジャック……斬ること大好きな珍しい男キャラさんが日頼を背負い、窓から跳びつつ足裏に能力の斬撃(超なまくら)を叩き込んで跳んでいった。

連続空中ジャンプってやつですね。ぴょんぴょん跳んでる姿が小さくなっていく。

ちなみに、ドアは勝手に元通りになりました。


「……いつもこのぐらいの時間に起きてるの?」


その場に残ったイベリス……自分への認識を弄る能力を持った、私の事が大好き、って設定だけを付けられた日頼の従者的なポジション……に、訊いてみる。


「はい。のっそり起きて、わたくしが軽食を作り、汐里さんが設置してくださったテレビを眺め、また眠ると言ったルーチンを繰り返してますね」

「私でさえ朝起きてるのに……」

「私が起こしてるからね」


得意げな顔で実束が言う。

窓の外では、黒い点が太陽へ到達しそうなぐらいに見えた。遠すぎてあとどのくらいなのかはわからないけど。黒い点に見えるぐらいとなればまだまだなのかも?

まるで文字通りの黒点だなあ、と思って見ていたら、一際強く光った太陽から何か放たれたのでしょう。黒点は消し飛んでいた。


「……汐里さん、汐里さん、一つ疑問が湧いたのですが」

「なぁに」

「朝、と言いましたが、この世界には朝も昼も夜も存在していなかったのでは?」

「…………」


それは……たし、かに。

いや、たしかに。言われて、私は正面に向き直って思考する。

起きた時を朝と認識して、なんとなく眠る時を夜と認識して……一定のリズムはあれど、規則的とは言えない生活ではあった。換算すると1日以上眠らない日ももしかするとあったかもしれない。

日頼の方が割と規則正しい生活な気も……いやそれはたぶんないけど。


「実束は……」

「なんとなくで起こしてたね、うん」

「感覚だよね……」

「今は確かに、あの陽の登りようからして昼だと思います」

「……太陽の位置も変わってる……」


言われて次々気がつく。

実房さんは、本当に太陽をやる気なの?

それになんの意味があるの?

実房さんは、何をしようとしてるの?


「どうする、汐里?止めにいく?」

「……正直……なんもわかんない、かな。意図があるのはわかったけれども……」

「やろうとすれば、実房さんを強制的に動かすこともできるのでは?」

「最終手段、って言いたいけど、それは選択肢に無いよ。……実房さんの言うことも、わからなくはないよ」


ちょいちょいと実束を呼び、腕の中に収まってもらって、ごろんと寝転がる。


「世界が私に縛られてるのはその通り。……考えたことももちろんあったよ、私が死んだらどうなるんだろうって。もちろんわからないけど」


後ろから抱きしめて顎を実束の頭に乗せてる形なので、私は実束がどんな表情をしているか見えない。

でも、苦虫を噛み潰したくても私の方にそんな表情を向けるわけにはいかないから必死に柔らかな花咲く笑顔を形成してるイベリスを見れば、だいたい実束の表情はわかる。


「でも、死ぬ気はないんだ、私。死にたくない。未練があるから。……この世界の可能性を信じられてるから。希望を捨てきれてないから。まだ満足できてないから。……まだ“みんな”と一緒にいたい。それは、今ここには居ない私の胸中に納めたみんなも、実束や実房さん、イベリス達も含めてね」


なでなで、と実束を撫でるとよりイベリスの顔が咲き誇る。

なんだかハーレム主人公みたい。二人だけだけど。


「ともかく……私はできるけど決してやることはない、って実房さんもわかってるからあの強気な行動をしてるんだと思うよ。みんなわかってるだろうけど」

「もちろん!汐里さんのことはもうあらゆることを知り尽くし……あれ?」


言いかけて止まるイベリス。なんだろ、と思って起き上がってイベリスをちゃんと見ようとして……ノイズ?

いや姿は見えるけれど、中身の方が、ざらついているというか。


「汐里さん、わたくしのことちゃんと見えてますか」

「……ノイズが走ってる。実房さんみたいに。イベリス、別に泡の中に行ってないよね?」

「汐里さんが知っての通り。……あっ!これ、光のせいではないでしょうか」

「ああー」


実束に話した通りに言うならば、実房さんはもうぐちゃぐちゃの乱数でわたしから普段よりも離れてる。

仮に実房さんを摂取したら、オレンジジュースっぽいものと同じように乱数が伝播するはず。それは、太陽の光を取り入れることも同じことだ。


「ご心配の無いように。例え乱れにまみれようと、わたくしはずっと汐里さんの味方であり友人であり、そして伴侶となる存在ですとも。わたくしの意思です」

「知ってる、知ってる……伴侶?まぁえっと、実房さんも同じだと思う。殺意的なのは感じなかったし……」


あくまで実房さんが自分の意思でああしたってこと自体は変わらない。

乱数は乱数だけど、それに気を狂わせる効果とかは無いから……結局実房さんが何を考えてこうしたのかとはあんまり関連が無い。

本当に、言ってた通りに私を殺す気なのだろうか。じゃああの太陽は?

思考が戻ってきてしまった。


「深く考えてわからないなら、とりあえず日々を過ごしてみようよ」


腕の中の実束からそんな言葉が飛ぶ。


「汐里がわからないならきっと他の人もわからないよ。太陽お姉ちゃんは放っておくんでしょ?」

「うん、撃ち落としたりしない。……私がしようとしなければそうそう撃ち落とせないだろうし」

「さっき消し飛んでたもんね」


今思うと、日頼達も……うん、ノイズ走ってる。けどこっちに向かって来てるのはわかるや。


「なんであれ、直接お姉ちゃんが汐里を殺しに来たって絶対殺させないから。ビーム撃てるのはお姉ちゃんだけじゃないもん」


と腕の中の実束。


わたくしとて殺させません。いざとなればわたくしを汐里さんと思わせて矛先を逸らしてでも守ります」


と隣にくっつくように座ってきたイベリス。


「そんなこと汐里が許すわけないでしょ。6点」

「ええ、わたくしの為ならば汐里さんは躊躇いなく全能の力を使ってくれることでしょう。わたくしの存在が、汐里さんを守る盾となるんですよ?」

「…………」

「お手を煩わせることが心苦しいですが、実束さんと違いわたくし非力なものでして。汐里さんを守るためならば手段は選びません」

「……汐里、汐里、なんかむかつく。この虫が寄ってきそうな人むかつく」

「お花モチーフだからね……いやそうじゃなくて口が悪いよ実束」

「寄ってきそうってか後から寄ってきた虫はこの人なのに!」

「どうでしょう汐里さん、わたくしいい感じじゃないですか!?もうあなたじゃ駄目とか言われてた頃とは違うのです!」


暴れる実束は撫でると大人しくなります。

勝ち誇ったイベリスもとりあえず撫でると溶けます。

……命を(おそらく)狙われてるとは思えない状況だよね。わかる。

私たちはこんなもんなのです。こんなもんがいいのです。


「汐里!!!!!!」


ドアをぶっ飛ばして入ってきた炭日頼を相手にした今の方が命の危険を感じます。

うそです。


「なぁに日頼。どうだった?」

「見ての通りよ!また死んだわ!」

「元気だね」

「ヤケクソってやつよ!!!」

「なるほど、文字通り焼けてるからと。……えっ、じゃああなた自分のことを」

あるじ様……」

「んんんんんーーー実束、流石にこれ1発入れて良いよね」

「いいよ、触れる前に粉末にするから」

「こればっかりはあなたに訊いた私が馬鹿だったわ」


そうですね。

結局誰にも何にも手を下せないまま、日頼は目の前に座り込んだ。

一応、後ろにジャックもいるらしかったけど焦げて転がってる。

何だかんだ不憫枠だよね。


「で、どうするのよあれ」

「どうもしないよ。実房さんがああしたいなら、とりあえずはああさせるつもり」

「好きにさせるつもりなの?」

「そう。何か困る?」「困るの?」「困りますか?」

「ああもう、せめてイベリスはこっち側来なさい!主は私でしょ!」


萎れた様子のイベリス、しおしおと日頼の隣へ。


「……そう、困るのよ。あんなのがあったら……」


あったら。


「眩しくてすぐ起きちゃうじゃない!」


ですよね。


「いや別にそれは悪いことじゃないんじゃない?」

「なぁーに言ってんのよエブリデイねぼすけが。存分に眠れなくなるのよ?」

「それはまぁ、そうだけど」


……あれ?


「いやでも……悪いことじゃあない、はず」

「寝てたら何が悪いのよ。来客への対応?あんたなら適当にどうにでもなるでしょう。ずっと寝ていたって咎めるような働き者はここにいないし、体調にだって影響は無いわ。私たちは別に人間じゃない・・・・・・んだから」

「……」


たしかに……うん、それはそうでは、あるけれど。


「でもあるじ様、毎度廃棄物のようにベッドから這い出て食事をする様はかなりみっともないですよ」

「それは……いいのよ、私は。そういう役回りでしょ?」

「あと、汐里さんが撃墜しないと決めたらもうあるじ様だけでやるしかありませんよ。頑張ってくださいね」

「あなた少しは私の味方してくれてもよくない?」

あるじ様の為を思って振るう愛の鞭です。能力自体は汐里さんと同じだったわけですし、もしかすると主人公になれるかもしれませんよ?」

「私そんな目立ちたくないわよ!私はね、ただただ夢を見ていたいし日陰で没頭していたいの、自分の夢に!あの太陽は邪魔すぎるわ!……あんたらがやらないなら私がやる!私だってやりゃあできるんだから!」

「おお、あるじ様がこれまでになくやる気になってますわ。目的は何であれその調子です」

「いくわよイベリス、あとジャック!」


あーーれーーとイベリス、何も言わぬジャック。

騒がしい日頼は二人を引っ張ってドアから出て行って、後に残るは私と実束の二人だけ。

それを見送る私は……そのまま、どこを見るまでもなく、思考を内側へ移す。


「汐里?」

「ん」

「なにか、ひっかかった?」

「うん。何かが……ちゃんと考えないと、わからないけど」


さっきの日頼の言ったこと。

当然のことしか言っていない。だけど、何かが……そう、“違う”と言っていた、気がする。


「じゃあ、私も考える。……実のところ、私もお姉ちゃんに言われたことが気になっててさ」

「実束が?」

「そう、私が。どれがなのかはわからないけど、なんか……ぐさっ、って来たような、後からじわじわ気になってきた、みたいな」


実束も何か考えたいことがあるようで、同じようにぼんやりと誰も開けないドアを眺めていた。

……うん。このままじゃ、よくないね。

腕の中の実束を持ち上げ……持……………前にずらして、立ち上がる。


「なら、それぞれ一人で考えよう」

「一人で?」

「そう、一人。自分のことについて考えるんだもの、まずは自問していった方がいいよ。……とりあえず、私は何処かで今までを思い返したい」

「一人、一人……そっか、わかった。でも護衛は」

「大丈夫、私は誰にも殺されないよ。こうなってる以上、“お客様”も今は来れないようにする。今、私たちは考えるべき……って、私は思う」


手を差し伸べて、それを実束が掴んで、私は引っ張り上げ……引っ張り……


「……実束が重いというわけではなくてですね」

「知ってる知ってる」


色々と意図を察してくれて立ち上がった実束は、ドアへ向かって……何かを思い出したかのように振り返った。


「けど……確かに、重い・・のかも」


そんなことを言って、部屋から出て行った。



……これで、部屋の中には私一人。

窓から外を見れば、やはり太陽が輝いて世界を照らしている。


久しぶりの一人だ。


そういえば、わたしは今太陽を直視している。

直視できたら駄目じゃない?

そう思うと、途端に眩しく見えて直接は見れなくなった。


「実房さん。私を殺すには火力が全然足りませんよ」


太陽は動かない。いやこの世は多分地動説で出来ているからほんとに動いていないはず。あ、でも今は実房さんが動いているのかな。


「もしかして今、この場所は天動説だったりします?」


物言わぬ太陽はただ光をこの世界に降らすのみ。

太陽に話しかけたってなにも意味は無い。

視線をこたつに戻して、更に寝っ転がって視線は閉じてしまう。

実のところ、さっき何か日頼の言動に違和感は感じたけれど、それが何か、を私が詳細に思考することはできない。

実房さんが何を企んでいるか、私にはわからない……いいえ。

実のところあらゆる全てがわかる。私が“そう”とすればそれは“そう”になるのだから。

実房さんの企みも、日頼たちの欲求も、私が動き出せば中身がすかすかの砂のお城みたいに崩れて、好き勝手に形を変えられてしまう。


実房さん睦月汐里はそれをわかって行動に出たのだろう。

実束以外は、みんな私なままである以上、みんなの欲することは私の欲することの一つだ。だから……


——いいえ。これは、枳 実房がしたいことってことにして。


うん。だろうと思った。

大丈夫。あなたの望む通り、私はしたいようにさせますから。


考え事するのは嘘じゃない。夢を見ることもまた、思考の一部だ。

一人で、ってところも嘘じゃない。

でも、本当の本当に一人になれるのは、実束だけだ。


こうして思考を結果的に封じられるような状況は、実のところ実束が来る前後から変わっていない。

この世界も、根本はまだ変わっていない。


夢を思い返せば、そこには何も知らない私が居る。

知らないなりに、囲われて制限された中で思考を回す私が居る。

ああ、楽しかったな。やっぱり夢は良いものだ。




………………………………。




その日以降、汐里は部屋に閉じこもってしまった。扉の前には“起こさないでください”の張り紙。

日頼は毎日10回は消し飛んでいた。

私は、枳実束としての自分を一人で思い返していた。


そんな中、お姉ちゃんは空を一撫でして、沈んだ後はどうやったのか暗くなるのを繰り返して。


繰り返して、30回ほど。



いつものように陽の光で目覚めて、今日はどうしようかと考えたところ、ベッドの上に手紙が一枚。

お姉ちゃんの字で、こう書かれていた。


“パーティのご招待よ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!”




書き文字でその“!”の量はどうなの?









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